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四季の姫巫女  作者: 襟川竜
冬の章 第一幕・神託
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第七話

昨日は結局、わたしを姫巫女にするか否かの答えは出なかったみたい。

使用人が姫巫女になるなんて前代未聞だ、許されない。そういう意見と、たとえ使用人でも潜在霊力が高いのだから姫巫女として修行させるべきだという二つの意見でわかれたみたい。

わたしとしては、このまま秋ちゃんやみんなと一緒にいられたら満足なんだけど…。

使用人仲間はみーんな、わたしが姫巫女として大出世を遂げる事を期待している。幽霊のお姉さんも『やってみたらどうかしら』なんて言うし。

秋ちゃんに助けを求めたら、『これは冬にしかできない事だけれど、嫌ならちゃんと、断りなさい』なんて言われちゃった。

わたしにしかできない事、なんて言われたら断りにくいよぉ。

それに…。

「あ、結依ちゃん」

「あ…」

廊下でばったり結依ちゃんに出会ったけれど、わたしが何か言う前にさっさと行ってしまった。

あの日から、結依ちゃんとは口をきいていない。

姫巫女云々よりも、まず先に結依ちゃんと仲直りしたい。

また前みたいに一緒におしゃべりしたいよ。

「ゆ、結依ちゃ…」

「冬、充実様がお呼びですよ」

「紅椿さん…。でも、あの……わかりました」

結依ちゃんが気になるけれど、充実様に呼ばれている以上、そちらを優先させなくちゃいけない。こういう時、女中って、不便かも。



※ ※ ※



「はぁ…」

ため息をつき、結依は抱えた洗濯籠を少しだけ強く握りしめた。

「私、なにやってるんだろう」

少しだけ後ろを振り返れば、小走りで駆けていく冬の後ろ姿が見えた。

自分が一方的に冬と距離を置いているのだという事は、重々承知している。

冬が悪い事をした訳でない事も、頭では分かっているのだ。

ただ、どうしても心が納得できない。

「おめでとうって、すごいねって、言ってあげたいのに…」

重くなった足取りは、ついに止まってしまった。

汚れている洗濯物が、まるで自分の心のように思えた。

白い服を汚す黒が、純粋でかわいい友人の心を汚す自分に見える。

この洗濯物のように、謝ればまた、冬は可愛い笑顔を自分に向けてくれるだろうか?

太陽みたいにポカポカとした笑顔を。

見ているとこっちまで嬉しくなりそうな笑顔を。

「ごめんね、冬。私、まだ……」

じわりと、涙が浮かんでくる。

勝手に苛立っている自分が嫌で、身勝手に冬を傷つけた自分が嫌で、謝れずに逃げている自分が嫌で…。

姫巫女にはずっと憧れていた。

でも自分には才能はないし、身分も低いからと諦めていた。

せめて神託を見るくらいはと、ほんのわずかな無謀な賭けをして、でも選ばれたのは友人だった。

悔しくて、でも仕方がないと諦めたのに、なのに…。

なのに冬は神託を受けて、迦楼羅丸を解放して、姫巫女になるかもしれない。

沢山の悔しさが込み上げてきて、大好きな友人の顔が見られなくなった。

「私、最低だ…」



※ ※ ※



「うーん…」

ぐるぐると鍋の中をかき混ぜながら唸る。

なかなか決心がつかない。

充実様に呼ばれたのは、わたしを正式に姫巫女として認めるという話だった。

ほぼ丸一日話し合って決まったらしい。

充実様は嫌ならば断わっても構わないと言ってくれたけれど、『姫巫女になりたくてもなれない者がいる中、お前が選ばれたという事だけは、忘れないでほしい』とも言われた。

そうだよね、結依ちゃんや牡丹様や鈴蘭様達がなりたくても、なれなかった。

なりたいと思ってもいなかったわたしが選ばれた。

断るのは簡単だけれど、断るという事はみんなの思いを無駄にするって事なんだよね。

わたしに、姫巫女なんてできるのかな?

なんの修行もした事なくて、霊力の注ぎ方もあの時幽霊のお姉さんに初めて教えてもらったんだし。

第一、姫巫女になって何ができるの?

他の姫巫女達の足を引っ張るだけに決まってる。

わたしがやったって、意味なんて…。

「それ以上沸騰させたら、吹きこぼれるぞ」

「え?…ああ!」

指摘され、慌てて火を消す。

あ、危なかったぁ。もう少しで昼食がダメになるところだったよ。

いくら使用人用の粥とはいえ、今日の当番はわたしなんだから、しっかりなくちゃ。

「まったく…なにをやっているんだ」

「ごめんなさい……って、や、やや、泰時様!?」

台所の入り口に腕を組んでやれやれという顔をした泰時様が立っていた。

わたしは慌てて頭を下げる。

「そのままでいい」

「ですが…」

「…命令だ、顔を上げろ」

「…はい」

ふう、とため息をつかれてしまった。

「父上達はお前を姫巫女にするという結論を出したらしいな」

「はい」

「それで、お前はどうするんだ?」

「…どう、しましょう」

「自分の事だろう」

「そう…ですけれど…。その、あまりにも突然で…」

「まあ、そうだろうな」

「すみません…」

「なぜ謝る」

「だって…」

「神託を受けさせたのはボクだ。ボクの命令に従った結果、お前には才能があるとわかった。そして話し合いでお前を姫巫女にすると決まった。謝る要素がどこにあるというのだ」

「……」

「あとは、お前が引き受けるかどうかだ」

「……」

「姫巫女の修行は厳しいぞ。モノノケと戦う事だってあるだろう。危険な目にも合うだろう。姫巫女は、戦う術を持たぬ者に代わって、最前線に立つ存在だ。命懸けになる」

「……」

「だからボクは、お前には姫巫女になってほしくない」

「…え?」

いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げると、らしくない泰時様の顔があった。

そんな困ったような泣きそうな顔、初めて見た。

「そうですよね。なんの修行もした事ない素人姫巫女になんて、安心して命を預けられませんからね」

「そういう意味じゃないんだが…」

「え?じゃあ…」

「とにかく、今の暮らしが大事なら、姫巫女にはなるな」

「今の…暮らしが…」

姫巫女にならなければ、わたしは女中としてずっとここにいられるのかな?

秋ちゃんと一緒に、ずっと……。

秋…ちゃんと……一緒……。

それって、ずっと秋ちゃんに頼っちゃうって事だよね?

ずっと、秋ちゃんに助けてもらって、ずっと秋ちゃんに守ってもらって…。

それって、どうなんだろう?

いつもそうだ。無意識に秋ちゃんに頼って、いつの間にか守ってもらっていて、そんなの……。

そんなの、ダメだ!

いつも秋ちゃんはわたしを支えてくれている。

わたしだって、秋ちゃんを支えてあげたい。

守ってあげたい。

ううん、違う。守ってあげたいんじゃない。守りたい。

いつも守ってもらっているんだもん。

今度は、今度からは、わたしが!

わたしが、秋ちゃんを、守るんだ!

このまま女中でいたら、きっとわたしは一生秋ちゃんに頼っちゃう。

でも姫巫女になったら、秋ちゃんを守れるかもしれない。

「泰時様、姫巫女になったら、秋ちゃんを、守ってあげられるようになりますか?」

「秋だけじゃない。この里を守る事だってできるさ」

「この、里も…」

「冬、よく考えろ。この選択は、お前の運命を変えるものだ。選んだら、後戻りはできないぞ」

「…はい」

「もう一度言う。お前には素質がある。姫巫女になれば、人々をモノノケや愉比拿蛇の魔の手から守る事が出来る」

「……」

「だが、姫巫女とは命懸けの存在だ。常に死と隣り合わせになる危険性もある。その事を踏まえて、しっかり考えろ」

「はい」

「お前が出した答えにボクは異議を唱えない。だが、これだけは覚えておいてくれ」

「……」

「ボクは、お前に、姫巫女になってほしくない」

それだけ言うと、わたしの返事も聞かずに泰時様は背を向けて行ってしまった。

どんな思いで言ったのかわからないけれど、話せてよかった。

今までは漠然と『女中のわたしがなったって意味がない』としか思っていなかかったけれど、泰時様と話した事で、じっくりと考える事が出来るようになった気がする。

一晩、考えてみよう。充実様も返事は三日以内にくれればいいって言ってくれたし。

いい加減、自立しなくちゃって思っていたし。いい機会かもしれない。

姫巫女になれば、嫌でも一人で頑張らなくちゃいけない。

秋ちゃんに頼らなくなれるかもしれない。

今まで守られた分、今度はわたしが秋ちゃんを守りたい。

でも、修行をした事のないわたしは、人一倍の修行が必要になる。

頑張れるのかな?どうなのかな?

わたしに、できるのかな?

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