死徒の、先
「ドルバロム……だと……?」
カルたちが驚愕に目を見開く。
俺のお目付け役?
確かにこいつならいつでもどこでも俺たちを見ていられるなあ。
そんなことを考えながら、リオが近付いてくるのを見ていた。
「……すっかり表情が無くなってしまったね、君も。君の一番最初の転生の時は、もっと笑ってたのに」
「……知らん」
「うん、知ってる」
リオは俺の頭を撫でる。
リオは槍で武装して現れていた。
そのアシンメトリーの夜空のような艶の無い角も、金色の瞳も、深い青の髪も、血色の無い白い肌も、わざとらしく破れたズボンから覗く竜人の脚も、彼が上位竜であることを示すには十分すぎる。
陛下は警戒を解いて小さく息を吐いた。
「……それでは、答えていただけるのですな、ドルバロム?」
「ああ」
何故、俺を死徒化させたがっているのか。
アウルムのせいだけでないのは何となくわかる。
「結論から言うと、ロキにはこの世界で神人になってもらうよ」
「……は?」
「神人だと?」
俺と父上の声が重なった。
リオは小さくうなずいた。
「だって皆が望んだからね。これは同情じゃない。いくつもの世界線を見て皆が君を相応しいと思った。だからこの世界で手に入れる権力や地位から身を引け。条件はそれだけ。君は間違いなくこの世界で最強になる」
リオに断定的に言われ、俺は目を見開く。
「アウルムが君を気に入ったことから始まった。ハドが君に救われてきた。俺が君を見つけたのは本当に偶然。デスカルたちが騒がなかったら俺、ここに来る気なかったし」
だからね、と。
「人間のくせに世界最強なんて、言わせてくれるじゃないか。面白そうだってのが半分。君を石に例えた人が今こっちに向かってる。たとえ君がなりたくなくても君は一度死徒になるだろう。だって周りがそれを望んでいる。君が死徒になる一番最初の段階を言うとすれば、金人族の5人と契約したのが間違いだったね」
そんな早い段階からかよ、と思うが、確かにそうだな、とも思う。
その時からすでに目をつけられていたのだろうし。
「……なんか、お前の言葉聞いてたら冷静になってきた」
「うんうん、そうだろうね。ちなみに、死徒と神人の違いだけれど、単純な話、神の下につく下級神になるか、独立した柱を持つか程度の差しかないんだ。ああ、そう。死徒列強は神様だからね? 彼らが死なないのはそういうのもある」
リオの言葉に冷静になって考える。元々、神の下についているとかは言っていたので、そういうことなのだとすんなり受け取ることができた。
「……つまり、俺は、うまい具合にデルちゃんたちの手の上で転がされていたと」
「うん、そうなるね! まあ、悪いことばかりではないし、デルちゃんもこれ以上アウルムが傷付くのは嫌みたいだから、アウルムが傷付くようなことは君たちにも降りかからないようにしてくれるはずだよ。最終的に神人になるかどうかは君に委ねられるから、その時までゆっくり悩めばいいよ。神人になったらもう年は取らないと思え」
リオがくれる情報を何とか整理しつつこれからのことをまず考えた。
死徒になる云々は最終的に俺の手に委ねられるのだろう。まあ、死徒or神人のような気がするのだが、それはその時になって考えればいいだろう。
それよりも、なんだかカルが可哀そうなくらい真っ青になっているのが気になる。
「……カル殿下、大丈夫ですか?」
「……」
「駄目だわ、倒れそうよ」
まあ、自分の術で他人が死徒化しかかってるとか悲しい通り越して真っ青もんだよなそりゃ。
カルに同情を禁じえない。
「まーまー、ぼうや、そんな青くならなくていいんだよ? 何の心配もいらないから。偽神化ができる子が1人居ればいいんだから、それ以外の被害はないんだぞ?」
ああ、シオンの話だろうなと俺は思った。
なんだそれ、と国王と父上が口を開く。
「どういうことだ、ロキ」
「……シオンのことです。彼女にはネイヴァスと共に行動してもらうことになります」
「……何か、分かったのか?」
「……いいえ。ただ、覚悟ができただけです」
ちっぽけなものかもしれないけれど。
俺たちにとってはとても重要なことだった。
俺はリオを見る。リオは小さく俺に微笑んで見せた。
「何の情報もないけれど、シオンを信じたんだね」
「ああ」
だって、そうするしかなかった。
それ以外に道がなかったという意味ではなくて、情報が無くても信じた。
あったらもっと簡単に信じただろうけれどという話であって。
いや、少し違う。
信じたかったんだよな、結局は。
シオンをとっとと俺の前から消したかった。
それを必死で自分の中で否定し続けて、信じたんだって言い訳をしたかっただけだ。
「あっはっは。そんなにぐるぐるしなくてもいいのに」
「……?」
「だから、そんなに悩む必要ないんだってば。だって、ロキがシオンを嫌うのは当然なんだぞ? なんといっても、ドッペルゲンガー状態なんだから。自分という存在が消されてしまうかもしれないのに邪険に扱うなって方が無理じゃない?」
だって皆、死にたくなんてないんだ。
そう、言われて、俺は、やっと、シオンと俺の関係をはっきりと理解したのだ。
ドッペルゲンガーと、彼の口からはっきり言われて、やっと。
「……やはり、そうだったのですね」
「ああ。まあ、だからこそ、俺たちにとってもシオンは邪魔なんだよ。ここにいちゃいけない上に邪魔。ね? だから俺たちはシオンを連れて行きたいんだ」
詳しい事情については、そのうち伝えるよ、と言われ、今度は何も知らない状態でことを進めなくても済むのだと理解してほっとした。
「……ホント、表情が無くなってしまったね」
リオに頭を撫でられた。
そういや、俺も何度も転生してるんだよな?
リオはそういうのを全部知っているということなのだろうか。
「俺、竜人としては人間に慣れてる方だけど、説明って苦手なんだよねえ。だからさぁ? 俺から説明されるより、もっとわかりやすい説明してくれる人が待ってるからさー。そっち待ってて?」
そしてリオは、ゆっくりと空気に溶けて姿を消した。
どうせその辺にいるのだから、姿を消す意味があるのかどうかというところだが、たぶん言ったら負けだ。
「……アーノルド、具体的に文書をまとめて出してもらえるか?」
「……承りました」
父上がうんざり気味の表情だが、たぶんあんまり心配はいらないと思う。
傭兵なんてやっているが、デルちゃんは精霊たちの作る共同体の長もやっているそうで、事務処理もできるのだとか。
――まあほら、人間に転生したことあるしね。
やたら人間側の事情を気にして立ち回ると思ったらそういう理由か。
普通、精霊は相手に伺いなんて立てないまま突撃するタイプが多い。
デルちゃんは傭兵団の財布の管理もしているようだった。
……じゃなきゃなんで俺に算盤を嬉々として教えに来るっていうんだ?
あっ、なんか懐かしいもん思い出したわ。
ちょっと口端上がってるかもしれない。
「……沙汰は追って下す。皆、下がってよい」
「「「はっ」」」
陛下の苦労は絶えなさそうだな。
そういや特になんて悩むこともなくカルに使えるんだと思ってたが、これどうなるんだろう。
俺たちはそのまま王城から学園へ戻ることになった。
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