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Justice Noise  作者: 華野宮緋来
第二章『竜と少女』
6/30

第二層

AIRLINEの投降は難しそうなので、かわりにこちらを投稿します。

《   2   》

 がやがや、と多くの客が入り乱れている。市民や、学院生、鎧を着た騎士、と多種多様の人相で一杯だ。この層の特殊性がすぐに分かる光景であった。

 他の塔へと続く橋がかかっている層。人の出入りが多く、物々交換と防衛の要所を兼任している。

 塔樹街、第二層。ラウネは再び騎士と商人の階層に来ていた。行きと違うのは唯一つ。隣に美しい黒衣の少女がいることだ。

 緋色の夕暮れが空に映っている。既にかなりの時刻が過ぎているらしかった。

 中心の塔の昇降機手前。ラウネは周囲を見回し、知り合いがいないことを確認した。自分の住む寮には第一層で降りた方が速い。けれども、護衛の秘匿性を高めるには、遠回りも必要だったのだ。

 後ろに連れ添った少女の手を引き、ラウネは街を歩く。周辺の店頭は剣や鎧といった武具と青果や生肉などの食品が半々に売られていた。店頭に並べられた商品にラウネとセレナは目を引かれていく。

 しかし、左右に振った視線は良い物だけを捉えてはくれなかった。

「…………」

 ラウネは唇と眉を歪め、とてつもなく阻喪な表情を浮かべた。

「おい、そこの坊主。そのお嬢ちゃんを俺らに渡しな」

 明らかに風体が悪い男が、四人。服装は市民が身に着けている一般的な代物だ。目付きだけが悪く、如何にも目立つ場所に傷跡が刻まれている。残念ながら、学院生の目から見たら命に関わることのない軽傷である。身なりから察するに、騎士からはみ出たゴロツキというところだ。

 中心に立つ巨体の男がセレナを一瞥する。後ろに居た細い男に確認して、セレナへと再び視線を戻した。

 対して、セレナは人見知りなのか、ラウネの背中に隠れている。

「はあ……」

 ラウネがため息をついた。数歩だけ、後ろの少女と共に後ずさる。

「言うことを聞けば、怪我をしなくてすむぜ」

 巨体の男の隣に位置していた二人の男が前に出た。縦二列となって、一人目がラウネの前に進みだす。

 司令塔らしき中心の男は、嘲るように笑った。

「ふっふっふっふ。小僧。おとなしくすれば――」

「やだね」

 中心に佇む巨体で髭の濃い男が言葉に詰まった。言い切る前に即答。それが屈辱だったのだろうか。憤怒を思わせる表情で、叫びあがる。

「……舐めるな、小僧! やれ! お前ら!」

 リーダーの指示をきっかけに、男が一人ラウネに殺到した。

「野次馬の近くまで下がれ」

 同じように、ラウネがセレナに促した。ゴロツキとラウネたちを囲むようにして、人だかりが輪になって出来ている。少女は言葉に従い、鎖を鳴らしながら下がった。

 ――一人目が、右拳を大きく振りかぶった。

「遅い」

 そうラウネが呟く。実際、今朝戦った魔獣の方が数倍早い。打ち出された男の突きは指骨の細部までくっきりと目視できた。

 片手を上げ、ラウネは掌を手拳の横に添えた。微弱な力を加え、方向だけを自分の肉体からずらしてやる。ぱしっ、と乾いた音が鼓膜を叩いた。

 払いのけた拳が明後日の方向へと飛ぶ。すかさず、ラウネは空いた男の脇腹に蹴りを命中させる。

「――ぐえ!」

 ラウネのような騎士見習いは学院から一切の装備品を配布されている。男の腹に埋まったブーツもその一つだった。鉄鋼の鋲が入った、丈夫な履物。それが内臓の位置を抉っていったのだ。

「ま、これは痛いよな」

 当然、蹴られた男は苦痛で顔を歪めていく。

「なっ!」

 髭の濃い男の絶句した声が届いた。一人目が苦悶しながら、その場で崩れ折れる。

 すぐに二人目が駆け出した。両腕を広げて突進してくる。ラウネを捕まえる気なのだろう。厳つい視線が、ラウネのみを睨みだしていた。

「だから、遅いって」

 ラウネは身を縮めて男の懐に入り、回避した。身を屈めたラウネは足、腰、肩、腕を連動して捻る。二人目の両手が空を切ると同時に、利き手の拳を素早く突き上げる。

 全身を使った打撃が男の顎を襲った。

 地面から浮き上がった男が威力の凄まじさを証明していた。顎の回転によって脳まで揺さぶられた二人目はそこで気を失う。どすん、と一秒にも満たない浮遊を終えた身体が大きな音を立てた。

「ぐっ……。……くそ!」

 二人の部下が倒される姿を見かねてか、中心に居た男が走り出した。戦闘の構えをとっている。的確な歩方に厳重な防御。部下達よりも洗練された動きだ。

「小僧! これで終わりだ!」

 先に攻撃したのは男だった。ラウネの顔面目掛けて拳が飛ぶ。

「お前がな」

 ラウネは表情を変えず、ふわりと拳の先を掌で受けた。拳は勢いを弱めず、そのまま突き進む。触れた掌は防御の為ではなかった。

 直後、男の勝利を確信した笑みが一回転する。

「あ?」

 ラウネの体はすり抜けたように、男の横に立っていた。片方の足が遮るように出ている。男は瞬時にして投げられていたのだった。

「悪いが、これでも一位の成果を上げてるんでね」

 ラウネ、レノン、アーシェ。この三人組は学院で最も魔獣を対峙している班だった。対人間用の訓練はしていないとはいえ、ごろつきに負ける道理が無い。

 巨体の男は部下二人を巻き添えにして地面に墜落。三人共々、地面に倒れこんだ。

 周囲で拍手と喝采が湧き上がった。商人風の服装をした野次馬が騒いでいた。ラウネの勝利を賞賛しているのだろう。

「ふう。そっちに怪我は……ないよな」

 ラウネはセレナの無事を確認すると、最も距離を取っていた細い男を睨んだ。

「どうする? 仲間は皆倒したぞ。あんたも、かかってくるか?」

 倒した男とは違った雰囲気の男だ。弱々しく細い身体を震わし、一歩ずつ後ずさった。

「くそ……。ようやく、八年前の少女を見つけたのに! 覚えてろ!」

 そう叫んで、細い男は野次馬が避けてつくった道を逃げていった。お決まりの文句を言い残したことが、野次馬達の笑いを生み出していた。

「うわ、思いっきり典型的な負け台詞だ。初めて聴いた……。さて」

 ラウネがセレナの傍へと歩み寄った。小さな竜を懐に抱える少女は、何も言い返さない。

異変がないことは確かだ。

「こいつら、どうするかな」

 振り返った先にいるのは気絶した三人の男だ。戦闘の様子からして、ラウネは素人だと断言した。ちょっとした小悪党、程度の存在だった。

「何で狙ってきたか、聞き出すべきか? ……でも、どうやる? ああ、こんな時にレノンがいればいいのに」

 ラウネは愚痴に似た不満を漏らす。不意に、野次馬のある方向がざわついた。何事かと見つめるラウネ。そこに、見慣れた制服を着こんだ生徒を発見した。自分と同じ真紅色の制服だ。騎士学院の生徒達が寄ってくるのを見て、顔を青ざめた。

「やば……。行くぞ!」

 セレナの手を引いて、ラウネは走り出した。周囲には秘密。それを遵守しなければいけない。今ここで、同じ学院の生徒と出会っては台無しなのだ。

 二人は颯爽と行き去った。後に、二人の背中に空しい声がかかったが、立ち止まる者は誰もいなかった。

 周囲の景色が変わってゆく。学院から離れるたびに、街は千差万別の光景を生み出していた。

 ラウネとセレナはその中を走る。連なる金属音が耳につくが、気にしている余裕はない。ただ、全力で逃げるだけだ。

 そんな街並みに、浸透する真っ赤な夕焼け。

「ここまでなら大丈夫か……」

 かなりの距離を走ったところで、二人は静止した。追っ手の姿は見えなかった。どうやら、振り切れたらしい。

「ごめんな、急に走らせて」

「べつに」

「………………」

 ラウネは顔を引きつらせた。少女の感情が読み取れず、困っていたのだ。先ほどからも敬語を使っていないことについても心配だった。しかし、少女は何も言わない。

 仕方なく、ラウネは逃げてきた方向を振り向いた。話し相手として残念ながらセレナは不十分だった。それに、気にかかる事もラウネの胸中には浮かんでいる。

「最後の男……。……八年前って言ってたな…………」

 ラウネの耳の奥で、痩身の男が残した言葉がやけに反響していた。

 『八年前の少女』――八年前と言われて、ラウネが真っ先に思いつくのは『神名殺し』だった。あの、両親を殺された忌まわしい事件。魔神に加担した魔神信仰者だと罵られ、数多くの人が亡くなってしまった。生き残ったのは、ラウネただ一人。忘れたくても忘れられない事件である。

 陰惨な記憶を振り払う様に、ラウネは声の調子を上げた。

「――そんな訳ないか」

 すかさず首を振って否定する。八年前に起こったことは他にもあった。そちらを示す可能性の方が高いだろう。

 特に、『神名殺し』の反逆が有力だ。魔神の報復として、第三層の貴族達が無差別に虐殺された事件。第三層であるセレナが関わっている確立は充分にありえた。

「ラウネ」

 急に、黒衣の少女がラウネの名を呼んだ。

 掌の中で水竜を弄くるセレナは、顔を上げ、呟く。

「おなか、すいた」

「今言うことがそれか!?」

 ラウネが呆れながら叫んだ。

 つい先ほど、二人は襲撃された。その事実を知りながら、少女は何事もなかったように会話を交わしている。豪胆と読んでも差し支えのないセレナ。この神経には圧倒されるものがあった。

 ラウネは短くため息を吐く。目線を少女に向けて、ゆっくりと尋ねた。

「何が食べたい? この周囲なら……」

 ラウネ達、学院の生徒は第二層へ来ることが可能だ。ラウネ自信も、武具などの下見によく来ている。そこからの経験を生かす一言をラウネは考えていた。

 しかし、考慮は彼女によって吹き飛ばされる。

「いちばんたかいもの」

「貴族!? そこだけ貴族なのか!?」

 金持ちか、とラウネはセレナを見て騒ぐ。第三層は貴族の層なので、当然だ。だが、身も蓋もない要求には愕然とせざるを得なかった。

「そ……それはさすがに無理だ。もっと手軽で……食べやすい……」

「……じゃあ、アイスクリーム」

「人の話訊いてたか、お前!?」

「ううん」

「否定すんな! そこはうん、って言えよ!」

「う~ん?」

「悩むな! そういう意味じゃない! アイスは夕食にたべるもんじゃないだろおおお!?」 

 ラウネが声を荒げるが、セレナは不思議そうに首を傾げた。本当に食べたいと思っている仕草だった。年相応の好みと言えるが、現在の選択としては間違っているとラウネは感じる。駄目だ、と一蹴してしまいたかった。同時に、怒鳴っていいのかどうかも悩んでしまった。

 そんなラウネの疑問を余所に、セレナは黒い瞳でラウネの顔を覗き込んだ。

「すき、でしょ?」

「そりゃ、好きだけどさ! だからって、夕食に食べるかは別だぞ!」

 頭痛を堪えるように、頭を抑えるラウネ。ふと、何かに気づいたように、セレナを見つめ返す。

「何で、俺の好物知っているんだ?」

「っ……」

 その問いに、セレナは何も答えなかった。二人の間に流れるのは奇妙な沈黙だけだ。

 不意に、ラウネは手首に違和感を覚えた。窮屈さが感じられた。

「……この手は何だ?」

 疑問で佇むラウネの手首が、誰かに掴まれていた。かなりの握力だった。握っているのは、鎖に巻きつかれた細い腕。セレナの腕だ。

「いこ」

 舌足らずな口調で小さく呟き、そのまま少女は歩き出した。

「お、おい。待てって……。質問に答えろ――――おおおお!?」

「はやく、ごはんたべたい」

 信じられないことに、ラウネの体は引きずり出された。小さな体躯を持つセレナ。そんな彼女の細い身体は異常なまでの万力だった。ががが、とラウネのブーツによって第二層の石畳が削られていく。

「アギャア」

戦闘シーンを少し書き加えています。他にも書き直したい点はあるのですが、AIRLINEの方を急ぎたいと思います。

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