フォンブラウ家
夏休みに入った。
俺たちは荷物をすっかりまとめてしまって、一度フォンブラウ領へ戻っていた。
無論こちらに今デルちゃんたちがいるためであり、シオンを、ヘル、スレイ、ミッド、フェイ付きで送り出すための準備は王都よりも自領の方がしやすかったというのも理由に挙げられる。
今俺は父上たちの支度が済むまで金細工を作っているところである。魔力を通して形を変化させるのは、金のような柔らかい貴金属ならではのものであり、失敗してもアウルムに投げるだけで綺麗なインゴットと化して戻ってくるのだ。
横で俺よりも精巧なものをコレーが作ってるとか気にしてないから。
気にしてませんよええ全く。
一瞬かぐや姫の真珠の生る金の枝葉の木を作ってみようかなんて考えたのは御愛嬌である。
こういう時、ロゼと一緒に訓練しとけばよかったと思ってしまうのは仕方がないと思う。
今日の俺は一応ラフな格好をしてはいるが、流石にTシャツはやめておいた。どうやら、俺たちの前世が着ていた服の類は傭兵の上級者が来ている物であるという認識になっていることが記憶に引っ掛かっていたのだ。襟付きのシャツをデルちゃんたちが俺らに寄越す理由に今更ながら気が付いて、ちゃんと礼を言わねばならないと思った。
ドルバロムとの契約は倒れる可能性があるとのことで、夏休み入ってからという約束だったのだが、その夏休みの大半を今年はメルヴァーチ家――母上の実家で過ごすことになった。
恐らく、ヘイムダル曾御爺様のためだろう。
ヘイムダルの名の通り、曾御爺様は全てを見通す力をお持ちであり、それがヘイムダルからの祝福であり、加護である。
ちなみに、俺はまだ会ったことが無いのだが、無論父上側の御爺様と曾御爺様も存在する。
こちらの御二方、一体どこにいるのかといえば、離れにいらっしゃるそうである。
離れにも行ったことなどない。
なぜ俺は離れに行ったことがないのかというと、行けなかったというのが正しい。門番をしている兵士は1人にもかかわらず、俺たちきょうだいが束になっても敵わなかった。今日は出発の前にその理由を聞いてみるつもりでいる。
彼は基本仮面をしているが、白と黄色を基調とした服を着ていることが多い。
そして、彼、Vネックのシャツを着ているのだ。
彼はおそらく、ネイヴァスのメンツの誰かだと俺は思っている。
そうでないとしても、どちらにせよ上位世界の住人。
彼はとにかく、光のような速さで大剣を振り回す剛力戦士である。
オレンジの髪はストレートで、長く伸ばして無造作に結ばれている。
仮面の下はさぞや整っているであろうことが伺える涼しげな眼もとが仮面から覗くので、俺は懲りずに何度も会いに行っていた。
なんとか作り上げた手元の金細工の藤を見て、実際にあるものを作るのは止めた方がいいなと思った。
やっぱ、藤は緑と紫か白がいい。
「アウルム、潰してくれ」
「いいのか、結構綺麗にできてんぞ?」
「俺が気に入らん。金は美しいが、俺の前世の人種が愛でていた植物にはよくないな」
「ああ、なるほど」
アウルムも納得したらしく、大人しくインゴットにして返してくれた。
どんなものがいいだろうか。
単純な訓練なのだからと言われればそれまでなのだが、我が両親のことを考えると、後まで保管されてしまう気がして……。
ぼんやりと、そのテーブルの隅に巻き付けてみようかなどと考え、魔力を通して動かしていく。
木製のテーブルの四隅を全く同じ形で覆うのがなかなか難しい。
少しずつ調整なんかをして、これでどうだとアウルムの方を見ると、アウルムが驚愕に目を見開いて固まっていた。
「……アウルム?」
「……へっ? あ、ああ、スゲーな、いつの間にこんなことできるようになったんだよ?」
「……? 俺は別に、ただ魔力を通して動かしただけだ……」
それじゃこんなことにはならねーわ、とアウルムは言う。
俺は解析魔術で俺が加工した金を見てみるが、特に何かおかしいことはない。
「……何か変なことあるか?」
「……いや、お前魔力だけで金引き千切ったことになんぞ?」
「あっ」
……金って、千切れないものなんですよ。金箔にしたわけでもないのに裂けるとかはまず、ありえない。
「……俺は、何をしたんでしょうかね?」
「……土属性はそこそこ使える状態なのかもしれないな。銅に移ってみるか?」
「ああ、そうだな」
テーブルはコレーが、自分が使うのだと言い出してしまったのであげることになった。
金は動かしやすかったが、銅も柔らかい金属だと記憶しているのに、硬く感じる。
なかなか魔力も通らない。
ゴリ押しするよりも、全体をつつき回してみる方がいいかもしれない。
ということで銅をつつき回しはじめて10分後、俺たちは出発のために声を掛けられたのでいったん銅はアイテムボックスに放り込んでおくことにして、俺たちは庭に出た。
そこには家中の皆がいたようで、見知らぬ顔がいくつもあった。
上等なものを着ているのですぐに分かったが、おそらくロマンスグレーのおじいさんたちは御爺様と曾御爺様なのだろう。
いや、この感覚感じたことあるぞ。
俺はロマンスグレーのおじ様方を見上げた。その横にはオレンジの髪の仮面の青年。
でもその頭には、アシンメトリーの黄金の角と尖った耳があった。
「上位竜……」
俺のつぶやきに、青年は小さく笑った。
「ふむ、ようやく私も君への恩を返せそうだ」
俺には意味が分からなかったが、不意に感じたリオの笑みを含んだ気配に、リオの知り合いなのだと勝手に判断した。
そして、彼はどうやらいつもあの場所に立っていたのではなかったらしいことも気付いた。
「……遊び感覚で生きるのをやめたようだな、ロキ」
「……はい、アーサー様。私はようやく、スタート地点に立ったようです。今まで見守っていてくださり、ありがとうございました」
アーサー・フォンブラウ、魔術の家系であるにも関わらず『剣聖』の称号を与えられた稀有な御方であり、父上の祖父――つまり、俺の父方の曾御爺様にあたる方である。
ロマンスグレーといったが、髪の色自体は赤っぽさが残っている。
その横に立っているこちらはオレンジ色の髪を持っていたようである。
テウタテス・フォンブラウ、魔術の才に溢れた御方で、こちらも『英傑』なんてものに数えられている。
彼は俺の祖父に当たる御方である。
今まで全く気が付かなかったが、俺は彼らからずっと品定めされていたようだ。
俺に恩があると言った竜人の方も気になる。
おおかた、俺の前世までのパラレルワールドのどっかの俺への恩ということだろうが、別に俺に返す必要はないのになと思っても口にはしないことにしている。
「うむ。アーノルド、スクルド。ヘイムダルにはよろしくと伝えておいてくれ」
「「はい」」
「ディーンのことを伸して来い、こないだまた手紙が来た」
「分かりました」
今回は向こうのお家の子たちも実家に帰ってくる期間と被るので、顔を合わせておこうという話になっているようだ。
俺はアーサー様とテウタテス様に頭を撫でられ、送り出された。
アーサー「なんか距離を取られてしまったな」
テウタテス「今まで会ったことがないと思っていたのだろうから、当然ではないですか」
アーサー「でも儂寂しい」
テウタテス「確かに、一緒にいたはずの私たちよりもメルヴァーチのやつらを御爺様曾御爺様と呼んでいるのはどうなんでしょうね」
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