別れの時までに
俺、カル、エリオ殿下、ロゼ、ナタリア、トールという前回王城に召喚されたメンバー以外に、ソルとルナ、クルミ、セト、エリス、ゼロ、アウルム他我が家のメンバーが王城に召喚された。
父上が何やら晴れやかな表情をしていたので何かあったのは間違いないだろう。
王城につけばそこには死徒列強とデルちゃんとアストがいた。2人とも傭兵の姿ではなく精霊の姿だった。
それが精霊の姿だと分かったのは、デルちゃんとアストが今まで見たことが無いほどに強力な魔力の渦の中心になっていたからだ。
周りを畏怖させるその力に、死徒列強の魔力すら霞んでしまって、やっぱりデルちゃんたちヤバい存在だったんだなと、ぼんやり考えた。
「今回おぬしらを呼んだのは、今後の方針を直接伝えたかったからだ」
陛下は口を開いた。
わざわざこれだけ呼んで伝えるということは、これからの方針が決まった、イコール死徒に大きくかかわることになるということだろうな。
「だが、その前に――まず、ロキ・フォンブラウ。君は、これからどうしたい」
「……」
俺?
俺に話を振られてもな。
「……私は、ずっと。カル殿下に仕えるものと、思っております。それはこれからも変わりません」
そう言うしかないじゃないか、何も考えてなかったんだから。
フォンブラウ家は兄上たちが継ぐだろう。
娘として生まれたけれど、男としての俺の事を家族たちはちゃんと見ていてくれた。
なら、それに応えたい。
家は継げない。
なら、カル殿下の部下として優秀であればいいだろうか。
そんな程度の考えでしかなかったから。
やっぱ、将来のことってちゃんと考えなくちゃいけないんだな。
「……上位種になったとしてもか」
「はい。結局は私ですから」
種族が変わったからってその人間が変わってしまうとは限らないと思う。
黒いツインテールの女性――リリアーデが口を開いた。
「ちょっと待ってちょうだい。スズ、上位種になるの?」
「そのようですよ? “不破の誓約”が掛かったらしいです」
「はっ!? またいきなりすっ飛ばしたわね……」
死徒側からは俺は基本的にスズと呼ばれる。ロキは人間の名前で、スズは死徒の名前という区分らしい。
元々魔術を扱っていた彼女には理解しやすったのか、それだけですべて納得したような表情に変わった。
リーヴァが首を傾げているものの、大まかなことは分かっているらしく、少し悩んで息を吐いた。
「まあ、今までを鑑みればこれが最もふさわしいと思ってしまうのう……」
「待ってリーヴァ、俺今までどうなってたんだよ」
「この場で語れる内容ではないわ」
ナナシが一番酷いと思ってたけどそうじゃないのか。
リーヴァはデルちゃんに視線を向けた。
「しかし、どうするのだ、ジーク? わかっているのだろうが、フォンブラウの名を捨てさせねばならんぞ」
「う……」
ジーク、って、陛下の名前である。ジークフリート陛下。
印章持ちである。
ああ、あいつらについての話もちゃんと調べられたのかな。あいつらってのは、グリフォンの密猟者のことである。
しかし、確かに。上位種になることを考える前に、死徒になるという時点で、フォンブラウの名を捨てねばならない。
なるほど。
結局俺は、フォンブラウではない何かになるということらしい。
「私は構いません」
「……正気か? 国内での後ろ盾が無くなるぞ」
「どっちでもいいんだよ。――なんか、俺、この国のことが好きみたいだ」
口を突いて出た言葉にリーヴァが問い返す。
俺はそれに返して、ぼんやりしていた感覚がはっきりしてくるのを感じた。
案外、この国で暮らしていて、この国を好きになっていたようだ。
両親がいる、きょうだいがいる、祖父母がいる。
ソルがいる、クルミがいる。
カルがいる、セトがいる、エリオがいる。
ゼロがいる、アウルムがいる、ハドがいる。
皆がいる。
それだけで、十分らしい。
「だって皆がいる。私にとっては、それだけで、この国に命を懸けることができるようです」
それが危ういんだっての、というアウルムの言葉を黙殺した。
分かってんだよそんなことは。
「……いくら転生してるとはいえ、14歳にそこまで言い切らせるとはな……」
ラーの言葉も黙殺。
「……では、この場でフォンブラウの名を捨てなさい」
陛下が誓約書を作り出す。
誓約系の魔術は光属性が最も効果が高い。次に効果が高いのが闇属性だ。
キラキラと光を纏う誓約書にロキとスズの名どちらも書いた。これが俺なのだから、俺がフォンブラウから抜けるのならこうするべきだろう。
家名なんぞ簡単に捨てることができると言えばそうなのだが、貴族は何より家を重視する。
またあの陰湿ないじめがあったらちょっと嫌だが、酸をぶっかけられない限り平気である。アウルムへのアレは割と本気でキレたからな。
「……先にアウルムをメタルカ表記にしてもらって助かったな……」
「あー、ほんとだ。お前が家名で守ってたモンもう無いからいつでも捨てれたってことかよ、畜生」
アウルムが悪態を吐いた。
ゼロはクラッフォンであるから問題ないしな。
「そろそろこっちから説明してもいいかい」
「ああ、待たせて申し訳ない、デスカル殿」
デルちゃんが口を開き、陛下が答えた。
「簡潔に述べる。ロキ、お前が今シオンと呼んでいるあの女の子の人格は連れて行く。あの魔導人形、買ったから」
「俺通してないから別にいいのに……」
「とりあえず、な」
デルちゃんは俺の前に歩いてくる。
「それともう1つだが。こっちが本題」
「?」
「シオンは別に死ぬわけじゃない」
「……?」
シオンは死なない?
何を言っているんだろうか。
「あー。うん、わからないとは思う。だが、まあ、そういうことだと理解しろ。シオンは生贄になるわけじゃないということを言いたいだけだ」
デルちゃんの言葉を受け取って、しばらく悩んだ。
「……え? つまり……シオンは死なない、と」
「そういうこと」
一周回ったわ。
ソルたちが目を丸くしている。
「どういうことですか!? え、生贄じゃない? 似たようなこと言ってたのに!?」
「シオン自身現状をよくわかってないはずだ。そうさな、本来の言い方で言えば、シオンは今夢をみているんだ」
この世界のことを夢と言っているんじゃないよとデルちゃんは続けた。
何となく理解はできる。
つまり。
カルが口を開いた。
「――シオンを夢から覚ますだけ」
「ああ。表現は一番それが近い。俺たちはパラレルワールドとか呼ぶ世界も全部行けるし見ていられる。本来の表現としては、シオンのいるべき世界軸へ彼女自身を戻してあげる、が正しいんだが」
デルちゃんは一度そこで言葉を切った。
「――この世界から消え去った彼女のことを覚えていられる奴は、居ない」
「!」
「ここにいる人間たちは皆覚えていられない。死徒列の中でも、覚えていられないのが何人かいるぞ?」
「ナタリアは覚えていられるかもしれないが、確率は五分五分」
「記録はこっちでも残しといてやるが、ま、二度と話題には昇らないだろうな。なんといっても、本来この世界に居るのがおかしい存在だ」
アストも口を挟んだ。
俺たちは顔を見合わせ、彼らの説明を自分の中で噛み砕き、再構築して理解を及ばせて。
「……ルナ、カメラ作るの手伝え」
「合点承知」
「何故その返事になった」
「細かいことは気にするべきじゃないわ。さっさとカメラ作らなきゃ! ロキはスレイもフェイもヘルも連れて行く気なのよ。皆で写真撮ろう!」
「くっそ、もっと急いどきゃよかった」
それが誰なのかはわからなくても、ここにいた証拠くらい世界のどこかに残していてもいいじゃないか。
俺たちは陛下の面前であることを忘れていたとだけ、ここに言っておく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。