合宿Ⅱ
「――私の前世は、ごくごく普通の女子高生だったよ。だから、ラノベを読んだ経験からね、自分の置かれた状況をいろいろと調べてみたの。兄に対するよりもうやうやしいメイドの態度であるとか、どことなく距離が遠く感じる兄様であるとか、気になる要素はたくさんあったのよ」
ナタリアは、生まれつきの転生自覚者ではなく、5歳頃に自覚したのだという。
まだ幼かったこともあってか、前世の記憶を思い出したら熱を出してぶっ倒れ、そして彼女は少し大人びてしまった思考回路を使って考えた。
この世界は、実に、ゲームの設定によく似ている、と。
そして、その中に出てくるヒロインの1人であるという可能性が浮上してきて、逆に拒絶反応が出たそうである。
「ヒロインなのに嫌だったんだ?」
「いや、それは単純に私が当時既に気に入った男性がいたからなんだけどね」
「早熟すぎやしませんかね」
「でもそのおかげで道は踏み外さなくて済んだのよ?」
気に掛けている男性がいたのに、ヒロインであるということは、つまり、その男性とは結ばれないと言い切られている、というかそもそも年が離れているというツッコミは置いておいて、である。
まあ、後にそれらの理由によってその男性のことは諦めたそうである。
「当時の私はとにかく、レールに沿って歩かされる感覚が嫌いだったの。だから、嫌なことは嫌だと突っぱねたし、最低限必要なのだと言われたことは何も言わずに受け入れてきたわ」
そして彼女は順調に今俺たちのいるこの年齢を超えてゆく。
「高等部に入ったときに私に転機が訪れたわ」
ナタリアは、1人の銀髪の女子生徒に会ったという。
その人物は、男装をしていたらしい。
「彼女の名前は、ロキ。ロキ・フォンブラウだったわ」
ナタリアはロキと仲良くなる中で思い出した。
ロキが、悪役令嬢の立ち位置、正しくは、ライバル令嬢であることを。
しかしナタリアはロキを知っていくうちに、彼女が高潔な人間であることを知った。
「ロキという人はね、立派な令嬢だったのよ。でもね、なんでか男装ばかりしていたの。今ならわかるんだけどね? たぶんあれ、ロキ、というか、リョウ君の方だったんだわ」
そして彼女は高等部で運命の人物に巡り合う。相手はどうやら、ユリウスだったようである。
「ユリウス様が攻略対象だったのは知ってたんだけど、でもなんか見てたら傍で支えになりたいなって思うような人でね。ほら、クルミって令嬢いなかったから、婚約者の地位に無理矢理収まったマリアが婚約者だったのよ」
「つまり悪役令嬢ざまぁしたと」
「ざまあしたかったわけじゃなかったんだけどね。それにほら、ユリウス様、実際はものすごく強いからね」
最初は、光しか使えない、その力も弱い無能だと自分のことを判じていたらしいナタリアは、おそらくユリウスルートのエンディングと思われる場面を引き起こしてしまったのだそうで、そのルートは――マリアによる魔術での強襲があった。
「えっ、そんな、マリアはまともに攻撃魔術なんて扱えないんじゃ」
「うん、扱えなかったの。それで暴走してね、ユリウス様、片腕飛んじゃって。すごい出血でね、助けたい、なのに癒すには力が足りない、ふざけんな何が癒しの力よ、とまあ、悪態ツキまくって魔術にならないなんかとにかく癒しの力を、って思ってたら、出ちゃったのよ。クローディの血統しか使えないはずの魔法が」
「【聖夜】ね」
「そう」
ユリウスを癒したその闇魔法は、本来ならばクローディの人間しか扱えないはずのモノで、しかし詠唱したわけでもないし魔法名がばれたわけでもなかったため、そのまま秘匿された。
これにさらなる転機が訪れたのは、戦争が始まってからだったそうである。
「私の記憶では、この時点で既にラスボスさんが出てるのよね。ここでは、ラスボスさんをロキ様が封じて終わってるのよ」
「は?」
「だから、戦争も何もせずに万事解決したの」
「「「はあ――ッ!?」」」
こっちが事情を具体的に聞きたいところである。
俺以外に声を上げたのはソルとカルとクルミとロゼである。
「ちょっと待って、どういうことよそれ!? 思いっきり戦ってる!?」
「うん、だから、ロキ様が勝てないのはロキっていう女の子になっちゃったからかなと思ったんだけど、どう、アウルム?」
ナタリアは自分の仮説はどうかとアウルムに問うた。アウルムは首を左右に振った。
「ロキであるかどうかは関係ない。つーかそれ、マジか」
「うん、マジですが」
「……ここで知らせる羽目になるか……」
「オイお前何を隠してたコノヤロウ」
俺はアウルムに詰め寄った。
これ何か俺に言わなかったってことだろう?
「あー、気分を悪くすると思うが、声を荒上げないでいてくれると助かる」
「じゃあこっちの神経を逆撫でする行動をやめればいいとは思わないか?」
「それはもう、俺の性分だからよォ」
反省の色は見られない。後でシメますかね。
「で、今のの説明をしてもらおうか?」
「あー、っと、なんて言えばいいかね」
アウルムは苦笑しつつ、ナタリアを見る。
「……ナタリアが見たのはたぶん、今の状況になる前のスズ、っつーか、ロキだからよォ」
「今の状況?」
「ああ。今のロキは、本来の魔力量を考えると半分くらいまで落ち込んでんだよ」
「はァ!?」
アウルムの言葉に反応したのはカルとセトだった。
「ただでさえ魔力量が多いはずのロキの魔力量が、半分くらいまで落ち込んでいる? どういうことだっ」
「これ以上のバケモンになる気かよ?? てか、もう上位種目指すどころの話じゃ――」
「「「あ」」」
俺も今思い至ったんですけど。
カルとセトと俺は顔を見合わせた。
「上位種に上がるためには相当な魔力量が必要になるはずだよな」
「そもそもいきなりリオと契約なんて言い出すから変だとは思ってたんだ!」
「うああああああもう俺は一体どこへ行こうとしているのかわからないんですけど誰か助けてうあああああああ」
ロキ壊れた、とソルに肩を叩かれつつしばらく胸を貸してもらった。アキラにこれしてもらうと非常に落ち着く。
え?
ガキくさい?
黙らっしゃい。
「まー、ようはそういうことだ」
「つまり?」
「ロキは今、1リットルの水を入れた2リットルペットボトル、ってとこだな」
「じゃああと1リットル詰めてあげたいってことね?」
「ああ」
まさかナタリアの過去聞いて俺に返って来るとか思ってなかったわ。何の理不尽これ。
そういえば、と俺は記憶を辿る。
「……そういや、母方の曾祖父の反応が、おかしかったような」
「そうなのか?」
「ああ。“思ったより少ないな”って。あんときは何のことかさっぱりだったけど、俺の髪を見て言ってたんなら、魔力量が少ないってことなのかもしれない」
曾御爺様のことを思い出すと、ふいに胸に温かいものが広がった。
見守ってくれそうな、そんな目をしていらっしゃったのを思い出したから。
「……直接会ってねえから何とも言えねーが、もしかすると、フォンブラウには死徒の血統が入ってるかもしれないな」
「「えっ」」
アウルムの言葉に驚いたのはエリスとルナだった。
「そんなことがあるの?」
「なくはない。『人刃』と『魂喰』の奥方は人間だしな。特に『人刃』は娘がいたはずだ」
「セトナも娘がいるって言ってたぞ、旦那が人間だとか」
つまり、フォンブラウの血統、というか、どっちかというと母上の家の方が怪しいわけか。
夏休みに入ったらまた会いに行こうと思っているのでその時にでも聞いてみようかな。
「ヘイムダルの名を持つ御仁だからな、俺たちがこの結論に達しているのも気付いておられるやもしれん」
「ありそうだな。でも、最後まで見守ってくれると思うね、俺は」
カルとそんな言葉を交わす。
そろそろ眠った方がよさそうだという判断をして、俺たちはそれぞれ寝るために横になった。
夜空を見上げながら、曾御爺様たちに思いを馳せた。
俺が上位種への進化をするということは、俺がどこかの家に寄り掛かりさえしなければ、限りない自由が得られるということでもある。
母の実家に遊びに行くことくらいは大目に見てほしいと思う。
そんなことを思いつつ眠ったその日。
起きたのは、森がそこそこ明るい時間帯でした。
完全に寝坊したわ(´・ω・`)
ここまで読んでいただきありがとうございます。