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四季の姫巫女  作者: 襟川竜
冬の章 第一幕・神託
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第八話

「本日は迦楼羅丸様に一つ、お願いがございます」

「なんだ?」

ずずっとお茶をすすり、迦楼羅丸は秋を見た。

目覚めてからの迦楼羅丸は、ほぼ一日中客間から出ようとしない。

それどころか秋以外を寄せ付けようともしなかった。

曰く、『雑魚に興味はない』。

それでも迦楼羅丸は啼々家の守り神として祀られていた存在だ。

無下に扱う事も出来ず、充実は迦楼羅丸の要求通り秋に世話をさせていた。

「貴女様を目覚めさせた少女、覚えておいでですか?」

「あの白くて小さいのか?」

「はい。彼女は冬と申します。冬はこの後、姫巫女になります。もちろん『見習い』ですが」

「何故わかる」

「あの子の考えなら、手に取るように。そこで、お願いです」

「……」

「あの子が姫巫女となる決意をしたなら、あの子の傍にいて守ってあげてはもらえないでしょうか」

「この俺が?あの小娘を?」

「はい」

「守ってやる義理はない」

「そうでしょうか」

「どういう意味だ?」

眉をしかめる迦楼羅丸に対し、くすり、と秋は不敵な笑みを浮かべた。

「四百年もの間、誰も貴方を目覚めさせる事ができなかったのに、冬だけはできた。何故だと思います?」

「知らん」

「『輪廻転生(りんねてんせい)』というものはご存知ですか?」

「死んだ魂は(めぐ)り、生まれ変わるという思想だろう?それがどう……まさか!」

「冬が貴方を目覚めさせる事が出来たのは、啼々紫の生まれ変わりだから」

「本当か!?」

「という可能性がある、としか今は言えません」

「……」

「けれど、否定するだけの根拠はありませんよね」

「そうだな。あいつは、紫と同じように俺を『迦楼羅』と呼んだ。俺をそう呼ぶのは紫だけだった」

「残念ながら、冬には四歳より前の記憶がありません。冬は、気が付いた時には啼々家の使用人でした」

「失われた記憶に秘密がある、と?」

「さあ、どうでしょう。ですが、冬の傍にいれば何かわかるかもしれませんよ」

「確かに。…それにしても、お前はよほどあの小娘が大事なようだな」

「あの子は、僕の宝物ですから」

「俺が傍にいれば、確かに小娘の生存確率は高くなる。だが、それでは小娘は成長しないぞ」

「わかっています。ですが、僕に出来る事は限られていますし、『彼』の存在は秘密にしておきたい」

「……」

彼という単語を聞き、迦楼羅丸は障子の向こうに視線を投げた。

今もなお、こちらを探るような気配を感じる。

名も知らぬ、秋の親友とかいう神鬼。

どうして秋が秘密にしたがるのか、その理由は分からない。興味もない。

「いいだろう。小娘の護衛、引き受けてやろう」

「ありがとうございます」

「ただし、式神契約はしない。俺の(あるじ)は、紫だけだからな」

「十分です」

迦楼羅丸が最後に見た啼々紫は、愉比拿蛇との激しい戦いで傷だらけになった姿。

死の淵まで追いやられ、殺されそうになった自分を救おうと、必死に手を伸ばしていた。

気高く、気丈で、涙なんてほとんど見せた事のなかった紫が、自分を見て涙を流していた。

紫の笑顔が好きで、いつまでも笑っていてほしくて。

彼女の為なら命なんて惜しくはなかった。

だからこそ、愉比拿蛇との戦いで、彼女の盾となる道を選んだというのに…。

なのに、自分は封印されて四百年もの間のうのうと眠り、命よりも大切な存在は殺されてしまった。

紫がいない今、自分には存在価値などないと思っていた迦楼羅丸にとって、冬が紫の生まれ変わりなのかもしれないという話は、運命を感じた。


『ねぇ迦楼羅。私達はきっと、すっごく強い絆で結ばれているわ』


不意に、紫の言葉が蘇る。

愉比拿蛇との決戦前夜、夕日の沈む小高い丘の上で、紫は迦楼羅丸に最高の笑顔を向けた。

その強く結ばれた絆が、こうして自分を現代に蘇らせたのだろうか?

冬が紫の生まれ変わりだとわかるまでの間、守ってやるのも悪くはない。



※ ※ ※



「冬、決まったかね?」

「はい。わたし、姫巫女になります」

とうとう、言ってしまった。

「そうか」

充実様は深くうなずいた。

わたしは、秋ちゃんを、みんなを、守りたい。

今まで守られた分、今度はわたしが守りたい。

わたしは、自分の決意を充実様に話した。

わたしのへたくそな話を、充実様は最後までちゃんと聞いてくれた。

姫巫女が憧れだけでなれる存在じゃないのは分かっている。

危険だという事も承知している。

霊力の使い方もわからないわたしがなるには、大変とか難しいなんて言葉じゃ言い表せないって事もわかっている。

それでも、決意は変わらないし、変えない。

姫巫女になって後悔する事もあるかもしれない。

でも、何もしないで後悔するよりは、姫巫女になってから後悔したいから。


「では、この書類に目を通しなさい。よく読んで、納得できたなら、サインを。それと、姫巫女になるにあたって、お前には姓を与える」

「姓を、ですか?」

「そうだ。姫巫女は我々当主達と同等の地位があるからな。その姫巫女が姓を持たぬままでいい訳がない。何か希望はあるか?なければ私が適当なものを考えるが」

「えっと…そうですね」

何がいいかな?なんて考えて、すぐに浮かんだのは秋ちゃんが作ってくれた食事だった。

神託を受けた晩、秋ちゃんがお疲れ様といって作ってくれた、おはぎ付きのごはん。

うん、あれがいい。語呂だってあっている気がする。


「決めました!わたしの苗字は…」



※ ※ ※



「秋ちゃ~ん」

「冬、廊下を走らないの」

前方に秋ちゃんを発見。

もうダッシュで駆け寄ったわたしに、秋ちゃんはやんわりと注意した。

ごめんなさいって謝るけれど、どうしても秋ちゃんに一番に伝えたくて。

「秋ちゃん、わたしね、姫巫女になるよ!」

「冬が決めたのなら、僕は否定しないよ。けど、姫巫女はとても大変な仕事だよ?大丈夫?」

「大丈夫!…じゃ、ない、かもしれないけど。でもね、わたし頑張る。いつも秋ちゃんに助けてもらってるから、今度はわたしが秋ちゃんを守ってあげるね!」

「本当?」

「本当!」

「じゃあ、守ってもらおうかな」

「まっかせて!」

えへん、と胸を張るわたしに、秋ちゃんはくすくすと笑った。

秋ちゃんのこの笑顔を守れるなら、わたし絶対に頑張れると思う。



※ ※ ※



身振り手振りで嬉しさを表現する冬が可愛くて、自然と笑みがこぼれる。

予想通りに事が運んでいるとはいえ、冬がこんなにも嬉しそうにしている姿が嬉しくてたまらない。

天景の言う通り、僕は相当の過保護だ。

それでもいいと思う。

十年前、僕が守ると決めた、大切な妹。

姫巫女にするという事は、危険が伴う。

守る事と矛盾しているのは分かっているけれど、それでも、これから僕がやろうとしている事から冬が自己防衛できるようになる為には、それしか方法がない。

「それでね、充実様が『姫巫女になるなら姓が必要だ』って。自分で好きなもの考えていいって。だからね、わたし自分で考えたんだよ」

「姓が貰えるなんて凄いじゃないか。それで、どういう姓にしたの?」

七草(ななくさ)!」

「…え?」

どくん、と心臓が跳ねた。

冬の声と姿が遠くなる。

どんどん早くなる鼓動がうるさいくらいだ。

冷や汗が背筋を伝った。

啼々莽(ななくさ)、だって?

まさか、封印したはずの記憶が戻ったのか?

そんな馬鹿な。

天景は百パーセントの状態で鬼妖術を使ったんだぞ。

修行した事のない深冬に破れる訳がない。

どこかで啼々莽の名を聞いた?

いや、そんなはずはない。

記憶が戻らないように、最善の注意を払っていたんだ。

啼々莽なんて言葉、一体どこから…。


「…ちゃん…。秋ちゃんってば!」


「え?」

「もー!ちゃんと聞いてた?」

「あ…ごめん。ちゃんと聞いていたよ」

「本当?」

「本当」

頬を膨らませて覗き込んでくる冬が可愛い。

冬に呼ばれた事で、少しは落ち着けたらしい。

「それで、どうして啼々莽にしたの?」

「神託の晩、秋ちゃん、お疲れ様って七草粥作ってくれたでしょ。そこからもらったの」

「…え?」

ななくさって、啼々莽じゃなくて、七草のほうだったのか…。

単純なその答えに、安堵する。

記憶が戻った訳じゃないのか…。よかった。

それにしても、なんて単純な。というか、安易。

「あ、秋ちゃん今『単純』とか思ったでしょ」

「……」

「まあ、わたしも単純だなーとか、安易だなーとか思うけど」

思ったんだ。

「でも、『七草冬』って、語呂はいいと思わない?それにあの七草粥、すっごく美味しかったから」

「これからずっと名乗る名前なのに」

「いいの。秋ちゃんがこっそり入れてくれた七草のおかげで、わたしは今日もこうして元気いっぱいなんだから」

「そっか」

「うん」

七草冬、か。

啼々莽深冬には戻れなくても、なんだか深冬が戻ってきたようだ。

うん、いい名前だ。

「それでね、明日から見習いとして修行が始まるの」

「もう?」

「うん。だからこれから荷造りなんだ」

「手伝おうか?」

「大丈夫!最後くらい、一人でできるもん!」

「わかった。頑張ってね」

「うん」

今日のお仕事は免除だー、なんて嬉しそうにかけていく冬を見送る。

明日には姫巫女専用長屋に移ってしまう妹の為に、何かプレゼントをしたいな。

充実に頼んで外出許可をもらおうか。

天景の力を借りれば、町まで行っても半日で帰ってこられるだろう。

今の僕にできる全力で、あの子をお祝いしてあげないと。

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