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ほんとにおうじさまはあなた?

湯川尭希。プロダクションセブンコード所属。6月25日生まれのかに座。現在25歳。身長183cm、体重68kg。代表作は「Analyze」主人公トーマ役——。


麻衣子から奪ったリーフレットのプロフィールを読み、再び目の前の王子様を見遣る。本人そっちのけで僅かな光源を頼りに食いつくようにリーフレットを読んでいるのは私くらいであろう。

柔らかな微笑を湛えている彼は、司会らしき人間と質問コーナーの最中らしい。どこかで見たテレビ番組よろしく、箱から紙を引いてそれに書いてある質問に答えているようだ。



『じゃ次です!休みの日は何をしていますか?』

『オフ……そうですね……家事に費やしたり、ゲームしたり、ケンさんとカラオケ行ったりです。こないだは友人とボーリング行きましたよ』

『ボーリング!ちなみにスコアは?』

『結構調子良くてハイゲームは200アップでした。アベレージ180くらいですね。次の日筋肉痛でアフレコ大変でした』



いつだったろうか。少し前、兄が悔しそうな顔で帰って来た日があった。"あいつは化け物か、アベレージ180とか"なんて零した次の日、筋肉痛でベッドで寝込み、マッサージをさせられた。アベレージ、なんて言うからボーリングに行っただろうことは勘付いていたが、まさか……いやいや。



『次でーす!今欲しいものはなんですか?』

『ドライブが割りと好きなので、車ですかね。一人暮らしまでは親の使ってたんですけど、維持費かかっちゃうから中々買えなくて……』

『都内だと車なくても移動には困りませんもんねー!はい次引いてくださいー』

『はいはい、えーっとどれにしようかな……これで』

『はい。……好きなものはなんですか?』

『皆さんご存知かと思いますが、甘いもの。ファンレターで教えてもらったケーキ屋さんとか行ってるんでまた教えてくださいね』

『そういえば、尭希さんの携帯のストラップって……そうそうそれ。マカロンですよね?』



ちらり、と舞台端から携帯を持った手が出て来る。笑って受け取った彼の手にカメラが寄った。"タカ"の携帯に会場が沸く。スマートフォンの中でも分かりやすい機種に揺れるストラップは黄色の丸いマカロンを象ったものだ。お揃いにでもしたいのだろうか、麻衣子を初めとした周りのファンたちは、あのマカロンストラップがどこの店のものかと囁きあっている。



「あー!あのストラップどこで売ってるんだろう!?」

「…………紅茶のおまけだよ……」

「へ?」



あれは、ミルクティーについていたおまけである。確かどこかのマカロン屋さんとのコラボで、何種類かの味のものがあったと思う。私は本物は柚味だという黄色のおまけを選んだは良いが付ける所がなく、欲しいと言った尭葵くんにあげたのだ。その後、尭葵くんは本物の柚味マカロンを買って来てくれた。非常においしかった。



(いよいよ、あれは尭葵くんだ……)



彼から言葉が紡がれる度、ひとつひとつ裏付けられてゆく。私の脆弱な記憶から、鮮やかに蘇る。



『柑橘系とかも好きですね、オーデコロンとか、そういう匂いばっか選んじゃいます』

『乙女たち、メモはバッチリですか?今日も尭希さんは良い香りですよ』



なんと煽りの上手い司会者か!乙女たちが頬を赤らめてうっとりしている!



『さて乙女のための質問コーナーもこの質問で最後です。はい、ありがとうございます。読みますね。えーっと……おおっ!これは!乙女たちの最も関心ある話題!』



王子様が渡した紙を開いてオーバーアクション。なるほど、声優湯川尭希にファン感情を超えた恋愛感情に近いものを持つ乙女たちにとって、この質問コーナーは意義深いものであろう。好きな人のことはたくさん知りたいものだ。現に麻衣子なんて熱心にメモを取っている。何に使うのか。



『タカは彼女いますか?デートならどこへ行きますか?ほらほらほら!来ちゃった遂に!みんなちゃんと聴かなきゃだよ!ていうかこれ質問二つじゃない!?』



高度にパーソナルな質問だ。いやこんな王子様に彼女がいない訳なかろうて。



『あははははは、確かに二つですね』

『さぁ乙女たち心の準備は良い?尭希さん。公明正大に!神に誓って真実を述べてください!』



静まり返る場内。軽く流れていたBGMさえ止まっている。モニターの中の王子様はそれに驚いたようにしながらも薄い唇を開いた。



『じゃ一つ目は……残念ながらいません』

「「「きゃー!!」」」

『聴いたか乙女たち!おめでとう乙女たち!……ところで嘘でしょ。モテモテでしょ。僕が女ならコロッですよ』

『あははは、神に誓って。モテないんですよこれが。友達曰く"愛想振りまき過ぎ、俺の一途さを見習え"とか言うんですよね』

『面白い友達ですね、一途なんですか』

『彼はシスコンなので、彼女によく"妹と私どっちが大切なのよ!"ってフられてますね。根は真面目な弁護士なんですが』

『それは一途じゃないかと』



それは吾妻理希とかいうお名前の方ではないでしょうか。兄で会場が笑いに満ちている。なんだか恥ずかしくて頭を抱えたくなった。こんなところまで出張ってくるとは兄よ。



『デートはそうですね。ドライブもいいですがスイーツ巡りとか……あ、男らしくないかな』

『いや世は草食時代ですよ。女の子だってスイーツ一緒に食べてくれる彼氏が良いですよ!ね、乙女たち!』



そう司会が客席に振ると、良い!の大合唱。一部(主に隣の麻衣子様)は"タカなら何でも良い!"と言っていた。それはどうかと思います。



『俺草食の心算はないんだけどな』



肉食でもOK!のレスポンス。おっとタカなら何でも良い派が思ったよりいるらしい。

司会さんが上手い感じで締めて、質問コーナーは終わった。少しの幕間、衣装変えか乙女たち(感染った)の話し声が聞こえる。



「柚ー!どうよどうよ、私のタカ!」

「麻衣子のなの!?敵を作るよその発言!」

「どうせ皆そう思ってるのよ。タカに愛して欲しい……その前に認識されたいッ」



通りで皆様思い思いに気合が入ってらっしゃるのか。私は普通の格好で場違い感ハンパないのですが……。

すると、余計にここで迂闊な発言は出来ない。



「あっ始まる!」



会場が薄暗くなり、第二部が始まる。第二部はライブらしい。リーフレットが手放せない私はそれを見て、王子様に視線を戻す。

彼は三曲を歌い、乙女たちは興奮しうっとりし泣いていた。私はサイリウムを振りたくなった。すごいいい歌ばかりだったのだ。

麻衣子もご多分に漏れず泣いている。ボロ泣だ。このあと握手会なのに大丈夫かと心配してしまうほど涙を零している。パンダお化けになってないことを祈るばかりだ。

尭葵くんの歌は、前に聞いたときより進化していた。前だってそれはそれは上手かったのだが、今はそれどころではない。何故歌手じゃないのか疑う。胸の奥をざわつかせるような、ふと、泣き出したくなってしまうような、かと思えばいつも傍にいるよと抱き締めてくれるような。私は一気に尭葵くん——否、湯川尭希のファンになってしまった。


歌の最後に彼はライブやります、とまた爆弾を落として行ったことで、乙女たちが半狂乱になった。麻衣子は私の肩を掴み揺さぶってくる。何かが出てしまいそうだ。



「ヤバイヤバイ!タカのライブ!絶対行こうね!」

「う、うん。そうだね。じゃあ私予習しなきゃね」



コールとか振りとか……と思ったが湯川尭希のライブに決まったコールも無ければ振りもないだろう。いつもとは客層も違うし自重せねば。浮きまくるぞ。



「あーこの後あれだよ握手だよマジ私鼻血出しちゃうかも!柚はこの後のオフ会行く?もう私自慢しまくっちゃうし!」

「オフ会?」

「うん、タカファン同士の。コミュニティの仲間なんだー6人だけどね、ご飯とか食べるよ」

「それこそファンクラブ会員じゃない私が良いの?」

「え?柚も今日好きになったでしょ?今日入っちゃいなよ」



微塵も"いいえ特には"という答えが返ってくることを予想していない自信ありげな表情には感服する。実際私は湯川尭希を好きになったし、それは尭葵くんだからではない。彼のパフォーマンスが素敵だからだ。……かと言って麻衣子みたいに結婚したいかと問われれば首を捻るところではあるけれど。

だってどうあがいても彼は声優だ。少し私とは居る場所が違うのだ、見る景色もきっと違うのだろう。現に私は今舞台の彼ではなくモニターの彼を見ている。初めて会った時もそうだったが、今はさらに高い壁があると思う。確実に線引きされた、向こう側が見える透明な壁が。


ついに握手コーナー開始らしい。権利がある人たちが呼ばれてゆく。麻衣子に"鼻血だけは堪えろ"と役に立たない助言をして、私はどこか遠くからその光景を見た。



「羨ましいー私もタカと握手したかったー」

「触りたいー喋りたいー声かけて欲しいー」

「尭希とスイーツ巡りしたい」



ぽっかり空いた麻衣子がいた空間と逆サイド、握手権がないのだろう乙女らは悲しげに呟く。とどのつまり、湯川尭希に自分を認識してもらいたいということなのだろう。あわよくばそこから恋に発展したいらしい。


それは、とても眩しい。

それくらい打ち込めるものがあるその子達はとても可愛く見える。思えば友達も恋をして可愛くなった。湯川尭希は罪作りな人間であるとともに、乙女たちを可愛らしくする魔法使いなのかもしれない。

舞台上の麻衣子が遂にタカと握手をする。念願の触れ合いだろう。彼を鼻血で血染めにしやしないか心配だ。しかしそんな心配は喜ぶべきことに外れて、握手を終えた列に並んでいた。その後全員と握手をした王子は挨拶をして退場。イベントは大成功でお開きとなった。






「あーーー!タカの手が!優しく私に!ああー!」

「…………」



病を発症している彼女は、イベント会場傍で叫んでいる。ここに連れて来てくれた彼女には尭葵くんのことを話そうと思ったのだが、あの発作っぷりを見るとどうしようか迷う。



「タカの指とか細くて、でも女っぽい訳じゃなくてさー!手とか筋張っててチョーかっこいいの!間近で見てもすっごいイケメンで!ヤバイもうよく私鼻血噴かなかった!」

「そこは褒めとく」

「でしょー?!私すっごい頑張ったよ!夢の世界にいるみたいだった……」



いよいよタカは魔法使いらしい。さて、私はひとつ決心してメール画面を開く。



「柚ーこの感動を自慢したいからオフ会行こうよー、そこのサイゼなんだけど」

「ちと待ってね」



マリアナ海溝から始まる変なメールアドレス。件名は"久しぶりです(='ω')"と適当に。

そこの麻衣子とはまったく違って絵文字より顔文字が多いのは、絵文字非対応なスマートフォンになってから顕著になった。そういえばタカも同じ機種だったなと思いながら本文を打ち込む。



to 湯川 尭葵

sub 久しぶりです(='ω')

お久しぶりです。お元気ですか?

今日、友達に連れられてあるイベントに行きました。尭葵くん、声優になったんですね!

とてもかっこ良かったです



「よーし送信」



画面のバーが右端まで伸びて、送信完了を示す。そして私は彼女を振り向いた。



「じゃオフ会付き合う……」



と肯定を返そうとした時、携帯電話が震えだす。



「ごめん。電話」



彼女に再度そう断って、私は携帯のディスプレイに視線を落とす。



——着信 湯川 尭葵——



「!」



飛び跳ねるように緑のボタンを押した。

硬い感触が耳に当たる。そこからどこか焦ったような、だのにやっぱり良い声が耳朶を撫でた。



『もしもし、柚ちゃん?!』

「もしもし、お久しぶりですね」

『久しぶり……いやなんて言うか、その』



尭葵くんは言葉を探していた。もしかして、彼が声優であることを知ったのはまずかったのかもしれない。真意を問おうと思って口を開けた私の言葉を遮るように、尭葵くんの声が聞こえた。



『……ごめん取り乱して。思ったより早くて。柚ちゃん。まだ会場にいる?』

「はい、いますよ。会場前です」

『もしこの後急ぎの用事とか無かったら、……会えないかな。楽屋まで来てもらうことになっちゃうんだけど』

「え?でもイベント終わったばかりで忙しいんじゃ……」

『そんなのいいんだよ、柚ちゃんが忙しくなければ』



彼が、耳元でクスリと笑う。ふと漏れた吐息の音に頬が真っ赤になるのを感じた。



『俺、今すごく君に会いたいんだ』

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