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Justice Noise  作者: 華野宮緋来
第一章『雑音の鐘』
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現在

続けて投降しました。八年後から始まります。

《   1   》

 神名殺しから八年後。長いとも短いともいえない時を経た現在。

「ラウネ、そっち行くよ!」

 肩までかかる赤茶色の髪をした少女が叫んだ。

 少女の年齢は十五、六歳。粗暴な怒声であったが、その顔立ちは反して気品が滲み出ていた。身につけている衣服も勇ましい真紅色で、少女の印象を際立たせる。

 少女の言葉に合わせるかのように、黒い獣が駆けた。

 獣が駆けた軌跡に燐光が散らばる。

 獣は奇妙な形をしていた。牛のような頭部に、逞しい足腰。人より巨体でありながら、直立二足歩行をする猛獣なのだ。

「グモオオオォォ」

 黒い獣があらん限りの咆哮をあげた。同時に強く光る炎があった。炎の発端は獣の両腕。獣は筋肉が隆起する両腕に加え、灼熱の炎まで身に纏っていた。

 魔神の僕、魔獣。この異形の獣はこう呼ばれていた。神と人の敵である魔神が操る獣だ。神出鬼没な魔獣は人々を見境なく襲う。

「来るか」

 その魔獣に視線を向ける少年の姿があった。この少年も、先ほどの少女と同じぐらいの年頃だ。逞しい表情に似合う研ぎ澄まされた肉体がついている。

 少年が顔を不意に後ろへ振り向かせた。後ろには一人の少女がいる。その様子は正に腰を抜かしているところだった。

「ほら、速く逃げな」

 そんな少女にすばやく催促する。少女は一瞬、少年の言葉が理解できなかった。だが、すぐに全力で駆け出す。

「おい、ラウネ! 効率悪く、余所見するな! 右から来るぞ!」

 遠くから少年に向けた指令が響く。声の主もまた十代の少年だ。二人に比べると利発的な印象が際立っていた。さらに、サファイアのような青い髪に冷徹な瞳。声のかけ方にしても、少女と比べて幾分落ち着いている。

「右からか……」

 呟いたのは魔獣の軌道先に佇む少年だった。

 少年に向かって魔獣が怒涛の勢いで近づく。対して、少年は特に慌てる素振りをみせない。静かに右手を左腰に添えるだけだ。

 少年の腰には鞘がぶら下がっている。柄には十字架に似た装飾が施されていた。少年がしっかりとその剣を握る。

「グモオオォォ!」

 人語を解する気配のない魔獣は、燃え上がる左腕を大きく引き絞った。

 そして、炎の拳を猛然と打ち放つ。

烈火がざわめく、必殺の一撃だ。

「遅い!」

 動き出す寸前に、彼が短く叫ぶ。かみ合うように、華麗な足捌きで横へと滑走する。

 少年が持つ橙色の髪が、風で揺れた。

 同時に、突撃してくる魔獣と少年が交差する。

 ――すり抜けざまに奔る一閃。

 キンッ! と、鋭い斬撃が刹那に響く。

 少年は魔獣から数歩離れた所にいた。手には居合いで引き抜かれた剣が握られている。

 空気に晒された刀身の中央。そこに断たれた左腕が映っていた。次第に腕は炎を膨れ上がらせ、少年と魔獣の間に爆音を響かせる。

 同時に疾走音が混じった。走っていたのは先程の少女で、その手には少年の物に酷似した剣が握られていた。

 髪を靡かせる少女の向かう先は、魔獣。

「グモォォウ!」

 短く苦痛の叫びが空に轟いた。魔獣が固定していた時間流を活性化させる。殺意がこもった両目だけが、自分の腕を切り落とした少年を捕らえた。

 自由な右手が炎と共に少年を狙い始める。

「《魔弾ブラスト》!」

 空を裂く光の弾が一条の光を軌道として描いた。その合図を出したのは興奮を感じさせない冷静な一言だ。

 言葉と共に飛翔する弾丸が、魔獣の右手に音と光を立てて命中した。

 魔獣が纏う炎が、揺らぐ。寸隙の内ながら衝撃を与えられたのだ。

「グモッ」

 魔獣が光の根本を追った。怒りで顎が押し潰れそうな面持ちを、遠くにいたはずの青髪の少年が受け止めた。

 青髪の少年もまた剣を構えていた。しかし、空いている距離は斬撃が届く範囲ではない。証拠に構えられた剣は振り下ろされていなかった。代わりに、剣先は先ほどの光の弾と同質の発光を残していた。

「アーシェ! 今だ!」

 その少年が、鋭く告げる。

「ナイス、アシスト! レノン! 」

 お互いの名前を呼び合う二人。彼らの隙間ない連撃が繋がろうとする。魔獣の左腕を切断した直後から走る少女が、橙色の髪をした少年に差し掛かったのだ。

「堪えてね」

 短髪の少女、アーシェ・ヴァンジャンスが、少年の前で突如言った。

 それは少年に予想外だったらしく、意外そうな声を上げる。

「へ?」

 少女の身が異様に低い。疾走するにしても低すぎる。しかも、少女は顔に不適な笑みを浮かばせている。少年は嫌な予感を覚えた。

「――お前、まさか!?」

 かかる疑問を無視して、アーシェがその場で高く跳躍した。少女とは思えないほどの脚力で、前方に居た少年の肩まで飛び上がる。

 ――片足が少年の肩に乗った。

「うおっ……!」

 アーシェの足が少年を押す。それに従って少年の重心が崩れた。

 反して、少女は更に高く飛ぶ。魔獣の頭上を軽々と超えていった。

 小さな体躯が空中で一時制止する。高さの最高点に到達したら、後は落ちるのみだ。この高さでの落下は無傷ではすまない。

 危険な状況下で、アーシェは剣を空高くかざした。すると、両手で握られた剣が光を灯し始める。先ほどの魔弾ともまた違った光だ。それらは魔術と呼ばれていた。

「グモォ!」

 魔獣の視線がアーシェへと向く。上空からの攻撃に気づいたのだ。しかし、次の瞬間には意志の具現化――魔術は発動していた。

「《断層……斬波》!」

 落下と共に魔術名が叫ばれた。剣が放つ輝きはいっそう強くなり、振り下ろされる刃の軌道を描いていった。

 光と共に一直線に伸びる刃が、魔獣の体を両断。

 そのまま、少女は派手な音を立てながら地面に着地した、

 光が魔獣の右肩から溢れ、巨体を一直線に貫通している。これがただの斬撃でないことは、見れば明らかだった。

 アーシェが使用した魔術は《断層斬波》と呼ばれている。効果は斬撃の具現化。使用後に断層の如き痕跡が残る。そこから名づけられた術だ。

「…………」

 魔獣は光の刃を内包したまま動こうとしない。振り上げた炎の拳も制止していた。

 音がする。それは不思議なことに、魔獣の体内から聞こえた。周囲の残響からして小規模の鐘のような音だ。どこか美しく、切ない音色でもある。

 やがて、少女が静かに立ち始めた。無防備にも剣を腰の鞘に収める。その行動を二人の少年は咎めなかった。

 何故なら、魔獣は既に退治されたからだ。

「……ラウネ、大丈夫だった?」

「アーシェ~! お前、何しやがる!」

 少女が魔獣から離れて先程の少年へと近づく。対する少年の声は荒げていた。

「やっぱ……、痛かった? てへ」

 見れば、少年は片方の肩を抑えている。あの勢いで踏みつけられ、肩を痛めたのだ。

「当たり前だろ!」

「でも、ラウネなら見事に受身とかとれるよね?」

 アーシェが赤茶色の髪を優雅に梳いて、こびるような視線を発する。ラウネは意外な仕草に心を揺らすが、口は意識とは正反対に事実を紡いでいた。

「出来なかったわ! お前が俺の肩踏んで押したせいで、顔面を強打したぞ!」

「ごめん。格好悪いね」

「まあ、いいじゃないか。魔獣は退治できたんだし」

 そんな二人の間に青髪の少年が割って入った。レノンと呼ばれた少年は、怒る少年を冷静になるよう催促する。レノン・サージュ。三人の中で最も博識な少年だった。

「でも、レノン。……お?」

 ゴオオオォォオン!

 ――そこで荘厳な鐘の音が響いた。魔術でもなく、また魔獣から聞こえるものでもない。もっと自然な響きだ。この街全体を埋め尽くす程の音量がある。

「今日は雷の塔イェグディエルの鐘か」

 レノンが呟きにあわせて魔獣の方を見た。他の二人もその視線を追う。

 視線の先では魔獣が黒い光となって、高い空へと散っていた。これは浄化と呼ばれる現象だ。アーシェの一撃で倒された時に響いた音色も、この浄化の前触れだった。そして、それを促すのが鐘の役割だ。

 その音色は神の音と書いて、別名“神音かね”と呼ばれている。

 三人は騎士として魔獣が消えゆくのを見届ける。正確には騎士見習い、学生の身分であった。そんな身分でありながらも、彼らは立派に戦力となり戦っている。

 鐘はある方向から聴こえた。そこには一つの塔が立っている。アーシェは魔獣の浄化から視線を外し、その方角を見上げた。

「鐘が鳴ったってことは、もうお昼だね」

「そうだな。そろそろ学院に戻って昼食をとるか」

 鐘が鳴るのは一日に二回。深夜零時と正午だ。塔樹街に住む人々は鐘の音を基準に日々を過ごしている。学生もまた同じだった。

「今日は何を食べよっかなー」

 アーシェとレノンが軽い足取りで歩き出す。二人が足音を石畳に刻みだした時、ふと気づいた。一人足りない。欠落しているのは橙色の髪をした少年、ラウネだ。

「………………」

 盛大に鐘が鳴り響く中、ラウネは一人魔獣がいた跡地を見つめていた。ラウネの視界に魔獣はもう映っていない。完全に浄化されてしまったのだ。

 その瞳が上空へ移動する。遠方にある塔を見ていた。瞳に何処か決意めいた色が覗けられる。

「ラウネ?」

 後ろからアーシェが声を掛ける。

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない。今行くよ」

 そう答えると、ラウネはその場から早足で離れだした。

 二人の間にまた一人加わる。そんな光景を、彼らの遥か遠く、空高くそびえる塔が見守っていた。頂上が見えない程の高さだ。そんな塔が、他に七本ある。ラウネ達がいる塔を囲むようにして、七つの塔は不完全な円を描いていた。計八つ。それらは人々にこう呼ばれていた。

 神々が住まう塔、と。

 蒼天に届きそうな塔の間を、風が幾度も吹き抜けた。

やっぱり連続で更新しました。できれば、感想、よろしくお願いします。

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