第拾壱話
「この廊下の突き当たりの部屋が、今日から貴女の部屋ですわ」
「ここが、わたしの…」
啼々樰月子様達に案内されてやってきた長屋。
その突き当りの部屋。
この戸の向こうが、今日からわたしが暮らす事になる部屋。
どうしよう、すごくドキドキしてきちゃった。
「今まで誰も使用しておりませんでしたから、まずは掃除から始めなければなりませんわよ。これも修行のひとつですわ」
月子様が言うように、部屋の中は埃と蜘蛛の巣だらけだった。
『廃墟と呼んでもいいくらいね…』
「手つかずもいいところだな」
幽霊のお姉さんと迦楼羅丸様は顔をしかめたけれど、こんなに広い部屋を私一人で使ってもいいなんて、信じられない。
確かに掃除しないと中に入る事も出来ないけれど、前は秋ちゃんと二人部屋でもここより狭かった。
確か、四畳半くらいだったような…。
この部屋はきっと六畳半はあると思う。
「わたし、今日来たばかりの新人なのに、こんなに広くて素敵な部屋をいただいていいんですか?」
「え?え、ええ…」
「この廃墟のどこが素敵だ」
「これくらい、掃除すれば綺麗になりますよ」
『前向きねぇ』
「お気楽だな」
「あの、月子様」
「なにかしら」
「掃除道具は貸していただけますか?必要最低限の荷物しか持ってこなかったので、掃除道具は持ってきていないんです」
「もちろんお貸しするわ。美園、見取り図を渡してあげて」
「はい、月子さん」
月子様に言われてわたしに長屋とその周辺の見取り図を啼々郡美園様が手渡してくれた。
「わたくし達は午後の修行を控えておりますの。残念ながらもう時間がありませんわ」
「あ、見取り図があるなら、わたし一人でも大丈夫です」
「そうでなければ困りますわ。それでは冬さん、ごきげんよう」
「はい、ありがとうございました」
くるりと優雅に背を向けて月子様は歩いていく。その後に美園様が続いた。
「冬さん」
「はい」
「あたしは、この啼々鏡にも見えない幽霊がいるなんて信じない」
そういって、弥生様がじっと見てきた。
「たとえ新人でも、修行が始まればみんなライバルよ。手加減なんてしないわ」
「は、はい」
「あんたにしか見えないっていう幽霊、絶対に見てみせるわ。首を洗って待っていなさい!」
びしっと指を突き付けた後、弥生様も月子様の後を追って行った。
わたし、ライバルだなんて思われるような存在じゃない。
ただの、右も左もわからない子供なのに。
でも、そうだよね。
姫巫女になるって決めた以上、ライバルだと思ってもらえるように頑張らなくっちゃ。
「つまり、この部屋はお前に対する洗礼みたいなものか」
『効果はなかったみたいだけれどね』
「洗礼?効果?」
「まあいい。さっさと掃除しろ。いつまでも廊下に立っている訳にはいかないだろう」
『迦楼羅の言うとおりね。荷物もしまわなくちゃいけないし、なによりこの荒れ果てようじゃ、夜までかかりそうだわ』
「大丈夫。わたし、掃除は得意だから」
まかせて、とわたしは胸を張る。
秋ちゃんみたいに上手くはできないし要領も良くないけれど、これでも掃除は得意なんだから。
まずは掃除道具を借りてこないとだよね。
さっき貰った見取り図を開き、わたし達は用具倉庫へと向かった。
※ ※ ※
「なんですって?霊嘩山に、天狗の兵が?」
「はい」
報告を聞き、眉をしかめることりに美園がこくりと頷いた。
「麻蔵の報告によると、流れの天狗が一羽、霊嘩山に身を隠しているそうです。その天狗は、追ってきた兵たちの里から何やら重大な物を持ち出したとか」
「手配中の者、という訳ですか…」
「ここは、天狗と相性のいい私が行くべきかと」
「そうですね…。ですが、余所者の天狗兵が素直に言う事を聞くとは思えませんし……」
「ことり様、これでも美園は姫守です。どんな状況でも対処して御覧に入れます」
「ですが、大事な美園に何かあっては困ります。……ここはひとつ、お手並み拝見といきましょう」
「え?誰の……まかさ」
「ええ。七草冬の、です」
「あんな潜在能力が高いだけの小娘に出来る訳がありません!」
「ですから、行かせますのよ。どうおだてられたのか知りませんが、身の程をわきまえてもらわないと」
ねぇ、と言ってことりは笑った。
その笑みは、黒いと表現するに相応しかった。




