五,呪い
12才のスフェーンは、確実に成長していました。
その現実を目にした者達は、驚きのあまり声が出ません。
しかし、ガーネット妃だけは違いました。
スフェーンの才能を熟知しています。
ガーネット妃は口を開きました。
「スフェーンの言う通りですわ。そんな小さな金額を動かすだけなのに、大袈裟な会議ですこと」
ガーネット妃は鼻で笑いました。スフェーンは笑顔で冗談っぽく言います。
「皇帝陛下、国の財政は誰が担当しているのです。これは、相当使い込んでいますよ」
アンバー皇帝も思わず笑ってしまいました。
意味が分からない者は呆気にとられています。
アンバー皇帝は、一瞬にしてスフェーンを気に入ってしまいました。
ガーネット妃の若い頃を思い出させるスフェーンは、アンバー皇帝にとって自慢の娘になりました。
アンバー皇帝は、スフェーンに拍手を送り答えました。
「恐れ入った!余は馬鹿な会議を開いてしまったではないか。よし、お前の意見を聞こう」
スフェーンは笑顔で答えます。
「母上が申したように、民衆が苦しんでおります。まずは、国内から固めるべきかと。そのためには、やはり武力開発費を減らすほかございません」
会議に参加していた者は、12才の子供の発言とは思えません。ガーネット妃が教えたと思っていました。
しかし、アンバー皇帝との会話を聞き、スフェーンは自分の意見を述べてると分かりました。
最初は、煙たく思っていた者達も認めざるを得なくなりました。
結局、武力開発費を減らしその分を減税する事になりました。
アンバー皇帝は、スフェーンを気に入り可愛がるようになります。
もちろん、息子も可愛がり「余には、姉と弟がいる」と自慢げに語るようになりました。
こうなると、ガーネット妃との仲も良くなっていきます。
元々、恋愛結婚を叶えた二人です。やはり、相性が合うようで仲良く散歩をするほどになりました。
帝国内でも、二人が一緒にいる姿を見て嬉しがる人々が増えます。
パールは、そんな二人の話しを聞きベッドの上で我慢する日々。アンバー皇帝も、姿を見せなくなりパールは泣き続けます。
苛立ちと悔しさが、止まりません。
「早く、体を治さねば!」
パールは栄光の出産を期に、地獄のような毎日を過ごしました。
しかも、追い撃ちをかけるような事件が立て続けに起こりました。
スフェーンが13才になり、更に成長を遂げた頃に1つ目の事件が起こります。
なんと、ガーネット妃が懐妊したのです。
帝国内は歓喜の声をあげます。何より、アンバー皇帝が喜びました。
「何と!男子ならば正統な血筋の世継ぎではないか!あー!余は何と幸せなのだ!」
帝国内も祝福の言葉が行き交います。
「やはり、ガーネット妃でなければ!」
「男子であれ!」
「幸運が続く!幸せだ!」
この話題は、民衆にも伝えられました。
民衆は少しだけですが、減税されたことにも喜んでいました。そんな時に、吉報が届くので「正妻の子供こそ皇帝に!」と、騒ぎます。
何より、ガーネット妃は民衆からの人気が高いのです。王族の身でありながら、派手を好まず堅実な女性だ、と言い合います。
逆にパールは嫉まれていました。贅沢思考の貴族で、皇帝の愛人だ、と嫉妬を込め言い合うのです。
パールは、この話題を聞き狼狽します。
「もし、男子ならば!?」
パールの、存在価値が無くなる意味を指しています。
ベッドから動けない体が、憎くて仕方ありません。
パールは泣きながら祈り続けます。
「どうか、女子でありますように…」
ガーネット妃は、新たな子供のために部屋を作る事にしました。
アンバー皇帝のような、男が産まれたるように祈りながら。
アンバー皇帝の瞳の青色と、髪の銀色の二色で統一するよう指示しました。
新たな部屋を作るために、見知らぬ男達が帝国内を歩いています。
ガーネット妃は、スフェーンを部屋の奥にしまい込みました。
見知らぬ男に、スフェーンを見せるのが嫌だったのです。
ガーネット妃はスフェーンに言い聞かせました。
「スフェーン、貴女は聡明な子ですから話さなくても分かると思います。私の、腹の子が男か女かは分かりません。ただ、何事においても油断は禁物です。貴女は皇帝になる器なのですから」
スフェーンも答えます。
「分かっております。皇帝陛下に気に入られ、民衆にも受け入れてもらえるよう努力します。法律を変えるためにも、油断は致しません。もし、弟であれば潔く身を引く覚悟もあります」
ガーネット妃は、スフェーンのこの言葉に感動し思いました。
「やはり、この子が皇帝になるべき!」
改築が始まり、一週間が過ぎた夜。
二つ目の事件が起こります。
夜、暗く静寂の中に女性の悲鳴が響き渡りました。
「誰か!誰か!!ガーネット妃が!!!」
女性の叫び声に、人々が駆け寄ります。
スフェーンも、奥の寝室から出てきました。
薄暗い蝋燭の明かりの中、ガーネット妃が倒れています。皆、恐怖し動揺して動けません。
ガーネット妃は、ただ倒れているのではないからです。
大量の血を流し倒れています。
スフェーンは「これは夢。これは夢」と呟きながら、ガーネット妃に近づきました。
血溜まりの中に、スフェーンも座り込みました。
ガーネット妃の頬を触りますが、冷たく反応はありません。
よく見ると、首からお腹にかけて切られています。
スフェーンが、座り込み呆然としているとアンバー皇帝が現れました。
そして、変わり果てたガーネット妃を見て狂ったように怒鳴りました。
「医者はまだか!?ガーネットは身重だぞ!ガーネットは身重なんだ!!」
しかし、誰の目から見てもガーネット妃は死んでいました。アンバー皇帝は錯乱しガーネット妃を抱きしめました。
スフェーンは動かずに、ただ血を見ているだけです。
あまりにも、衝撃的な光景に皆は固まるしかありませんでした。
やっと医者が現れましたが、一目見て諦めてしまいました。
アンバー皇帝の手前、蘇生措置を行いましたが意味の無いものです。もちろん、腹の子も残念な結果でした。しかも、腹の子は男子だったのです。
ガーネット妃は、呆気なく死んでしまいました。
アンバー皇帝は、すぐに命を下します。
「必ず、犯人を見つけるのだ!縛り首にしてやる!」
鋭い目が更に鋭く光っています。
翌日、すぐに葬儀が行われました。
あまりに酷い状態なので、すぐに葬儀をするよう周りが仕向けました。
早く忘れたかったのです。
パールも、この事件には震え上がりました。
「なんて事!おぞましい!可哀相なガーネット妃…」
しかし、体が不自由なため葬儀には参加しません。
また、妾が葬儀に出ることは不謹慎とされていました。
アンバー皇帝は、ガーネット妃と最後の別れをします。恋愛の末に結ばれたガーネット妃の亡きがらに、心が痛みます。
やっと、家族らしくなり幸せを感じていた矢先の出来事です。
スフェーンは、涙を決して見せません。ガーネット妃の教えです。
「涙は人に見せてはいけない、涙は一人で見せるもの」
スフェーンは、心の中で呟きます。
信頼していた母の葬儀、スフェーンは最後まで弱い部分を見せませんでした。
国民は静まりかえっています。皆は喪服を着て追悼しました。
カルサイト帝国全体が、闇に包まれたようです。
「これからだったのに」
多くの者が口にしました。
ただ、いつまでも感傷に浸っている訳にもいきません。
翌日から、皆は普段通りの生活を送るのです。
アンバー皇帝は、犯人探しに躍起になっています。
「部屋を増設するために雇った奴らを徹底的に調べろ!」
皆も、その中にいると思っていました。しかし、全員、白です。
そうなると、帝国内に犯人がいることになります。
帝国内の人々は、自分の無実を訴えます
「あの時間は、お前といた」
「帝国内にいなかった」
「友人と会っていた」
帝国内は、皆が皆を疑惑の目で見合うようになります。
スフェーンは、無実を訴えませんでした。
これもガーネット妃の教えです。
「むやみやたらと、自分を語るな」
この教えに従います。
アンバー皇帝は落ち込んでいましたが、パールに慰めてもらい、徐々に以前のアンバー皇帝に戻っていきました。
ただ、犯人探しは続行します。
パールは、静かに喜んでしまいました。
ガーネット妃がいなくなった事で、パールに怖い者がいなくなったのです。
息子が皇帝になる事も、決まったも同然。
アンバー皇帝も、パールの元に戻ってきました。
パールは、不謹慎だと思いながらも嬉しくてたまらないのです。
犯人は見付からず、ただ日々が過ぎていきます。
ある日、また事件が起こります。