今日、告白します
作者前書き
この物語りは「花」と「駅前で待つ女性」というテーマで書きました
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登場人物
私:まこと
彼:将太
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思ったより早く着いた。
時刻は8時47分。…約束の時間まであと10分以上ある。
「ふぅ…」
駅前の時計台に体を預け、白い息を吐いた。
彼は来てくれるだろうか…。
友達ぐるみで遊びに行ったり、テスト勉強したりと、それなりに親しくなれたとは思う。
と言っても、モノマネしたり、ダジャレを言ったり…恐らく恋愛対象外だけど。
ふと視界に入ったのは、花壇に咲いた一輪の花。
「真冬なのに…」
名前も知らない花が、意地悪に揺れるから。
クル
コナイ
クル
コナイ
無残…こんな哀れな姿になって。
クル
コナイ
クル
…バチが当たったようだ。
…コナイ。
「――よぉ。早いな、まこと」
真横から声をかけられた。
「――っ!!」
呼吸が止まる。
「悪い、驚かせたか?」
悪びれもせず笑う君は、私の手元を見て。
「花占いか?」
「――べ、別に!?…何でも、ないし…」
とっさに後ろ手で隠す。
…まさか来てくれるとは思わなかった。
「ま、立ってるのもなんだし、その辺のベンチに座って他の連中待とうぜ?」
「…え…あの…」
今日、私が呼んだのは彼だけだ。
もし彼が来たら、告白しようと決めていた。
「どうした?座ろうぜ?」
「…うん。…そだね」
言い出せなかった。
恐らく彼は、いつものように、いつものメンバーで、どこかに遊びに行くと思っているのだろう。
微妙な距離を空けて、彼の隣に座る。
「…」
「…」
沈黙。
「おっせぇなぁ…」
「…うん。…遅い、ね…」
スカートを握りしめる。
呼んでいないんだから、誰も来るはずがない。
「…ちょっと電話してみるわ」
「いや、あのっ!!」
いい加減話さないと。
「ん、どうした?」
電話をかけようと、携帯を開いた状態で固まる彼。
「…あの…その…」
心臓が早鐘を打つ。
「今日は、将太君しか呼んでないから…」
まともに彼の顔を見ることが出来ない。
「…他の皆は…来ない、と思います…」
再び沈黙。
「…んだよ…。最初っからそう言えよな?寒い中、永遠に待たされる所だったじゃないか」
「ごめんなさい!」
「…まぁ良いけど。…ちょっと待ってろ、何か暖まるもん買ってくるからよ」
逃げるように自動販売機に向かう背中を見つめる。
彼にどう思われただろうか、やはり困惑させてしまっただろうか…。
そんな事ばかりをぐるぐると考える。
「ほら、コーヒーで良かったか?」
熱々の缶コーヒーを渡される。
「ありがと…」
「…で?どうした?」
真っ白な空を見つめて、彼が問う。
「…うん。何か、色々話そうかなあ…と」
私がはぐらかすと、困ったように笑った。
「色々って…。そうだなぁ…」
他愛もない話。
彼が話す言葉を聞いて、相槌を打つ。
何か問われれば、答える。
ただ、それだけ。
楽しそうに笑う君を、追いかけているだけで、幸せだから。
熱く語る君を、見ているだけで、幸せだから。
言葉が心に追い付かないから。
黙っていよう。
せめて想いが、香るように、あなたに、届きますように…。
「――と?まこと?」
「…へ?」
目の前に彼の顔。
「大丈夫か?ボーッとして…」
どうやら意識が飛んだようだ。
「何か、悩み事か?」
心配そうな彼の瞳。
「…うん、ちょっと悩んでた」
「俺で良ければ、相談乗るぞ?」
「…大丈夫」
親友として、君のそばにいられるなら。
「私は、このままでいいから」
私はこの小さな幸せで、満足しよう。
「このままでいい…か」
つぶやくように反芻する彼の横顔。
「それってさ、ビビってるだけじゃないか?」
――胸を突き刺すような痛み。
「そんな事…」
反論しようとした声は、弱々しく消えていく。
「…あ、電話だ。ちょっと外すな」
携帯を片手に走り去る彼を見送る。
私は…ビビってる?臆病なだけ?
少し離れたところで、笑いながら話す彼を見る。
胸の、さっきとは違う部分が痛んだ。
あんな顔して、笑うんだ…。
今まで見たことのないような、満面の笑み。
会話の内容は聞こえないけれど、たまに笑い声が聞こえる。
彼は今、誰と話しているのだろう。
私と話している時は、あんな顔して笑ってくれるだろうか?
やっぱり、彼女とか居るのだろうか…。
気になるが、まさか面と向かっては聞けない。
「悪い悪い…で、何の話だっけか?」
話が終わり、駆け寄ってくる彼。
「んーと…。お腹空いたから、マック行かない?」
胸のモヤモヤを早く忘れたかった。
「そうだな、んじゃ行こうぜ。…の前に便所行ってくる。ちょっとこれ持っててくれ」
そう言って、財布と携帯電話を預けられた。
公衆トイレに彼が消えた時。
魔が、差した。
もし、女の子と話していたのなら、諦めよう。
ちょっとだけ、少しだけ、覗くだけだから。
そう言い訳する。
震える指先で、ボタンを操作する。
―――暗証番号入力―――
…そりゃそうだ。
慌てすぎて、全く考えていなかった。
彼の生年月日。
―――暗証番号が違います―――
彼のクラスと出席番号。
―――暗証番号が違います―――
彼の自宅の電話番号。
―――暗証番号が違います―――
まさか初期設定のままとか?
―――暗証番号が違います―――
手当たり次第に、思い付く番号を入力していく。
それでも、画面に表示される文字列は。
―――暗証番号が違います―――
半ば諦めて、何気なく入力した数字。
それは、私の携帯の暗証番号。
私の、生年月日。
―――ロックを解除しました―――
「…え?」
どうして?
体に上手く力が入らない。
彼の携帯の履歴は見らずに、携帯を閉じる。
…何をしているのだろうか、私は。
…こんな事をして、何になるのだろう。
みじめな気持ちに、涙をこらえる。
彼は、私を信頼して、財布と携帯を預けたのだ。
そして私は、最低の仕方でその信頼を裏切った。
「お待たせ…待たせてばっかで悪いな」
彼の顔を見た瞬間、涙がこらえきれなくなった。
「おい!?まこと?どうした?」
慌てて私の背中を撫でてくれる彼の優しさが、今は逆に私を追い詰める。
…ごめんなさい。
上手く回らない舌で、必死に謝る。
…ごめんなさい。
涙をぬぐいながら、繰り返し謝る。
…ごめんなさい。
私はこんなに、悪い娘なんです。
…ごめんなさい。
全てを話して、それでもあなたが許してくれるなら。
私は今日。
告白します。