約束 最終回
僕の言葉を聞いて。ディムナは顔を輝かせた。
馬の上から手を伸ばす。
僕が彼の手を取る。
と、次の瞬間には騎乗していた。
目の前には馬の太い首が見える。
そして僕の背中を包み込む存在。
胸が奇妙なリズムを取り始める。
僕が移動したのは、彼の力だ。
思ったように思った場所に、自分や承諾した者を異動させることが出来る。
「私の望みを叶えてくれてありがとう」
背後から嬉しそうな声が聞える。
僕も嬉しい。
またディムナと過ごせるなんて。
夢のようだ。
そう思ったけど口に出せない。
言ったが最後、自分の世界に戻りたくなくなりそうで怖かった。
「さて。出発するよ」
手綱を刳ると、馬が前足を上げる。
馬が足を着いた時、僕は同じような馬の集団が前方を行進していることに気がついた。
周囲を見回す。
見知った風景が揺れている。
まるで水の中から外を見ているようだ。
もうここは既に妖精が干渉する世界だ。
厳密には僕の居た世界の隣くらいの位置関係らしい。
空間の狭間を闊歩している。
妖精の騎士達が習慣にしている、騎馬行列の中に僕達がいるのに気がついた。
馬上に乗っているのは、勇ましい騎士達。
ふと、騎士の一人が後ろを振り返った。
骨格の全てが頑丈に出来ていて、顔もそれと同じように無骨を現したような男性。
その顔には見覚えがある。
彼の乗った馬が隊を離れて、近づいてきた。
「副長。何処に行ってたんですか」
からかう色を隠さず男性はディムナに言った。
「迷子になったんじゃないかって、みんなで話をしてたところで……」
言いかけて、ツカネに気がつく。視線が納得の色を帯びる。
「ああ。成る程……ツカネ。久しぶりだな」
「お久しぶりです。レーヴ」
「また、あの珍しいニギリメシが食べれるのか。楽しみにしているぞ」
僕が挨拶を返すと豪胆な騎士レーヴはにこやかに笑った。
妖精の世界では男性は基本的に騎士や職人の仕事をする事が多いのだけど、僕は子守の仕事だったから、必然的に女性の仕事を手伝っていた。
食事は僕も作った。材料は僕がイメージしたものを妖精に伝えると、どこから調達したのか判らないけれど、欲しい商品そのものを用意してくれた。
簡単な料理しか出来ないけど、珍しいご馳走として捉えられていたみたいだ。
普通はパンや豆もスープが主だから、確かに違うだろう。
手で持って食べられるのも、馬で移動の多い騎士達に好評だったと聞いた。
厳密に世界の構造がどうなっているのかは判らない。
だけど判っているのは、彼らが人間の持つ情報を元に生活しているということ。
話しを聞くと、元々はスコットランドやアイルランド辺りと繋がっていたらしい。
スコットランド人やアイルランド人と関係の深い妖精が多いからだ。
ディムナの父親がスコットランドに渡った日本人だった。
ディムナは自分を創った人の情報を元に、人の世界を見に来て、日本を訪れ、僕と出会った。
そして再び僕を訪ねてきてくれた。
でも疑問がひとつある。
一体どうやって僕を探したのだろう。
別れ際に交わした言葉は約束には届かないはずだ。
でも来てくれて嬉しい。
それだけは確かだった。
二度目の訪問で僕は生活に戸惑うことなく、妖精の世界に馴染んでいた。
大きな樹木を繰り抜いた屋敷にみんなで住んでいる。僕も小さな部屋をひとつもらった。
でもディムナの幼い弟の世話があるから、部屋に帰るのは寝る時だけだった。
出会った時10歳くらいに見えた彼は今も同じくらいの年齢だ。
それはそうだろう。
僕の時間で6年経ったという事は、この世界では6週間くらい。
そんなに変らなくてもおかしくない。
一人っ子の僕は兄弟を知らない。
だから弟が出来たみたいに嬉しかった。
そして、今も…
毎日、楽しく遊び過ごした。
そして僕にこっそり教えてくれた。
「あのね。ディムナ兄様。ツカネが居なくなってから寂しそうだったよ」
「そうなんだ」
「僕も淋しかったよ。ねぇ、ツカネ。僕達とここでずっと楽しく暮らそうよ」
「そう言われても、僕は妖精にはなれないでしょう。向こう側の人間だし…」
口に出してから、僕は自分が何にこだわっていたのか気がついた。
この世界の妖精じゃないことに引け目を感じていたんだ。
「そんな事ない。ツカネは妖精の国の食べ物を口にしたんだから、もうこの世界の住人なんだよ」
「え?何だって」
「もうこの世界の住人だって言ったの。だから、術を使って返さないようにする事も出来たのに、兄様はツカネの気持ちが大切だって言って元の世界に帰したんだ」
「僕の気持ちが大切」
「ツカネのこと兄様すぐ見つけたでしょ。それはツカネがこの世界の住人だってことだよ」
自信満々に言われて僕は驚いた。
確かに、この国で出される食事はみんな食べた。
中にはキラキラ光るパンだとか、不思議な食べ物もあったけど…
それよりもディムナの僕に対する想いの深さを知って、それを言わない彼の優しさに気づいて。
僕は前よりも、もっともっとディムナを好きになっていた。
ディムナとは彼の仕事が終った夜、弟をねかしつけた後に逢瀬を重ねた。
手を繋いで話をするだけ。
だけど、それだけでドキドキして心臓が破裂しそうだった。
でも手を離すなんて考えもしない。
このままずっと、ずっと一緒にいたい。
思いが深く激しくなっていく。
日々を重ねると、この世界が僕にとって本当の世界になっていく。
以前は怖いと思ったけど、今はそれを望んでいる。
それは予感に終らず、確信になっていった。
現実の世界で大切な人は祖母だけだった。祖母が自分を現実に繋いでいた。
その絆が無くなった今、次に大切なのは目の前のディムナだ。
幼かった恋が今時を経て、愛情へと変化している。
思いを伝えよう。僕は決意した。
明日は約束の一週間だ。
僕は自分の思いをディムナに伝えようと思っていた。
そう思っていたら、ディムナが緊張した面持ちで先に言葉をぶつけてきた。
「向こうの世界に大切な人がいるのか?」
唐突な質問に面食らう。
「そんな人いないよ」
あっさりと答えると、ディムナは安堵の表情を浮かべ、僕の足元に膝をついた。
顔を上げると僕を眩しそうに見つめる。
「私の求愛を受けてくれないだろうか。ずっとこの世界で一緒にいて欲しい」
僕の返事は決まっている。
自分に出来る最高の笑顔を作ろうとして…失敗した。
抑えていた思いが溢れて、両目から流れ出す。
急に泣き出した僕を見て、ディムナは慌てて立ち上がった。
「ツカネ。どうしたんだ一体。私は無茶を言ったのだろうか。やっぱり向こう側に帰りたかった?」
盛大な誤解をはじめたディムナに向って、僕は大きく首を横に振った。
「違う。ちがうよ。僕…嬉しくて。嬉しいんだ」
泣き笑いの顔で僕が言うと、ディムナははじめ信じられないような顔をして…徐々に眩しい笑顔に変る。
「良かった」
ホッとした声と共に、頬を包まれる。
ディムナの顔が近づいたと思ったら、唇が重ねられた。
「約束してくれる?」
「うん。約束する。ずっと一緒に……」
僕の約束の言葉は、彼が再びくちづけた事で途切れた。
深くなるくちづけの気配に、僕は瞳をそっと閉じた。
これでこの話は終りです。
ここまで読んで下さいましてありがとうございました。
途中に中断した期間があって申し訳ありませんでした。
今回の話。
私にしては珍しく直球の物語だったような…気がします。
いつもBLを銘打っても話の中心が恋愛にならない事が多くて。
ボーイズっぽいかどうかは別として、恋愛メインテーマという事で最低限の条件はクリアしたかと思い…たい。
……あ。
この世界の妖精の証。
手の指が四本という設定を作ったのに書き忘れてました。
(妖精には人間と違う欠落した部分があることになっているらしい)
本編の話にあまり関わらないので、これはこのままにします。
さて。
次は女性主人公の異世界トリップの小説を書こうと思います。
この場所で次の話を書くのは、次の次の予定です。
魔法と妖精を書いたから、次はどんな異世界がいいかな~ワクワクw