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8/21

◇お兄ちゃんと先生◇

 

 翌日の朝。いつもの笑顔で遊びに来る玲君を見てホッとした。昨日の表情が嘘のように、晴れやかな感じだった。


「琉嘉。今日も姉ちゃん来るんだっけ?」

「うん。来るよ。今日は玲君を捕まえておいて、って言われた」

「捕まえて、って、俺はペットか。あの鬼姉め。………琉嘉。頼むから見逃して?」

「イヤ。今日はまた李旺にぃ来るから、舌戦が起きた時の避難口が欲しい」

「俺をそんなものにしないでくれる?」

「だって、怖いもん」


 そして昼食を食べてしばらくすると、お兄ちゃんがやってきた。やってきて、お茶を目の前に置く。貰っていいのかな。


「やるよ。飲んでいいぞ」

「ありがとう。お兄ちゃん」

「玲斗もお茶でいいか?」

「え?あ、ありがとう李旺」


 お茶を受け取った玲君の顔が少し赤い。照れてるのかな。

 そして、先生が来るまでの間、私たちはお茶を飲みながら雑談に時間を費やした。


 コンコンッ。


「こんにちは、片桐さん」

「こんにちは、先生」

「よぅ、モトヤン」

「おや。いたのですか?片桐兄。学校はどうしました?」

「創立記念日で休み」

「おやおや。今日は玲もいますね。片桐さん、ありがとうございます」


 ソレを聞いた玲君が嫌そうな顔をする。でも、逃げないでね。頼むから。

 ていうか、お兄ちゃんも先生もまた、呼び方戻ってるね。お母さんに報告すべきかなぁ。

 うーん、どうしよう。そう考えていると、お兄ちゃんに先に釘を刺された。


「琉嘉。お茶奢ったんだから今回は母さんに言うなよ」

「おやおや。賄賂を使うんですか、片桐兄」

「賄賂じゃない。そんな変な言葉を使うな」

「それは俗に賄賂と言うんです。きちんと勉強をしなおすべきですよ、片桐兄。いくら偏差値の高い高校に入学しても、結果がコレでは救われませんね」

「俺は成績上位だ。そこまで言われる筋合いは無い」


 あぁ、これは賄賂云々を考えようが考えまいが、お母さんに通報決定ですね。お兄ちゃん、お母さんに存分に叱られてください。

 お兄ちゃんにソレを告げると、お兄ちゃんが懇願姿勢に入る。土下座されてもこの決定は覆しませんって。


「琉嘉。お願いだから母さんに言うのは止めて」

「無理。もう絶対に言う」

「お願いだから止めて」

「無理」

「お願いします琉嘉様」

「無理。っていうか、琉嘉様って何さ」

「いい加減諦めたらどうだ?李旺」


 兄妹で言いあいをしていると、横から口が挟まれる。それを言うのは玲君。さっきからずっと黙ってるからいるの忘れてた。


「お前は母さんの恐ろしさを知らないから言えるんだ!母さんが本気で怒ると背後に黒いオーラが漂う上に、よく分からない恐ろしい生物が見えるんだぞ!」


 そんな玲君に、お兄ちゃんは掴みかかりながら言う。

 てか、やっぱりお兄ちゃんにも見えるんだ。見えるのは私だけではなかった模様。


「そんなに怖いんですか?片桐さん」

「はい。ものすごく怖いです」


 いきなり先生に問われたが、即答する。この状況で即答が出来るほどに、お母さんが怒ったときは怖い。


「分かってるならいいだろう、琉嘉。母さんには言わないでくれ!」


 うーん。確かに、お母さんが怒ると半端無く怖い。でもさ……


「無理」


 そう答えた時のお兄ちゃんの顔は見ものだった。それこそ、ムンクの叫びに近い表情になっていたからだ。

 そんなお兄ちゃんに、先生と玲君が手を合わせる。


「片桐兄。自業自得ですね。いい機会ですから反省なさい」

「ご愁傷様です」


 ソレを聞いたお兄ちゃんはさらに項垂れる。ていうか、捨てられた子犬に見えてきた。

 ……何故だろう。何だか罪悪感にかられるよ。お兄ちゃんが悪いはずなのに、私が悪者のように感じてきた。

 ていうか、そんな目で見るの止めようよお兄ちゃん。ますます捨てられた子犬に見える。


「李……旺…にぃ?」


 私が呼ぶと、すぐに顔を此方に向ける。

 ………あれ?どうしてだろうね。目が潤んでるよお兄ちゃん。

 そんな目で見ても決定は覆さないよ。

 だって、お兄ちゃんが悪いんだし。

 私悪くないよね。


「片桐兄。そこまでになさい。片桐さんが困っているでしょう」


 葛藤を繰り返していると、先生が助け舟を出してくれる。助かった。

 お兄ちゃんは先生に言われると、残念そうな顔をして窓の外を眺めた。


「さて、片桐兄も黙りましたし、今週分の説明を始めましょうか」

「あ、はい」

「玲。逃げたら後から徹底的にパシりますよ。パシられたくないのなら逃げないように」

「それが病人に対する言葉か?」

「あなただからいいのですよ。玲」

「差別だ」

「小さい頃から見てますからね。ついつい弄りたくなってしまうんです」

「鬼」


 うわぁ。今日も先生のサディストっぷりがよく分かる。いぢめっ子だいぢめっ子。

 ちなみに、逃げるのを防止された玲君は渋々、近くの椅子に腰掛けた。お兄ちゃんはベッドの開いている場所に腰掛けてくる。

 ……少しくらいは教えてくれるつもりなのかな。

 そして、先生の説明が始まる。玲君はつまらなさそうな顔をし、お兄ちゃんは私が不思議そうにしていたら横からアドバイスをくれた。

 あぁ、先生に喧嘩売らなければいいお兄ちゃんなのにね。

 先生に喧嘩売るからお母さんに怒られる運命にある哀れな兄。でも、これで少しは学習してくれるかな。

 そうして説明は終わり、私はノートを写しにかかる。その間、玲君は先生に捕まっていた。


「はーなーせーっ!姉ちゃん、どうして俺を捕まえる!?」

「それはもちろん面白いからです」

「面白いの一言で済ませるな!俺はオモチャじゃない!」

「オモチャですよ。間違えてはいけませんよ、玲」


 お兄ちゃんはそんな二人を傍観している。

 ……暇なんだねお兄ちゃん。遊ぶ人《先生》がいないから暇なんだね。


「琉嘉。此処間違ってる」


 そうやって色々と考えながら書いていると、いきなりお兄ちゃんが口を挟んだ。言われた場所を見てみると、確かに間違えている。


「あ、ホントだ。ありがとう李旺にぃ」

「どーいたしまして。ほら、早く先に進みな。早くやらないと終わらないぞ」

「うん」


 そうやっている間も、先生は玲君で遊び続ける。……玲君ゴメンね。巻き込んで。


「おやおや。玲はもう17歳だというのに、まだ因数分解が完全に理解できていなかったのですか」

「理解してるわっ!」

「ところで、レポートは大丈夫ですか?玲」

「姉ちゃんに貸しを作られないくらいには問題ないな」

「それはそれは。………面白くないですね」


 あの?なんだろう。気のせいかな?舌打ちする音が聞こえたような気が………。そう思いながら玲君たちを見ていると、横からお兄ちゃんが口を開いた。


「気にするな、琉嘉。俺にも聞こえた。気のせいじゃない」

「あれ?何を考えてるのか分かったの?」

「伊達に何年も兄妹してないだろう。どうせ、モトヤンの舌打ちの音が聞こえたような……とかってんだろ?」


 さすが兄妹。15年もお兄ちゃんしてないんだね、お兄ちゃん。考えてることが綺麗に筒抜けだ。


「おや。聞かれてしまいましたか。他言しないでくださいね、片桐さん。片桐兄」

「はい。分かりました」

「片桐さんはいい子ですねー。片桐兄と違って」


 先生はそう言って私の頭を撫でる。

 ついでに、その間に玲君はさり気無く逃げようとしている。


「玲。どこへ行くつもりです?」


 バレた。

 玲君は機械仕掛けの人形のように、ギギギギギと、言う音を立てそうな雰囲気で、此方を向く。


「どこへ行くのです?玲」

「あ、いや……。ちょっとトイレに行こうかな、と……」

「あぁ、成程。では、ちゃんと此処に戻ってくるのですね。まぁ、戻ってこないのなら後から何が起こるか保障はしませんが」

「……はい」


 玲君は負けた。ていうか、戻ってこないのならどうするつもりだったのだろう。怖いな。


「さて、片桐兄。あなたも黙っていてくださいね。これは玲専用ですから」

「玲斗専用ならまぁいいか。黙っといてやるよ」

「ちょっと待てぇっ!何で俺専用ならいいんだ!?」


 お兄ちゃんの言い分に、玲君は食って掛かる。まぁ、確かにお兄ちゃんの回答は喧嘩売ってるようにしか聞こえないな。


「いや、だって。これは親類専用だろう?他の人間に害が無いのならいいんじゃないのか?」

「……腑に落ちない。俺は納得しない!」

「納得しろ」

「無理だ」

「納得しろって言ってんだろ」

「無理だって言ってんじゃねえか」


 あぁ。永遠に続きそうだな。まぁ、いいか。私はのんびりとノートを写しにかかるとしよう。

 この言い合いに口を挟むのも面倒だし。

 のんびりとノートを写していると、横から先生が顔を出し、口を挟む。


「楽しそうですね」

「はい?」

「玲と片桐兄ですよ。玲のこんな楽しそうな姿、久しぶりに見ましたよ」

「楽しそう、ですか?」

「ええ。片桐さんといるときも楽しそうにしていましたが、片桐兄といるときも楽しそうですね」


 そんなものなのか。ていうか、コレって喧嘩しているようにしか見えないんだけど。先生には仲良くしているように見えるのか。


「喧嘩するほど仲が良い、というでしょう?」


 あぁ、成程。だから先生にはコレが仲良く見えるのか。実際は本気で喧嘩してるっぽいケド。

 ま、いいや。続き続き。


「大体お前は細かいんだ!」

「悪かったなA型で」

「血液型に関しては言ってねぇ!そのくらい察知しろ、馬鹿玲斗」

「馬鹿はお前だろうが」

「俺は成績上位者だ!」

「そんなもん一切関係ねぇ!」


 イライラ。


「なら何が関係あるんだよ!?」

「成績関係なくても馬鹿とは言えるだろうが、この馬鹿李旺」

「ふざけんなこのガキ!」

「同い年だろうが」


 イライライライラ。


「お前のほうが精神的にガキだろうが」

「そんなものどこで決めた!?」

「考えてみれば分かるだろう」

「分かるわけねーだろっ!」

「あぁ、そうか。玲斗馬鹿だからね」


 プツン。


「李旺にぃ、玲君。五月蝿い。喧嘩なら玲君の病室でやって。迷惑」


 私がそう言った途端、二人の喧嘩が止まる。何か、二人とも恐れ慄いてる感じがする。

 ちなみに、コレは後からお兄ちゃんから聞いたことだが、この時、私の後ろにはお母さんと同じ阿修羅が見えたらしい。

 さすが親子、と思ったと言っていた。


「ご、ごめんなさい」

「ごめん、琉嘉」


 ちなみに、先生はこの様子を、少し離れたところで微笑みながら見ていた。微笑む要素はどこにあったのだろうか。


「李旺にぃ。これもお母さんに伝えるからね」

「ちょっ!?それだけは勘弁」

「イヤ」


 私が言うと、お兄ちゃんは泣きそうな顔になり、玲君は笑う。

 そんな玲君にも罰を与えなきゃね。そう思って、私は口を開く。


「玲君。今度からも先生が来る時は一緒にいてね。いてくれるよね?玲君優しいもんね。もちろん、いてくれるよね?」


 そう言った後の玲君の表情が歪む。自業自得。ざまぁみろ。

 そして、二人とも黙ったところで作業再開っと。

 しばらくの間、二人は静かにしていた。うん、いいことだね。平和平和。至極平和。


「さて、では先生はそろそろ失礼しますよ」


 しばらく真剣にノートを写していると、先生がふと声を出す。


「え?もう帰るんですか?」

「ええ。今日はやらなければいけないこともありますから。また来週会いましょう」


 そう言って先生は帰っていく。その様子を見ていた玲君は、あからさまにほっとした顔をしていた。


「玲君、嬉しそうだね」

「ああ。悪の帝王たる姉ちゃんがいなくなったら一気にホッと出来る」

「悪の帝王。言うなぁ、玲斗」

「ぴったりだろう?」

「あぁ。似合いすぎてるな」

「誰が悪の帝王ですか?玲。片桐兄」


 玲君とお兄ちゃんが話していると、いきなり私以外の声が挟まる。それは、先生だった。


「誰が悪の帝王なんですか?玲斗、片桐兄。いってごらんなさい」

「ね……姉ちゃん?帰ったんじゃなかったのか?」

「よぉモトヤン。忘れ物か?」

「ええまあ。片桐兄、そこのボールペンを取っていただけますか?」


 先生はそう言って私の傍のボールペンを指差す。私はそのボールペンを取り、お兄ちゃんに渡した。

 ちなみに、玲君は既に恐れ慄き、後退りをしている。


「ほい。これでいいのか?」

「ええ。ありがとうございます。片桐さん、片桐兄」


 先生は私たちにお礼を言って、玲君のほうを見た。逃げようとしていた玲君が、先生の視線で射抜かれる。


「玲。どこへいくのですか?先程の質問に答えなければ後から何が起こるか分かりませんよ」

「姉ちゃん怖いわっ!」

「はい、そうですね。怖いですよ。ですから早く吐きなさい」


 それを聞く玲君がガタガタ震えだす。先生、脅しすぎでしょう。

 そんな玲君に、お兄ちゃんが助け舟を出した。


「モトヤン。脅しすぎだ。少しくらい手加減をしろ」

「本谷先生と呼びなさい。で、これでも手加減しているんですが、何か?」


 これでも手加減してるんですか、先生。これで手加減してるのなら、本気ならどうなるか分からなさ過ぎて怖い。


「……ごめんなさい」


 玲君が正直に謝った。まぁ、これで謝らなければ確かに後が怖い。……半端なく。


「まぁ、謝ったから許してあげましょう。次はありませんよ?」

「はい。ごめん姉ちゃん」


 先生はそう言って、今度こそ帰っていく。…怖い時間だった。


「玲君大丈夫?」


 先生が帰った後、玲君に問う。玲君の表情は若干青白い。


「玲君、顔色悪いよ。病室戻って横になってたほうがよくない?」

「確かに、顔色が悪いな。玲斗、病室で横になってろ」

「命令するな、李旺。大丈夫だよ、これくらい」

「これで体調を崩したら琉嘉が気にするだろうが。休め」


 お兄ちゃんが言うと、玲君が渋々といった風な顔をしながら、私のほうを向いた。


「じゃ、俺、病室戻るね。また明日遊びに来るよ」

「うん。気をつけてね」


 そう言って、玲君は病室へ戻っていった。病室には私とお兄ちゃんが残される。


「さて、琉嘉。ノート写すの続けるか?それとも、何か話すか?」

「うーん。……何か話そう」

「おっけ。何について話す?」


 お兄ちゃんはそう言って私の頭を撫でる。


「うーん、何について話そうかぁ。何かいい案ある?」

「そういうのは全て琉嘉に任せる」

「投げやりー」

「ええそうですよ。俺はそういう人間だからねー」


 この悪魔め。さすがお母さんと血を分けただけある。そっくり。まぁ、私も後ろに阿修羅が見えたらしいけど。


「あぁ、なら、俺の学校の話でもしようか?それとも中学の時の話にするか?」

「…………中学の時の。それなら話が分かるもん」

「分かった。なら、俺の過去でも話してみるか?ま、過去といっても、3年のときだけど」


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