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Justice Noise  作者: 華野宮緋来
第六章『八つの純音』
21/30

八つ目

第六章です。

《   1   》


「何でだよ? 何で、魔獣が攻めてくるんだよ!?」


 その問いに答えるようにして、レノンが冷然と呟いた。

「やはりそうか。……元々、魔獣らはこれを狙っていたな」

「ど、どういうこと、レノン?」

 レノンは一歩前に踏み出し、火の塔を眺める紅煉へと指摘した。

「……紅煉、あんたは魔獣達に利用されたんだよ」

 彼の言葉に、上位七大神はゆっくりと振り向いた。顔には焦りと疑問が浮かんでいる。

 この状況は、紅煉自身も予想外だった。

 黒衣の死神を殺す、という目的の為に魔獣を従えた。それが逆に利用されたと言われて、訊かずにはいられなかった。

「……ど、どういうことだ。あの魔獣共は一体……」

「あんたは計画の為に大量の魔獣を従えた。それは依存ないな? ……そこから、気づくべきだった」

「何だと?」

「神は魔獣を従えさせることは可能かもしれないが…………魔獣を生み出せはしないだろう?」

 紅煉が驚愕の眼差しを青髪の少年に向けた。それから、悔恨の舌打ちを響かせる。

「ちぃっ! 貴様が言いたいのは、……大量の魔獣共は最初から塔の近くに潜んでいたということか!」

「ああ。そして、あんたに従うことで……何処の塔が手薄になるかを、知った」

「あっ」

 ラウネは交互に交わされる会話から、魔獣襲撃の内容を理解した。

 唯一開く門から、魔獣が埋め尽くす空を見る。その真下には、火の塔が黒雲に向かって屹立していた。鐘を鳴らす主は、ラウネ達の目の前にいる。

 つまり、あの塔は誰も護る者がいないのだ。普段は上位七大神の神音によって魔獣を阻止している。一角が崩されたことにより、魔獣達が侵入してきていた。

「じゃ、じゃあ、あの魔獣達は、火の塔から…………」

 アーシェは顔を強張らせながら、レノンの返事を待った。しかし、それは高らかな哄笑で遮られる。

「ははははは! これが、これが結末か! 力を証明する為に少しの間留守にしていたら、……足元をすくわれたか!? はははははっははは」

「まだ終わったわけじゃ――――っ、魔獣!?」

 ラウネが反論しようとした際、紅煉の背後に魔獣を見つける。開いた門から一匹の魔獣が入ろうとしていた。全身に緑がかかった、虫のような巨体だ。

 攻撃しようと構える騎士達。しかし、巨大な虫型魔獣の頭部は一瞬で消滅した。次いで、三つの穴が巨体に開く。全てが火炎によって広げられたものだ。

 魔獣は即座に浄化される。光と化す姿を眺めながら、倒した男が愚痴を漏らした。

「糞が。この数……七つの神音では浄化しきれない。……塔樹街は、神は、今日で終わりだ……」

 魔獣を倒したのは紅煉のようだった。そして、その声が告げた事実に、ラウネ達は果てしない絶望を背負わせられる。今日でこの国が終わる。あまりにも早すぎる終わりだった。騎士達はそれを回避できないか、と紅煉に迫る。

「無理だ」

 そう呟いて、希望が消失してしまう。

 紅煉が語るには、魔獣の数が多すぎるようだ。七つの神音でも間に合わないと言う。

 ラウネがこの状況に抗おうとした。

「何だよ、それ。やっと、八年前の、死神に。セレナに会えたっていうのに。ここでもう終わるのかよ。こんな所で、終わるのかよ!」

「……………………………………………………」

 虚しい叫びは無言で肯定された。隣に立つセレナでさえ、悲観的な表情を浮かべている。それでも、ラウネ自身は納得できなかった。アーシェ、レノン、フェルム。彼らによって切り開かれた今が、不意に終わることが許せなかったのだ。だからこそ、終末の状況に抗い続ける。

「あの日、八年前から生き延びたんだ。こんな所で、終わらせない! まだ、何か……………………何か…………!」

 開いていた唇が急に止まる。

「………………八?」

 そこでラウネは真上を見上げた。

 鐘がある上空を前にして、口を滑らかに動かしていった。

「上位七大神、……七つの神音。……神種実験……」

 また、自分が握る剣の音に耳を済ませる。聞こえてくるのは、不透明な雑音だけだ。ラウネはその音色から、脳裏に一筋の閃きを発見する。

「雑音………………。あった。……あったぞ! 八つ目の、雑音の神音が、ある!」

 見上げた上にある鐘。それは公式には発表されていない、雑音を鳴らす鐘だった。その事情に深く関わる紅煉が反発する。

「――貴様が言っているのは、中央の雑音がする鐘のことか!? 無駄だ。神音は上位七大神にしか発せない! 単なる鐘では……」

「確かにそうだよ。……けど」

 それはラウネにも分かっていることだ。

 本当の閃き。脳裏に走った思考は、もっと別な視点から覗かなければいけない。

「…………セレナ」

 呼ばれた少女が身体を震わせた。八年前、神種実験の成功例として、魔神虐殺の場に借り出されたセレナ。その瞳がラウネと交錯する。そして、彼女の耳はある提案を訊いた。


「お前なら、八つ目を鳴らせるんじゃないのか?」


「…………!」

 セレナが大きく瞳を開いた。深遠を思わせる闇色の奥に、戸惑い、驚き、恐怖といった感情が見え隠れしている。

「神音は上位七大神にしか鳴らせない。……なら、上位七大神と同等の力を持つお前なら、可能性はあるはずだ。七つじゃ駄目でも、八つなら勝機が見えてくるはずだ!」

 ラウネの自身溢れる語りに、アーシェとレノンは首を傾げていた。この二人は元々神種についての話を知らない故、仕方のないことだった。

 問題はセレナである。今は一刻も早く彼女の協力が必要なのだ。

「……頼む、セレナ。力を、お前の力を貸してくれ」

「……………………………………………………」

 黒衣の少女が率直に首を振ることはなかった。不安げな表情を浮かべ、ラウネの顔を一向に見ようとしない。ラウネはセレナの力の全容を知らなかった。彼女が迷う程の力なのだ、と知る。それでも頼み続けた。

「こんなこと、俺が頼むことじゃないよな。護ってくれていたお前を、殺そうとした俺なんかが…………。でも、ここで終わりたくないんだ。ここで終わってしまえば、お前に謝りきれない。そんな俺が、納得できないんだ。頼む。力を…………貸してくれ」

 うな垂れるラウネの顔を、セレナは初めて見上げた。その両目には雫が付いている。

「……………………分かった」

 セレナの顎が小さく頷かれた。ラウネはその答えに顔を輝かせる。

 直後。二人に向かって問いただしたのが、上位七大神紅煉だった。彼は厳めしい顔つきでセレナに尋ねる。

「黒衣の死神……本気か? 神音を鳴らすということは、真の姿を晒すということだぞ?」

 少女は怯える素振りも見せず、直入に返す。

「分かっている」

「…………ありがとう、セレナ。…………紅煉、あんたは火の塔へ戻れ。そこで火の塔の鐘を鳴らしてくれ」

「貴様に指図される謂れはない」

「……でも、あんたは上位七大神だ。人が望んだ神様なんだろ? だったら、人々を護ることは正義のはずだ!」

 神は人を護る。魔神を皆殺しにしてまで語る正義を、ラウネは信じた。

 思惑通り、若い男は真っ直ぐ踵を返す。わざとらしく足音を大きく響かせ、不満を印象付けていた。

「……………………ちっ。仕方ねえ。お預けとするか」

 そう言い残し、紅煉は紅い翼で羽ばたいていった。開いた門から、紅い閃光が一直線に伸びる。焔が闇の中空に散りばめられていった。光が火の塔に到着するのを見届けて、ラウネは呟いた。

「さあ、これからだ」

 門の向こう側に広がる景色は未だ暗かった。


一週間後の零時に次回を更新したいと思います。

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