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四季の姫巫女  作者: 襟川竜
冬の章 第一幕・神託
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第参話

秋ちゃんに連れられてやってきた本殿は、どこか空気が違った。

空気が澄んでいる…というよりは、冷たくて鋭い感じかな。

尖った氷のように、どこか近寄りがたい。

祈りを捧げる時に使っているのか、微かに白檀の香がした。

「これが…迦楼羅丸様…」

岩と同化している。そういえばいいのかな。

端正な顔立ちの青年が、岩に取り込まれているかのように一体化していた。

両手両足は完全に岩に埋まっているし、体も岩のようだった。

頭から生えた二本の角のうち、左だけが途中から折れてしまっている。

「冬、見惚れていないで手を動かして」

「あ、うん」

秋ちゃんにそう言われ、わたしは慌てて雑巾を絞る。

わたしが端から端まで床を水拭きしている間に、秋ちゃんは香台や案と呼ばれる幅の狭いテーブルのようなもの(儀式に使う道具を置くんだって)を準備していく。

「ふぅ…」

「お疲れ様」

さすがに本殿の床を一人で水拭きするのは疲れたなぁ。汗かいちゃった。

「でも秋ちゃん、神託は八日後なんだよね?今から準備って、早くないの?」

「明日から、この本殿を清める為の儀式があるんだよ。本殿だけでなく、使用する道具もすべて清める為の祈りが、神託の日まで毎日あるんだ」

「そうなんだぁ」

「姫巫女候補も、(みそぎ)をする為の準備があるしね」

「秋ちゃん、詳しいね」

「まあね」

「確か、啼々家からは牡丹(ぼたん)様と鈴蘭(すずらん)様が参加するんだよね」


牡丹様と鈴蘭様は、泰時様の妹様。

お二人とも、幼い頃から本家の人間として、厳しい姫巫女修行をしていらしたの。

牡丹様は御年十七歳。式神は九尾の狐「来海(きたるみ)」。

ちょっと性格がきついのだけれど、負けず嫌いの努力家。泰時様とかなり似ている。

鈴蘭様はわたしと同じで十四歳。式神は子狸の「栗花落(つゆり)」。

泰時様や牡丹様と違って、どこか内向的。生け花が趣味で、とても素敵に生けるの。


「お二人とも、姫巫女になれるといいよね」

「…そうだね」

わたしがそう言うと、秋ちゃんはどこか悔しそうに答えた。もしかして、秋ちゃんも参加したいのかな?

「さあ、大体の準備は終わったし、戻ろうか」

「あ、うん」

そう言うと、秋ちゃんはさっさと出て行ってしまった。

わたしは、もう一度迦楼羅丸様を見てから、秋ちゃんの後を追った。



※ ※ ※



「これも違う、か…」

薄暗い蔵の中で、一人で神託の水晶を探していた天景は、背筋を反らせて軽く伸びをする。その拍子に骨がぽきぽきと音を立てた。

「あだだだだ…」

トントンと腰を叩き、引っ張り出してきた沢山の水晶玉を眺める。

「百パーセント出せたら、これくらい朝飯前なんだけどなぁ…」

紅葉する葉っぱのように、先端にいくにつれ黄色から赤へとグラデーションのかかった自分の髪を天景は摘まんだ。


天景は、とても強い妖力を秘めた鬼だ。

ほんの少しなら空を飛ぶ事だってできるし、傷も簡単に治せる。

秋祇に頼まれて深冬の記憶を消し、秋祇が女であると思い込ませる為に、啼々充実の前で裸体となった秋祇に一時的な女体化の術をかけもした。

しかし、全能なる存在など、そういない。

力が強い反面、消費量が他の鬼に比べて異常に多いのだ。

秋祇と出会う以前の天景は、他の鬼や妖怪達を喰らう事で、妖力を取り込んでいた。

現在は捕食する事をやめ、秋祇から霊力を分け与えてもらう事で最低限の妖力を保っている。

それでも普通に生活しているだけで妖力を消費するので、普段は少年の姿となり、極力妖力を使わないようにしているのだ。

今の天景は、一般人より少し上程度の力しかない。その為、神託の水晶が放つ独特の雰囲気や霊力を、ほとんど察知できずにいた。

ましてや、この蔵の中に収められている物のほとんどが、何かしらの霊力を秘めている。一人で探し出すには困難極まりない。


十年前、秋祇の式神と嘘をついて無理やり神託に参加させてもらった。秋祇と天景は式神関係を解消するという事で、秋と冬を啼々家に置いてもらっている。その為、こうやって秋祇に接触している事を知られる訳にはいかない。

もっとも、式神契約をしている訳ではないので、知られたとしてもお咎めはないだろう。

ただ、秋の立場が悪くなる可能性は捨てきれない。

少しでも不利な状況は避けたかった。

秋祇の為に。


「明日の朝までに見つけないといけないんだよな…。間に合うかなぁ」

肩を落としてため息をつく。

三十秒ほどそうしてから、天景は自分の頬を両手で思いっきり叩いた。

「よし、やるか!」

気合を入れ直し、天景は再び『本物の神託の水晶』探しを始めた。



※ ※ ※



「充実殿、今年もなにとぞ…」

時刻はもう、日付が変わろうという頃。八畳の和室に、蝋燭(ろうそく)の明かりが揺らめいた。

室内には啼々家当主の充実と、彼に向き合うようにして三人の男性がいた。三人とも風呂敷に包まれた何かを充実に差し出している。

「うむ。確かに」

風呂敷包みを受け取り、中を確認すると、充実は口を歪めて嗤った。

「そういえば充実殿、例の水晶だが、あの『秋』が蔵に取りに行ったと聞いたが?」

「大丈夫だ、本物は蔵には置いていない」

「なるほど」

「それにしても、充実様も悪いお方だ」

「啼々莽の力を手に入れたいからと、わざわざ偽の水晶まで作って取り潰しに追い込むとは」

「何を言うか、貴殿らも賛成したであろうが」

「違いない」

「しかし、左馬之助も考えたものよ」

「秋の件か?」

「うむ。まさか自分の娘を息子と偽っておったとは」

「確かに。いくら家督を継げるのが男児だけだとはいえ、成長すればバレるだろうに」

ははは、と男達は笑う。

それを見ながら、充実は杯を傾けた。ぐびり、と喉を鳴らして酒を流し込む。

「して、充実殿はやはり秋をご子息の妻にと考えておられるのか?」

「秋の霊力は素晴らしい。偽の水晶でさえ、あれほどの光を放たせた。本物で試したら、さぞかし凄い結果になっていただろう」

「意地の悪いお方だ」

「何も知らずに女中、か。可哀そうに」

酷い、可哀そうだ。そういいながらも男達は笑っている。

各々酒をあおり、また笑う。

何度もそんな事を繰り返していたせいで饒舌になってきたのだろう。

彼等は自分達も関わる罪を次々と告白していく。

全員が共犯者。咎める者など誰もいない。

真夜中の離れで声量を落とせば、わざわざ足を運んでここまで来なければ、部外者には聞かれる事もない。

誰にも聞かれる事はないと油断していたのだろう。

その後も二時間、彼等は罪を手柄のように話し続けた。

暗がりで秋が聞き耳を立てていた事にも気づかずに。



※ ※ ※



こみ上げる怒りを、手が白くなるまで握りしめる事で押さえつける。

充実をはじめとした権力を振りかざす汚い大人達のせいで一家離散したのかと思うと、悔しくて悔しくてたまらない。

それでも秋が聞き耳をたて続けていたのは、本物の水晶の場所がどうしてもわからなかったからだった。

このまま聞いていれば話題にのぼるのでは?と微かな期待を込めて、聞くに堪えない話を聞き続けている。

そろそろ二時間。諦めかけたその時に、ようやく水晶の話題が出た。本物は蔵ではなく、充実の寝室の隠し金庫の中にあるようだ。

さすがに暗証番号の話は出なかったが、場所さえわかれば何とかなる。

音をたてないようにその場を離れ、秋は天景がいる蔵へと急ぐ。


「天景、本物の場所が分かった」

「……」

息を切らせてやってきた秋は、微かな希望に瞳を輝かせていた。

だが、そんな秋を見て、天景は眉間に皺を寄せる。

「本物は充実の寝室に…って、どうしたの?」

「どうした、じゃないだろ」

不機嫌な顔で立ち上がり、天景は秋に近づく。そしてその手を取って秋に見せた。

「お前はもう少し、自分を大切にするべきだ」

「……あ」

先ほどまで力強く握りしめていた手は、力を込めすぎて爪を立てていたらしい。両手とも血が滲んでいた。痛みにさえ気づかない程、怒りを押し殺していたのだろう。

「ご、ごめん…。気づかなかった」

「まったく…」

やれやれとため息をつき、天景は傷をぺろりと舐めた。

「もう少し、もっていってもいいよ?」

「そんなにいらねぇよ」

天景は他者の体液から霊力を得る。そしてそれを妖力へと変換する。吸血鬼が血を吸う事で強くなるのと似たようなものだ。

天景曰く『秋祇の体液は、少量でも強力』らしい。ほんの少量でも、使える力はぐんと強くなる。

秋の手に自分の手を重ね、天景は妖力を込める。途端に温かい茜色の光が秋の手を包み、あっという間に傷を治してしまった。

「ありがとう」

「礼なんていらねぇよ。俺が好きでやってるんだから。で、本物はどこだって?」

「充実の寝室にある隠し金庫の中。もう少し霊力注ぐから、天景の力で取り出せないかな?」

「んー…。実際にどういう物か見てみないと何とも言えないが、百パーセント出せれば大抵の事なら何でもできるぜ」

「お願い、天景。このチャンスを逃したら、二度とチャンスは廻ってこないんだ」

「言われなくてもわかってるよ。それに、俺がお前の頼みを断るわけないだろ」

よしよしと秋の頭を撫でて、天景はニカリと笑った。

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