◇ただいま◇
「片桐さん、どうしたんですか?」
「疲れて眠ってるだけですよ。大丈夫です」
どれくらいの時が流れたのだろう。本谷先生と由里先生の声が聞こえてきた。一体何の用だ。
「ん………」
「おや?起こしてしまいましたか?」
私がうっすらと目を開くと、本谷先生が申し訳なさそうな声で話しかけてきた。
「おはよう、琉嘉ちゃん。調子はどう?」
「おはよ、由里先生。私、何分くらい寝てた?」
「大体30分くらいかな。もうすぐ搭乗手続き始まるらしいから起きててね」
「うん」
30分くらいしか寝てなかったのか。結構長く寝ていたような気がしていたのだが。
でも、もうすぐ搭乗手続きが始まると言うのなら丁度いい。そのまま起きておかなくては。
そしてそれから少しして搭乗手続きが始まる。私はよっちゃんと一緒に手続きをして、飛行機に乗り込んだ。席はまたよっちゃんの隣だ。
ちなみに今回は、右隣はよっちゃん。左隣は栄ちゃんだった。よっちゃんが窓際で、その次が私。その隣が栄ちゃんでその横はタカちゃんだ。
中々面白い顔ぶれになりましたね。
「谷戸。お弁当を加々見まで回してください」
飛行機に乗ってしばらくすると、先生がお弁当を配り始める。そのお弁当を受け取ったタカちゃんは順番にお弁当を回し始めた。
「先生ー。お弁当、食べていいんですかー?」
「いいですよ。受け取った人から食べ始めてください」
そう言われてよっちゃんは喜び勇んでお弁当のふたを開ける。それからすぐにがつがつと喰い付いて行った。
中々素晴らしい食べっぷりで。さすがは四次元胃袋の持ち主。
そして私も食べる。少しずつゆっくりと詰まらせないように食べていった。が、すぐに限界は訪れる。もうこれ以上は食べられない。
「あれ?もう食べないの?」
「うん。もうお腹いっぱいでさ」
「じゃあ、貰っていい?」
私が「うん」と返事をすると同時に、反対隣からも声がかかる。あなた方も欲しいんですか。
「うん。ヨシにだけ食べさせるのはいやだから私たちも欲しい」
「単純に私は食べ足り無い」
ちなみに、前者は栄ちゃん。後者はタカちゃんだ。
私は三人にお弁当の残りを分けてあげる。喧嘩にならないよう出来るだけ均等に分けた。
そして私は薬を飲む。忘れてたら後が怖いので忘れる前にさっさと飲んだ。
それからしばらくは暇だ。どうせ着くまでに時間がかかるんだから、もう一度寝よう。そう思って私はのんびりと自身を夢の世界へと誘った。
起きたのは、それからおおよそ1時間後。もうすぐで着くと言う時に起こされたから大体そんなものだろう。
「るぅちゃん。もうすぐ着くよ」
「んー」
「眠たいのは分かるけど、起きて」
最初によっちゃんが私に声を掛ける。それに反応すると、今度は栄ちゃんが声を掛けてきた。あぁ、眠たい。
でも、此処で寝ると起きられないので根性で起き続ける。眠い。
それからまもなく飛行機は空港へ着陸した。
空港へ着くと、まずは整列をして、先生の話が始まる。面倒くさい。
それが終わってから漸く学校へ戻る。学校へ戻るとついに修学旅行の終了だ。
「さて、ではこれからバスで学校へ戻ります。学校へ戻ったらそのまま解散です。解散した後はみなさん気をつけて家に帰るように。家に着くまでが修学旅行ですからね」
遠足の定番文句ですね。だが、ついに終わってしまう。足掻かないと決めていても、やはり少しは辛い。
でも、足掻かないと決めた以上、足掻かないよ。絶対に、足掻かない。ちゃんと終わらせる。
それから学校へ戻ると、完全に解散だ。バスを降りて荷物を受け取ると、由里先生が隣へ来る。
「さ、病院に戻ろうか?」
「…………………」
「戻ろうね?」
「………うん」
戻りたくないな。またつまらない日々が帰ってくるのか。
「あれ?るぅちゃん、もう帰る?」
「うん。そうっポイー」
「ちょっと待ってよ。写真撮ろう。みんなで1枚だけ」
そう言われて私は由里先生を見る。いいかな。
「いいよ。行っておいで」
すると、割かしあっさりと許可が下りた。私は先生の気が変わらないうちにみんなの元へ向かう。
「るぅちゃん、此処だよ。真ん中」
「え?」
みんなに元へ向かうと、すでに場所は埋まっていた。残っているのはよっちゃんに指示された真ん中しか残っていない。
仕方なく真ん中に行くと、すぐに先生がカメラを向けた。
「みなさん、レンズをしっかり見てくださいね。いきますよ。はい、チーズ」
カシャ。
カメラはいい音を立ててシャッターを切る。最高の思い出が出来た。
「では、写真は後日みなさんに配りますね」
先生がそう言って、完全に解散した。その後に由里先生の元へ向かうと、既にお母さんが迎えに来ていた。荷物は既に積まれている。
私は急いで乗り込んだ。
「修学旅行は楽しかった?」
「うん」
車に乗り込むとすぐにお母さんに問われる。私は即座に肯定の意を返した。すると、お母さんは優しく微笑んだ。
「よかったわね。これでしばらくは大丈夫かな?」
「…………何が?」
うわぁ。何だか嫌な予感。ものすごく嫌な予感。途轍もなく嫌な予感。
「屋上行くの、我慢できるわよね?」
それは反則でしょう。それはそれ。これはこれ。一切合切何にも関係ないではありませんか。
屋上は行きますよ。禁止されようが何しようが行きますよ。ていうか、私から屋上を奪おうだなんて愚の骨頂。奪われてたまるか。
「無理」
「無理じゃないでしょう?」
「無理なものは無理」
「我慢しなさい」
「ヤだっ!」
あっさり即答したら我慢するよう言われる。無理に決まってるじゃないか。無理やり言うことを聞かせようだなんて、甘いね。私はそう簡単に屈服しないもん。
そう思っているとお母さんが深い溜め息を吐く。私悪くないもん。…………今回は。
「まぁまぁ。今は琉嘉ちゃんも疲れているでしょうからこの辺で。この話は明日にでもしましょう」
睨みあいを続けていると、見かねた由里先生が制止の声を挟む。てか、明日に延期させるだけじゃないか。面倒くさい。
だが、これで反論しようものならお母さんがどれだけ怒るか分からないので一応大人しく聞いておくことにする。
本音は、面倒くさい。
「それでいいわね?琉嘉」
「んー」
一応、曖昧ながらも返事を返す。さて、明日は逃げるか。屋上なり玲君の病室なり、トイレなり。
逃げる場所がたくさんあるっていいよね♪
でも、社会ってそんなに甘くは無いのが常。お母さんに先に釘を刺される。
「琉嘉。逃げないのよ?逃げたら病院でお説教だからね」
怖い。お説教って何時間単位ですか。とりあえず、逃げたら恐ろしいことになる。でも、逃げたい。
でも、逃げたらお説教確定。……………どうしよう。
究極の選択肢。お説教覚悟で逃げるか、逃げずに屋上禁止の話し合いをするか。とりあえず、屋上は禁止されても行くけど。
あぁ、明日熱出ないかな。そうすればその面倒くさいお話も無くなりそうなのに。ま、無理だろうケド。
そうこうしている間に病院に着く。もう着いてしまった。面白くない。
病院に着くと、まず、病院で必要なものだけを降ろす。必要ないものはお母さんが持って帰るのだ。
「あー、戻ってきた」
私が車から降りて病院を眺めながら言うと、由里先生がニッコリ笑って此方へ近付く。…………何だ。
「さ、明日からまた病院で安静にしてなきゃね。もちろん、ちゃんとするよね?」
「……………」
危険を感じたのはそのせいか。わざわざ釘を刺すか、こんにゃろう。
「琉嘉ちゃんいい子だから先生助かるなぁ」
うわぁ。なんてわざとらしい。いい子じゃないのはこの間の家出で証明済みだろうに。それでなおいい子呼ばわりか。
そうしている間に私は病室に辿りつく。病室に戻った私はまず着替えて、ベッドに横になった。
あー、このまま目を瞑れば寝てしまいそうだ。でも、今寝たら間違いなく夜眠れなくなるだろう。それを避けるためにも今は寝ないようにしなきゃ。頑張って目を開けておかなくちゃ。
あぁ、でも、瞼が重いよ。すっごく、眠いんだ。やっぱり疲れてるんだろうね。疲れてるから体が寝るよう命令してるんだ。
でも、逆らおうか。夜のために。でも、逆らえない気もする。どんどんと瞼が落ちる。
それを止めてくれたのは、ノックの音だった。ノックの主は、堤さんだった。
「琉嘉ちゃん、今大丈夫かな?」
「堤さん。グッドタイミング」
私が言うと、堤さんは不思議そうな顔をする。まぁ、当たり前。でも、眠気覚ましに丁度よかったんだ。
そして、堤さんの手にあるものを見る。それで、どうして来たのかよく分かった。点滴ですね。修学旅行中に出来なかった分を今するんですね。分かります。
「琉嘉ちゃん。手出して」
そんな堤さんの言葉に私は逆らわずに手を出す。この状況で逆らえるわけが無い。
私は大人しく手を出した。それと同時に、相変わらず慣れることのない嫌なにおいが漂う。ホント、いつになっても慣れることが出来ない。
私はそのにおいに耐えかねて、顔を顰める。それを見た堤さんは私の頭を撫でた。落ち着く。でも、やっぱこのにおいは嫌だ。
そして少しして漸く嫌なにおいは消え去る。スッキリした。そして、このにおいのおかげでばっちり目は覚めた。ちょっとやそっとじゃ寝ないぞ。
それから点滴が終わるまで、私はのんびりと本を読んですごした。そうでもしないと暇すぎてしょうがないからだ。
そして、点滴が終わり、夕飯の時間が来て、夕飯を食べる。それから私は消灯の時間を待たず、眠りに着いた。
もう、いいでしょ。今眠るなら、朝まで起きないでしょ。だから、寝かせて。もう限界なんだ。
翌日、朝。
「琉嘉ちゃーん。朝だよ。起きて起きて」
「ふみ?」
朝。堤さんの呼ぶ声で目が覚める。もう朝か。朝なのか。
昨晩は夕飯を食べてすぐに眠りに着いたというのに、まだ寝たり無い。寝すぎって言うくらい寝たような気がするのに寝たりない。何故。
「おはよう、琉嘉ちゃん。調子はどう?」
「…………眠い」
私はそう言ってまた枕に頭を戻す。そのまま眠りにつけそうだ。
「ちょっ!とりあえず、朝ごはん食べて、薬を飲んでから寝て!」
「んー。無理。もう、ダメ………」
そして私の意識は途切れる。すやすやと夢の世界に入り込んだ。
「琉嘉ちゃん起きてー」
「琉嘉ちゃーん。琉嘉ちゃん?大丈夫?起きれる?」
どのくらい眠ったのだろう。堤さんと由里先生が私を呼んでる。でも、眠いんだよ。私の眠りを妨害するな。
でも、このまま寝かせておいてはくれないらしい。先生たちは私が起きるまで呼び続けるつもりの模様。
「琉嘉ちゃん。このまま寝てたら夜眠れなくなるから起きなさい」
「んー……………」
五月蝿いんだよ。私は眠い。眠たいんだ。
黙らせるためにとりあえず、目を開ける。光が眩しい。
「おはよう、琉嘉ちゃん。そろそろ起きようか」
「おはよ…………、せんせーと堤さん」
「あらら。まだ眠たそうだね。でも、これ以上寝ると夜寝れなくなるから起きててね」
私が目を開けると、それを確認した堤さんが私に体温計を渡す。私は体温の計測をしながら由里先生との会話をしていた。
そして、計測が終わる。結果は至って普通。平熱だった。
「琉嘉ちゃんが起きたところで診察しましょうか。お腹出して」
そして聴診器をいろんな場所に当てる。あぁ、この冷たいのがあたってもまだ眠たいよ。目が覚めないよ。まだ、寝たい。
そう思っていると、釘を刺される。あー、はいはい。頑張って起きておきますよ。とりあえず、診察終わったら目覚ましに顔を洗いに行かなくちゃ。
そして問題なしで診察を終える。それを確認した私はベッドから降りる。顔を洗いに行くんだ。
そして部屋を出ると、ちょうど玲君と遭遇した。私の病室へ来ようとしていたらしい。
「あ、おはよう、琉嘉。体は平気?」
「おはよー玲君。平気だけど、どうして?」
「だって、さっき堤さんと琉嘉の担当の先生が来てただろ?いつもはもっと早くに来てるのに今日は遅かったから何かあったのかと思って」
あぁ、だからか。ていうか、玲君、結構私のこと見てるんだな。
…………ヤバイ。自分で言ってて恥ずかしくなってきた。顔が熱い。
「琉嘉。顔赤い。本当に大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫っ!とりあえず、私顔洗ってくる!!」
これ以上玲君と一緒にいたらヤバイ。私は逃げるように顔を洗いに向かった。
無事に着いて顔を洗うと、一気に熱を持った顔が冷える。気持ちがいい。同時に目も覚めた。
それから病室へ戻ると、玲君が側の椅子に座って待っていた。暇なんだね。
「よ。お帰り、琉嘉。修学旅行の話、聞かせてくれ」
「あぁ、玲君の目的は修学旅行の思い出ですか。どこから話して欲しい?」
「どこからって?」
「まず、長崎空港まで。次は、長崎の食事。次はホテル。そのあとは自由行動。あと、大村市。さ、どれがいい?」
「とりあえず、最初から」
そうして私は話しを始める。
「とりあえず、最初の長崎空港までの感想。カナイがウザかった」
「……………」
はい、引きましたね。でも、真実だ。カナイが飛行機内で話しかけるからウザイったらない。
私が言うと、玲君はケラケラと笑う。笑われたくは無いぞ。
その後は長崎の食事、皿うどんの話をする。その後はホテルでの一件。よっちゃんとカナイの姉、栄ちゃんの一戦。
そのあとも修学旅行の話を少しずつ、話せる範囲で話して言った。玲君は楽しそうに聞いている。
「結構面白かったみたいだね」
「うん。カナイの妨害がなければ本当に面白かったよ」
「ははっ」
私がカナイのことを話すと、玲君は苦笑する。ていうか、ホントカナイって迷惑すぎる。
でも、カナイを黙らせる方法は分かったからいい。玲君に言うと、またも玲君は苦笑する。
「ちなみに、どうするんだ?」
「カナイの双子の姉の栄ちゃんに相談する。カナイは栄ちゃんには勝てないらしいからそれでイケる」
それから私たちは笑う。ありがとう栄ちゃん。君がいてくれるおかげで私はカナイの迷惑に対抗できる。
今後はカナイが迷惑起こしたら栄ちゃんに報告しよう。よっちゃんもそれがいいって言ってたし。
それからしばらくして、お母さんが来る。………勝負の時間かな。
「玲君。悪いんだけど、今日は病室に戻っててくれる?」
玲君は最初何も分からないような顔をしていたが、すぐに分かったらしく、何も言わず、微笑んで戻って行った。
「いい判断ね」
ベッドの側の椅子に座ったお母さんは口を開く。………怖いな。これは、逃げようが逃げるまいが結局怖い目に遭う運命にあったんじゃないか。
………逃げればよかったよ。どっちみち、こうなる運命ならば。
「さて、昨日の続きを話しましょうか」
「屋上禁止は聞かないからね」
「我慢しなさい」
「嫌だってば」
「しなさい」
「いーやーだっ」
やっぱり考えは変わらないか。私も変えないけど。私は禁止されても絶対に屋上へは行くぞ。絶対だい。
それでもお母さんは諦めない。意地で私を屋上から引き離そうとしているようだ。
「絶対にヤだ」
「嫌じゃないでしょう?」
「嫌」
「いい加減にしないとお母さん怒るわよ?」
「いーやーだっ!」
それでも私も諦めない。屋上に行くためなら何でもやるぞ。絶対に諦めてたまるか。屋上は私のオアシスなんだ。
「いい加減にしなさい。怒られたいの?」
「怒られたくはないけど嫌だ」
お母さんは深い溜め息を吐いた。そして、言う。
「これはあなたのためなの。分かってちょうだい」
「無理だよ。私にとって、屋上はオアシスなんだから」
私が言うと、お母さんが寂しそうな顔をする。止めてよ。そんな顔、見たくはない。
これは、私の自分勝手。引くことは出来ない、ただの私の自分勝手なんだ。
私は屋上へ行かなくちゃ、精神的に持たない。屋上で空を見ないと精神的におかしくなるんだ。
以前、しばらく屋上禁止されて行けなかった時、何も考えられなくなった。何もかも、どうでも良くなった。これはうつ病の手前の症状だったらしい。
それからは長期間の屋上禁止は無くなった。それなのに、どうして今更こんなことを言うんだ。
どうして。何が私のためなんだ。分からない。屋上を禁止されたほうが変になる。それなのに、何故。
「これからどんどんと気温が下がる。その状態で長時間屋上へいたらどうなると思う?あなたは風邪を引く。そして、体力が落ちる。その状態で手術の話が来たらどうなると思う?」
「……………。手術できない?」
「そう」
だからか。だからここまで禁止しようとしているのか。でも、屋上は私のオアシス。だからこそ、何があっても諦めるわけには行かない。
それが例え私の寿命を縮めるものであってもだ。私は、屋上へ行かないと、生きていけない。生きるために、屋上へ行く。
「お母さん、無理だよ。私にとって、屋上は生きていくための糧となるもの。無くなると、生きていけないよ」
「琉嘉…………。分かった。もうダメとは言わない。でも、ちゃんと風邪を引かないように気を付けるのよ?今まで以上にね」
「うん。ありがとう、お母さん」
良かった。屋上禁止令の発令は無かった。助かった。これで、私は生きていける。糧を失わずに済んだ。
そしてその日、お母さんは帰り、私は眠った。昏々と、深く。
明日は久しぶりに屋上へ行こう。玲君を誘って。また、屋上で玲君といっぱい話して笑いあうんだ。
次で最後の予定です。