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出会い・発見・驚愕

 朝から歩き通していたマイネが太陽を見上げると、太陽はすでに頭上高く輝いていた。

「ふぅ。やっとお昼かぁ」

 歩きっぱなしで疲れたマイネは、辺りに日から逃げられる場所を求めた。前方に大きなイチョウの木を見つけて、その根元に駆け込んだ。木陰に座り込んだマイネが、旅行鞄から地図を取り出す。

「えぇと……方角はこっちで合ってるよね……?」

 地図に目を落としながら、方角と目的地を確認するマイネの側を、一台の小さな馬車が通り過ぎようとした。

「あっ、ちょっと待ってー!」

 馬車の後方から呼び止めるマイネ。それに気付いた農夫が、馬車を停める。

「近くの町まで出るんでしょ? 良かったら乗せてくれませんか?」

 マイネの申し出を農夫は快く受け入れた。屈託のない農夫の笑顔を見たマイネは、ありがとうと微笑みながら言うと、農具とその日の収穫が乗った荷台に飛び乗る。そして馬車は、何もなかった様に走り出す。

 あのお屋敷に住んでいたんかい!

 取り留めのない会話の中で、マイネが屋敷の事を話すと、農夫が驚いた様子で声を荒げた。

「サンチョスっていう、気の良さそうな使用人とエラい先生が住んでるってのは、聞いたことあるけど……へぇ……」

 サンチョスとそう年が変わらないであろう農夫が、振り返ってマイネをまじまじと見つめ直す。

「そうなんですよ」

 愛想笑いを浮かべながら答えるマイネが、農夫の視線に気付き、申し訳なさそうに下を向く。

「そんなお嬢さんが、こんな大荷物を持って一人で旅行かい?」

「えぇ」

「お金持ちさってのは、変わったことをするねぇ」

 農夫が馬車を引く馬に鞭を入れると、少しだけ馬車の速度が早まる。

「で、どこまで出るんだっけか?」

「えっと……行きたいのはフリージアなんですけど……そこまで行かないんですよね?」

 マイネは気まずそうな表情を浮かべながら、無理に微笑んだ。

「あぁ。こいつを近くの町に売りに出るだけだからなぁ」

 農夫は荷台に乗ったジャガイモを指差しながら、マイネの表情に気付かずに無頓着な物言いで言い放つ。

「まぁ、そこでゲートのある大きな街まで行く人を見つけるこったなぁ」

 農夫の言葉に、力無く「はぁ」と言いながら頷くマイネだった。


 マイネを乗せた馬車は、彼女が住んでいた村より活気のある町へと着いた。町の入り口で馬車から降りたマイネは、農夫に謝礼を渡そうとしたが、農夫から「若いのに、そんな事するもんじゃねぇ」とたしなめられる。

「これでも持ってけ」

 農夫はぶっきらぼうに、収穫したジャガイモをマイネに半ば強引に手渡すと、町の中心に馬車を進めた。

「さて……どうしようかなぁ……」

 去っていく馬車を見つめながらマイネは呟いたが、それに耳を貸す者はいなかった。所在無く立ちつすくむマイネに、行き交う人たちの視線が突き刺さる。マイネが着ているドレスが、田舎の町にはあまりに不釣り合いだからだ。それに気付かないマイネは、人々の視線を意識しながら歩き始めた。

 その日は市場が立つ日だったらしく、多くの行商人や近隣の百姓たちが、道のあちこちで露店を開いていた。その露店の中から、マイネは湯気を立てている一軒の露店を見付けると、その露店に近付いて行く。

「これも蒸してちょうだい」

 そう言ったマイネが、まだ泥のついたジャガイモを露店にいた女性に突き出した。怪訝そうにマイネを見つめていた女性だったが、マイネが銀貨を一枚添えると、吐き出そうとした言葉を飲み込んで、渋々とジャガイモを受け取った。

「ありがとう」

 数分ほど待って、蒸し上がったジャガイモを受け取ったマイネは、お礼の言葉に微笑みを添えた。すると露店の女性は気を良くしたのか、ジャガイモにバターをのせてくれた。マイネはバターが溶けるのを待ってからジャガイモを頬張ると、それまで経験したことの無い野趣溢れる味わいに、思わず感嘆の声を上げた。

「美味いかい?」

 不意に女性から声をかけられたマイネが、頬張ったジャガイモを咀嚼しながら微笑む。

「そうかい、そうかい」

 女性はマイネの微笑みの理由が理解できたようで、嬉しそうに微笑み返した。

「私、こんな食べ方したの初めてよ!」

 ジャガイモを飲み込んだマイネが、堰を切ったように話し出す。

「蒸したジャガイモにバターをのせただけなのに、こんなに美味しいなんて、信じられない!」

「そんなに喜んでくれるなんて、コッチまで嬉しくなるじゃないか」

 女性の目尻は下がりっぱなしだ。マイネはそんな事お構いなしに、ジャガイモをまた一口頬張る。

「大変だぁー!」

 突然、響き渡る叫び声に皆が振り返る。声の主である男は、先ほどマイネが町に入った道から、町へと駆け込んできた。男は安心したのか、五十メートル程で膝からくだけて転んでしまう。あっという間に、男の周りに人だかりが出来上がった。マイネはジャガイモをかじり、遅まきながらも人だかりの輪に加わった。マイネを含めた人だかりは、男を静観していると、息を整えた男が思い出した様に叫んだ。

「ト、トゲイノシシが出たぞっ!」

 人だかりがざわつく。皆一様に戦慄しているのが、マイネにも伝わってきた。そして、マイネが屋敷にあった書物の知識からトゲイノシシを引き出そうとしている時だった。

 ブモォーッ!

 今まで聞いたことの無い雄叫びに、マイネは一瞬だけ身体が硬直した。その間に輪を作っていた人だかりは、瞬く間に散り散りとなった。道の真ん中にひとり取り残される形となったマイネに向かって、トゲイノシシらしき影が迫り来る。

「危ない!」

 当たった! と誰もが思った瞬間、マイネは二メートル近く跳躍していた。マイネは空中でトゲイノシシの突撃をやり過ごすと、旅行鞄を抱えたままくるりと宙返りをしてから着地する。

「ふぅ。危なかったなぁ」

 この瞬間に起きた出来事に動揺する周囲の人たちに対して、きわめて冷静なマイネが、トゲイノシシの行方を目で追いかける。トゲイノシシは目の前にいたマイネには目もくれずに、真っ直ぐに駆け抜けていく。

「ごめんなさい、これ預かってくださる?」

 先ほどの女性を見つけて、半ば強引に旅行鞄を預けたマイネは、すぐさまトゲイノシシを追走する。

「さっきのおじさんが心配ですわ……」

 マイネの予感は違った形で的中する。

「助けて!」

 張り裂けるような少年の声が聞こえた。全速力で声の方向へ走るマイネの眼前に現れたのは、座り込んでいる農夫と、木の棒を構えてトゲイノシシと対峙している少年だった。声を発したのは、おそらくこの少年だとマイネは判断した。今にも泣き崩れそうな少年の表情が、その根拠だった。

 トゲイノシシは、少年と農夫をその眼から離さない。マイネの接近にも気付かないほど、二人に集中していた。

 トゲイノシシが後脚に力を込める。

「マズイ!」

 マイネはそう思うや否や、胸元のブローチに手を当てる。キーンという金属音と共に、ブローチに埋め込まれていた水晶が輝きだすと、その光は塊となってマイネの手に移る。その光の塊を少年に向かって投げると、マイネはそれを飛び越えるように跳躍を試みる。

 背後からの気配に気付いたトゲイノシシが、後脚にためた筋肉を解放して少年たち目がけて突進する。少年は思わず目をつむってしまう。

 ドウンッ! という衝突音が聞こえると、それに伴う激痛に耐える準備をしていた少年とは裏腹に、彼の痛覚は何の反応もしなかった。かわりに聴覚が、足音の様な微かな音を拾う。

「大丈夫かしら?」

 マイネが少年に声をかけると、少年は恐る恐る目を開くと、強い午後の日差しと共に、マイネの姿と透明なガラスの様な壁が視界に飛び込んできた。その先には、もんどり打って倒れているトゲイノシシの姿も見えた。

「怪我は……ないわね?」

「あ……。」

 少年が何かを言いかけると、目の焦点が泳ぎだす。マイネがその視線の先を見つめると、トゲイノシシがゆっくりと起き上がっていた。

「フンッ!」

 起き上がり、戦闘態勢を整えたトゲイノシシの鼻息が、一段と荒くなる。

「この棒きれ、お借りしますわ」

 マイネは少年が握っていた樫の棒を掴み取ると、自身が作り出した透明な壁を一気に飛び越える。今度はマイネが樫の棒を持って、トゲイノシシと対峙する。マイネは右手一本で樫の棒を構えながら、左手はムーンストーンをあしらったイヤリングに当てていた。再びキーンという金属音が鳴り響くと、今度はムーンストーンが光り出す。

「さぁ、ダンスのレッスンをつけてあげますわ!」

 マイネが叫ぶと、それを合図にしたかの様に、トゲイノシシの目つきが変わり、よだれを垂らしながらくるくると回り始める。

「そう……良い子ですわ……」

 マイネは両手で樫の棒を持ち直して、冷静に狙いを定める。

「ハァッ!」

 気合い一閃。

 マイネの持った樫の棒は、トゲイノシシの頭部にめり込んだ。トゲイノシシはよだれを垂らしていた口から、鮮血を吐いて絶命した。

「ごめんね……」

 マイネは申し訳なさそうに、トゲイノシシに手を合わせる。一部始終を見ていた少年が、落着した事に気付いてその場に崩れ落ちる。それと同時に、透明な壁が消える。

「まったく……。棒切れ一本でアイツに立ち向かうなんて、無謀も良いところですわ」

 マイネは微笑みながら、倒れている少年に手を差し出した。

「あ、ありがとう……」

 少年は恥ずかしさを隠しながら、マイネの手を握り返す。その手の温かく絹の様な手触りに、少年は思わずはっとする。

「でも……」

 マイネが手を握った少年を引き起こしながら、言葉を続ける。

「その意気や良し! ですわ」

 マイネは引き起こした少年の手を、両手で包み込むように握り締める。マイネの両手の温もりとねぎらいの言葉に、少年は頬を赤く染める。

「ど、どうも……」

 ぎこちなく礼を述べる少年を微笑みながら見つめるマイネは、「はい、これ」と言って樫の棒を少年に返した。

「私の名前はマイネ。クリアーのマイネですわ。あなたのお名前は?」

「あっ、えっ……と、ガストーです!」

「まぁ! あの『剣聖・ガストー』と同名なんですね!」

 マイネの何気ない一言に、少年は思わず得意げな表情を浮かべる。

「あの……助けていただいて、ありがとうごぜぇましたぁ!」

 少年の後ろでうずくまっていた農夫が、マイネに声をかける。マイネは微笑みながら農夫に頷いた。農夫はそれを見て、「もしかして……」と言いながら、少年とマイネの間に割って入る。

「貴女様はストーナーではありませんか?」 農夫の言葉に驚いた少年だったが、あっけなく「はい」と答えたマイネに、更に驚きの表情を見せた。

「えっ、ストーナー!」

「やはり、そうでしたか……」

 驚愕する少年と冷静な対応を示す農夫に、マイネは困惑する。

「先ほどは失礼いたしました!」

 助けた農夫が土下座して詫びを入れるので、マイネが慌て出す。

「えっ、どういう事ですか?」

「どうもこうも、先ほどは知らぬとは言え、『石使い様』に無礼を働いた上に、命を助けていただけるだなんて……」

 きょとんとするマイネを尻目に、農夫は額を地につけている。それを見ていた少年も、農夫の隣で土下座を始めた。

「ちょっと、止めてください!」

 マイネは二人を制止したが、それを無視して土下座を続けていると、農具で武装した町民たちがやって来た。それに気付いた農夫が頭を上げて、町民たちを呼び寄せる。

「おーい、石使い様がトゲイノシシをやっつけてくれたぞー!」

 町民たちがざわつき始める。マイネは身の危険を感じてその場から逃げようとするが、農夫にスカートの裾を掴まれて身動きできなかった。

「ほれ、皆も頭さ下げぇっ!」

 農夫の声が響くと、集まってきた者達は一斉に地面に平伏した。

「な、何が起きているんですの……?」

 マイネはただ狼狽えるばかりだった。



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