四,世継ぎ
不穏な関係を続けるなか、パールがついに懐妊します。
帝国内、国民、なによりアンバー皇帝が喜びました。
これで、男子であれば全て上手くいくのです。
アンバー皇帝はパールの腹を撫でては祈りました。
パールも、懐妊は嬉しかったのですが不安でもありました。男子である事が、重要だからです。
帝国内も、懐妊の吉報に湧いています。
ガーネット妃は、気にもせずスフェーンを皇帝にするために毎日を過ごしています。
スフェーンも、母の期待に応えるために努力をします。
帝国内の人々は、そんな二人を見て呆れながら言い合うのです。
「ガーネット妃は、夢か幻を見てる」
「スフェーンが、いくら努力しても無駄」
「あの二人は、何を考えてる?」
少し不気味だ、と言う者まで現れました。
そんな話しを耳にするスフェーンは、悔しくて仕方がない毎日でした。
懐妊は、国民にとっても希望の光です。世継ぎが誕生すれば、きっと幸せになれると信じて疑わなかったからです。
苦しい生活からの解放を夢見ていました。
スフェーンが12才になって、すぐパールは産気付きました。
スフェーンと同じ12月で晴れた朝でした。
すぐに、出産の準備に取り掛かります。
帝国内が、慌ただしくなり神父もやってきました。
そんな日でも、ガーネット妃は落ち着いています。
スフェーンは、少し落ち着きがなく考えていました。
「もし、男子なら皇帝の座はその者だ」
緊張しているスフェーンに、ガーネット妃は言いました。
「皇帝になる者が、このような事で心を乱してはいけません」
スフェーンは「母上の言う通りだ」と、気を引き締め「申し訳ございません」と謝りました。
出産の準備が整い、ベッドにパールを寝かせます。
アンバー皇帝は、落ち着きなくしています。皆は、心の中で祈りました。
「どうか、どうか男子を!」
パールは難産でした。
7時間近く経っているのに、産まれません。
皆は、パールの体力が持つか不安でしたが祈る事しかできません。
苦しそうなパールの声に、近くにいる者は心が痛みました。
しかし、アンバー皇帝だけは苛立ち「早く男子を、早く男子を」と繰り返すのです。
8時間が経過しそうになった瞬間、産声が響き渡りました。
皆、安心しました。
しかし、アンバー皇帝だけは必死の形相でベッドに駆け寄ろうとしました。
神父が止めようとしましたが、振り切り隠し布の中に入っていってしまいました。
見ていた者は、驚愕しました。冷静沈着な皇帝の姿がそこに無かったからです。
神父も驚き中へ入ろうとした瞬間、アンバー皇帝が赤子を抱き上げ出てきました。
「世継ぎの誕生だ!!」
異様な光景に、皆は一瞬黙りました。
しかし、すぐに祝福の言葉を送りました。
神父は、アンバー皇帝に中に入るよう促しますが、興奮しているアンバー皇帝は聞きません。
女達も出てきて、やっとの事で赤子を奪い返し中に戻っていきました。
「男子が産まれた」という話題は、すぐに帝国内、国中に広がりました。
国民は歓喜の声をあげました。時代が動くと、肌で感じたのです。
スフェーンは、酷く動揺してしまいます。
それを見るやガーネット妃は強めに叱りました。
「二度も同じ事を、言わせるのではありません」
しかし、スフェーンは初めてガーネット妃に反抗します。
「母上、お言葉ですが男子です。継承者は彼です」
ガーネット妃は毅然とした態度で言います。
「仕方ありませんね。法律を変えましょう」
スフェーンは意味が分からず聞きました。
「母上、法律は簡単に変えれません。民衆、帝国内の声が必要なのです」
ガーネット妃は、叱るように言いました。
「母を誰だと思っているのです?スフェーン、お前が赤子の時に伝えております。私に任せなさい、と」
スフェーンは黙りました。
ガーネット妃は、教養もあり威厳に満ちていますが法律や国政には疎いのです。
スフェーンは己でやってみせる、と誓いました。
【世継ぎは男とする】
この法律を無にしたい者と、それを防ぐ者との戦いが待っていました。
難産に苦しんだパールは、三日間危険な状態が続きましたが、何とか乗り超えました。
しかし、体は思うように動かず、苦しみに堪えなければいけなくなります。
医者からは、外出は控え安静にするよう言われました。
辛い生活でしたが、アンバー皇帝からの寵愛が更に増した事は幸せでした。
何より、期待に応え男子を産めたことに安心した様子です。
これで、帝国内でも住み心地が良くなると嬉しく思いました。
しかし、子供の顔が見たいと思ってもパールは動けません。
ベッドの上で一日を終える、そんな毎日です。
アンバー皇帝は、世継ぎ誕生を大喜びしていました。
肩の荷が下り、息子のためにもと国政に力を注ぎます。領土拡大、帝国の増設、武力、などカルサイト帝国繁栄のため出来る限り尽力します。
民衆も、世継ぎ誕生に喜びましたが徐々に静かになっていきました。
アンバー皇帝が帝国の力の拡大ばかりで、民衆の事を考えてないと思い始めたからです。
実際、カルサイト帝国の力は増しますが、民衆の苦しい生活は変わらなかったからです。
民衆の不満は今にも爆発しそうでした。
そんな折、ついにガーネット妃が動きました。
帝国内の人々は、ガーネット妃の姿を見ては感動してしまうのです。
ガーネット妃は、美しく気品に溢れ、威厳と誇りに満ちていたからです。
アンバー派だった人々も、ガーネット妃の姿を見ただけでガーネット派になってしまうほどです。
ガーネット妃はスフェーンを連れ向かいます。国政会議をしているアンバー皇帝のいる部屋へ。
スフェーンもガーネット妃のように堂々としています。
ガーネット妃は、アンバー皇帝がいる部屋の扉を開けさせました。
アンバー皇帝は驚きます。
久々に、ガーネット妃とスフェーンを目にしたからです。
二人が並んで立っている姿は、皇帝ですら魅入ってしまいました。
しかし、アンバー皇帝は厳しい口調で追い返します。
「無礼だ!会議中だぞ。去れ!」
ガーネット妃は毅然と言い返します。
「国政について、申し上げたいことがございます」
アンバー皇帝は、思わぬ反応に苛立ちました。
「ほぅ、余の国政に反論か。何かにおいて邪魔をするのだな。よかろう、皆の前での発言を認める」
会議に参加していた者達は、ざわつきました。アンバー皇帝は「ガーネットは政治には無頓着。余興のようなものだ」と馬鹿にしていたのです。
ガーネット妃は、皆の前に歩み出て言い放ちました。
「結論から申し上げます。このままでは、カルサイト帝国は滅びます」
皆の顔色が変わります。
不吉な予言を口にするガーネット妃を睨み始めました。
しかし、ガーネット妃は顔色一つ変えずに続けました。
「国は民衆により成り立っております。民衆の声をお聞き下さい。皆、生活に苦しんでおられます」
アンバー皇帝は、絵空事だと取り合いません。他の者達も「そんな事は分かっている」と感じています。
ガーネット妃は、言い切りました。
「つまりは、武力を減らし減税をすべきです」
この言葉に、アンバー皇帝はスフェーンを指し答えました。
「ならば、ガーネットよ。その子の養育費を減らせ」
アンバー皇帝や周りの者達は笑いました。
ガーネット妃が口を開こうとした瞬間、スフェーンが言いました。
「私の養育費程度の武力しか、お持ちではないのですか?」
スフェーンを除く、皆が黙ってしまいました。
スフェーンは続けました。
「なら、今すぐに会議を止め武力開発に乗り出すべきだ。そして、貧しい国の再生にも直ちに取り掛かるべきだ」
皆、聴き入ってしまいました。