黒衣の死神
続けて更新します。明日か明々後日も更新するかもしれません。
《 2 》
中心の塔、最下層。そこには絢爛な教会が建造されていた。三つの建物に囲まれ、巨大な門が来る生徒達を迎えている。その上部に古い装飾文字で教会の名が示されていた。
――上位七大神設立、カーディナル魔道騎士学院。
上位七大神とは、この国に顕現する神の中で最高峰に位置する存在だ。悪の魔神がこの世にむさぼる世界。その中で正義を背負い、偉大な神々は人々を守る。
その結果の一つが、魔獣を浄化する“神音”だ。
並行して、戦力の増大を図る作戦も神々に行われている。その一つとして、通称騎士学院があった。この教会は騎士を育てる学院として機能していた。
学院の中も教会の如き装飾であった。所々に光を浴びるステンドグラスが設置してある。敷地は広大。教会というにはあまりにも広い場所だ。
そんな学院の名物である長い廊下を歩く二人組がいる。隣りあって歩く、若い少年と少女。彼らは食堂から出てきたところだった。
「ふ~、食べた食べた」
膨れた腹を押さえながら、アーシェは満ち足りた声を出した。
「……よくそんなに食べられるな」
一方のラウネはそれを聞いて、呆れたように声を漏らした。
二人は真紅色の制服を着ている。騎士学院の生徒だ。
「ラウネの方が食べなさ過ぎるんだよ」
「はあ」
隣で歩きながら、小さく嘆息を吐く。不満がある様子だった。一拍おいて、いきなりラウネは隣を振り向いた。
「アーシェが異常だ! パン六個は食いすぎだろ。見ているこっちまで気分悪くなったぞ。いいか。どんなに食べたって、お前の貧相な胸は――ぐっ!?」
「セクハラだよ?」
力説の途中でラウネの表情が苦悶に染まった。二人の足元を見れば、少女が強くラウネの足を踏んでいた。力の具合は相当なものだ。しかし、踏んでいる本人は涼しげである。
「す、す、……すいませんでしたっ!」
「よろしい」
アーシェの足が離れた。特に気にした様子も見せず、悠々と先を進んでいく。足を引きずるラウネを振り返る気配もしばらくはなかった。
「……ああ、そうだ」
痛覚に手間取るラウネの名を、アーシェは急に呼んだ。ラウネがそれに応じると、目の前で緩やかに赤茶色の髪が翻った。ラウネとアーシェが正面から向かい合う。
「何だよ」
何故かアーシェの顔は少し赤く染まっていた。態度も何処かしおらしい。ラウネは訝しげに用件を訊き出した。
「あのさ。……これから、一緒に買い物に行かない?」
「買い物?」
「うん。ほら、今日はもう授業がないじゃないか。だから、久しぶりに第二層へと行こうと思うんだ。……ラウネに用事がなければ……、一緒に行かないかな?」
魔獣が大量発生した為、今日は午前中で授業が終わっていた。ラウネ達も授業の途中で魔獣退治へと出向いていたのだ。
短く間を空けて、ラウネが返事を述べる。
「悪い」
ラウネは視線を逸らし、唇を噛んで断った。返答を聞いた少女の顔が、視界の隅でちらつく。落胆に近い、泣きそうな顔だった。
「あ、……そっか。うん、ごめんね。いきなり誘ったボクが悪かったよね」
そうじゃない、とラウネの本心が叫ぶ。しかし、唇には強く封がされており、言葉となってアーシェに届くことはなかった。
「じゃ、ボクはもう行くね。ま、またね!」
「あ、おい!」
逃げるように駆け出すアーシェ。その後ろ姿をラウネは見ることしか出来なかった。
誰もいなくなった廊下で、一人自虐的な笑みで呟く。
「……本当は予定なんかないんだけどな」
――負い目。それが彼女の誘いに乗らなかった理由だ。ラウネにはアーシェとレノンに話していない秘密がある。
その隠し事は、いつも自分と他人との距離を隔てていた。魔獣退治などの緊急時は問題ないが、先ほどのような日常には支障が出てしまう。
ステンドグラスが昼間の光に照らされて輝く。長い廊下に少年の影が生まれた。ラウネはそれを踏むようにして歩き出す。
「教室に……戻るか」
ラウネとアーシェ、レノンが通う教室。そこには一人の男性が居た。一見、目立ちにくい男であったが、その態度はどこかふてぶてしい。
灰色のローブを羽織った、灰色の髪をした男性。二十代後半近く、鋭い目つきが印象的だ。想像されるのは乱雑な性格であるが、以外にも言葉使いは礼儀正しい。
「やあ、私の授業を真っ先に飛び出していったラウネ君じゃないか」
「うわ、いるし」
「忘れ物でもしたのかな? ああ、熱心だねえ。今度、私から問題をプレゼントしよう」
言葉は清潔だったが、皮肉がきつく利いていた。その対象となる少年、ラウネは教室の入り口で小さくため息をついている。
「要りませんよ……。鞄を取りに来ただけです。そういうフェルム先生こそ、教室で何しているんですか?」
「ああ! 良くぞ聞いてくれた。実はお前に授業の続きをしてやろうと思ってな。さあ、早く席に着け。妻という存在がどれだけ素晴らしいか、話の続きを早速してやる」
頭痛を堪えるように、ラウネが額に手を当てる。頭を横に振って、矛盾点を指摘した。
「午前中どころか、今までそんな授業をした覚えはありませんが」
「問題だ。私が妻をどれくらい愛している?」
フェルムと呼ばれた教師。彼にはラウネの言葉を聴くつもりはないらしく、いきなり問題を出してきた。もちろん、ラウネは答えないつもりだ。
「……っと、はい! 神よりも愛しています!」
「正解だ」
「言ってしまったー!」
「これぞ教育の賜物だな」
「笑顔で言わないで下さいよ! これは単なる条件反射だあああ!」
「ふっ。これで単位がまた一つ増えたぞ」
「これで!?」
灰色の男は愉快そうに笑った。彼は新婚である。その為、授業に自分の妻について語る機会が多いのだ。調子に乗って、フェルムは冗談交じりに宣言する。
「来週はテストだからな!」
「はいはい」
「本気だぞ?」
ラウネ達の担任教師、フェルム。元は凄腕騎士だったが、数年前に学院の教師になった。今でも騎士の風貌は漂っている。ラウネの慌てる姿を見ながら、一切隙を作っていない。
「俺、もう帰りますね」
ラウネが自分の机から鞄を取った。視線を合わせないまま、再び入り口とへと向かう。その足取りは速く、危険な動物から逃げるような動きでもあった。
「おいおい。待てよ。特に用事もないくせに、女の子からの誘いを断ったラウネ君?」
「――っ」
ラウネは表情を険しくして、辛辣な表情でフェルムを睨む。
「……立ち聞きですか。趣味が悪いですよ」
「立ち聞きも何も、お前たちが勝手に教室の前で話していただけだろ」
否定するように手を振る教師。彼の表情が真剣になるのは直後のことだった。
「やっぱり、まだ人と関わるのは辛いか?」
「……」
急に真面目な目つきになったフェルムに押されて、ラウネが辛そうに声を出す。
「そう……ですね」
ラウネは短く息を吐くと、誰とも知らない机に腰掛けた。話が長引くことを察したのだ。暖かな光によって、机はほのかな温度に包まれている。
「俺は、アーシェやレノンのような普通の人間ではないですからね」
ラウネは自分の襟元を強く握った。特に鎖骨の辺りを強く掴む。また、唇を同じぐらい強く噛んでいた。
フェルムはやれやれと、頭を掻く。ラウネにかける言葉を模索しているようだ。当てはまる単語をつなぎ合わせ、教師は生徒に告げる。
「今は出来なくても、いつかは必要な時が来る。それはお前も分かっているよな?」
以外にも優しい言葉だった。ラウネは微笑を浮かべて、自信をもって答える。
「ええ。フェルム先生には感謝していますよ。だから、先生の為にも俺は強くなって見せます。そして……」
言葉の途中で、ラウネが天井を見上げた。それは何もない、無機質な天井だ。
ラウネの瞳はその天井を越えて、遥か高い頂上を見つめる。そこにあるのは神の領域。人々の最高権威の場所だった。
「第四層へ駆け上ってみせる、……か」
フェルムがその先を紡いだ。同じようにして、天井を見上げる。
二人の視線がある一点で交差した。そこでフェルムが口を開いた。
「黒衣の死神だっけか? お前が探しているの」
「……はい」
――黒衣の死神。それは八年前の『神名殺し』から広まった噂だ。正体不明の怪物、神か魔神かも知れない存在である。
ラウネは一旦首を真正面に据えて、語りだした。
「自分でも探している理由はよく分からないんですけど、ただ、どうしても会いたい、もう一度」
「両親を殺した奴かも分からないのに?」
「ええ。だけど、無関係ではないと思います。あの場所に……居たから」
脳裏に灼熱の広場が浮かんだ。中心には黒い人物が立っている。ラウネが八年前に見た、黒衣の死神だ。今はもう風貌をほぼ覚えていない為、曖昧な黒い輪郭しか思い出せない。
「そうか…………」
フェルムが静かに口を閉じた。やがて、重い何かを吐き出すように、長く息を吐いた。
「なあ、ラウネ。お前にある依頼を受けて貰いたいんだ」
誰もいない昼間の教室。そこで持ちかけられた一つの依頼。それが、ラウネ・ユースティティアの運命を大きく変えることになる。
文章力はあまり気にしないで欲しいです。現在はエクステンデッド・ドリームかAIRLINEを読んで判断してください。