約束 その1
晴天に恵まれた秋の日。
雲ひとつない爽やかな朝だった。
住宅街の辺り一面に甘い芳香が漂っていた。
金木犀の香りだ。
僕、屋久ツカネ( おくひさ つかね )は、大きなため息をついた。
大好きな香りなのにも関わらず、今日ばかりはこの香りを嗅ぎたくなかった。
二日酔いで頭がガンガンする。
…昨日は飲みすぎた。
ちょっとした振動にも響く頭を抱え後悔しながら、大学への向かっていた。
こんな時に一限目から授業だ。
大学のサークルの単なる飲み会だった。
最初は明るくみんなと合わせて飲んだ。
だけど、途中から止まらなくなった。
飲み会の前に嫌なことがあったのだ。
忘れようとして殊更はしゃいだのが悪かったのか、考えないようにすればするほど、あの時にことが思い出された。
昨日、付き合っていた恋人に振られた。
「俺はお前の王子様じゃない」
苦しそうな顔で彼から別れを告げられた。
突然の出来事だった。
鳶色の瞳が魅力的な一学年上の男性だった。
交際は順調に進んでいるはずだった。
第一印象で好きになったのは確かだ。
いわゆる一目惚れ。
そこに過去に出会った人の面影を重ねていたのも事実。
でも僕自身は忘れようとしていた。
僕が王子様と呼ぶあの人のことを…
…でも。
…やっぱり忘れられてなかったんだ。
過去に忘れられない人がいることは話していた。
それが王子様だということも。
曖昧な説明をしたから、元恋人は単なる比喩だと思って言ったのだろう。
けど、むかし僕が王子様に出会ったのは事実だ。
まだ中学生の頃。
お互いひと目で恋に落ちた。
僅かの間、幸福な時間を過ごした。
だけど、大きな問題を前に別れてしまった。
もう逢えないし、あれは幻影を見ていたようなものだと理解しているけれど。
沈痛な面持ちで地面を見る。
本当はこのまま学校に行かなきゃならないけれど、回れ右をして家に帰りたくなる。
独り暮らしのアパートへと。
その時、僕の周囲が暗くなった。
さっきまで雲ひとつ無かったのに、突然現れたのだろうか。
不思議に思い顔を上げる。
夢を見ているのかと思った。
広い空の上を銀色の翼をつけた馬が走っている。
馬の上には若い男性が乗っていた。
僕の記憶の中にだけ存在している人。
…僕の王子様。
彼を凝視していると視線に気がついたのか、馬はツカネの方へ駆けてきた。
「何を見ているのだ。愛しい我が君」
記憶の中にしか存在しなかった彼が僕に笑いかけた。
「約束しただろう。迎えに来ると」
今回は最初から四回連載のつもりで。
試行錯誤中。