騎士団長強襲
「……親父」
セトが確信をもって彼を呼んだ。彼はセトを振り返る。
そして、瞬間的に【ブラスト】を放っていた。
「うわっ!」
「だ、バカ! 【風壁】!」
詠唱を破棄してあるとはいえ騎士団団長の一撃である。俺はとっさにセトに【風壁】を張ってやった。
「ふむ」
「【風刃】」
次の瞬間にはこちらに斬撃が飛んでくる。俺はそれを同威力の魔術で相殺した。
次の瞬間、防御をとっさに行い、その上から遠慮なく蹴り飛ばされた。
「ッ、【低速化】! 【高速化】! 【転移】」
連続で唱えて慌ててセトを回収、遠くへ逃げる。
無理でしょ、何なのよ。
「ふむ、いい判断だ。まずまずといったところか」
あっ、この人も脳筋か。
「ちょ、親父! 俺たちの筋力で勝てるわけないだろ、ロキを今めっちゃ本気で蹴らなかったか!!」
「土属性の精霊が近くにいるのでな、そんなに大したダメージにはなるまい」
「そういう意味じゃない!!」
もうヤダこの脳筋ダルマ、と父親に言うにはとんでもない台詞をセトが宣った。
俺は苦笑するほかない。
腕がすっかり痺れてしまった。
騎士団団長の一撃、相当効いた。
「平気か?」
「ああ、でもちょっと痺れてる」
「ちょっとで済むのかよ……」
「アウルムの加護が働いてる。相当な威力で蹴られたな」
アウルムが自分の技には自信を持っているので問題ない。が。
「ロキ!」
「この脳筋!」
アウルムが駆け寄ってきて、ゼロは騎士団団長に喧嘩を売りに行ってしまった。
「ああくそ、俺金属だから回復魔術使えないんだ、」
「落ち着けアウルム。俺回復魔術使えるから。【水の治癒】」
「……こんなガキを蹴る筋力じゃねえっての、あのくそガキ」
アウルムの目の前で水魔術で回復魔術を使うと、アウルムは落ち着いた。
光だけが回復の術、なんてことじゃなくて本当に助かった。まあ、使えるけどさ。
ゼロがのされたのを見送り、俺は立ち上がった。
倒れかけるゼロを受け止め、そっと横に寝かせる。イミットを気絶させるとは、騎士団団長の名は伊達ではない、と言いたいが、いやいやいや。
「ゼロはイミットなのですが……流石です、騎士団団長」
「まだ戦い方がなってませんからね、その子。先ほどの強襲、お詫び申し上げます」
セトの父であるゲブ・バルフォットは相当の実力者である。
風属性を持っている。
ちなみにセトの母親も外国の方である。
そちらは名をヌトという。
エジプト神話まんまである。セトの子供アヌビスって生まれてきそうだわ。
セトを立たせて俺はゲブ殿に挨拶をする。遅れ過ぎである。
周りにいる1年たちも皆怯えてしまっている。暴れすぎたな。
「ちょ、ゲブ君、どうしてここにいらっしゃったんですか」
アラン教官が口を開いた。アラン教官より年下なのか。
「久しぶりです、アラン先輩。いえ、今日は愚息の様子を見に来たのですが、フォンブラウの顔ばかりが厳ついもやしの息子に負けているのが見えたのでつい」
「ついってレベルじゃないからね。思いっきり蹴ったよね!?」
俺の父上は顔だけ厳ついもやしなのか。
アレがもやしか。
俺は父上の顔を思い浮かべた。確かに厳ついが、もやしではないだろう、断じて。
「父上はもやしではないかと思うのですが」
「いや、俺たちの同級生なら皆知ってるぞ。アーノルドは一度もスクルドに勝ったことないから」
「うお……」
俺とスカジ姉上の脳筋は、母上譲りか……。
「魔術はいいんだがな、だからもやしなんだ」
「父上がもやし……」
「なんだ、勝ったことないのか?」
「いえ、初日の手合わせで叩き潰しました」
「あー、やっぱスクルドの子か……」
彼は俺が令嬢の姿でいるのが常だった頃に叩き潰したと理解したようで、遠い目をした。やめろセト、俺は今のお前ほどは脳筋じゃないと思うんだ。
「フォンブラウってもともと魔術の方が強かった気がするんだけど」
「もちろん。俺がアイツに剣を教えて、アイツに俺が魔術を習う、とういう関係だった。懐かしいなあ」
何やら思い出話に花を咲かせ始めたゲブ殿と、それに付き合うアラン教官。俺とセトは顔を見合わせた。
行っていいよとアラン教官が目で教えてくれたので、俺たちはヨシュアのところへ向かった。
「ヨシュア、遅くなってすまない」
「いいえ、白熱してましたので、見ていて楽しかったですよ」
ヨシュアの赤い髪が風になびく。ホント、この世界では髪の短い奴を探すのが難しいくらいである。
大人だと結構短い人間もいるのだが、魔力のコントロールを覚える段階である子供の内から髪が短いのは、魔術の扱うようになるためにはよろしくないとされており、俺たちももれなく髪を伸ばして尻尾にしている。
セトだけは、既に髪が短いが。
高等部までは髪を伸ばしているのが普通であり、セトのように髪を短くしているということは、既に魔術を捨てたも同然である。
よくわからないが、髪に魔力が集まりやすいものであるらしい。そして、魔力というのは留め置かねば霧散するものだ。
その霧散した魔力を搔き集めるのが子供は苦手である。
その為の、髪である。
セトの場合は風に愛されているといっても過言ではないので、あまり心配はいらなさそうだが、本人は魔力量が少ないことを気にしていた。今度ほんのちょっとの魔力量でどこまでやれるかというのをセトとやってみたいと思う。
「ロキ先輩は、こう、木刀の背の方で木剣を飛ばしてましたね」
ヨシュアが俺の動きをまねるように木刀で空中に円を描いた。
「刀は元々細身だからな。刃の方は繊細だし、簡単に傷付く。木刀は太さがある分、相手に打撃でダメージを与えられる。真剣で戦ったら、刀は鉄剣なんぞ切り裂くかもしれないな」
「そんなに鋭いのですか?」
「俺の知ってる限りでは、な。達人級なら切れなくはないはずだぞ」
ここ、ファンタジー世界だし。
そんなこんなでいろいろと皆と話をして、再びセトがゲブ殿に吹き飛ばされたのを見送って、俺は魔物宿舎へと向かった。
後日、ゼロにこの世界の刀のことを聞いたら、日本刀よりも物騒なものになっていた、なんてこった!
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