第七四話
「冬!」「冬さん!」
秋桜館を出ようとしていたわたしは、門前で名前を呼ばれて振り返った。
結依ちゃんと誠士郎さん、泰時様と虎丸様が駆け寄ってくる。
「お前、本当に行くつもりか?」
「はい」
「危ないでやんすよぉ」
「そんなの、百も承知です」
「どうして…」
「だって、愉比拿蛇をこのままにはしておけないじゃないですか」
泰時様も虎丸様も心配してくれているのか、なんだか泣きそうな顔になっている。
泰時様でも泣く事ってあるのかな?
全然想像できないよ。
「わたしは姫巫女です。里を、みんなを守る義務があるんです」
「でも、でも…なにも冬さんが行く必要はないでやんすよ」
「わたしが、みんなを守りたいんです」
そういえば、泰時様も虎丸様も何も言わなくなった。
「誠士郎さん、大変だろうけれど、お願いします」
「…っ。はい」
弥生ちゃんの体は、放っておいたら死んでしまう。
そうしたらいくら魂を取り戻しても生き返らせる事は出来ないみたいなの。
だからわたし達が魂を助けだして戻ってくるまで、誠士郎さんと弥生ちゃんの体を繋ぎ、命を共有する事で体を何とか生かしておく事になったの。
わたし達が出発したらすぐに、二人を天景さんが繋いでくれる。
天景さんはフラフラになりながらも、わたし達の怪我を治療し、疲労まで回復してくれた。
それだけじゃなくて、今のわたし達はいつも以上に力が満ち溢れている。
冬の宝珠は定位置にしまい、秋ちゃんから借りっぱなしになっていた他の宝珠は台座ごと秋ちゃんの枕元に返してきた。
出発前に勇気がほしくて秋ちゃんを尋ねたんだけど、まだ眠ったままだった。
でも、それでよかったかもしれない。
秋ちゃんに話したら絶対に行かせてもらえなかったと思うから。
「本当に、行くの?」
「うん」
「死んじゃうかもしれないのよ?」
「それでも、行くよ」
「あたし…あたし…」
「ありがとう、結依ちゃん。わたしなら大丈夫だよ。宿祢もお姉さんも迦楼羅丸もいるから」
笑いかけたら、結依ちゃんの目から涙が零れた。
きっと、わたしが結依ちゃんの立場だったら全力で止めてる。
ありがとう結依ちゃん。
心配してくれて。
「あたしはまだ、あんたに『ごめん』って言ってないのにっ。許してもらってないのにっ」
「結依ちゃん…」
「まだ、謝ってない…。『おめでとう』も、言ってない…」
「結依ちゃん、わたしね、帰ってきたらお腹いっぱいおまんじゅう食べたい」
「え?」
「もちろん、結依ちゃんが作ったやつだよ」
「おまん…じゅう?」
「うん。それで『おあいこ』ね」
「おあいこ?」
「わたしは絶対に帰ってくる。だから結依ちゃんはおまんじゅう作って待っててよ。結依ちゃんの『ごめんね』全部おまんじゅうに込めて。心配かけるのは帰ってくる事で許してね。そうしたらほら、おあいこ」
「冬…」
結依ちゃんは袖でごしごしと涙を拭った。
「食べきれないくらいにいっぱい作っておいてあげるわよ。だから必ず無事に帰ってきなさいよね。約束よ」
「うん。約束だよ」
「冬、ボクも…」
「泰時様、わたしが帰ってくるまで結依ちゃんの事、お願いします。結依ちゃんに何かあったら、おまんじゅう食べられないから」
「…そう、だな。言われなくても守るさ。使用人を守るのは主人の役目だからな。約束してやるから安心しろ」
「はい」
「冬さん、あっしとも一つ約束してくだせぇ。無事に帰ってきたら、あっしと友達になってくださいやし」
「虎丸様…。はいっ、喜んで」
「…あんた、どさくさに紛れて何やってるのよ」
「まったく…。空気の読めないヤツだ」
「ええ!?なんで二人ともあっしには厳しいんでやすか!?」
そんな三人のやり取りが面白くて、わたし達は顔を見合わせて笑った。
わたし達は絶対無事に帰ってくる。
誰一人欠ける事なく、無事に。
その思いを胸に、わたし達は秋桜館を後にした。




