表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Justice Noise  作者: 華野宮緋来
第二章『竜と少女』
7/30

七つの塔

第二章の完結です。

《   3   》

 雨音のようなシャワーの音が聞こえる。

 質素な部屋の中。中心に置かれたローテーブルの上で、ラウネが言葉を漏らした。

「本当にここに泊まるのか……」

「アギャ」

 返事をするように、小さな竜が鳴いた。その竜はテーブルの上で寝伏せている。主の帰りを待っているのだろう。

「リウ」

 名前を呼んでみる。この水竜はリウという名前であった。セレナが名づけたという。リュウという名称から、短縮してリウ。単直なネーミングであった為、ラウネは思わず苦笑した。

「…………」

 リウが応答する気配は一切なかった。どうやら飼い主以外には懐かないらしい。

 次に見たのは窓の外だ。部屋から見える景色は既に暗黒。日は夜を迎えていた。

 第一層、騎士学院の領地内。その中に生徒専用の寮がある。ラウネはその専用の部屋で生活していた。

「フェルム先生のおかげで、誰にも気づかれずに帰ってこれたな」

 夕食をとった後、二人は寮の前にいたフェルムの手引きでここまで来た。フェルムは妻の元へ早く帰りたい、と不満を漏らしていた。だが的確な指示を出してくれたので、寮内の生徒には気づかれていない。

 部屋に入った後、セレナはシャワーを浴びたいと言い出した。反対する理由もないので、セレナは現在シャワーを浴びている。

 ラウネは暇だった。そこで、伏せているリウの頭を指で突いてみる。リウが不機嫌な声を出した。

 それに重なるよう、部屋に設置されたシャワー室の雨音が止む。

「そういえば、着替え用の服持っているのか?」

 セレナはシャワーを浴び終わっている。着替えがないことは、今気づいてしまった。部屋にバスタオルはあるのだが、女性用の着替えなどあるはずがない。

「アグ」

 後先悩んでいたラウネの指が、竜の口に噛まれた。指先に鮮烈な痛みが食い込む。

「いだだだだ! 放せ!」

 小さな体を振り回させるが、外れる気配は一向になかった。むしろ、噛む力は強くなっていた。

「めっ」

 その時、真っ白な指がリウへと伸びた。指が少し赤みを帯びている。数滴の水分も浮かんでいた。シャワーを浴び終えたセレナなのだろう。

 リウの頭に指が触れた途端、ラウネの口が開放された。

「ああ、ありがとう。セレ……ナ…………」

 振り向き泣きながら感謝するラウネ。そんな彼の表情が唖然に変わった。

 ラウネの隣にいたのは、黒衣ではない純白の少女だった。

 着ているのは白いワイシャツだけである。サイズが大きく、袖がはみ出ている。また、普段の黒衣と同様に、全身が鎖で巻きつけられていた。

加えて、黒い輪が首を始め、手首と足首に五つ。それらは全て、全身に絡みつく鎖を結ぶ役目を果たしていた。大昔の奴隷も越える、異様な有様だ。

「だめ。かんじゃ」

「駄目なのはお前だあああ!」

「?」

 湯上りで紅潮した顔を、セレナは不思議そうに傾ける。すると、巻きついている鎖が鳴った。

 音に反応したラウネの眼が、鎖を見つめ、巻きつかれた四肢まで見てしまう。最も眼につく鎖だ。しかし、彼女の体も負けじと美しかった。

「な、何て格好してんだよっ。それって、俺のワイシャツだろ!」

「だめ?」

 親指を突き出すラウネ。

「いや、かなりいい! …………じゃなくて!」

 ラウネが頭を抱えた。また、癖が出てしまったのだ。

 ラウネ・ユースティティアには幼少からの癖があった。思ったことをつい口に出してしまうのだ。アーシェとレノンは既に知っているが、本音が知られてしまうことにあまり得はない。損ばかりだった。

「どっち?」

 ラウネは頬を少し赤く染めながら、一時間近く衣服の扱いについて説明した。

 説明には納得したらしく、セレナは昼間の黒衣に着替えた。鎖は已然と身体に絡みついている。

「ねむ……」

 眠たそうな瞳を更に閉じかけ、セレナがあくびを漏らした。何を思ったか、無言で部屋の隅にあったベッドに近づく。そして、その上に座った。

 ベッドが、今にも壊れそうな音を上げる。

「おいおい! やめろ、やめてくれ! 俺の安住の地を壊さないでくれ!」

「そろそろ、ねる」

 黒衣の少女は一切聞いていなかった。

 ラウネが諦めたようにため息を漏らす。それからテーブルの上に、数冊の本を広げ始めた。彼の頬はまだ赤かった。先ほどの美しい姿が脳裏から離れないのだ。

「……分かった。そこで寝ていい。俺は勉強しているから」

「おやすみ」

「ああ」

 数冊の本を開くラウネ。彼はすぐさま集中する姿勢に入った。

「くそ。さっき先生に問題当てるって言われたからな……。予習しとかないと」

「…………おやすみ」

 強まった視線の威力に気づかぬ不利を施し、淡白な返事を漏らした。

「ああ」

 ラウネの手が動き始めた。素早く手馴れた動作だ。意識も外からの言葉が届かないほど高まっている。そんな横顔にある視線が集中していた。ベッドの方面から迫り来る重厚な眼力。ラウネはそれに耐え切れず叫んだ。

「だー! 何なんだよ、一体!?」

 ラウネが教科書を叩きつけた。いい加減にしろ、と喚きながらセレナの方を向く。

「むう………………」

 意に介した様子もなく、彼女は眉を寄せてラウネを睨み続けた。不満げな顔で、何かを訴えかけてくるようだ。

 観念したラウネが投げやりに言い放つ。

「分かった、分かった! お休み!」

「む」

 直後、セレナが満足したように頷き、ベッドの中に潜り込んだ。小柄な竜も抱きかかえている。

「はあ……、何だったんだ?」

 布団に包まれて沈黙した少女を見送ると、ラウネは叩きつけてしまった教科書を再び開いた。開かれた教科書の紙面に絵柄が映っている。それは、七本の塔に守護される、一際巨大な塔だった。

 神々が住むこの国の全体図だ。

 七本の塔は、右回りに光の塔(ミカエル)闇の塔(ガブリエル)火の塔(ラファエル)水の塔(ウリエル)風の塔(セアルティエル)雷の塔(イェグディエル)地の塔(バラキエル)、と名称がつく。頂上には、人々を守るという正義の名を持つ神々もいる。最強の存在、上位七大神。

「歴史か……。苦手なんだよな」

 フェルムが与える問題は歴史だった。神々の歴史についてだ。

 教科書に並べられた単語を一つずつ拾い上げ、整理してゆく。単語がラウネによって読み上げられていった。

「上位七大神……、火の神。風……、光…………闇、水、雷…………」

 絶対的存在、神。その正体は誰にも分からない。一説によれば、高位魔術の結晶だと言われている。人々が使う魔術も、神の存在が大きく関わっているらしい。

 千年を超える時代。彼らはずっと人々を守ってきた。敵対する存在、魔神から。

「……もう、八年か」

 無意識に閉じかけた瞳でラウネは窓の外を見た。既に漆黒の空間が広がっているが、鐘がなっていないので、まだ零時を過ぎてはいないらしい。

「明日は地の日か」

 塔樹街での日付は、その各曜日に鳴る鐘の塔と、同じ名前が付けられていた。今日は雷の塔。順番からして、明日は地の塔から音色が響く。

「八年前の少女……か。あの日からもうそんなに経つのか」

 八年、それは忌々しい事件から過ぎた月日だ。『神名殺し』。魔神と関わった者全ての虐殺。今でも、彼自身の記憶に光景が残っていた。炎々と燃え上がる広場に、両脇に倒れた両親の遺体。そして眼前に立つ黒衣の死神。

「やめやめやめ!」

 ラウネは思い切り頭を振った。脳裏の光景が吹き飛ぶ。代わりに別な感覚が脳内に生まれてしまった。

「眠い……」

 ラウネの頭が舟をこぎ始めた。必死に堪えようと抵抗するが、努力空しく、意識は遠のいていった。

《   4   》

 冷感的な地面の上で、奇妙な足音がなった。ジャラジャラジャラと、金属が連なる音だ。冷ややかな闇に溶け込むように、音はくっきりと浮かび立つ。

 足音の主が、不意に歩を止めた。

 そこは一陣の風が吹く場所だった。足音の主が持つ黒髪を空気に晒される。深い夜闇、天に浮かぶ月が、身体を巻きつける鎖を照らし出した。

 風の流れが止んだ。

 主は虚空を見つめている。しかし、そこに照らされるものは何もなかった。

 ――月が、暗雲に閉ざされた。

 放散する衝撃音と、赤く燃える火炎が周囲を覆う。

 やがて、午前零時を告げる地の塔バラキエルの鐘が鳴り響く。波のように広がる音響が、その場所を通過した時には人影は消えていた。

次回も一日後に投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ