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空の欠片  作者:
9/21

◇過去と現実◇

―――*―――*―――*―――*―――


 新学期。俺は、ついに中学最高学年になった。

 俺が3年生となると同時に、妹・琉嘉が中学校に入学してくる。入ってきたらちょこちょこ面倒を見てやらなくては。

 そして、新学期最初の日、始業式を終えた後、俺たちは入学式の準備にかかった。体育館にシートを敷き、椅子を並べる。

 そんな地味な作業を何度も繰り返し、漸く準備が終わる。


「準備にかかる時間、結構半端無かったよな、李旺」

「あぁ。予想以上にかかったな。先輩も去年こんな思いしてたのかな?」

「そうじゃないか?」


 そうやって、俺は親友、遠江朝とおとうみ あしたと話をする。


「そういえば、李旺の妹、今年入学だよな?」

「あぁ、琉嘉か。今年入学だよ。何かあったら守ってやってね?」

「……お前シスコンか?」

「あぁ。悪いか?」


―――*―――*―――*―――*―――


「お兄ちゃん、友達からシスコンって言われてたの?」

「ああ。まぁ、その通りだから否定はしなかったが」


 お兄ちゃんはそう言って笑う。ていうか、否定しようよ。お兄ちゃんシスコンじゃないでしょう?

 そう問うとお兄ちゃんはあっさりとシスコンだよ、と答える。


「さて、話を続けてもいいか?」

「うん。よろしく」


―――*―――*―――*―――*―――


 入学式の準備を終えて、俺たちは帰路に着く。帰り道は、朝と一緒に帰る。

 

「んじゃ、また明日な、朝」

「ん。また明日。李旺」


 そして家に入ると、噂の妹の琉嘉が出迎えてきた。


「お帰り、李旺にぃ」

「ただいま、琉嘉。いよいよ明日から中学生だな」

「うん」


 琉嘉はそう言ってにこやかに笑う。あぁ、可愛い。


―――*―――*―――*―――*―――


「ちょっ!そんなストレートに可愛いとか言わないでくれる!?」

「いいじゃないか。可愛いんだから。ほら、続き言うよ」


―――*―――*―――*―――*―――


 そして、翌日。俺たちは朝から入学式の準備の残りをするために学校へ行った。

 

「よーっす。おはよう、片桐」

「片桐君おはよー」

「李旺君おはよー」


 俺はそんな挨拶に、一人一人丁寧に挨拶を返す。あぁ、毎朝のことだが面倒くさい。


「おーっす、おはよ、李旺」


 後ろからいきなり朝が飛びついてくる。………殺ス。


「朝。言い残すことは無いか?無いなら即、処刑執行だ」

「え!?ちょっと、李旺!?処刑ってひどくないか?」

「問答無用。で、言い残すことは?」

「処刑はヤメテー」

「それが言い残す言葉か。よし、覚悟を決めろ」


 朝は「ヤメテー」と叫ぶ続ける。五月蝿いな。


「分かった。殺さないから黙れ」


 俺がそう言って、漸く黙る。やっと静かになった。

 そう言っていると、教室の扉が開く。担任が来たらしい。


―――*―――*―――*―――*―――


「李旺にぃ、中々怖いこと言ってるね」

「あれで怖いか?」

「十分怖いよ。悪魔に見えた」

「そーかそーか。ま、いいさ。続けるよ」


―――*―――*―――*―――*―――


 そして、入学式の準備を完全に終えて家に帰ると、既に琉嘉と母さんの姿は無かった。もう行ったようだ。


「もう行ったのか。早いな」


 それから俺はしばらく部屋のベッドに横になり、眠った。

 ………よく寝た。寝た後に下に下りると、既に琉嘉たちは帰って来ていた。随分長い時間眠っていたようだ。


「あ、李旺にぃ」

「おかえり、琉嘉。入学式はどうだった?由佳ちゃんと一緒のクラスになれたか?」

「うん。よっちゃんも私も2組ー」


 そうかそうか。琉嘉は幸い、仲のいい友達と同じクラスになれたらしい。それに、2組か。

 体育祭は同じ団か。守ってやれるな。


―――*―――*―――*―――*―――


「いや、守ってもらわなくても……」

「お前が参加して倒れたりしたらどうするんだ」

「まぁ、参加出来なかったし、問題は無いか」


―――*―――*―――*―――*―――


 そして、入学式を終えて、授業が始まった。あー、面倒くさい。

 先生の説明を聞いていて、眠たくなる。「くあ」と、欠伸が漏れる。


「先生、ちょっと」


 授業の途中、1年の先生がウチの教室に来る。何事だ。


「片桐。ちょっと…」


 そう言って、手招きされる。何があった?まさか、琉嘉に何かあったのか?


「片桐。早くグラウンドへ行け。妹さんが体育の時間に倒れた…」


 俺は先生が言い終わる前に廊下を走る。嫌な予感が当たった。無事でいろ、琉嘉。

 

 急いで靴を履き替え、グラウンドを走る。琉嘉の居場所は人だかりが出来ているからわかり易い。

 「どいてくれ!」とか、「琉嘉!」と叫びながら行くと、漸く琉嘉の姿が見えた。


「お………にいちゃ……」

「琉嘉!」


 俺が声をかけると同時に、琉嘉の瞼は閉じられた。琉嘉。琉嘉。琉嘉。

 ヤバイ。何も冷静に考えられない。頭に血が上る。


 パシーン。

 俺の頬がぶたれる。ぶったのは琉嘉の友達である由佳ちゃんだった。


「お兄さんが慌ててどうするんですか!?」」


 その言葉で、やっと俺は冷静になれた。周りが見えてくる。周りを見てみると、先生たちが琉嘉に心臓マッサージをしている。

 頼むから、生きてくれ、琉嘉。


―――*―――*―――*―――*―――


「え?私死にかけてた?」

「ああ。あの時は本気で慌てたよ。由佳ちゃんに感謝だな」

「あ…はははははは」

「さ、続き行くよ」


―――*―――*―――*―――*―――


 病院に運ばれた琉嘉は、急いで処置室に運ばれる。俺は、扉の前で待たされた。

 父さんや母さんが来るまで、ずっと一人で待った。どのくらい時間がたったのだろう。

 そんな長い時間ではないのかもしれない。でも、俺には限りなく長い時間に感じられた。


「李旺」

「父さん。母さん」


 しばらく待っていると、やっと父さんと母さんが来る。それでホッとして、涙が流れてきた。


「李旺。何があったの?」


 母さんはハンカチで俺の頬を流れる涙を拭きながら、問う。


「俺、授業中に琉嘉が倒れたって聞いたんだ。琉嘉は持久走のタイムを計ってるときに倒れたらしい。俺がグランドいったときはもうやばかった」

「そう…なの。李旺、ありがとう」

「何が!?」

「ずっと、琉嘉に着いていてくれたんでしょう?」


 それでも、礼を言われることなのか。

 そう考えていると、横からお茶が差し出される。なんだろうと思ってみてみると、差し出すのは父さんだった。


「泣いたから喉が渇いただろう?飲め」

「さんきゅ」


 俺は正直に礼を言って受け取る。

 

 それから、また長い時間が過ぎた。

 

 ガラッ。

 処置室の扉が開かれる。中から出てきたのは、先生。


「先生。琉嘉は?琉嘉は大丈夫ですか?」

「処置は終了しました。ただ、まだ危ない状態ではありますので、意識が戻るまでは集中治療室で様子を見ることになります」

「琉嘉に会えますか?」

「ええ。ただ、長い時間は遠慮してくださいね」


 そう言って、俺たちは琉嘉の元へ行く。集中治療室に眠る琉嘉は、色々なコードに繋がれていた。

 心電図のコード。脳波を測るためのコード。点滴のチューブ。色々なものが琉嘉に繋がれていた。

 心電図の定期的な機械音が病室に響く。それだけが、琉嘉が生きていると証明できる、唯一の証拠。


―――*―――*―――*―――*―――


「うわー、死にかけてる」

「あの時は俺の心臓がどうかなるかと思ったよ」

「それはそれは。申し訳ない」


―――*―――*―――*―――*―――


 琉嘉が倒れて、1週間が経った。未だに琉嘉は目を覚まさない。


「李旺。琉嘉ちゃん、まだ目を覚まさないのか?」


 学校からの帰り道、共に帰る朝が俺に問い掛ける。

 俺は頷いて、それを返事に変えた。そんな俺を朝が心配そうな顔をしながら見つめる。


「な、李旺。元気出せよ。きっと琉嘉ちゃん、もうすぐ目を覚ますよ。だから、な?」

「……お前に慰められるなんて世も末だ。…………でも、さんきゅな、朝」


 俺が小さく礼を言うと、朝はニカッと笑った。


「どーいたしましてっ♪…あ、ほら。今日も琉嘉ちゃんの様子見に行くんだろ?早く行かなくていいのか?」


 そう言われて、時計を見る。予想以上に時間が経っていた。


「やべ。教えてくれてさんきゅ。じゃ、俺先に帰るな」

「おう。また明日なー」

「また明日。じゃーな」


 俺は急いで家に帰り、荷物を置く。そして、病院への道を急いだ。



「李旺君。琉嘉ちゃんのお見舞い?」


 病院に着くと、顔なじみとなった看護婦さんが話し掛けてきた。


「はい。琉嘉に会えますか?」

「ええ、どうぞ。手は消毒してから会いに行ってね」

「はーい。ありがとうございます」


 そして俺は手の消毒をして、琉嘉の眠る集中治療室へと向かう。

 今日もまだ、眠ったままだ。


「琉嘉。今日で倒れてから1週間だ。まだ、目を覚まさないのか?一体どれだけ眠り続ける気だ?」


 返事が返って来ることはない。

 当たり前だ。琉嘉はまだ眠っているのだから。

 いつも、こうやって、返ってくる筈の無い返事を待つ。

 俺は何がしたいんだろうな。現実逃避なのかな。

 俺は、あと何回この自問自答を繰り返さないといけないのだろう。


―――*―――*―――*―――*―――


「現実逃避だね」


 私が言うと、お兄ちゃんは苦笑しながら私の頭を撫でる。


「はっきり言ってくれるな」

「まぁ、事実だしね」

「あの時の俺にはそんな考える余裕は無かったんだ。仕方ないだろ?」


 あー、うん。それもそうかも。


―――*―――*―――*―――*―――


「ん……………んぅ……」


 何か、聞こえた。

 琉嘉。

 目が覚めたのか?

 そう思って、琉嘉を見る。琉嘉の瞳は、うっすらではあるが、開かれていた。


「琉嘉!俺が分かるか?」

「………お兄………ちゃん」

「琉嘉!誰か!琉嘉が目を覚ました!」


 俺は急いで医者を呼ぶ。呼ぶとすぐに医者が来て、診察を始めた。

 その間に、俺は携帯OKの場所に移動し、電話をかけた。相手は、まずは母さんだ。

 ぷるるっ ぷるるっ


「はいもしもし」

「母さん?俺。李旺。琉嘉が目、覚ました。今先生が診察してる」


 俺が少し興奮気味に話すと、電話口からは長い沈黙が返って来た。何を考えているのやら。

 そして、その長い沈黙が漸く破られる。


「それ、嘘じゃないわよね?」

「俺がそんな嘘を吐くと思ってる?マジだよ。さっき目ェ開けたもんよ」

「今からそっち行くわ。……お父さんには知らせた?」

「まだ。まず母さんに知らせたから。母さん、父さんに知らせてくれる?」

「……分かったわ。琉嘉をお願いね」


 そう言って、電話は切られた。さて、琉嘉の元に戻るか。

 琉嘉のところへ戻ると、琉嘉に繋がっていたコードが減っていた。残っているのは点滴のチューブだけだ。


「琉嘉」


 声を掛けると、琉嘉は此方を向く。まだ眠たいのか、目がうつらうつらとしている。


「琉嘉。俺が分かるな?」

「…おにーちゃん」

「あぁ。お兄ちゃんだ」


 俺はそう言いながら琉嘉の頭を撫でてやる。……また寝そうだな。

 そうして琉嘉がまた寝入った頃、病室の扉がノックされる。父さんたちが来たのだろうか。そう思いながら扉を見てみると、そこにいたのは先生だった。


「あれ?まだご両親いらしてない?」

「もうすぐ来ると思いますよ」

「じゃあ、来たら私のところに来てもらえるよう言ってくれるかな?」

「いっスよ」

「ありがとう李旺君。じゃ、よろしく」


 それから俺は、両親が来るまでずっと、琉嘉の寝顔を見て過ごした。時折無意味に琉嘉の頬を突きながら。


―――*―――*―――*―――*―――


「…………覚えてない」


 私の記憶の始めは、お父さん、お母さん、それからお兄ちゃんが揃っていた。目を開けると、3人が覗き込んでいたんだ。

 それをお兄ちゃんに言うと、


「まだ頭は覚醒してなかったんだろうな。ボーッとしてたし」


 という至極あっさりとした答えが返って来た。

 ……なんか面白くない。


「さて、続けるよ」


―――*―――*―――*―――*―――


 そして、両親が来るとまず、琉嘉が眠っていることを残念がった。それでも、一度目を覚ました分、安心しているようだった。


「あ、そだ。先生が自分のところに来てって言ってたよ」


 俺はふと思い出して、先生の伝言を伝える。それを聞いた2人は、先生の元へ向かった。

 俺は再び、琉嘉の寝顔を眺める。


「……寝顔は昔から変わらないな」


 本当に、変わらない。初めて眺めたあの頃と比べても、全く。

 そうして暫く眺めていると、母さんたちが戻ってくる。


「先生、何だって?」

「ん?あぁ。琉嘉、今日まで集中治療室だけど、明日まで何も起きないなら普通の病室に移動出来るって」

「てことは、大丈夫なんだな?」

「大丈夫じゃないなら普通の病室に移動なんて出来やしないさ」


 俺が問うと母さんが答える。その答えにまた質問をすれば、今度は父さんが答えてくれた。


「……ん………んぁ………んん…」

『琉嘉!?』


 俺たち3人の声が揃う。


「琉嘉!大丈夫か?俺が分かるか?」

「お………とー、さん?」


 父さんに次いで、母さんが声を掛ける。


「琉嘉!お母さんよ。分かる?」

「ん………」


 琉嘉はうっすらと目を開き、答える。……まだ眠そうだ。


「此処……、何処?」

「此処は病院だ。何があったか、覚えてるか?」


 父さんが琉嘉の質問に答え、逆に質問をすると、琉嘉は考える表情をした。


「………えーっと……。……何があったんだっけ?」


 やはり覚えていないか。そんな琉嘉に、俺は説明をしてやる。


「お前は学校で倒れたんだ。体育の時間に倒れたんだよ」

「………。あ………」

「思い出したか?」

「うん」


 そう言って、琉嘉は俺から目を逸らす。完全に思い出したか。


「……お兄ちゃん、グランドにいたよね?」

「あぁ。先生に聞いて、走って行った」

「そか。夢じゃなかったんだ。……よかった」


 そう言って、琉嘉は笑う。

 嬉しそうに、笑う。


―――*―――*―――*―――*―――


「あー、そこらは何とか覚えてるよ。ちょっと記憶が曖昧だけど」

「まだボーッとしてたからなぁ。仕方ないか」


 お兄ちゃんが説明してくれたあたり、記憶に無いんだけど。何か話した記憶はあるけど、内容は覚えていない。

 まだ寝ぼけていたのだろうか。

 覚えていないことを話されると着いていけない。……面白くない。


「こらこら。そんな、面白くなさそうな顔をするな」


 そんな私に気が付いたお兄ちゃんが、言う。

 面白くないんだから仕方ないじゃん。

 そう思っていると、お兄ちゃんは淡く微笑みながら、私の頭を撫でる。くそぅ、気持ち良いぜ。

 そうやって暫く撫でられていると、病室の扉がノックされる。


「琉嘉、李旺」

「お母さん」


 扉を見てみると、いたのはお母さん。もう仕事は終わったのか。


「や。母さん。もう仕事終わったのか?」

「えぇ。時計を見てみなさい。もう、いい時間よ」


 お母さんに言われて、お兄ちゃんは時計を見る。ついでに私も見る。思いの外、時間が経っていたようだ。


「もうこんな時間かぁ。話してると、時間って早く流れるものだね」

「あぁ。こんなに時間が経ってるとは思わなかった」


 私はお兄ちゃんと顔を見合わせながら言う。そんな私たちに、お母さんはにっこりと微笑みながら、問うて来た。


「時間を忘れる程に、何を話してたの?琉嘉、李旺」

「琉嘉が倒れた時のことを、俺の感情を織り交ぜて話してた」

「あぁ。あの時は大変だったわねぇ」


 あの、何だか、長話が始まりそうな雰囲気なんですが。とりあえず、止めてほしい。


「連絡を受けた時は心臓が止まるかと思ったわ。病院に着いたら李旺は泣いちゃうし」

「仕方ないだろ。ずっと一人で不安だったんだ」

「それもそうね。それに、処置が終わった後も中々目を覚まさなかったから、あの一週間は辛かったわ」

「俺もだ。琉嘉が目を覚ますまで授業が全然頭に入らなかった」


 あぁ、止む気配はありませんね。

 お母さんとお兄ちゃんは、ずっと話し続ける。お願いもうヤメテ。

 そんな私の救世主となったのは、堤さんだった。夕飯を持ってやってくる。


「琉嘉ちゃん。夕食の時間だよ。ちゃんと残さず食べようね」

「はーいっ」


 ずっと話しを続けていた二人は、夕飯を見て、やっと話しを止める。…助かった。


「あら。もうこんな時間だったの。李旺、帰りましょうか」

「ん………あぁ」

「琉嘉。明日は仕事お昼までだから、終わったら来るわね」

「うん。待ってるよ」


 そういえば、明日は土曜日。いつもなら休みのハズだけど、仕事が入ったようだ。

 でも、お昼までならたくさん話せるからいいや。……お兄ちゃんの悪事も知らせなきゃだし。


「じゃな、琉嘉。また明日来る」

「うん。待ってるよ、李旺にぃ」


 そうして二人は帰って行く。そんな二人を見送った私はのんびりと夕飯に手を付けた。




 翌日。土曜日、昼。

 コンコンッ


「琉嘉、入るぞ」


 そう言って、病室に入って来たのは、お兄ちゃんとお母さん。そして、お父さん。

 ……気のせいだろうか。全員、表情が暗い気がする。


「琉嘉」


 お父さんが、静かに私の名前を呼ぶ。何があったのだろうか。


「お前に、言っておかなくてはならないことがある」


 お父さんがそう言った途端、お母さんが目を逸らす。だから、何事なんだ。


「お前の命は、永くない」


 ……………嘘だ。そんなの、嘘だ。

 信じない。信じたくない。信じることが出来ない。

 そんな状態の私に、お父さんは続けて言う。


「この間検査を受けただろう?それで分かったんだ」


 いきなり検査を受けさせられたのはこの為だったのか。

 私の余命を調べるため。

 あぁ、馬鹿馬鹿しい。死ぬのなら、どうして今まで大人しく入院していたんだ。

 死ぬのなら、遊べばよかった。学校へ行きたかった。

 どうして。何故。善くなると聞いたから大人しく入院した。

 善くなると言われたから、薬も頑張ってたくさん飲んだ。

 何故。どうして。

 体が、揺れる。ぐらぐらと。揺らすのは、お兄ちゃん。


「落ち着け、琉嘉。まだ方法はある。手術を受ければ、善くなる可能性だってあるんだ」


 手術。嫌だ。怖い。

 成功率はどのくらいか分からないが、手術中に死にそうで、嫌だよ。


「手術、嫌だ。……怖いよ」

「受けないと、間違いなく死ぬんだぞ!?成功率は低いけど助かる可能性だってあるんだ」

「嫌だ。どっちも、怖いよ」


 お父さんとお母さんが、悲しそうな目で私を見る。

 怖い。何も考えられないくらい、怖いよ。


「怖い………。怖いよ……」

「琉嘉。お父さんたち、今日は帰るよ。明日また来るから、ゆっくり考えるといい」


 そう言って、お父さんたちは帰っていく。

 私は、何も考えられない。

 どうすればいい?

 手術を受ければいいの?死ぬかもしれないのに。

 分からない。ワカラナイ。

 怖い。コワイ。怖い。

 私は、死ぬんだ。



 翌日。日曜日、昼。


「琉嘉。入るぞ」


 お父さんたちは、私の病室に入って来る。でも、私はいない。

 全てが嫌になって、逃げたからだ。

 どうやって病院を抜け出したのかは覚えていない。気が付いたら病院の外にいた。


 私は、逃げる。病院から。家族から。

 そして、現実から。


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