◇発熱◇
「琉ー嘉ー。琉嘉ぁ。朝だよ、起きて」
太陽の光が優しく照らし出す朝、目が覚めたら玲君が目の前にいました。
「なっ、何で玲君がここにいるの?」
「ん?早く目が覚めたから琉嘉の寝顔見に来た。昨日は琉嘉帰ってきたら速攻で寝ちゃったらしいし」
とここで、ちょうど良く堤さんが病室に入ってくる。
「あれ?琉嘉ちゃんが起きてる」
「玲君に起こされました」
「玲斗君、やるねぇ。モーニングコールとは。明日からもやる?」
「そうですねー。堤さんの要望とあらば喜んで」
おふざけ開始?うん、本気なら困るけど。
「さ、玲斗君も病室戻ろうか。もうすぐ朝ごはんだから」
「はーい。じゃ、琉嘉。また後で」
そう言って玲君は自分の病室へ戻る。そして私は体温計を渡される。
結果は………。うん、沈黙を保とう。
「琉嘉ちゃん。何度だったの?」
「…………………」
「琉嘉ちゃん」
「…………………」
「今すぐ言わなかったら1週間屋上禁止にするよ」
「ゴメンナサイ」
屋上禁止令を出すのはずるいって。堤さん、大人気ないよ。
「で、何度だったのかな?」
「さ、37度6分………デス」
「琉嘉ちゃん、分かってるね?」
堤さんがニッコリ笑って言う。うん、目が笑ってないよ。
堤さんの視線が痛い。うぅ、怖いよぅ。
「熱下がるまで屋上禁止」
「了解しました」
逆らうと怖いので了承する。
「後で先生が診に来るだろうから、ちゃんと病室にいるようにね?」
「はぁい」
「あ、食欲はある?無くても少しくらいは胃に何か入れておいてね」
「はーいっ」
ここで漸く堤さんの表情がいつもどおりに戻る。あぁ、怖かった。
そして朝食を食べ終えると、ちょうど良く先生がやってきた。
「おはよう、琉嘉ちゃん。熱出したんだって?」
「おはよー由里センセー。熱出したっていっても、大したこと無いって。大丈夫だよ」
「大丈夫かどうかは先生が決めるからね。さ、診察するからお腹出して」
そう言って由里先生はいろんな場所に聴診器を当てる。冷たい。
「頭痛いとか、気持ちが悪いとか、喉痛いとかって無い?」
「何も無いー」
「そっか。なら、多分昨日の疲れが出たんだろうね。一応薬は出しておくから、ご飯の後にちゃんと飲んでね。あと、今日は安静にしておくこと。破ったら屋上禁止令発令させるからね」
それは困る。ていうか、何で堤さんのみならず由里先生までその脅しを……。
「はい、返事は?」
「はーい」
先生が出て行った後、引き出しからノートとノートのコピーを取り出す。今のうちに先週の分を写してしまおう。
カリカリカリ。
カリカリカリカリ。
カリカリカリカリカリ。
病室に何かを書く音のみが響く。静かで、落ち着く。
コンコンッ。
静かな空間に扉をノックする音が響く。誰だろう?
「琉嘉。入ってもいいか?」
「玲君。いいよぅ」
扉をノックしてきたのは玲君だった。手には缶ジュースが握られている。
「どっちがいい?」
そう言って差し出されるのはポカリとアクエリ。…うーん、悩むな。
「ゆっくり考えていいよ。……って、何で熱出してる時に勉強してるの。ダメだよ。ほら、片付けて」
「え?でも、コレ早くやらないと追いつけなくなっちゃうし…」
「問答無用。早く片付けなさい」
「はぁい」
逆らえそうに無いので、大人しく片付ける。すると、玲君はニッコリ笑った。
「よし、いい子いい子。いい子な琉嘉にはジュースを2本ともあげよう。しっかり水分とって、早く治そうな」
「あ、ありがとう」
玲君はジュースを2本とも私の目の前に置いて、私の頭を撫でる。
…嬉しいけど、何か、すっごく子ども扱いされてる気がする。
「よし。じゃ、俺病室戻るね。熱下がったら昨日の話し聞かせて」
「あ、うん。またね」
玲君はそう言って自分の病室に戻っていく。戻っていく玲君を見送った後、貰ったジュースを開け、飲む。
「美味しい」
そして、私はベッドに横になり、眠った。早く善くなるように。早く玲君に土産話を聞かせてあげられるように。
「…かちゃ……」
……何か、聞こえる。何だろ?
「琉嘉ちゃん」
呼ばれてる。誰だっけ、この声。知ってるはずなのに、分からない。何でだろ?
ん?あぁ、そうだ。堤さんだよ。堤さんが呼んでる。返事、しなきゃ。
「ん………」
「おはよう、琉嘉ちゃん。よく眠ってたね。でも、もうお昼ご飯の時間だから、ちゃんと食べてね」
お昼……?あんまり、食べたくないな。
「どうかした?」
「んー。あんまり食べたくない…」
私が言うと、堤さんが「ちょっとゴメン」と言って私の額に手を当てる。冷たくて気持ちいいな。
「ちょっと待っててね」
堤さんはそう言って病室から出て行く。何だろう?
そして戻ってくると、私に体温計を渡す。また測るの?
「もう一回、熱測ってみて」
堤さんに言われて、体温計を脇に挟む。
しばらく待って、計測が終わる。その結果を見て驚いた。
「何度?」
「39度3分」
「やっぱり上がってたね。先生呼んでくるから横になって待ってて」
39度かぁ。通りで頭がボーっとするわけだ。それに、何だかダルい。
そう考えていると、堤さんと由里先生がやってきた。
「琉嘉ちゃん。今どんな感じがする?頭痛いとか、気持ち悪いとか」
「頭痛くないし、気持ち悪くも無いけど、何か頭がボーってするぅ。すっごいダルいー」
「食欲は無いんだったね。なら、点滴を入れておこうか。あと、熱冷ましも出しておくから飲んでね」
由里先生が言うと、いつの間にとりに行ったのか、堤さんが点滴を持って立っている。
そして、私の手を取り、点滴を入れる。あー、痛い。でも反応する気力も無い。
「それじゃ、先生は仕事に戻るけど……。何かあったらすぐにナースコールで呼んでね。すぐに来るから。もし先生が来れなくても、堤さんが来るから」
「うん。分かったー」
「そう。じゃあ、寝ようか。早く善くなるように」
そう言って、由里先生は病室を出て行った。あー、ダルい。
そして私はベッドに横になる。横になると、すぐに睡魔に襲われる。
あぁ、堕ちる。
しばらくして、目が覚める。よく寝た感じがするが、どのくらい眠っていたのだろう。考えようとしても、頭がボーっとして考えられない。
「あら、目が覚めたの。調子はどう?」
「おかーさん。今何時?ってか、いつ来たの?」
「今は大体3時くらい。お母さんが来たのは1時半くらい。で、調子はどうなの?」
「頭ボーっとしてるぅ。てか、会社はどうしたのー?」
「琉嘉が高熱出したって言う連絡受けてから、早退して来た。お母さんがこんな早くにいるの、イヤだった?」
「んーん。嬉しい」
目を覚ますと、すぐ傍の椅子にお母さんが座っていた。私が起きたのを確認すると、軽く頭を撫でる。冷たくて気持ちがいい。
「お母さんの手、冷たくて気持ちいいね」
私が言うと、お母さんは優しく微笑んだ。
「これで冷たいって言うのなら、琉嘉、あなたまだ重症だわ」
「ふえ?そなの?」
「えぇ。だって、お母さん大分手、暖まってきてるもの。それで冷たいって言うのなら、あなたの熱がまだまだ高い証拠ね」
そう言って、お母さんは立ち上がる。何をしにいくのだろう。
そんなお母さんをじっと見ていると、お母さんが口を開き、何をしに行くのか教えてくれた。
「氷を貰いに行くだけよ。すぐ戻ってくるから」
氷?何に使うんだろう。
まぁ、普通に考えれば分かることなんだろうけど、熱で頭が働かない私には不可能なことだった。
氷を貰って戻ってきたお母さんは、洗面器に水を入れ、その中に氷を落とす。そして、その洗面器にタオルを浸け、絞る。
そして、それを私の額に置いた。冷たくて気持ちがいい。
「気持ちいいでしょ?」
「うん」
「さ、夕飯までまた寝なさい。お母さん、琉嘉が起きるまで傍にいるから」
「うん。おやすみー」
そう言って瞼を閉じると、すぐに睡魔に襲われる。
そして、堕ちた。
―――*―――*―――*―――*―――
空が、近くにある。地面が、遥か下にある。どこかで見たような世界だ。
「おや。また来たの?琉嘉」
「琉衣」
そう。この世界は以前出会った琉衣が築き上げた世界だ。
「久しぶりだね、琉嘉。現実世界で何かあった?」
「………………」
「琉嘉。ちゃんと質問には答えようね。何があった?」
「………熱出してダウンした」
あれ?どうしてだろう。琉衣からお母さんたちと同じような恐ろしいオーラを感じるんだけど。実は阿修羅とか呼び出しちゃってる?
あはははははは。怖いな。
ていうか、琉衣は私なんだから分かってるはずだよね。嫌がらせですか。
「遊園地の疲れが出たのかな?…そんなに無茶してたっけ?」
「んー。無茶をした自覚は無いんだけどなぁ」
漸く恐ろしいオーラが消え、琉衣が私に話しかけた。
あぁ、ホッとする。
「あぁ、そういえば、手紙を取りに行った時にくしゃみをしてたっけ。多分そのときにもう熱出しかけてたんじゃないかな」
相も変わらずよくご存知で。さすが私自身。
「ついでに言っとくけど、琉嘉。もう戻ったほうがいいよー。この世界と現実世界は時間の流れがかなり違うから。現実世界はそろそろ夕飯時だ」
「うぇっ!?そんなに違うの!?」
「戻る?戻るなら案内するよ」
「戻る!」
「そか。なら着いておいで」
そして私は琉衣に着いて行き、前回も通った扉を潜った。
―――*―――*―――*―――*―――
「あら?ちょうどいいタイミングで起きたわね、琉嘉。ご飯は食べれそう?」
「んあ?もうそんな時間かぁ。んー。あんまり食べたくないー」
私がボーっとする頭で答えると、お母さんは軽く微笑んだ。そして、言った。
「何なら食べられそう?お粥は食べれそう?」
「んー。無理やり入れ込む」
「……無理やりは止めなさい。とりあえず、一口でもいいから食べなさいね」
「うん」
お母さんはそう言って、お粥をスプーンで取り、ふーふーと冷やしてくれる。
コレを見てふと思う。みんな、私のことえらく子ども扱いしてない?
まぁ、今回は体動かすのダルいから嬉しいけどさ。
「はい、琉嘉。口開けて」
うん。でもやっぱり恥ずかしいな。
そして食べ終えると、薬を飲む。薬の数は予想以上に増えていた。これだから熱を出すのは嫌いなんだ。
「さ、薬飲んだならとっとと寝なさい。睡眠に勝る熱の治療法は無いのよ」
「うん」
「お母さん、今日はこれで帰るけど、また明日来るからね」
「休み取ったの?」
「えぇ。じゃあ、また明日ね。おやすみ琉嘉」
そして私は横にされ、毛布を肩まで掛けられる。今日あれだけ眠ったはずなのに、またすぐに眠たくなる。
そして、堕ちた。
夜中。ふと目が覚める。今は何時だろう?そう思って時計を見てみる。
辺りは真っ暗だ。
「トイレ行きたいな……」
ポツリと呟く声が、予想以上に響く。その声に少し驚きながらもベッドから降りる。
「うわっ!?」
今日1日中寝ていたせいか、体がフラフラする。壁に寄りかかりながら、ゆっくりとトイレに向かった。
そして、用を済ませて病室へ戻ろうとすると、明かりが此方へ近づいてくる。堤さんかな。
「あぁ、いたいた。大丈夫?琉嘉ちゃん。歩ける?」
「壁に寄りかかれば何とかー」
近づいて来たのは予想通り、堤さんだった。病室に私がいなかったから探しに来たんだろう。
「よし。じゃあ病室に戻ろうか」
「あーい」
そして病室に戻った私はぐっすりと眠り、朝を迎えた。
―――*―――*―――*―――*―――
私の知らないところで、運命の歯車は回る。
ゆっくりと、されども確実に。
その本人は知らぬまま、少しずつ、回っていく。
「片桐さん。今、お話して大丈夫ですか?」
「先生。はい、大丈夫です」
「では、此方へ。ちょっと此処では話し辛いので」
火曜日。私が寝た後に帰途に着くお母さんを由里先生が捕まえる。
そして、部屋に移動して二人が椅子に座るとすぐに、先生は口を開いた。
「わざわざここまでご足労願ったのは、今回の熱の、琉嘉ちゃんへの影響についてです」
それを聞いたお母さんは絶句する。それを気にしながらも、先生は話を続けた。
「詳しい検査をしなければ分かりませんが、私の予想では、琉嘉ちゃんの体はもう限界にかなり近づいていると思います。今回の高熱がその証拠です。今までは熱を出してもここまで高くはなりませんでしたが、今回は高すぎます。恐らく、抵抗力がかなり低下しているのでしょう。このまま行けば、琉嘉ちゃんに残された命は、あと1年あるかどうか、というところでしょう」
それを聞いたお母さんの顔が蒼白になる。まぁ、それもそうだろう。大事な一人娘の寿命を聞かされたのだから。
「回避する方法はないんですか!?あの子はまだ13歳なんですよ?」
「あるにはありますが、これは相当リスクが高いです」
「どんな方法ですかっ!?」
「手術を受けさせること、です。ですが、今の琉嘉ちゃんの体力では、手術に耐えられるかどうか分かりません。正直、手術中に亡くなる可能性も高いです」
―――*―――*―――*―――*―――
「はい」
朝、いつものように堤さんから体温計を渡される。……熱下がってる感じがしない。
ピピピッという電子音が測定の終了を知らせる。
結果は……。うん、下がってないね。
「何度?」
「38度8分」
「今日も、寝てなさいね」
「言われずともうろちょろする体力無いってぇ」
「それもそうね。で、食欲はどう?」
「無いー」
「まぁ、お粥だから、一口くらい食べてね。で、薬飲んでとっとと眠っちゃいなさい」
「うん」
そう言われて、お粥に手を伸ばす。あんまり食べたくは無いけれど、薬を飲むために無理やり一口放り込んだ。そして薬を飲み、ベッドに横になる。
「よっし。んじゃ、おやすみぃー」
「おやすみ、琉嘉ちゃん」
そして私は眠りに落ちる。
ご飯を食べ、薬を飲み、眠る。それが昨日から数えて、3日続いた。