〜カルサイト帝国〜
語られる事の無い事実であり、知ることの無い事実でもあり、知ってはいけない真実。
《一,母の誓い》
【スフェーン皇帝!万歳!】
【スフェーン皇帝!祝福!】
【カルサイト帝国に栄光あれ!】
雲一つない空の下。
カルサイト帝国の人々が集まり、新たなる皇帝を讃えています。
国中がお祭り騒ぎ、笑い、泣き、新たなる皇帝を讃えます。
待ちに待った日、長く待ち望んだ日。
民衆は、スフェーン皇帝は歴史に名を残す人物だと知っていました。
歴史上初の女の皇帝だからです。
民衆は歓喜にわきます。
皇帝スフェーンは、ゆっくりと民衆を見渡し宣言するのです。
ここに至るまでの長い時間を胸に宣言するのです。
後に、帝国カルサイトは繁栄と栄光を掲げ国土を広げていきます。
輝かしい皇帝スフェーンは歴史に名を刻むのです。
ただ、歴史上では語られる事のない事実。
スフェーンを含む、ごく一部の人間のみが知っている事実。
スフェーンの父アンバーと母ガーネット。
そして、憎きパール。
四人の間での、醜く暗い事実は決して語ってはいけません。
父と母の名を汚す事になるからです。
『父と母は、偉大であった』
この言葉を、汚すわけにはいかないのです。
スフェーン本人、またカルサイト帝国のためにも。
時は遡り16年前、カルサイト帝国は皇帝アンバーが治めていました。
妻であり妃であるガーネットとは仲睦ましく、他国では考えられない恋愛結婚を叶えた二人でした。
アンバーは、なかなかの美男で有名です。輝く銀の髪に鋭い青の瞳、体格も良く趣味は狩りです。性格は、冷静沈着で威厳に満ちていました。
ガーネットも、美女で有名です。絹のような柔らかい金の髪に優しい青の瞳。ふくよかな体格で趣味は刺繍です。性格は、穏やかで忍耐強く決して騒がず友愛に満ちていました。
こんな二人ですから、並んで歩くと有名な絵画のように見えます。
国民も、そんな二人を誇りに思っています。
ただ、世継ぎが産まれないため国民は不安でした。
もちろん、帝国内でも世継ぎ問題は噂されています。
「何故、一人も産まれない」
「ガーネット妃は何を考えているのか」
「早く、世継ぎを!」
世継ぎ問題は、複雑です。
一つ間違えると首がはねるほどの問題なのです。
当然、アンバー皇帝も悩んでいました。早く世継ぎを産ませ、安心したかったのです。
いつ自分が死ぬかも分からないのに、子供が居ない事は危険だからです。
一刻も早く、世継ぎをもうけたいと思っていました。
ガーネット妃も、子供が欲しいと思っていました。世継ぎ問題についての知識もあったため、焦りを感じています。
しかも、皆が望んでいるのは男子です。
母になる喜びのためではなく次期、皇帝を産まなければいけない責任感に押し潰されそうでした。
婚姻を交わして8年、焦りと苛立ちが募る毎日。
夫婦仲も、少しずつ悪くなっていき更に世継ぎ誕生が難しくなっていたのです。
帝国内、国民も諦めかけた時、なんとガーネット妃が懐妊したのです。
国全体が祝福を送りました。
帝国内でも、祝福の言葉が行き交います。
誰よりも喜び感動したのは、アンバー皇帝とガーネット妃です。
二人は、喜び合い涙を流しました。
すっかり、夫婦仲も良くなり全てが順調に進み始めたのです。
アンバー皇帝は、息子のためにも国政に力を入れ、領土拡大に踏切ります。
カルサイト帝国は、武力に満ち溢れ快進を続けました。
ただ、武力開発のために民衆の税は重くなり不満の声が出始めます。
アンバー皇帝は、冷静に言います。
「国土が広がれば、皆の税も減るであろう」
民衆は不満はありましたが、生活は何とかできていたので我慢しました。
ガーネット妃は、政治には興味がありません。
今は身重ですから、刺激の強いものから離れていました。
ゆっくりとした部屋で、お腹の中の子へ語りかけ続けるのです。
「私の可愛い子、どうか男子であれ」
お腹を撫でては、呪文のように語り続けるのです。
アンバー皇帝は、精力的に動き成果をあげていきます。
ガーネット妃も、順調にお腹の子が成長していきました。もう、いつ産まれてもおかしくないほどお腹は大きく育っていたのです。
12月の雪が舞い凍えるような夜、ガーネット妃が産気付きました。
帝国内の女達、神父は急いで出産の準備に取り掛かりました。
部屋を温め、ベッドには綺麗な布をひき、たくさんのお湯と布を用意しました。
ベッドの回りには目隠しの布をかけ、見えないようにし真ん中のベッドにガーネット妃を寝かしました。
いつも冷静なアンバー皇帝ですが、出産には動揺し緊張しているのが分かります。
ガーネット妃の悲鳴のような声に、アンバー皇帝は慌ててしまうのです。
周りの者が「皇帝陛下。どうか、お座り下さい」と言ってしまうほど、アンバー皇帝は落ち着きがなかったのです。
長い時間が過ぎました。
突然、赤子の泣き声が部屋中に響き渡りました。
アンバー皇帝は、慌てすぎてベッドに駆け寄ろうとしましたが神父が止めました。
神父が先に、隠し布の中へ入りました。
アンバー皇帝は苛立ち思いました。
「余を誰だと思っているのだ!早く、余の男子を見たい!」
しばらくして、神父が出てきて言いました。
「おめでとうございます。素晴らしく健康な、女子であられます」
アンバー皇帝は、時間が止まったかのように動けなくなりました。
周りの者たちも、溜め息をついてしまいました。
神父が言いました。
「どうぞ、中へ。赤子がお待ちです」
その言葉に、アンバー皇帝は怒鳴ってしまいました。
「女子など要らぬ!余は、男子を望むのだ!」
アンバー皇帝は言い終えると、すぐに部屋から出ていってしまいました。
アンバー皇帝の怒鳴り声は部屋中に響きました。当然、ガーネット妃の耳にも入りました。
ガーネット妃は、深く傷付いてしまいます。
涙を流すガーネット妃を、周りの女達が慰めました。
しかし、ガーネット妃は涙が止まりません。
一人の女が、産まれたばかりの赤子を抱え言いました。
「ガーネット妃、貴女様のお子でございます」
その言葉に、ガーネット妃は反応しました。
「私の子…、なんて小さいのでしょう」
女は、赤子をガーネット妃の顔近くに寝かせてあげました。
ガーネット妃は、小さな我が子を見つめたまま言いました。
「私は、母になるのですね」
ガーネット妃は、涙が止まっていました。我が子を見た瞬間に止まったのです。
ガーネット妃は、言いました。
「可愛い我が子、名はスフェーン」
スフェーンという名は、先にアンバー皇帝と決めていた名前です。
永久を意味し、カルサイト帝国を永久のものにしてほしいと願いを込めたのです。
ガーネット妃は、赤子を見つめ言いました。
「スフェーン、貴女を立派な皇帝にすると約束します」
聞いていた周りの者は、動揺します。なぜなら、王位継承者は男と決まってきたからです。
しかし、ガーネット妃の戯言である、と聞き流しました。
ガーネット妃の目は、小さなスフェーンを見つめ続けました。