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Imitation  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年生 前期編
121/154

犬のお話

犬と言い張ります。

生徒会の子視点


俺は、今、激しく後悔している。

理由は、単純に、とある生徒の勧誘に失敗したことである。

いや、この生徒に対して俺は別に何かをしたわけではないし、俺のせいでこうなったわけではないのだが、それでも、ちゃんとこの馬鹿の手綱を握っておくべきだったと今、激しく後悔している。


俺の名は、イーグルヴェット。イーグルヴェット・ツァル。

そして俺の計画をぶち壊してくれたのがこの――ホークジェガ・ツァル。

弟である。


2年生なのだが、こんなアホをやらかすとは思ってなかった。


彼が書いたお手紙という名の依頼書である。

宛先は、ロキという少年だった。


彼は、有名である。特に、俺たちのような上流貴族の子女の間では話題としてネタに事欠かない人物だ。


曰く、変化属性の祖である。

曰く、スレイプニルを孵した。

曰く、転生者である。

曰く、淑女のマナーも完璧である。


一部の伯爵令嬢などは彼がカイゼル伯爵家へ遊びに行った際に一緒に居たりして、その完璧なマナーを直接伝授願ったとかいう話まである。


初等部は女児の姿をしていることが多かったようだが、中等部に入ってからはほとんど男子の姿でいるというし、途中までは髪の色を変えており、ほとんどの生徒は同一人物であることを知らなかった。


一部を除いて。


その一部が、六公爵家と一部の侯爵、伯爵家である。

ウチは残念ながらそこには入っていなかったために起きた悲劇というべきだろうが……。

ちなみに、魔物学を一緒に取っていた子たちは皆知っていたらしい。生徒会にたまに顔を出す後輩からのお告げで知った。


「よりにもよって! なんで! フォンブラウ公爵に喧嘩売る形にしちゃうかな、ジェガ!?」

「だー、うるせぇッ! 所詮は魔物だろーがよォ! なんでそんなムキになんだよ、どうせ人間より頑丈なんだから平気だろがァ!」

「そのせいでこんなきれいにまとめられた論文じみたものを読まなくちゃならなくなってんだよ!! よりにもよって一番今回の騒動を治める王手を持ってる子だったのに!! なんてことしてくれんだよ!! この脳筋!!」

「うっせぇもやしが!!」


俺とジェガの言い合い、今に始まったことではないので皆スルーしているけれど、苦い笑いを零しているメンツだっている。


ロキ君は死徒に対応させるならフォンブラウの銀の子がいい、と言わしめるほどの実力者だったのだ。


直接間接問わず死徒列強とパイプを築き上げ、従者に2人の列強をもっているうえ、フォンブラウ領のある地方のイミット族の代表クラッフォン家の令息と、上位精霊の半精霊であるシドという生徒を連れている。


かなり有名な子である。

周りの子から声を掛けていったのも悪かったと思う。本当は、彼の周りの子たちを生徒会に引き入れて、彼にも入ってもらう予定だったのだけれど、アレクセイとユリウスが、ジェガを理由に断って来たのだ。


ジェガは、俺よりはそりゃあ強いけど、その権力を笠に着た態度から、本来は生徒会に入るような人間ではなかったのだ。

それを、ね。

権力でねじ込みやがりましたよ。


もう嫌だこんな弟。

スカジ先輩が羨ましい、こんな立派な弟がいるなんて。


卒業していった生徒会長を思い浮かべた。

ちなみに、彼女は脳筋一筋、魔術も扱うけれど基本力で叩き潰す派の人だったので、生徒会長にして、俺たちが他のこと全部やってた。仕方ないじゃん、あの人備品めっちゃ壊すんだもん。


しかし、これは痛い、ロキ君が入ってくれないのは非常に痛い。

この馬鹿のせいで!


そう恨みがましくジェガを睨む。ジェガはソファの上でふんぞり返っている。

酷い話だ。


昨日、無表情の中に、少し侮蔑の色を滲ませてジェガを見ていたロキ君の表情が懐かしい。

彼、俺には同情の色を向けていたからね、大体状況は分かってるんだろうけれど、まあ、ほら。おいそれと動けない立場ってやつだろう。

仕方がないので個人の範囲で手伝ってもらう努力をしてみることにする。


ロキ君がまとめてきたのは、立った3枚の紙である。しかも、小さめのもの。緊急で書いたのだろうに流れるような字体で綴られたそれは見ているだけで、彼が結構楽しんでこれを書いたのが伺える。


内容は要約してしまえば、『自分たちの魔物は弱いので戦闘に使うのは無理です』ということだった。


生徒の手に負える程度のちょろい魔物の卵使ってるんだから当然なんだけど、たぶんジェガはまともに授業聞いてなかったね。それに、こいつの話ではハインドフット教授の授業じゃなかったみたいだった。座学だけの先生だとこいつ寝るんだよな。


それにしても、流石にヨルムンガンドが1年で本当ならとっくに学校の敷地内に収まらなくなっていなければならないというのには驚いた。そんなに卵のサイズ1つで差が出てしまうものなのか。


そんなことを考えていたら、コンコンと生徒会室のドアがノックされた。

一番近くにいた会長がドアを開けた。


「あれっ、君は、白銀の」

「ロキです。イーグルヴェット先輩に用事があって来ました。入ってもよろしいでしょうか」

「うん、構わないよ」


会長が彼を通して俺のところへやった。


「えと、昨日ぶり、だね」

「はい。こんにちは」


声音は柔らかいのに、作り物めいた整った顔をしているうえに無表情なせいで結構な威圧感がある。


「要件は?」

「魔物を放つ、という案についてなのですが」

「え」


俺は少し、ジェガの方を見た。ジェガはソファから身体を起こしてロキ君を睨みつけていた。


「あの案、いいね、という話が、教授たちの間で出てきたらしいので、その魔物の種類についてのお話をさせていただきたくて」

「あ、うん」


この案を出したのはジェガなのでジェガを示すと、小さく彼は頷いた。


「ホークジェガ殿が案を出したと聞いて、ハインドフット教授が、『来週補修だな』と仰っていましたよ」

「ンだと!?」

「自業自得でしょう。ただでさえ死徒に魔物を殺されて尖っている者たちに更に贄を出せと言ったようなものですよ。それで、こちらが、ハインドフット教授が用意できる魔物だそうです」


適当にジェガをあしらって弄びつつ、ロキ君は虚空から資料を取り出した。

ちょ、呼吸をするように使ってるけどこの子アイテムボックス持ちだ!


出された資料は5種類。


「えっと……これが一番強い、のかな」

「いえ、それ一番弱いです」

「はっ!?」


俺は資料を見て、呟き、否定されて声を上げた。


「嘘でしょう!? ちょ、最低が群れのヘルハウンドって、管理が大変すぎるよ!?」

「大丈夫ですよ、その管理は言い出しっぺがやるんで」

「はァ!? 俺だってのか!?」

「お前以外に誰がいるんだ。言っただろう、俺たちはただでさえ気が立ってるんだ。殺されたレッサースパイダー2匹とアルミラージ1匹、酷い有様だったぞ? アレを直接見ていないからあのような心無いことが言えるのだ。あの死徒と同じ顔にしてやろうか愚図が」


会長が蒼褪めて2人の間に割って入った。


「お願いだ、ロキ君、彼を責めないでくれ。伝えていなかった僕の責任なんだ」

「いいえ、会長が悪いわけではありません。――ともかく、この中から自分が管理する魔物を選んでおくんだな。安心しろ、殺される前にウチのスレイプニルをけしかけて止めてやろう。スーの卵は平均よりも大きかったからな? 実力は折り紙付きだぞ」


どうやら、相当鬱憤が溜まっていたようである。

俺はお菓子を彼に持たせて返した。


改めて資料に目を通す。


第1案、群れのヘルハウンド。

ヘルハウンド自体が既に凶暴すぎるのだが。


第2案、3頭のオルトロス。

ヘルハウンドの上級種扱いのこれを持ってくるあたりにハインドフット教授の苛立ちが伺える。


第3案、もうなんとなく分かってた、ケルベロス。

言っとくがこんなの止められるの、死徒くらいしかいない。


第4案、まだあった。ガルム。

この子ハインドフット教授の娘さんの連れてる子じゃないっけな。


第5案、どうしてこうなった、フェンリル。

フェンリルはとても知能が高いので人間のことなど簡単に罠にはめてくる。


さて、どれを選ぶか。

結論を言う。

俺ならすぐに土下座しに行くレベルだ、こんなのただの虐めである。

しかも自業自得で救えない。


「なあジェガ」

「……ん」

「今ならたぶん土下座で許される気がするよ。一緒に行ってあげるから全部謝ろう。ハインドフット教授絶対わざと犬で固めて来てるからね。人狼出てきてないだけマシなんだよ、あの教授の家の私兵全部ワーウルフ、ライカンスロープ、ヴェアヴォルフなんだからな!?」


ワーウルフが最もランクの低い人狼種、次がライカンスロープ、人狼として確認されている一番強い奴がヴェアヴォルフだ。

彼らはいわゆる獣人型に分類されるが、まあそれはそれは強い種類だ。

人間にどうこうできるレベルではない。


結局、俺たちは一緒に皆を回って謝罪をしまくり、大人しく結界の強化のために馬車馬の如く働いた。


後日、ジェガの指定した通りのところに、これみよがしに繋がれていたケルベロスとガルムについては、もう何も言わないと決めた。頑張れ、ジェガ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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