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空の欠片  作者:
6/21

◇先生と玲君◇

 

 熱を出して4日目の朝。木曜日。

 やっと、朝起きてすぐの体温が平熱に戻る。これなら屋上へ行けるだろうか。

 

「ダメ」


 体温計を堤さんに戻しながら考えていると、先に釘を差された。まだ何も言ってなかったのに。

 

「まだ何も言ってないよ?」

「どうせ、今日から屋上へ行っていいか、とかそんなんでしょう?それはまだダメです」


 図星だ。どうして言わなくても分かったんだろう。

 そう思いながら頬を膨らませていると、堤さんがその膨らんだ頬をつつきながら言った。

 

「今日熱が上がらなければ明日からOK出ると思うから、それまで我慢しててね」

「はぁい」

「あ、あと1つ。今日は点滴の日だからね。ちゃんと病室にいるようにしてね」


 忘れてた。そういえば、今日は木曜日だっけ。

 これは余談だが、今日はお母さんは仕事だ。ていうか、火曜日は有給を取って私に付いていてくれたのだが、それから続けて休むことは出来なかったらしく、仕事が終わってから様子を見に来ていたようだった。

 だから、今日も仕事が終わったら来るのだろう。

 そして、今日はもう眠らず、今まで熱のせいで出来なかったノートを写しにかかる。明日先生が来るから早く済ませなければ。

 集中するために、iPodを使い、音楽をかける。しばらくやっていると、かけている音楽が気にならないほどに集中できた。

 そうなったらもう音楽は必要ないので、イヤホンを外す。

 そしてずっと書き続けていると、病室の扉がノックされる音が聞こえてきた。

 ゆっくりと扉を開けて此方を覗いてきたのは玲君だった。

 

「あれ?琉嘉が起きてる。もう大丈夫なの?」

「まだ万全ってわけじゃないけど、昨日一昨日と比べたらかなりいいよー」

「ふーん。まだ万全じゃないんだぁ」


 そう言って此方を見てくる玲君の視線が冷たい。どうしてだろう。

 

「琉嘉。万全じゃないのに勉強してたの?知恵熱出しちゃうよ?」


 玲君の地雷はそこか。大丈夫なのに。

 

「大丈夫だよ、そんな心配しなくても。それに、明日先生が来るから今日のうちに終わらせなくちゃなんだ」

「ダーメ。此処まで言って続ける気なら、ノートとコピー没収する」


 それは困る。取られたら明日も何も出来なくなる。

 

「そ………それは勘弁してください」

「じゃ、片付けて」

「はい」


 仕方なく、頷いてノートとコピーを引き出しにしまう。明日どうしようかな。

 先生への言い訳を考えておかなくては。一方的に叱られるのは割に合わない。

 あぁ、丁度いい。玲君にも考えてもらおう。

 

「ね、玲君。ちょっといい?」

「ん?どしたの?琉嘉」

「学校の先生への言い訳を一緒に考えて欲しい」


 私が言うと、玲君は目を真ん丸にする。そして、笑った。

 

「はははっ。先生への言い訳かぁ。良いよ良いよ。手伝う」

「ありがとう玲君。感謝するよぅ」

「で、何に対する言い訳?」


 そういえば、言ってなかったっけ。

 

「ノート写しきれなかったことに対する言い訳」


 私が言うと、玲君はまたも目を真ん丸にする。

 そんな驚くことかな?

 

「……どういう風に言えばいいと思う?」

「ん?じゃあ俺が先生に説明してあげるよ。琉嘉はずっと熱出して寝込んでた、って」

「でも、今日は元気だし……」

「まだ万全じゃないだろう?」

「あうぅぅぅ」

「いざとなったら俺が止めた、って言ってあげるから。な?」


 そこまで言われると諦めざるを得ない。というわけで、明日先生が来た時は玲君にも同席してもらおう。

 

「ところで、その先生は何時ごろ来るの?」

「本谷先生?いつも大体3時くらいに来てるよー」

「本谷?」

「うん。それがどうかした?」

「いや、何でも無い。気にしないで」


 そしてそれからもしばらく話して、昼食の時間がやってきた。昼食を食べるために、玲君は病室へ戻る。

 今日の昼食は、お粥だった。

 

「堤さーん。何でまだお粥?」

「琉嘉ちゃんがまだ万全じゃないからです。はい、熱測ってね」


 堤さんはニッコリと微笑みながら体温計を渡す。もう大丈夫だと思うんだけどな。

 そう思いながらも体温を測る。はい、平熱でした。これで明日から屋上へ行けますね。

 

「何度だった?」

「36度6分。完治!」

「うん。この時間にその体温ならもう大丈夫かな」

「じゃあ、明日から屋上行ってもいい!?」

「うん、いいよ。先生もいいって言ってたから」

「やったーぃ!」

「でも、お昼までは一応薬は飲んでね」

「………あーい」


 一気に萎えた。せっかく屋上OK出たのに。まぁ、いいよ。お昼までだもん。夜出されても飲まないもん。………ちゃんと言質は取ったし。

 そして、味気の無いお粥をゆっくりと飲み込む。夜からは普通のご飯になるといいな。

 出されたお粥を全て平らげ、薬を飲んだ後は読書タイム。先週読みかけていた本を取り、開く。

 私は静かな環境の中、本の世界に入り込んだ。


 

「琉嘉ちゃん。琉嘉ちゃーん?」


 読んでいるページに、手が見える。誰だ妨害してるのは。

 そう思いながら顔を上げると、堤さんが点滴を持って立っていた。

 

「あ、やっと気が付いてくれたね。いやー、長かったわー」

「もうそんな時間?ていうか、そんな気づくの遅かった?」

「ええ。最初来た時に声をかけてから準備をしてたんだけどそれでも気が付いていなかったみたいだったから、本のページに手を出して妨害した。そこまでやって、やっと気付いてくれたのよね」


 あぁ、妨害の自覚はあったんですね。……まぁ、私が悪いのだから文句は言えないが。


「点滴入れたらまた本読んでもいいから。ね?だから手、出して」


 その通りなので、大人しく手を出す。あぁ、またあの嫌なにおいが漂う。早く消え去れこのにおいめ!

 点滴を入れ終えて、堤さんは病室から出て行く。さ、続き読もうっと。

 結局、今日はお昼からずーっと本を読んで過ごした。久しぶりに沢山読んだからスッキリした。

 そして夜が明け、金曜日。勝負の日。

 今日は昼食を食べ終えると、すぐに玲君が私の病室へ来てくれる。昨日言ったことは忘れていなかったようだ。

 

「琉嘉。先生が来るの何時ごろって言ってたっけ?」

「え?大体3時くらいかなぁ」

「……まだ時間あるな。屋上行かないか?」


 玲君は時計を見てから、此方を向き微笑みながら言った。

 ……その意見に私が反対するとでも思っているのですか玲斗君。

 

「よし。じゃ、行こっか」

「うん」


 そして私たちは一緒に屋上へと向かう。屋上は久しぶりだ。最後に屋上に来たのが玲君とあった日だから、大体1週間振りくらいかな。


「うわー。久しぶりの屋上。幸せだーぁ」

「今日は天気もいいから気持ちいいな」


 私たちはそう言いながら空を見上げる。雲が流れていくのがよくわかる。

 それがもっと見やすくなるように、私たちは屋上に寝転がる。空が目の前に現れる。


「綺麗だな」

「うん。空が真っ青だぁ」

「いや。空じゃないよ。琉嘉がだ。太陽の光を浴びてキラキラ輝いてて、綺麗だ」


 それを聞いた私の顔が一気に真っ赤になる。ていうか、何で玲君はそんな簡単に歯の浮くような科白を言えるのだろうか。


「ははっ。琉嘉の顔真っ赤だ。かわいい」


 今度はかわいいですかい。くそぅ、言われ慣れてないから照れる。


「……気障」

「ん?何か言ったかい?琉嘉。いや、言ってないよね?俺の気のせいだよね?」


 ポツリと呟いた言葉に玲君が過激に反応する。言ってはいけない言葉のようだ。今後のために覚えておこう。

 そして、私たちは静かに空を見上げる。何かの形に似ている雲を眺めて笑ったり、流れていく雲を目で追いかけたりした。

 そして、瞬く間にそんな楽しい時間は過ぎて、先生の来る時間が近づいてきた。

 

「お……っと。そろそろ琉嘉の学校の先生が来る時間だな。戻ろうか」

「もうそんな時間かぁ。玲君、先生の説得お願いします!」

「アイアイサー。お任せあれ」


 そして私たちは私の病室へ戻る。先生はまだ来ていないので、のんびりと二人で遊園地のことを話した。

 しばらく話していると、病室の扉がノックされる。返事をすると扉を開け、本谷先生が入ってきた。

 何故か目を真ん丸にしている。何事?


「こんにちは、片桐さん。ところで、どうして玲がこんなところにいるんですか?」

「本谷と聞いてまさかとは思ったけど、ホントに姉ちゃんだったのか」


 ……姉ちゃん?


「いいから質問に答えなさい、玲。何故あなたが片桐さんの病室に、というか、この病院にいるんですか」

「この病院に転院してきたから。伯母ちゃんに伝えたんだけど、聞いてない?んで、琉嘉と友達になったから琉嘉の病室にいる。はい、おっけ?」

「聞いていればこんな反応はしませんよ。まったく、母さんもどうして言ってくれなかったんだか」


 話が途切れたようだ。それを見計らって、漸く口を挟む。

 

「先生と玲君、どういう関係ですか?」

「ん?従姉だよ」

「玲の言うとおりです」


 従姉。だから姉ちゃん、か。だから私が先生の名前を出した時にあんな反応をしたのか。


「あ、そだ。早く琉嘉に頼まれたことやらなきゃな」

「何です?」

「姉ちゃん。琉嘉を叱るなよ?」

「私が叱るようなことをしたんですか?片桐さん」

「…先週分のノート、まだ写しきれてないカラ……」

「まぁ、それには俺も少し責任があるからさ」


 私と玲君が立て続けに言うと、先生は目をまん丸にする。そして、口を開く。


「そのくらいで叱るつもりは一切ありませんが、一応聞きましょうか。玲、あなたの責任とは何です?」

「琉嘉、月曜日から昨日まで、ずっと体調崩してたんだ。熱もかなり高かったし。それなのに、ノート写さなきゃ、って言うから、俺が無理やり止めさせたんだ。それでもやるなら没収するって脅しかけて」


 それを聞いた本谷先生は、玲君の頭を撫でながら言った。


「それに関しては、玲。あなたが正解です。ただ、脅しをかけた事だけはいただけませんね。片桐さんに謝りなさい」

「ゴメン琉嘉」


 玲君にいきなり謝られて、焦った。何か言わなきゃなのに、頭が働かなくて、言うことがまとまらない。

 私が一人そうしてあたふたしていると、本谷先生は私のほうを向く。そして、口を開いた。


「片桐さん。調子が悪い時に無理に勉強しなくてもいいんですよ。寧ろ、頭に入らないでしょう?今度からは、体調を崩した時はしっかり休んで、早く善くなるように努力してくださいね」

「……ごめんなさい。玲君もゴメンね。心配掛けちゃって」

「い、いいよ。そんなの。俺が好きでやったことなんだから」


 玲君も私も、顔を真っ赤にして話をする。そんな様子を本谷先生は優しいまなざしで見つめていた。

 そして、不意に口を開く。


「さて、では今週分のコピーの説明に入りましょうか。玲。丁度いいからあなたも聞いていきなさい」


 説明、といった時点で逃げようとする玲君を先生が言葉で制する。動きを止められた玲君は嫌そうな顔をしていた。

 ご愁傷様です。

 そして説明を終えて、私は先週分のノートを写す。その間、先生と玲君は話をしていた。


「玲。あなたも勉強を見てあげましょうか?」

「いい」

「レポートの課題を出されているんでしょう?あなたが素直になれば手伝ってあげますよ。もちろん、貸しですが」

「姉ちゃんに借りを作ると後が怖いから嫌だ」

「おや?失礼ですね。私のどこが怖いんですか」

「前借り作った時は徹底的にパシられた」

「それは年下の運命ですよ」


 聞いておくと結構ひどいこと言ってるなぁ。本谷先生の本性見たり。


「じゃあ、先に払わせましょうか。玲。奢ってあげますから、3人分の飲み物を買ってきなさい。私はコーヒーで。それだけで立派なレポートが出来るんですから安いものでしょう」

「ん……。まぁ、そのくらいなら……」


 そう言って玲君は立ち上がる。そして、本谷先生からお金を受けとり、自販機へと向かっていった。


「邪魔者はいなくなりましたね。さて、片桐さん。何か質問はありますか?」


 唐突に話が振られて焦る。そのせいか、書き間違えた。

 そんな私に微笑みながら、先生は、言う。


「片桐さん。玲と仲良くしてあげてくださいね。あの子は小さい頃からずっと病院暮らしであまり友達がいませんから」

「先生。私を馬鹿にしてますか?」


 私はそう言って、笑う。


「そういうのは、言われてするものじゃないでしょう?私は、玲君が好きだから一緒にいるんです」


 私が言うと、先生は優しく笑った。


「ありがとう、片桐さん」

「だから、お礼を言われることじゃありませんってばぁ」


 と、話していると丁度よく玲君が戻ってきた。


「姉ちゃん、コーヒーブラックでよかったんだっけ?琉嘉はネクターでよかった?」

「よく覚えてましたね、玲。褒めてあげましょう」

「馬鹿にするな!あ、琉嘉はそれでいい?」

「うん。寧ろそれ大好き。ありがとう玲君、先生」


 私が言うと、玲君はニッコリ笑う。何だかかわいいぞ。

 そしてジュースを貰った私は缶を開け、飲む。美味しいなぁ。


「琉嘉、お疲れ。とりあえずしばらく休憩しようか」

「そうですね。ずっと書いていましたから疲れたでしょう。しばらく休憩しましょうか」

「はーいっ」


 休憩を終えた後、またノートを写す。今日、先生が帰ったのはもうすぐ夕飯、という時間だった。

 

「おっと。予想以上に長居してしまいましたね。今日はこれで失礼します」

「あ、はい。今日はありがとうございました」

「玲。片桐さんに変な事をしないように」

「変なことって何だよ!?何もしないって!!!」


 先生は面白そうに、玲君は面白くなさそうにしている。先生は、見ている限りではとても楽しそうだ。

 

「先生。楽しそうですね」

「ええ。楽しいですよ。玲はいいオモチャでしょう?」

「オモチャって言うな!」

「オモチャはオモチャでしょう」


 玲君の反応を先生は一蹴する。うん、先生って意外と性格悪かったんだな。今初めて知った。


「オモチャって言う考えは一切無いですが、玲君といると楽しいですね」

「琉嘉……」

「オモチャと考えたほうが楽しいんですがねぇ」


 私の言葉に感動する玲君と、それをまだ馬鹿にする先生。ていうか、どこまで性格悪いんですか先生。


「もう喋るな!早く帰れよ、姉ちゃん!」

「おやおや。弄りすぎましたね。では、今日は帰りますね。では片桐さん。また来週」


 そして先生は帰っていく。玲君は清々とした顔をしていた。


「じゃ、俺も病室戻るな。そろそろ夕飯の時間だし。また明日話そうな」

「うん。今日はゴメンね。嫌な想いさせて」

「琉嘉が謝る必要は無い。悪いのは全部姉ちゃんだ」

「ありがとう。じゃあ、また明日ね」


 そして夕飯を食べて、私はまたノートを写す。そのおかげで、先週の分は何とか終わらせることが出来た。明日からは今週の分を写さなくては。

 写し終えてからテレビをつける。あぁ、何かテレビ見るのも久しぶりな感じ。まぁ、事実久しぶりだしなぁ。

 しばらくして、電気が消える。もう消灯時間か。それを確認して、布団に潜り込む。ぬくぬく。

 ………堕ちた。

 


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