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Justice Noise  作者: 華野宮緋来
第三章『人ならざる証』
9/30

過去

コメディとシリアスが半々といった話です。

《   2   》

 ラウネが二度目の目覚めを果たした時、目の前には少女二人に加え、青髪の少年が立っていた。冷淡な瞳を持つ少年、レノンだ。彼もまた、昨夜の話を聞きつけて部屋に来たと言う。

 続いて気づいたのは己の身辺だ。布団で身動きできないよう縛られたまま、床に無残に転がされていた。

 何とか動かせる顔を持ち上げ、ラウネは尋ねる。

「お、おい……。何だ、この扱い」

「黙れ、変態」

「……ア、アーシェさん? 顔が怖いですよ……?」

 冷酷な眼差しで見下ろすアーシェに、縛られた少年は思わずたじろいだ。ラウネが声を張り上げようとも、沈黙される程の強い威圧を放っている。

「助けてくれ、レノン!」

 ラウネは隣にいるレノンを見た。だが、視線に気づいたレノンは、目を伏せながら両目を逸らした。ラウネが見捨てられたと失望する直前、友は言い放つ。

「下手な言い訳は効率が悪い。諦めろ。……いや、この状況は言い訳できないな」

 やっぱりそうだよ、と支援を得たアーシェが力強く頷く。学院一の親友は、即座に己を裏切ってしまった。

「裏切り者おおぉぉ!」

 短くはない関係のレノンに対し、ラウネは慟哭した。

「黙れって言ったでしょうが、変態!」

 アーシェの踵がラウネの頭上から振り下ろされた。脳天に強烈な一撃を貰ったラウネは、悲鳴混じりの呻きをあげる。

 そこに、セレナが気の抜けた声が入った。

「おなか、すいた……」

「うるさい! ていうか、助けろ!」

「…………なんで? ラウネ、わるいこと、したの?」

 セレナはいまいち状況を飲み込めていなかった。低血圧なのだろうか、眠気が微量残っているらしい。ラウネは朝からの説明に大声で勤めた。

「だーかーら! 今朝、お前が俺のベッドに入っていたことから――――」

「断層……斬……」

 剣が抜かれる音と、圧倒的殺意を含んだ声が響く。

 アーシェの持つ剣が魔術の光を放っていた。身体を震わせながら、ラウネは己の愚かさに気づく。一夜を同じベッドで共にした――かもしれない。それを無意識に口走っていた。

 ――ラウネは、自分で崖の淵に来てしまったのだ。

「待て待て待て! 俺は何もしていない! あんなぺったんこに興味はないんだ!」

「む…………」

 黒い影がゆったりと、かつ素早く駆け抜けた。長い髪を舞わせて、その影はラウネの真上へと短く跳躍する。

 正体はセレナだった。幾重の鎖を唸らせ、超重量という脅威を、縛られた少年に奮って見せる。彼女の小さな踵が、転がったラウネへと降りかかった。

「ごふっ!!」

 一点から激痛の波間が広がる。ラウネは悶絶しつつ、地面に防ぎこんだ。

 とても重い少女はすぐさま背中から退ける。しかし、復活は出来ない。正直、頭を上げるまでが限界だった。

「くっ……! まさか秘匿の依頼でセレナの護衛を頼まれているなんて……」

 うなだれたまま、葛藤するラウネ。

「なるべく周囲に知られてはいけないんだ! レノンとアーシェには口が裂けても言えない!」

 冷静に頭を巡らせ、打開策を探す。知略に富んだレノンは今に限って裏切っていた。協力は求められない。自力で解決するしかなかった。

「どうすれば、いいんだ……!?」

 ラウネは必死に問答を続けていた。そして、周囲が無言になったのも気づく。

「ん?」

 三人が向ける視線が変化していた。視線に気圧されて、ラウネは不安な表情を浮かべる。限りなく無表情でありながら、瞳の奥で侮辱するような顔だ。

「え…………? 何で、皆『こいつ馬鹿だ』みたいな顔をしてるの?」

「…………」

 誰も答えてはくれなかった。



 人々の声が飛び交う街の中。黒衣を着こんだ少女を中心に、ラウネたちは第一層である市民層を歩いていた。天候は晴れ。眩しい光を受け、四人は露店が並ぶ街路を進む。

「……ったく。何でわざわざ買い物に……」

「そう言うな。これなら機嫌が良くなるだろ。効率がいいってことだ」

 ラウネが漏らす愚痴に、レノンが淡々と応じた。

 セレナを加えた四人は、第一層の街に買い物に来ていた。目当ては少女用の衣服。セレナの着衣であった。

 今朝、ラウネの誤解が解けた頃。セレナがアーシェへと服の購入を要求したのだ。ラウネが反対する一方、アーシェは激しく同意した。また、セレナの黒衣はいつの間にか破れている。それを見せ付けられたラウネは反論の余地なく、同行を許可したのだった。

「セレナちゃん、ラウネが失礼なことしなかった?」

「……しょうじきだった」

「そっか。ラウネ、思ったことを口にしちゃう癖があるんだ。我慢してね」

「ばか?」

「うん、馬鹿」

「人をバカバカ言いやがって……!」

 前方を歩く二人の会話に、ラウネが唸りながら歯軋りした。レノンは先ほどと同じようにしてラウネを宥める。

「……にしても、いきなり仲いいよな、あの二人」

 怒りを抑えたラウネが、アーシェとセレナが並んで歩く様を見て呟く。傍から眺めれば、仲の良い女友達、または年の近い姉妹のように思えた。

一番後ろからついていたレノンも、ラウネに似た感嘆を漏らした。しかし、その語気はどこか観察めいたものだった。

「いつも俺達と行動しているからな。弾む会話をする機会が少ないんだろう。あのセレナって娘と気があったんだな」

「そういうもんなんだ……」

 ラウネは感心した口調を含んだ。良かった、と小さく漏らし、楽しそうに前進する二人を見つめる。

「あいつも、女の子なんだなぁ」

 しみじみとラウネが呟く。その額に前方から小さな小石が投げ付けられたのは、言うまでもない。

 前方の二人の話題が尽きることはなかった。その体制は世話好きな少女が一方的に質問して、セレナが淡々と答えるというものだった。

「セレナちゃん、第三層に居たんだよね? ……こう、何か変わったこととかあった?」

「……?」

 黒衣の少女はその質問に首を傾げた。

 アーシェは第一層の住人だ。そんな彼女が何故第三層について訊くのか、セレナには皆目検討がつかなかった。

 セレナの疑惑を察してか、アーシェが静かに言葉を紡ぎだした。

「ああ、ボクは元々第三層の住人だったんだよ」

 少女の言葉はどこか気恥ずかしそうだった。しかし、聴覚に接触する語彙の一つ一つに、暗い感情が籠もっていた。

「じゃあ、おじょうさま?」

 アーシェはその問いに苦笑を漏らした。

「……うん。そうなるかな」

 懐かしむ視線を天へ送るアーシェ。仰ぐ空には第二層の大陸が浮かんでおり、第三層はまだ見えない。けれども、少女の双眸は確かに己の故郷を見つめているらしかった。

「どうして、ここに……?」

 セレナは純粋に質問しただけだった。それを訊いてはいけないことだと知るのは、答えようとするアーシェの顔色が変わったからだ。

 影を描き、暗く、鋭く豹変を見せる。

「……八年前。第三層で魔神による虐殺があったのは知ってる?」

 セレナは小さく頷いた。魔神一掃の報復として引き起こされた事件だ。人々の記憶にはまだ新しくもある。神を敬う国で、敵を匿った。その上、魔神との子をもうけた人々もいたのだ。当時の人々は病的に排除を試みた。

 そして、神名殺しと呼ばれる大量虐殺は生じたのだ。

「ボクの家族は皆、魔神に殺されたんだ」

「……っ……」

 セレナは小さく息を呑んだ。

彼女の言葉に恐怖、憎しみといった感情はなく、どこか淡白な情景を思わせる。正確に言うと、見えない威圧が隠されていた。

 見習い女騎士が、上空から正面へと視線を戻す。

「ボクがここにいるのはとても簡単な理由だよ。騎士学院に入ったのも同様さ。……復讐だ。ボクは、家族を殺した魔神を、殺し返す為に来たんだ……!」

 強く握った拳を、アーシェは胸の前で掲げた。大きさは年頃相応の拳であるが、外見は豆や傷跡が多く残っていた。セレナは拳の傷跡から、少女が歩んできた道を察する。

「……ごめんね? 変な話をしちゃって」

「ううん」

 小さく頭を振る少女。アーシェは不快な情を抱かせていないと安心するが、撫で下ろした腕を急に掴まれた。手首を握っていたのはセレナだった。掴んだまま、彼女はアーシェを引っ張り出す。

「ちょっ?」

 突然の出来事に、少女の騎士見習いは戸惑った。

「……はやく、いこ。アーシェ」

 囀るようなセレナの声に、お節介焼きの少女は目を見開いた。今までセレナに名前を呼ばれたことはなく、今初めて名前を呼んでもらったのだ。

 アーシェはそんな少女の変化に、ただ嬉々とした返事を返した。

「………………」

 一方、セレナが振り返った先。ラウネとレノンの姿が見えた。しかし、ラウネの顔は無言で歪んでいる。彼の顔には、複雑な感情に苛まれる苦悩の色合いが浮かんでいた。

 黒衣の少女は、そんなラウネに何も言わない。脳裏にラウネの表情を留めたまま、小さな一歩を再び踏み始めるだけだった。

僕っ娘騎士、アーシェさんは三人の中で剣術が一番得意です。彼女も本作の中で色々と活躍していきます。

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