◇家族◇
「琉嘉ぁー。琉嘉。朝だよ、起きて」
朝、目を覚ます。そうしたら、またも玲君が目の前にいました。
「おはよう、琉嘉。よく眠れた?」
「おはよー玲君。また早く目が覚めたの?」
そう言って話していると、堤さんがやってくる。
「あら?玲斗君、また琉嘉ちゃんを起こしに来たの?やるねぇ」
「ええ。琉嘉を起こすのって疲れますね」
「でしょう?私もいつも苦労してるのよー」
「って、何を、話してるのさ!!!」
この二人が揃うと最悪だということがよくわかった。性質が悪い。
「さ、玲斗君も病室に戻ってね」
「はーい。じゃ、琉嘉。また後で遊びに来るよ」
「うん。待ってるよ」
そう言って玲君は自分の病室へ戻っていく。そして私は検温の時間。今日も熱は無い、と。
よかったよかった。
ご飯を食べていると、早速玲君が遊びに来る。もう食べ終わったのか。私はまだ食べてるのに。
「あれ?まだ食べてたか」
「玲君食べるの早すぎ」
「普通普通」
「普通じゃない。明らかに早いです」
意味も無い舌戦が繰り広げられる。でも、それも楽しい。
結果、しばらくして二人揃って笑い声を上げることになった。
そうやって、玲君と一緒に笑うようになってから、半年が過ぎた。
私は中学3年生に。玲君は高校2年生へと進級していた。
「あー、もう。勉強なんて嫌いだよぅ」
「大変だなぁ、受験生。精々頑張れよー」
「玲君、他人事だからってひど過ぎない?鬼!悪魔!冷血漢!」
「ちょっ!そこまで言うか!?」
受験生となった私は、進学する高校こそはまだ考えてはいないが、病院にいる間にちょこちょこと勉強をするようになった。
そしてその勉強を妨害するかのように玲君が現れる。まぁ、たまに教えてくれるから気にはしていないが、邪魔しかしないのならば即、追い出す。先に宣告しておいたので、やっても文句は言われないだろう。
ついでだが、3年生になっても担任は本谷先生のままだった。よっちゃんももちろん一緒である。そして、本谷先生で思い出す。
「玲君。今日本谷先生来るけどどうする?」
「げ!姉ちゃん来るの今日だったっけ?」
「いや。ホントは明日だけど、質問があるんですけど、ってメールしたら今日も来てくれるって」
「どうして俺に聞かないのさ?俺が分かる問題なら教えてあげるのに」
あはははは。だって、以前玲君に聞いて分からなかった問題だし。だからしょうがないよね。
あー、李旺にぃなら分かるかな。ま、来ないだろうからいいや。
コンコンッ
「琉嘉。俺だ。入るぞ?」
おや?噂をすれば。ちょうどよく李旺にぃがやってきた。
「久しぶりだな、琉嘉。元気にしてたか?」
「久しぶり、李旺にぃ。丁度いいところに来てくれたねー」
「どうした?俺に聞けることなら聞いてやるぞ?」
「わーい。さすがお兄ちゃん。……ここの解き方教えて♪」
そう言って私は分からなかった問題を李旺にぃに見せる。李旺にぃなら丁寧に説明してくれるだろう。
「あぁ、これか。これは因数分解してから考えていけばいいんだ。因数分解はさすがに分かるな?」
「それはさすがに……」
「ほら、そこまで分かったんだから、いったん自分で考えてみな。分からなくなったら説明してやるから。………ところで琉嘉。コレ、誰だ?」
そう言って李旺にぃは玲君を見る。そういえば、会った事なかったんだっけ。
「玲君、こっちは私のお兄ちゃんの李旺。お兄ちゃん、彼はお友達の玲君」
「初めまして、琉嘉のお兄さん。朝霧玲斗です」
「朝霧………?」
「…知り合い?」
玲君にお兄ちゃんを。お兄ちゃんに玲君を紹介すると、お兄ちゃんが何か考えているような顔をする。ひょっとして、知り合いですか?
ちなみに、玲君はお兄ちゃんのことは知らない模様。つまり、お兄ちゃんが一方的に知っていると言うことになる。…何なんだろ。
「李旺にぃ?りーおーにぃー?お兄ちゃーん?だいじょぶ?」
そこまで言って、お兄ちゃんは漸く元に戻る。とりあえず、話を聞いてみようかな。
「ね、李旺にぃ。李旺にぃは玲君知ってるの?」
「知ってるとは言い難い。もしかしたら、って言うだけだ」
「なら、聞いてみれば?玲君に直接」
私が玲君のほうを見ながら言うと、玲君は自分を指差して、目を丸くする。逆に、お兄ちゃんは淡く微笑む。
「そうだな。なら、聞く。高校はどこだ?」
「ん?俺のガッコ?私立片桐学園だけど、それがどうかした?」
「やっぱり」
「やっぱりってことは、お兄ちゃんは玲君を知ってるの?」
私が問うと、お兄ちゃんは優しく微笑みながら私の頭を撫で、言った。
「2組の幽霊、朝霧玲斗。入学式以来誰も見たことがないと言う不思議な存在。たまに保健室登校をしているって言う噂もあるな」
「へー。俺ってば幽霊扱いされてるのか。単純に入院してるから学校行けてないだけなのに」
幽霊って。お兄ちゃんの同級生、色々考えるな。
ていうか、それって微笑みながら言うことじゃないよね?何考えてるの、お兄ちゃん。
「ところで、琉嘉のお兄さん、何年生?上?同じ?」
「同じ。隣のクラスだ。学校来たら頼っていいぞ」
「それはそれは。頼りにさせていただきます」
「ま、条件つけるけどな」
悪魔だ。悪魔がここにいる。普段優しいお兄ちゃんが悪魔になっておられる。
お母さんの後ろにいるのは阿修羅だけど、お兄ちゃんの後ろには悪魔が、サタンが見えるよ。
「一応聞く。条件って何?」
あ、一応聞くんだ。聞かずに無視してもいいのに。そう言おうと口を開くと、丁度よく妨害するかのようにお兄ちゃんが声を発した。
「なーぁに、簡単なもんだよ。条件1、琉嘉を泣かせるな。泣かせたらそれが分かった時点でシメる。条件2、学校来た以上は、ちゃんと1時間くらい授業に出ること。でなかったら理事長報告で何が起こるか分からないから」
うわぁ。理事長まで使う気ですか、お兄ちゃん。
玲君は絶句している。まぁ、当たり前だろう。何とコメントすればいいのか分からないことを言われたのだし。
「ちょっと、待て。琉嘉のお兄さん。理事長に報告って、出来るのか?」
「李旺でいい。で、質問の答えだが、出来るぞ?まず、学校の名前を考えてみろ。それで思い当たることは無いか?」
「私立、片桐学園……。……まさか、李旺の家が経営してる学校か!?」
それを聞いたお兄ちゃんは楽しそうに笑う。…さすが悪魔。
そして私は静かに頷く。
「はっはっはー。やっと分かりましたか、2組の幽霊朝霧君。あの学校はうちのジジイの経営する学校だ。だから、いざとなったら俺が理事長に進言することも出来るのさ。悪事だろうが、善事だろうがな」
「俺も玲斗でいい。変な呼び方止めてくれ。ていうか、家の権力使うのって卑怯じゃないか?」
「お前が条件を飲めば問題ないだろう。それなら俺は理事長室には極力近寄らないからな」
性悪。その言葉が今のお兄ちゃんにはピッタリだろう。
口を挟める隙の無い会話をずっと聞いていた私はそんなことを考える。そうやって考えていると、いきなりお兄ちゃんが此方を向いて言った。
「あぁ、そういえば、琉嘉。お前、高校どうするんだ?ジジイの学校に行くか?」
「ふぇ?」
いきなりすぎて、答えることが出来なかった。ていうか、いきなりこっちに話を振らないで欲しい。
「まだ進学先に関しては考えてないのか?」
「あー、うん」
「そうか。でもそろそろ真剣に考えておけよ。お前の体のことも踏まえてな」
そう。私の場合は、この病気が枷となる。普通の高校に行っても、出席日数などを考えれば進級できず、退学になる可能性だってある。
おじいちゃんの学校ならば、入院中はレポートを出すことで単位を取得できるようになっているので、そこは問題は無い。実際、玲君はそうして進級してきたらしい。
おじいちゃんの学校に行くべきかな。行くべきなんだろうな。お兄ちゃんもいるし。
ちょっとしんみりしてきた。そして、そんな私に気が付いたお兄ちゃんはわざと明るい声で話しかけてきた。
「さて、他に分からないところはあるか?あるなら今のうちに言っちまえ。教えてやるから」
「うん。じゃ、コレ」
そう言って私が指差すのは因数分解の応用問題。教えてくれるって言ったよね、お兄ちゃん。分からないなんてことは無いよね、お兄ちゃん。
問題を見たお兄ちゃんが止まる。まさか、本当に分からないフラグですか?
「ちょっと待ってな。あと、紙とシャーペン借りるぞ。一回解いてみる」
「うん。分かったら教えてね。私先のほう解いておくから」
「おー」
お兄ちゃんはそう言って問題を解きにかかる。うん、真剣だね。
「そいや、姉ちゃん来るの遅くないか?」
しばらく沈黙を保っていた玲君が口を開く。確かに遅い。
「メール、してみるか?」
「うーん。お兄ちゃんが解き終わっても来なかったらメールしよう」
そして数分後、病室の扉がノックされた。
「こんにちは、片桐さん。遅くなって申し訳ありません」
「こんにちは、先生」
「おや。今日も玲は片桐さんの病室に入り浸っているのですか。玲。片桐さんに迷惑を掛けていないでしょうね?」
「掛けてない掛けてない。姉ちゃん気にしすぎ」
と、こうやって話していると、ずっと解いていたお兄ちゃんがいきなり顔を上げる。解き終わったのかな?
「李旺にぃ、出来た?」
「おう。………って、何でモトヤンがここにいるんだ?ていうか、いつの間に来た?」
「お久しぶりですね、片桐兄。高校生活は如何です?」
モトヤンとは本谷先生のことだろうか。ていうか、私とお兄ちゃんの呼び方の区別のつけ方ひどいな。それはお兄ちゃんも思った模様。
「片桐兄、て表現ひどくない?モトヤン」
「ならあなたもちゃんと本谷先生と呼びなさい。そうしたらきちんと片桐君と呼んであげます」
「モトヤンはモトヤンだろう。2年生まで俺らの担任だったくせに」
「えぇ、そうですね。それであなたがその名前をつけたんでしたね」
バトル勃発。うん、この分からない問題どうすればいいんだろう。
ついでに、玲君はいつの間にか消えていた。いつの間にいなくなったんだろう。
ま、いいか。とりあえず、先のほうを解いておこうっと。
「大体あなたは教師に対する態度がなっていないんです」
「仕方ないだろう。コレが俺だ」
カリカリ。
「少しくらい改善する努力をなさい」
「失礼な。高校では適度に猫を被ってるぞ。俺がこういう態度を見せるのはモトヤンだけだ」
「だから、モトヤンと呼ぶのを止めなさい、片桐兄」
「モトヤンこそ片桐兄って言うの止めろ」
カリカリカリ。
「だから、ちゃんと呼んで欲しいのならモトヤンではなく本谷先生と言いなさい」
「卒業した以上何も関係ないだろう」
「ならば、目上の人に対する態度をとりなさい」
「あーはいはい。申し訳ありませんでした。これでいいか?」
カリカリカリカリ。
………まだ続いてたのか。さすがに、止めるべきだよね。
「李旺にぃ、ちょっといい?」
私が言うと、言いあいをしていたお兄ちゃんと先生が此方を向く。
「どうした?琉嘉」
「お兄ちゃん、そろそろ止めなよ。ていうか、さっきの問題の説明欲しいな」
「ん?あぁ、悪い悪い」
「本谷先生もお兄ちゃんの説明手伝ってもらえますか?お兄ちゃんだけだとたまに判らないこと言うので」
私が言うと、本谷先生は優しく微笑んだ。
「妹さんは礼儀正しいのに、どうしてお兄さんは性格捻くれてるんでしょうね」
「俺は性格捻くれてはないぞ」
本谷先生が呟くと、お兄ちゃんが即座に反応する。よし、止めないとさっきの二の舞ですね。
「いいから説明!してくれなきゃお母さんに言っちゃうよ?李旺にぃが本谷先生に喧嘩売った、って」
そう言った途端、お兄ちゃんの動きが止まる。効果アリ。
「る……琉嘉?母さんに言うのは勘弁してくれる?な?謝るからさ。俺が悪かった。だから、母さんに言うのはヤメテ」
「…お父さんならいいの?」
ちょっと意地悪な感じで言ってみた。さて、どういう反応を見せてくれるかな?
「父さんに言ったら自動的に母さんにも伝わるだろうが、馬鹿。だから、父さんにも母さんにも言わないでくれ。今度ジュース奢るから」
「んー。分かった。でも、次先生に喧嘩売ったら何があっても言うからね」
「………らじゃ」
お兄ちゃんにはお母さんが効くようだ。それは昔から変わらない。分かりやすくていいよ、お兄ちゃん。
そして、お兄ちゃんが立ち上がる。何をするんだろう。
「琉嘉。ジュース買って来るから、それまではこのセンセイに聞いてろ。ネクターでいいな?で、センセイは何がいい?」
「おや?奢ってくれるのですか?片桐君。では、コーヒーのブラックをお願いできますか?」
「了解。琉嘉もいいんだな」
私が頷くと、お兄ちゃんは病室を出て行った。
そして、本谷先生はノートを指差し、言う。
「さて、分からない問題はどれです?」
「あ、コレとコレです」
私は分からない問題を指差しながら言う。すると本谷先生は「少し考えさせてください」と言って、考え出す。
そしてしばらく考えてから、紙を取り出して何かを書き始めた。
「よし。さて、片桐さん。コレを見てください」
そう言って、さっき先生が書いた紙を見せられる。そこには、因数分解の基本が色々と書いてあった。
それを見ながら説明が始まる。
そしてその説明を終えて、漸く理解できた頃にお兄ちゃんが戻ってきた。
「お帰り李旺にぃ。遅かったね」
「あぁ。自販機が混んでてな。ホレ、ネクター桃。センセイはジョージアのコーヒーでよかったか?」
「ええ。ありがとうございます片桐君」
「どう致しまして。で、琉嘉。さっきの問題は理解できたか?」
「うん」
私が答えると、お兄ちゃんは微笑んで、缶を開けてくれる。そこまでしなくてもいいのにといつも思うが、まぁ、気にしない。
「いただきます」
私はそう言って缶に口をつける。あぁ、甘くて美味しい。
「うまいか?」
「うんっ!」
「そーかそーか」
お兄ちゃんはそう言って微笑みながら私の頭を撫でる。ていうか、私の周りって頭撫でる人多いな。
お父さんにお母さん、それからお兄ちゃんに彩ねぇ。それと玲君や堤さんに、由里先生。あとは本谷先生もか。
………多すぎだね。
そんな私を見たお兄ちゃんが私に声をかける。すこし心配そうな声音だ。
「どうした?琉嘉。調子でも悪いのか?」
「んーん。ちょっと考え事してただけだよ。大丈夫大丈夫♪」
「そうか。ならいいよ」
お兄ちゃんたら心配性。まぁ、コレも昔からか。小さい頃からずっとこうで、小さい時は純粋に嬉しかったけれど、大きくなってくると若干ウザい。
どうしてこんなにも心配性なのか。一生治らないのかな、コレは。
優しくしてくれるのは確かに嬉しい。だけど、正直ウザい。でも、直接言えないから、変わらず………いや、寧ろウザさが増している。
どうしてこんなに心配性なんだろうか。偶にしか会えないから?それにしても心配性すぎる。なら、どうしてだろうか。
「片桐さん、片桐君。先生、そろそろお暇しますね。分からない問題が出てきたらメールをください。明日来たときにその問題にちょうどいい参考書を持ってきますから」
「え?あ、はい。ありがとうございます、先生」
「モトヤン明日も来るのか?」
「ええ。本来は毎週金曜日に1週間分のノートのコピーを持ってきているんです。今日は片桐さんから質問のメールがあったから来たんですよ。文句ありますか?片桐兄」
……二人とも呼び方戻ってるし。
うーん、コレはお母さんに報告すべきかな。どうしようかな。ジュースも奢ってもらったし。
また舌戦始まってるし、報告決定。とりあえず、お兄ちゃんにはお知らせしておきましょう。
「李旺にぃ。お母さんに報告するね」
それを言うと、お兄ちゃんは瞬時に此方を向いた。動きが早すぎて怖い。体がビクッってなったよ。
「ちょっと待て琉嘉。ジュース奢ってやったじゃないかぁ」
「えー?ちゃんと言っておいたじゃん。次喧嘩売ったら何があっても言う、って。ちゃんと警告したもん」
「コレは喧嘩を売ってるんじゃない。事実に対して突っ込みを入れているだけだ」
「問答無用。ていうか、そろそろお母さん来るはずだよ」
そう言うと、お兄ちゃんは今度は病室の扉を見る。まだ来ていない模様。このタイミングで来れば面白かったのに。
「さて、片桐兄も止まったことですし、今度こそ失礼しますね」
「あ、はい。また明日よろしくお願いします」
「はい。明日は玲もしっかりと捕まえて置いてください。面白いから」
「明日は玲君で遊ぶんですか」
「ええ。では、また明日」
そう言って先生は帰っていった。そしてそれを確認したお兄ちゃんが口を開く。
「琉嘉。母さんには黙っておいてくれ。今度外出許可取れたら俺も無理に部活休みとって帰ってくるから、どこか遊びに行こう。な?」
「はいはい。分かりました。………そういえば、今更コレ聞くのもなんだけど……今日木曜日なのに、どうして戻ってきてるの?」
「ん?明日創立記念日。休みだから顧問に頼み込んで日曜まで部活休んで帰ってきた。はいオーケー?」
「おっけ。なるほどね。……じゃあ、明日も病院来る?」
私が言うと、お兄ちゃんは優しく微笑み、手を私の頭に載せた。
大きい手のひらが温かい。
「琉嘉が望むなら帰るまで来てやるよ。どうしてほしい?」
「来て!いっぱい話そう!」
「了解。で、今度はこっちから質問いいか?」
「いいよぉぅ」
「モトヤンと玲斗はどういう関係だ?モトヤンの言っていることを聞いている限り、随分と親しそうだったが」
お兄ちゃんは私の目をジッと見て、問う。だから私もジッと見返しながら答えた。
「イトコだって。先生曰く、玲君はオモチャ。玲君曰く、先生は悪魔だそーですが」
「……悪魔って、あまりにも似合いすぎてるな。っていうか、玲斗とは気が合いそうだ。今度話をする機会を作りたいな」
お兄ちゃんはそう言って笑う。そんなにツボる所かなぁ。まぁ、人によってツボってかなり違うし、まぁ、いいか。
そしてそれからお母さんが来るまで、ずっと話をした。まぁ、話をしたと言っても、私は一方的に聞く側だったが。
でも、おかげで高校生活の楽しさがよく分かった。高校生になったら学校に行けるといいな。
そうやって話していると、病室の扉がノックされる。そこにいたのはお父さんとお母さんだった。
「おや?いつ帰ってきたんだ?李旺」
「今日の昼過ぎ」
「夜に帰ってくると思ってたんだが、予想外だったな」
「まぁ、いいじゃないの。琉嘉、久しぶりに李旺と話して楽しかった?」
「うん」
そして、そこからはお父さんやお母さんも混じって、お兄ちゃんの高校の話になった。
ちなみに、お父さんもおじいちゃんの学校の卒業生である。なので、お父さんの頃と今で変わっているところなどの話をした。
「まだあそこあるか?呪われた倉庫」
「何だよソレ?知らないぞ、俺」
「北館の屋上からボロッちい小屋が見えないか?それが呪われた倉庫だ」
ていうか、呪われてるなら早く壊せばいいのに。
「んなもんもう無いぞ。北館の屋上なら俺の指定席だからよく見てる」
「なら、壊されたのか。壊した人たち大丈夫だったのかな?」
あれ?もう壊されてたや。ていうか、私とお母さんは着いていけない。そう思いながらお母さんを見ると、口に指を当てている。
どうしてか疑問に思い、小さな声でお母さんに聞いてみた。
「どうしてシーッなの?」
「お父さんがすっごく楽しそうにしてるから」
なんじゃそりゃ。でも、確かにお父さんがこんなに楽しそうにしてるのを見るのは珍しい。
結果、しばらく聞くだけにしておいたのだが、聞いていて疲れてくる。
……喉渇いたな。そう思い、お母さんの服の袖を引っ張り、話しかける。
「お母さん、喉渇いた。何か飲むもの無い?」
「飲むもの?お茶ならあるけど」
「頂戴」
私はお茶のペットボトルを受け取り、飲む。渇いた喉に水分が浸み込む。
そして飲み終えたペットボトルをお母さんに戻していると、扉がノックされた。誰だろう。
「琉嘉。入っていいか?」
玲君だった。玲君は返事を待つ前に扉を開ける。そして、お父さんと目が合う。
「……家族団欒中に失礼しました。琉嘉。また明日来るよ」
そう言って出て行こうとする玲君を、お兄ちゃんが止める。お兄ちゃんの手は玲君の腕をしっかりとつかんでいて、逃げられそうに無い。
「な、なんなんだ。李旺」
「まぁ落ち着け玲斗。今話してるのは高校の話だ。お前が聞いていっても損は無い」
「いや、でもせっかくの家族団欒中だろう」
「問題ない」
お兄ちゃんはそう言って玲君を無理やり連れ込む。その間、玲君はずっと助けて欲しそうな目を向けていたが、無視した。
どうせ、お兄ちゃんには口でも手でも勝てないから。
「君は李旺のお友達かい?」
連れて来られた玲君に対し、お父さんが質問をする。
「いえ、寧ろ琉嘉の友達です。李旺とは今日始めて会ったばかりですし」
「ほう。琉嘉の。あぁ、そういえば先日出かけるときに病室の前に立っていたね」
「あ、はい」
「これからも、仲良くしてやってくれるかな?」
「もちろんです!」
玲君とお父さんが言葉を交わす。男同士の友情ってヤツなのかな、これは。
そして、しばらく黙って聞いていたお兄ちゃんが口を開いた。
「コレはついでだけど、父さん。玲斗もウチの学校の生徒」
「入学式に行って以来、ずっと休学してますけど」
ソレを聞いたお父さんの目が輝きだす。ヤバイ、これは語りが始まりそうだ。
結果としては、予想通りお父さんの語りが始まり、あまりにも長くなったのでお母さんが止めるという風になった。
そして、そろそろ病院が夕食の時間なので、お父さんたちは帰っていった。
「玲君。ゴメンね。お父さんたちが」
「琉嘉のせいじゃないだろ。ていうか、琉嘉のお父さん面白いな」
「そうかな?」
「うん。俺の親、近くに住んでなくて中々来れないから、琉嘉のご両親見てると楽しい」
そう言う玲君の表情は寂しげだった。
そして、かける言葉が見つからないまま夕食の時間になり、玲君は自分の病室へ戻っていった。