第五一話
二週間というのは、長いようで凄く短かった。
失敗なんて許されない大事な役目。
今以上に霊具と冬の宝珠を使いこなせるようにならないと!なんて意気込んで修行したものの…。
霊具はなんとか早く形にして長時間具現させておけるようにはなったものの、冬の宝珠はそう簡単じゃなかった。
まず、冬の宝珠の力を使うには宝珠の存在(意識体とでもいえばいいかな?)をわたしの霊力で捕らえなくちゃいけない。
あの時はお姉さんと誠士郎さんが導いてくれたから捕らえられたんだけど、まだ一人じゃ難しいみたい。
この二週間で使えたのはたったの二回だけ。
そのどちらもあの時のような凄い力は出せなかった。
雪の結晶を出すまではできるんだけど、うまく霊具に乗せられない。
あの時はささめさんを助けるために無我夢中だったからなぁ。
うーん、どうやったんだっけ?
確か、自然とできた気がするんだけど…。
どうしたらいいのか、それがわかっていたような気がする。
やっぱりまだ冬の宝珠を使いこなせていないって事なのかなぁ。
ことり様は「気にしなくていいわよ。私達にだって難しい事ですもの」なんて言ってくれたけど、きっとガッカリされちゃったよね。
「冬殿、そろそろ啼々家でござるよ」
宿祢のその言葉にわたしは頭を振ってうじうじな考えを追い出す。
できなかったものはしょうがないよね。
わたしはわたしにできる精一杯で頑張るだけだよね。
気持ち切り替えなきゃ!
久しぶりの門を潜れば、使用人のみんなが忙しそうに準備をしていた。
わたしにはよくわからない道具や樽のような物を運んだり、護符を張り付けたりと慌ただしい。
それなのにみんなはわたしに気がつくと笑顔で手を振ってくれた。
その笑顔に元気づけられて、わたしは手を振り返した。
充実様はどこに……あ、いた。
庭の片隅で使用人達に指示を出しつつ泰時様と何やら話している。
わたしは充実様から石柱の結界を作動させるために必要だという宝珠を預かりに着たの。
いすゞの里を囲むようにして建てられた石柱は、それぞれの石柱に霊力を注いで結界を発動させることができるらしいの。
だけど、霊嘩山にある石柱だけは他の石柱と違ってその石柱から連動させて他の石柱結界を作動させることができるみたいなの。
いわゆる「マスター石柱」ってやつね。
人員が足りないときはマスター石柱を作動させて戦力をより多く確保するって事みたい。
マスターだから簡単に使えないように制御盤のような役割の宝珠は別に管理されているんだって。
霊嘩山は人もモノノケもほとんど近寄らないから、マスター石柱を置いておくにはちょうどいいみたい。
「充実様、泰時様、おはようごさいます」
「おお、冬。準備はできたのかな?」
「はい。…冬の宝珠はうまく使えるようにはなりませんでしたが、霊具ならもうバッチリです」
「そうか。宝珠を使える人間は百年に一人の逸材だと聞く。ゆっくり習得していけばいい」
「はい、ありがとうございます」
「石柱の制御石だったな。紅椿」
「ここに」
充実様が手を叩くと、女中頭の紅椿さんがすっと現れた。
手には片手で持つには少し大きいくらいの球状をした布を持っている。
あの中身が制御用の宝珠みたいね。
わたしは差し出された布を受け取る。
想像していたよりも少し重いかも。
「石柱にある窪みに制御石を入れて霊力を注げば、他の石柱も連動して作動を始める。いいか、里全体を包む結界だ。これが有るか無いかで状況は大きく変わる。心して臨むように」
「は、はい」
そういう風に言われると緊張しちゃう。
宝珠がさっきよりも重くなったように感じる。
わ、わたし、地味だけど重大な任務を任されたんだよね。
ぶっつけ本番で失敗できなくて、それから、それから…。
「おはようございます、充実様」
緊張でドキドキし始めた時、のほほんとした口調で木虎様がやってきた。
その後ろにはきょろきょろと準備風景を見渡している虎丸様がいる。
「木虎か、早いな。儀式は正午からだが…」
「冬さんが制御石を取りに来ると聞きまして。という訳でおはよう、冬ちゃん」
「お、おはようございます」
なにが「という訳」なのかさっぱりわからないけれど、わたしは頭を下げた。
充実様の言う通り、注魂の儀式は今日の正午から始まる。
つまり、わたしは正午までに石柱の元にたどり着き、結界を作動させなければならない。
今は八時で、霊嘩山の麓の秋桜館までが三時間くらい。
石柱は霊嘩山の頂上にあって、そこまではさらに三時間くらいかかる。
今からじゃ間に合わないだろうって思ったでしょ。
獣道に足を取られて三時間かかっただけで、ちゃんとした道を通れば秋桜館までは一時間半くらいで行けちゃうんだよ。
じゃあなんで最初に行った時に道を通らなかったかって?
…実は、ことり様にもらった地図が古いものだったらしくて、今使われている整備された道が載ってなかったの。
古い地図について充実様に聞きたい事があったとかで持っていたみたいで、古い地図を入れた筒と新しい地図の筒を渡し間違えたみたい。
ごめんなさいねってカステラもらっちゃった。
あのカステラ美味しかったなぁ。
と、話が脱線しちゃった。
とにかく、急げば一時間半で秋桜館につけるから、あとは霊嘩山を頑張って三時間くらいで登ればいけなくもない!
ちゃんと素早く登れるように前もって下見したんだから。
目印に枝にリボンをつけてきたし、大丈夫だよ、きっと。
最終手段の「宿祢に飛んで連れて行ってもらう」ていうのもあるしね。
「冬の激励、というところかな?」
「まあそんなところです。虎」
充実様に尋ねられて、木虎様が自分の後ろに隠れている虎丸様の背を押してわたしの前に出す。
「冬ちゃん、虎がお話ししたいって」
「わたしと、ですか?」
「うん」
「あ…その、えっと…」
虎丸様は相変わらず顔が真っ赤。
もじもじとして、それから視線を彷徨わせる。
「せ、石柱の制御は、すごく…その、霊力を使うって聞きやした。だから、その…こ、これ!」
そういって両手で小さな包みを差し出した。
ピンクの袋に赤いリボンでラッピングされていてとってもかわいい。
「いただいていいのですか?」
そう聞くと虎丸様はこくこくと頷いた。
「ありがとうごさいます。これは?」
「チョ、チョコレートでやす。前に篠崎に行った時に買って、そのおすそ分けでやす」
「いいんですか?ありがとうございます」
チョコレートなんて高級品だよ、嬉しいなぁ。
篠崎みたいな大きな町じゃないと手に入らないんだよね。
前に一度、結依ちゃんと外出許可をもらって篠崎に行った時に初めて食べたんだけど、すごく甘くて美味しかったなぁ。
「つ、疲れた時には甘い物がいいと聞きやして、それで、その、あの…よろしければ、みなさんで…」
「はい、大事に食べますね」
そう返事をすれば虎丸様の顔が輝いた。
真っ赤で不安そうな顔だったのに見る見るうちに満面の笑みに変わっていく。
宿祢がくいくいと袖を引いた。
「冬殿、『ちょこれゐと』とは何でござるか?」
「食べ物だよ、後で食べさせてあげるね。宿祢、きっと驚くよぉ」
「そ、そんなに美味なのでござるか…?」
宿祢の目が輝き、じゅるりと涎を垂らした。
うーん、年上なのにやっぱり弟みたい。
「そろそろ行かなくていいのか?」
むすっとした、どこか苛立ったような口調で泰時様が言う。
充実様はかるく注意したけれども、わたしとしてはいつもと変わらない泰時様のおかげで少し緊張が解けたかな。
それに、虎丸様にもらったチョコレートもあるしね。
「では、行ってまいります」
「ああ、頼んだぞ」
「ふ、冬さん、お気をつけて」
「冬ちゃん頑張ってね~」
「はい」
泰時様は鼻を鳴らしただけだったけれど、わたしはみんなに見送られて啼々家を後にする。
久しぶりに紅椿さんやみんなに会えて嬉しかったけれど、行く前にせめて秋ちゃんと結依ちゃんに会いたかったなぁ。




