魔理沙幻来記
この話はとある別の小説の第ゼロ話みたいな位置付けです。
魔法の森の奥にある一軒家。見かけはボロく中も散らかったその家に、一人の人間と一人の魔法使いがいた。ここの家主である人間―霧雨魔理沙と、彼女を訪ねてきた友人―アリス・マーガトロイドである。来て早々、アリスは部屋を一瞥していった。
「本当に汚い家ね。息詰まらないの?」
「失敬だな。これでも片付いた方なんだぜ?」
アリスにはガラクタの山に見えるらしいが、魔理沙にとって部屋は宝物で溢れかえっている。森で見つけたきのこや珍しい金属、魔導書などがいつでも手に取れるように散らばり、うずたかく積まれているのだ。たまに宝物の雪崩が起きる。
「今日はクリームシチューを作ろうと思うんだけど」
「お、いいね。アリスのシチューは最高だからな」
「おだててもなんも出ないわよ。で、コンロはどこにあるの?」
あぁそれならと魔理沙は言い、八卦炉を取り出した。
この八卦炉は彼女の一番の宝物であり相棒とも呼べる存在である。タバコの火から放火までできるすぐれものだ。
「あなたこれホント何にでも使うのね」
「なんせ幻想郷に来る前からの付き合いだからな」
「そういえばあなたって幻想郷に来る前は何してたの?もうここに来た時には魔法が使えていたみたいだけど」
「あぁちょっと色々な...」
「なによ、気になるじゃない。どうせ私が料理してるあいだ暇なんでしょ?」
ひょんなことから昔話をさせられる羽目になってしまった。
普通の人間が暮らす顕界と魔法使いや魔物と呼ばれる妖怪が住む魔界の狭間に位置するところに、評判の良い道具屋があった。客は皆魔法使いであったが、今年魔法学校へ入学するお子さんを持つ親子連れから、熟練の魔道士に至るまで、ほとんど全ての客のニーズをカバーするほどの品揃えをほこり、いつも様々な客で店は賑わっていた。その店こそ魔理沙の父が経営する魔道具屋「霧雨魔道具店」である。
魔理沙の父はこの店を一台で築いた。今日も道具の購入や修理の依頼が殺到し、店内は慌ただしい。
「よぉ店長!またこいつ直してくんないかな?」
「はい只今。おい霖之助!」
この店には店長のほかにもうひとり住み込みで働いている男がいた。森近霖之助である。若い見た目に合わぬ白髪を生やし、細い銀縁のメガネから覗かせる眼光には少量の孤独と怨嗟が込められているように見える。この青白い肌の青年は、魔理沙が言葉を話し始める前からもう霧雨魔道具店で魔理沙の父の弟子として働いていた。店長に呼ばれた彼は無言で客の差し出す品を持って店の奥へと消えていった。
「こら霖之助!なんだあの態度は。すいませんうちのモンが無愛想で」
「いつものことじゃねぇか。腕は確かなんだろう?」
確かに霖之助の腕は店長には遠く及ばぬものの、いいものを持っている。普段は店の奥で店長に言われた実務をこなし、経営と接客はもっぱら店長がやっている。
「で、店長。最近娘さんはどうなの?」
「ええおかげさまで相変わらずやんちゃしてますわ。いっつも店内駆けずり回って...ってこら魔理沙、店の中を走り回ってはいけないとあれほどいっただろう!」
高らかな笑い声をあげて外から魔理沙が帰ってきた。まだ学校にもあがれない年だった魔理沙はいたずら盛り。よく店の中を走り回っては父に叱られていた。今日も棚にある杖を勝手にとって振り、魔法の真似事をした。
「それは売り物なんだから、触るんじゃない。お前は人間なんだ。魔法なんか使えるわけないんだよ」
「パパのいじわる!あたし大きくなったらぜったいぜーったいまほう使えるようになってみせるもん!」
だだをこねながらブンブン振り回しているうちに、杖は折れてしまった。
「あ、こら魔理沙!また商品壊したな!」
キャハハと笑いながら魔理沙は店の奥へと逃げて行った。
「相変わらず元気だね君んところの魔理沙ちゃんは」
「全くやんちゃで困ったもんですわ。おまけに自分は魔法使いになるだなんて馬鹿げたことを言うし。人間の子なんだから、なれるわけないのに…」
魔理沙が走ってきた店の奥では、霖之助がろうそくの下で魔道具の修理を行っていた。
「りんのすけ、何してんだ?」
「ん?なんだ魔理沙か。これはお客様の魔道具の悪いところを直しているんだよ。全く、こんなにキリールを傷めやがって、雑な使い方してたんだろうな」
「なぁりんのすけ」
「なんだ?」
「なんでりんのすけは道具屋なんてしてるんだ?」
「んー探し物をしてるんだよ。昔大切なものをなくしてしまってね。そのわけをさがしているのさ」
「ほえー。よくわかんないや」
霖之助は無愛想なやつであったが、不思議と魔理沙にだけは優しく接していた。まだ子供だったからかもしれない。
そんな無邪気な時はある日突然終を告げる。魔理沙が異変に気づいたのは夜中トイレに起きたとき、たまたま霖之助と父が口論しているのを目撃してしまったからであった。幼い魔理沙には何のことを話しているのかわからなかったが、とにかく二人が険悪な雰囲気であったことだけはわかった。
「師匠、なんですかあれは!」
「何のことだ」
「とぼけないでください!私は見ましたよ。地下にあるおびただしい数の闇魔道具を。拷問器具、人体実験器具、魔兵器、どれも危険すぎて禁止されている魔法に使うものや、製造そのものが禁止されているものばかりだ!」
魔理沙の父は静かに霖之助に対峙していたが、一瞬にして雰囲気が変わった。周りの空気が凍りつくような冷たい視線を霖之助に飛ばし、冷静な怒気を込めゆっくり言葉を吐出し始めた。
「おまえ、表で売っているものだけでこのちんけな商店が繁盛するわけねぇだろ。この店に来てからこそこそ何か嗅ぎ回っていたことは気づいていたが、まさか地下室を暴かれるとはな。」
「もうこんな店では働けない。私は今すぐにでも出て行きます」
「好きにしやがれ。だが忘れるな。お前はこの店で道具屋としてのノウハウを学んだ。それはすべて人殺しの道具を作る知識から生まれたもの、そしてお前はこの店で俺と一緒に毎日知らぬ間に人殺しの道具を作り続けていたということをな」
緊張と興奮で身動きが取れなかったが、魔理沙は霖之助が出口まで歩いてきたので急いで自分の部屋のベッドに戻り寝たふりをした。すると霖之助が静かに魔理沙の部屋に入ってきて寝ている(ふりをしている)魔理沙に語りかけた。
「あぁよく寝ている。こんな家庭に生きているのに、こんなに恐ろしい秘密を隠した父の元、何も知らずに生きているんだね。なぁ魔理沙。君はよく魔法使いになりたいと言っていたね。師匠は人間の子供は決して魔法使いになんかなれないと言うけど、僕はきっと君ならできると思っている。これは餞別だ。君がいつか偉大な魔法使いになる時に、きっと役に立つだろう。さようなら魔理沙。元気でね」
その後霧雨魔道具店から霖之助の姿は消えてしまった。
次の日魔理沙が目を覚ますと、枕元に不思議な八角形の箱のようなものが置いてあった。持ち上げてみると突然薄い光を発し始めた。なんだかまるで魔法が本当に使えたかのように思えた魔理沙は興奮し、その気分の高揚に呼応するかのようにますます光は大きくなって行った。あまりにもまばゆい光は部屋の外にも届き、急いで部屋に駆けつけたとき父の顔は真っ青になっていた。
「あ、見て見てパパ!私魔法使いみたいでしょ!?」
昨日の出来事、見たことのない形状の魔道具を見て、彼は察した。
「あの野郎置き土産なんかしやがったんだな。とうとう魔理沙が魔法使いになっちまった」
「パパ嬉しくないの?」
憧れの力を手に入れたにもかかわらず、父は地に膝をつき震えている。
「出ていけ。魔女の娘など私は育てた覚えはない。今すぐこの家を出ていけ!」
すごい剣幕でまくしたてられた魔理沙は、半ばパニックになりながら店の外へ走り出した。
(いいや。なぜかパパは私が魔法を使うことを嫌がっていたみたいだけど、もう使えるようになったんだもの。魔界へ行って面白いものいっぱいみてこよう)
魔理沙の旅はこうして軽い気持ちで始まった。
魔界の風景は人により様々な想像がなされている場所である。ある人は荒涼とした砂地を思い浮かべたり、ある人は暗闇がどこまでも続く上と下の区別のない無重力世界を思い描いたりする。しかし本当の魔界というのは大して顕界と変わらず、森があり川が流れ、そこには多様な生物が息づいている。ただ一つ、その生物は一般に魔物とか化物と呼ばれる一種の妖怪であるという点が違うのだが。
そんな魔界の森を魔理沙は散策していた。実は彼女には訪ねるアテがあったのだ。魔道具屋でかねがね客から聞いていたある魔道士「魅魔」という人物に会って教えを乞おうとしていたのだ。
客の魔法使いたちのあいだではしばしば魅魔のことが話題にのぼった。「誰もかなわぬ魔力を持つものの、頼まれればどんな悪事も平気でこなす大悪人」と評されることもあれば、「魔界で最高の魔法使いであり、かつ困った人ならどんな願いをも聞き入れてくれる天使のようなお方」と評されることもある、話を聞く限りではなんともつかみどころのない不思議な者であった。魔理沙は魔界でNO.1であろうその人に会って魔法を教わって、自分も自在に魔法を使いこなせるようになってやろうと画策していたのだ。しかし彼女がどこに住んでいるのかもわからない。勢いで家を出てきてしまったことを少し後悔しながら、魔理沙は樹海をさまよっていた。
森は木々が生い茂り葉が緑の天井を形成して、昼間にもかかわらず真っ暗だ。おまけに魔物の蠢く気配や音が突然してくるものだから、だんだんと気味が悪くなってくる。こんなところで野宿などしようものなら、たちまちに魔獣に食われてしまうだろう。そんな恐怖に押しつぶされそうになっていたとき、魔理沙は何かにつまずいて派手にコケてしまった。暗くてよく見えなかったが、どうやら人間の死体につまずいたようである。なぜか酒臭い。怖さで動けずにいると、その死体は魔理沙に話しかけてきた。
「お、おぅ見ない顔だねぇ。うぇっぷ。な..なぁ嬢ちゃん。ちょいと肩貸してくれねぇか?あたしゃ大して重たくないからよ。な」
臭い。酒臭い。口を開くたびにきついスピリッツの匂いがする。しかもこの死体だと思っていたモノはどうやら足がなく、幽霊のようだ。魔理沙はその幽霊に肩を貸して家まで一緒について行った。
その幽霊の家に入ってみると、まぁ汚いこと汚いこと。灯りらしきものはどこにもなく、昼なのに室内は森の中よりも暗い。壁はすべて本をギュウギュウに詰め込んだ本棚で埋め尽くされていて、さらに床に分厚いハードカバーの本が散らばりつつ積まれている。おびただしい本の下には、魔道具のようなものや実験器具のようなものが垣間見られる。その幽霊はフラフラと床の上を浮遊してみずがめの水を飲んだ。
「いやぁ助かっちゃったよ。昨日はさすがに飲みすぎだよなーあれ。ありったけ飲んじゃったからな。多分お店潰れちゃってんじゃないかな?お金はちゃんと払ってきたから良しとするか!うん!」
なんとも陽気な幽霊である。
「ところで嬢ちゃん。こんな陰気な場所に一体なんの用だい?」
「あ、あの、あたし人をさがしてて、『みま』っていうまかいでちょー強くてなんでもねがいをかなえてくれて、たのめばどんな悪いこともやる天使さんをさがしているの!」
一瞬目を丸くした後、幽霊は豪快に笑い始めた。
「何だいそりゃ、悪いことやる天使って矛盾してるじゃないか。んでそいつ見つけてどうすんだい?」
「まほうをおしえてもらうの。わたしパパにずっと、人の子に生まれたものはまほうなんて使えないって言われてたんだけど、わたしまほう使いになりたいの!ちょっとなら使えるんだよ。ほら!」
そう言って魔理沙は満面の笑みで八卦炉をとりだした。彼女が手に持つと八卦炉は光を放ち始めた。
魅魔はその光景に目を丸くした。魔理沙の光にではない。彼女の笑みが、どこかで見た誰かの顔とダブったからだ。誰か自分にとって大きな存在であるハズの誰かなのだが、余り深く思い出せない。しかしこいつは自分にとって単なる少女ではないと思うには、十分すぎる'勘'が働いた。
「なるほどな、それじゃいっちょ稽古つけてやるか!」
「えーあたしおばさんじゃなくてみまっていうすごい人に...」
いい終わらないうちに拳骨が垂直に魔理沙の頭に落ちてきた。
「だーれがおばさんか!あたしが魅魔だよ」
こうして魔理沙の魔法修行が始まった。
その日の夜、魅魔は魔理沙に最初で最後の座学をしてくれた。
「いいかい魔理沙。世の中には四つの力がある。まず神力と妖力、そして巫力と魔力だ。神と妖は人の信仰が生み出したものだ。神は希望から、妖は恐怖と絶望から生まれた。彼らの力を模して力を得ようとした人間の内、神を模した力=巫力を使う人間を巫女、妖を模した力=魔力を使うものを魔法使いと呼ぶんだ。この世界では魔物と魔法使いが多くを占めているから、神と巫女についてはピンと来ないだろうがな」
「じゃ最初は魔法使いもただの人だったんだね」
「ああそうさ。 ただ巫女とは決定的な違いがあってな。巫力は選ばれた人間が生まれつき持っているもので、生涯その量は増減しないんだが、魔力は普通の人間でも使用可能で、努力すればいくらでも上げることができる!」
「ふおぉ」
魔理沙の目が輝く。
「と、いうわけで、早速お前に修行を課す。これをちゃんとこなせなかったら、お家に帰るかのたれ死ぬかだ。覚悟はいいな?」
そういって魅魔は魔理沙を連れ真夜中のバーに繰り出した。
森を抜けたところにある都市の込み入った路地裏を奥まで進み、さらに地下へもぐるとそのバーはある。そこには内蔵が飛び出ているゾンビやら、昔の自分の姿すら忘れてしまった亡霊やらといったならず者共がたむろしている、どう見ても人生を踏み外したとしか思えない連中のたまり場と化している。魔理沙は初めて会う異形の姿をした者達を見て震え上がってしまった。
「おーい、魅魔来たんか」
円形のテーブルを魔物の爺三人がトランプを囲っている。一人は形すら保つのがやっとな幽霊、一人は眼球が腐り落ちているゾンビ、一人は隻腕の魔法使いであった。
「よ!くそ爺共、景気はどうだい」
「おめぇさんが来なくなってからつきまくりだぜ!なんだなんだ?今日もまた俺たちから巻き上げるつもりなのか?えぇ?」
「おう、巻き上げるには違ぇねぇが、やるのはこいつだ」
そう言って魅魔は魔理沙の頭をポンと叩く。一瞬爺共は何を指しているかわからなかったが、目をしたにやるとなんと見知らぬ幼女がいるではないか。
「お、なんだいガキができたんかい。だれと火遊びしたんだ?」
「しばくぞグズが。こいつは拾ったんだよ。今日のお前らの相手さ」
一瞬呆けた爺達であったが、突然笑いだした。
「ゲハハハハハなんだ?このお嬢ちゃんが相手かい?」
「レートは普段のやつにゼロを二つたしてくれ」
さすがに爺たちも眉間にシワを寄せてくる。
「おい魅魔よ、てめぇ頭わいてんのか?ガキだからって容赦しねぇぞ?」
「かまわねぇよ。怖じけづいたか?」
「ふざけんな。ガキの身ぐるみごとはいでやる!」
魅魔はゲームが始まる直前、魔理沙に耳打ちした。
「なぁ魔理沙。これからお前は金を賭けたポーカーをやる。奴らは必ずイカサマをしてくる。そこでだ、お前は透視魔法で相手の手札を盗み見するんだ」
「えぇ!そんなことしたらばれちゃうよ。」
「大丈夫。こんなにも多くの魔物がここに入る。お前がどんなに本気出して魔力を放ったところでかき消されちまうからわかりゃしないよ。それにここで勝った分が向こう一ヶ月のお前の生活費になるんだ。気張らないと水飲み生活だぜ?」
「そんなぁ。そんなまほう習ってないし...」
「考えるな。感じろ。しかも今日のあたしの酒代から差っ引いた残り分がお前の取り分だからな。早くケリつけないとどんどんお前の取り分減ってくぜ?よろしくな」
魔理沙が反駁する前に、魅魔はカウンターに行ってしまった。これは大変なことになってしまった。魔理沙は色を失った。
魅魔には一応狙いがあった。実戦を通じた相手の手札を見る初等魔法の獲得、いかさまを見抜くために周りの魔力や妖力の流れを汲み取る妖力・魔力関知能力の練磨、そして周りにいる毒気のある魔法使いや妖怪が放つ強い瘴気にあてられることによる基礎魔力の向上、この三点を一気に魔理沙に吹っかけることによって効率のよい修行を課す。とまぁこれが大きくなってから魔理沙が魅魔から聞いたことであるが、正直言って子供を使って楽しようとしただけだったのではなかろうかと魔理沙は未だに腑に落ちていない。
「よ!マスター久しぶり。ジンをロックで。」
魅魔はあたふたしている魔理沙をカウンターから眺めながら飲み始めた。マスターが魅魔に話しかける。
「魅魔さん。あなたどういう風の吹き回しなのですか?いきなり子供の面倒をみようだなんて。普段のあなたからは想像もつきませんよ」
マスターが不思議に思うのも無理はない。魅魔はどんなに有能な者でも、ただのひとりも弟子をとったことはなかったのだから。
「なに、単なる気まぐれでね。ちょっとだけ稽古つけてやろうかと思ってさ。別にあいつ素質があるわけでもないし、魔力もからっきしなんだけどね。」
魅魔の言うとおり、彼女は魔理沙に対してハナから期待などしていなかった。今日の「修行」も、あっという間に強い瘴気にやられてしまうのがオチだろうと考えていた。しかしすぐにその予想はひっくり返される。
「ヤター。そうどりだー!」
びっくりして魅魔が振り返ってみると、テーブルにギャラリーができている。なんと魔理沙が圧勝してしまったようだ。予想以上の出来である。
しかし逆上した客の一人が魔理沙の胸ぐらを掴んできた。
「てめぇガキだからって容赦しねぇぞ!こんなに偶然が重なるものか。イカサマしやがって、ぶっ飛ばしてやる」
言うが早いか、カウンターから光線が飛んできて客の頭を吹き飛ばした。魅魔から冷酷な魔力が滴っていた。
「それ以上難癖つけてくるなら、てめぇらの頭ひとつずつ吹っ飛ばしていくからな」
誰もが(もう吹っ飛ばしてるじゃん)とツッコミたかっただろうが、縮み上がるほどの恐怖にみな閉口していた。
「すまねぇなマスター。椅子ぶっ壊しちまった。これで勘弁な」
金を置いて魔理沙を連れて、魅魔はバーをあとにした。
森に帰ってきた二人。帰道の途中魔理沙は魅魔に尋ねた。
「ねぇ魅魔様、あの技どうやってやるの?」
「ん?あれか?技ってほどのモノでもないぞ。いわゆる衝撃波みたいなもんさ。でもあれ結構難しいぞ?」
「あたしもやってみたい!」
そういって魔理沙は八卦炉を取り出し、銃のように構えた。
「よせよせ、お前さんには十年早い...」
そう言いかけたとき、八卦炉は強い光を放ち、魔理沙の身長くらいの直径の衝撃波が出た。と同時に魔力を使い果たした魔理沙はその場に目をまわして倒れてしまった。
魅魔は自分の目を疑った。衝撃波を出すには練度の高い魔力を生成する力に加え、それを狙い通りにまっすぐ射出するコントロール力も必要であり、経験がものをいう技であったからである。当然魔理沙の年くらいの子供にはできない芸当である。
「全くふざけたガキだな。面白そうだ」
魅魔は本格的に魔法を教える決意をした。
それから八年の歳月が経った。魔理沙は順調に魔法を習得して行ったが、霧雨魔法具店を飛び出したときのように、旅立ちの日は突然やってきた。その頃の魔理沙は苛立ちと焦りに苛まれていた。
「師匠!どうして捨虫の法と捨食の法を授けてくれないのですか!?」
彼女は一番の関心事である捨食の法と捨虫の法について知りたがっていた。捨虫の法とは不老の肉体を得る魔法であり、捨食の法とは食事を必要としない肉体を得る魔法である。この二つを習得して始めて名実ともに魔法使いという種族になれる。人間として生まれにもかかわらず、魔法使いになりたいと願う魔理沙には必須の魔法であるが、魅魔は一向に教えてくれない。もちろん魔理沙は自分でも文献による調査を行ったのだが、本によって書いてある内容が千差万別で、試してもすべて失敗に終わったため、結局師匠に教えてもらう以外に方法がなかったのである。
「この愚か者が!'人間として'学ばなければならないことがまだ山ほどあるってのに、そんなモン誰が教えるものか!」
「でも魅魔様は私くらいの歳で捨虫の法と捨食の法をマスターしたって自慢してたじゃないですか!」
そのときこめかみがピクッと動いたのに魔理沙は気付いた。
「う、うるさい!あたしとお前じゃ格が違うんだよ格が。まだ経験の浅いモンに高等魔法は無理だってことだ。無駄口叩いてないで、とっとと買い出しに行って来い!」
ケツを蹴られ仕方なく魔理沙は日々の雑用に戻った。
街に行くとなんだか皆が騒がしい。
「ようおっちゃん。今日も肉買いに来たぜ。」
「おう魔理沙じゃねぇか。どうだい修行の方は」
「相変わらずダメだなー。ったくあのわからずやがいつまでたっても捨虫の法と捨食の法を教えてくれないんだ。ところでさ、今日はみんな騒がしくしてるけど、何かあったのか?」
「え、魔理沙知らないのかい?今街じゃ吸血鬼の噂で持ちきりよ」
「吸血鬼?」
「西のはずれにあった吸血鬼のお屋敷がよ、突如消えてなくなっちまったんだってさ。なんでも幻想郷とかいう魔界とも顕界とも違う世界に行ったらしくてな。」
「お、おいちょっとまてよ。西のお屋敷って音に聞く紅魔館だろ!? 話が本当ならでっかい建物ごと空間魔法で吹っ飛ばしたってことか!?」
「いや魔法については俺はよく知らねぇさ。けどよ、屋敷に住んでいた吸血鬼の主と魔法使いという統治者が突然いなくなったもんだから、あの領地をふんだくろうって輩が戦争しかけるかもしれないなんて話もある。吸血鬼は魔界でもかなり強い種族だし、一緒に住んでた魔法使いってのもかなりの知識人だったらしくてな。パワーバランスが一気に崩れて西は大変なことになるだろうよ」
魔理沙はピンときた。建物まるごと他の世界に移す実力を持つ知識人の魔法使い。そんな奴ならきっと捨虫の法と捨食の法の真実を教えてくれるのではないのか。自分の周りには大した魔法使いはおらず、結局魅魔が圧倒的強さを誇っている。しかし唯一の頼みの綱は一切捨虫の法と捨食の法を教えてくれない。もうその魔法使いに聞くしかない。そう思うと幻想郷というところに何としてでも行きたいと思った。帰って早々、魔理沙は幻想郷の話をした。
「魅魔様!私幻想郷に行きたい!」
「げ、幻想郷だって?お前なんで幻想郷なんて知ってるんだ?」
「今街ではその話でもちきりなんです。西の吸血鬼たちが幻想郷に...って、魅魔様幻想郷ってどこかご存じなんですか?」
「あぁ何度も行ったことはあるよ。昔の話だがな」
「じゃ私もそこに...」
「おいおい冗談だろう?大方なんで幻想郷なんかに行きたがってるのか予想はつくがな。あんな異変ばっかり起きてる不安定なところ行ったってロクなことが無いぞ?第一その程度の魔力じゃ、仮に行けてもあの結界を抜けて帰ってくるのは無理だ」
魔理沙は落胆しながら部屋に戻った。しかし腹の底では期待に胸ふくらませていたのだ。師匠が何度も行ったことがあるなら、自分にも行く手段は必ずどこかにある。行った先にはおそらく師匠と同等の有能な魔法使いがいて、しかもその世界は異変で満ち溢れているらしい。なんと面白そうな世界なんだろう!魔理沙は魅魔に隠れて地下の蔵書棚から幻想郷に関する文献を調べ始めた。地上の部屋同様、本が散らかしっぱなしになった倉庫で、魔理沙はとうとう幻想郷に関する魔導書を見つける。そこには結界操作の文言と構築式が書かれており、魔力を込めるだけで誰でも幻想郷へ行ける仕様になっていた。
「なんだこれ!?すごいシンプルに高度な魔法が記述されてる。。。ってこの字は魅魔様の字じゃないか。誰でも簡単に移動できる幻想郷へのチケットみたいな本作っておいて、なんで魅魔様は行っちゃいけないなんて言ったんだろう?ま、いいや。魅魔様には悪いけど、行って来ます!」
魔理沙がその本に手をかざし魔力を送ると、彼女は幻想郷に転送された。転送魔法の波動に気づいた魅魔が地下に駆けつけた時は、もう魔理沙の姿はどこにもなかった。
「全く、あのバカ弟子が。いつになったら帰ってくるのやら」...
「...ってなわけで幻想郷に来たんだ」
アリスがシチューを料理しているのを見ながら、魔理沙は話し終えた。
「あなた...割とハードモードな過去ね...」
「ん?そうか?酒場の連中もいいやつはいたぜ?他にも昔魅魔様から借りた借金を踏み倒したヤツの屋敷に忍び込んで盗みやったり、いきなり珍しい肉が食べたいとか言われて熊と闘ったり、いろいろさせられたな~」
あっけらかんと笑う魔理沙を見て、アリスは魔理沙の意外な一面が見えたような気がした。
「で、捨虫の法と捨食の法は会得できたのかしら?」
「人が悪いなアリス。お前だって会得したんだから知ってるだろ?『捨虫の法と捨食の法は自分のオリジナルの魔法体系を用いた公理と、それを使った構築式を本に書いて発動させる』ってことを。まだそこまで魔法の開発はできてねーよ」
「フフ。おばあちゃんになる前に完成させなさいよ。ほらシチューできたわ」
うれしそうにシチューをほおばる魔理沙、それを見てうれしそうなアリス。まだ捨虫の法と捨食の法も会得できず。魔界に帰れるほどの魔力も得られていないものの、彼女は楽しくやっている。
しかし彼女は、いや彼女達はまだ知らなかった。
魔理沙の父が、どれほど深く悪に手を染めていたのかを
魔理沙の師匠が、悲しい過去を背負っていることを
魔理沙の相棒に、八卦炉にどのような秘密があるのかを
そして幻想郷を巻き込んだ戦争が、これから始まろうとしていたことを。
つづく