六,血筋
良く晴れた日に、スフェーンは弟と散歩へ出かけました。
日が落ちても帰ってこない二人に、アンバー皇帝とパールは動揺します。
すぐに探しに行くよう命じ、アンバー皇帝も自ら探しに行きました。
パールは、祈ることしかできません。
しばらくすると、スフェーンが見つかりました。
スフェーンは泥だけで、かすり傷もあります。
しかし、スフェーンは自分の事より弟を探すように言いました。
「小さな森を散歩中に、弟を見失った。まだ、一人で歩くには難しいので、近くにいるはずなのに見付からない」
スフェーンは、心配そうに言います。
そして、スフェーンも探しに行こうとするのです。
もう、完全に日が暮れていたので周りの者が止めました。
「きっと、無事見つかります」
周りの者は、スフェーンをなだめます。
しかし、最悪の結果でした。
スフェーンの弟は、崖から転落し倒れている所を発見されました。
スフェーンの言った通り、すぐ近くの崖です。草が高くなり崖が見えなくなっていました。
残念な事に、見つけた時には既に死んでいました。
次期、皇帝が亡くなったことは大きな衝撃を与えました。
パールは泣き叫びました。
アンバー皇帝までも涙を流しました。
カルサイト帝国全体が暗い雰囲気に満ちていました。
連続して、王族が奇っ怪な死をとげたので何かの呪いだと言い始めました。
アンバー皇帝は、うなだれ力が抜けてしまいました。
妻と世継ぎを一気に失った悲しみは、癒す方法すら分かりませんでした。
スフェーンを見ては、涙が出てしまうのです。
「ガーネットに似てきたものだ。それに余の子だ」
スフェーンは、涙を流すアンバー皇帝を慰めます。
スフェーンは決して泣かず、自分の感情の高まりを抑えます。これも母ガーネット妃の教えです。
「皇帝たるもの、負の感情を抑えるべし」
スフェーンは、感情を抑え続けました。
パールは、ベッドから起き上がれなくなりました。
ただ、泣きつづけ日々を過ごしました。
帝国内では、ある噂が広がっていました。
「スフェーンがやっている」
どの事件にも、必ずスフェーンが関わっていたからです。
しかし、何の証拠もないため噂程度で止まっていました。
騒ぎを聞き、スフェーンが現れました。ゆっくりと決して慌てず堂々と歩いてきます。
国民は、初めて見るスフェーンの美しさと荘厳な雰囲気に圧倒されました。
スフェーンは立ち止まると、話し始めました。
「カルサイト帝国は不滅である。父アンバーは昨夜、事故で亡くなった。直ぐに、皇帝を選抜する予定だ」
はっきりと言い切りました。国民は心臓が強く脈打っています。スフェーンは問いました。
「王位継承者は不在なのだ。一つ、問う。王位継承に絶対に欠かせないものが一つある。それは何か?」
いきなりの問いに、国民は焦りました。王位継承に欠かせない物は多過ぎて選べません。もごもごしている国民にスフェーンは言いました。
「分からぬか。必要なものは血だ!私は、父アンバーと母ガーネットと娘、スフェーンだ。必ずや、皇帝になりカルサイト帝国を繁栄に導こう!」
国民は圧倒されました。まだ、幼さの残るスフェーンの偉大な宣言。新たな希望の光を見つけたのです。
国民は拍手を送りました。
スフェーンは振り向き、戻っていきました。
スフェーンは、帝国内の者を集めました。そして、叱りました。
「国民に話した者は、混乱を招く事も分からん愚か者だ。カルサイト帝国を繁栄させたいなら、私に続け。続かない者は、今すぐ帝国から出ろ」
スフェーンの鋭い青の瞳が、アンバー皇帝を思い出させます。
そして、誰一人出て行きませんでした。
スフェーンは、パールに関わりません。
今のパールは、死人と同等だからです。
スフェーンは財政、軍事、行政…、全てを調べあげました。
特に、隣国との関係を重視します。
スフェーンは、武力での侵略ではなく友愛による共存を打ち立てます。
まだ、皇帝ではないですが皇帝と同等の権力を使います。
初めは嫌々従っていた者達も、スフェーンの功績が増すに連れ偉大な指導者と認め始めます。
国民も今か今かと、スフェーンの即位を待ちました。
しかし、スフェーンは仕事を熟すだけで皇帝の話しはしませんでした。
「皇帝の話しは全て終わってからだ」
スフェーンは、この言葉だけを使いました。
母ガーネット妃が亡くなった時から、スフェーンは決まり事を作り続けています。
寝室の扉の外には、兵を見張りに立たす。
食事は、必ず毒味させる。
一人での行動は、極力避ける。
この、三個条を自分に課しています。
帝国内の者は、スフェーンを神経質だと思っていました。
一方、パールの存在は無かった物の様になっていきます。
パールは、本当に死人のようになり、性格まで変わってしまいました。
パールには、嫌がらせの手紙が届き続けているからです。
『悪魔よ去れ。余は全てを知る者』
この手紙が、毎日届きます。この文字を見るとパールは頭が痛くなり、倒れそうになるのです。
ただ、ただ、生きているだけの人間にパールは変貌していきました。
時は過ぎ、スフェーンが動きます。
国事も進み、安定してきた今が1番だと考えました。
15才になる、今年の12月に皇帝になると決めたのです。
今は11月、スフェーンは総仕上げに取り掛かります。
まずは、帝国の者に伝えました。
当然、反対する者はいません。遅いくらいだと思っていました。
国民も、待ちに待った即位に胸が高鳴ります。
呆気なく【世継ぎは男とする】は消え去りました。
スフェーンの勝利です。
しかし、スフェーンは険しい表情です。
まだ、大きな問題が残っていたからです。
その問題とはパールの事です。
スフェーンにとって、無視の出来ない存在です。
意思を固め、直にパールと会う事にしました。
兵を一人、パールの部屋の外で待つよう伝えました。
スフェーンは、扉をゆっくりと開けました。
そこには、衰弱仕切ったパールが寝ていました。
隣のテーブルには、例の手紙が重なり合っています。
スフェーンは話し始めました。
「寝たふりは止せ。私には通じぬ、起きよ」
パールは、わざとらしく目をこすりました。そして、言います。
「スフェーン。やっと、顔を見せたましたね」
パールは、スフェーンに対して無礼な口調と態度です。
しかし、スフェーンは動じません。パールも動じず、二人は静かな戦いを始めるのです。