◇発熱2◇
玲君に聞くのなら言わなくてもバレるじゃないか。それなら隠す必要性は無い。
いや、寧ろ隠していたほうが後からひどい目に遭いそうだ。
「昨日……」
「昨日?」
「玲君と屋上行っていっぱいいろんな話しして……」
「で?」
「戻ってくる時もう寒かったから…」
「それで体が冷えたのかな?」
「……………多分」
ていうか、そんないちいち聞き返してこなくてもいいじゃないか。続きが言いづらい。
そして、それを聞いた堤さんが考えている表情をする。嫌な予感。
「琉嘉ちゃん。屋上、完全に禁止にしようか」
やっぱり。でも、嫌に決まってるじゃないか。もちろん反対しますとも。
「先生と相談してからじゃないと完全には決められないけど、屋上に行ってから風邪をひいたとなると、禁止にせざるをえなくなると思うんだよね。とりあえず、私はそう思うんだ」
「でも、屋上は私の癒しの場だもん!禁止されても行くもん!」
私が言った瞬間、堤さんの表情が凍る。ヤバイ、地雷踏んだかな。
「へーぇ。禁止しても行くの?なら、私たち看護師も何してでも止めるよ?それが琉嘉ちゃんのためならね」
こわっ。何してでもって、何するつもりですか。
そう言う堤さんが微笑む。氷の微笑だ。怖い。
「それでもいいの?」
いえいえ。そんな恐ろしい真似は出来ません。とりあえず、堤さん。あなたが怖いです。
私がそれを行動で示すと、やっと氷の微笑みは消え、普通の笑みへと変わる。そして、言う。
「とりあえず、先生や他の看護師の方たちと話し合ってから決めるから、今のところはまだ保留ね。でも、分かってるね?熱下がるまでは安静にしていること」
分かってますとも。これで馬鹿をやろうものならどうなることか。
間違いなく、精神的ダメージを受けますね。それは避けたいのでちゃんとしますって。
そう思いながら私は毛布を掛ける。また、眠ろう。
次に目を覚ますのは昼食の時間かな。今回は食欲あるからちゃんと食べるよ。
だから、それまでは。ただただ、眠ろう。
ぐっすりと。深く。また、堕ちよう。
「琉嘉。琉嘉、起きろ。夕ご飯の時間だぞ」
あれ?お父さんの声だ。お父さんは仕事中じゃないのかな。でも、さっき夕ごはんって言ってた。なら、そうなのか。
私はそう思いながら目を開ける。目の前にいたのは、やはりお父さんだった。
「起きたか。もう夕方だ。食欲はあるか?」
「うん。てか、お父さん仕事は?」
「早退した。本当はお母さんが来るはずだったんだが、急な仕事が入ったらしくてな」
あぁ、だからお父さんが来たのか。いつもはお母さんなのに今日はお父さんが来た理由はそこだったのか。
……あれ?夕ご飯ってさっきお父さん言ったよね。私、お昼起きなかったのかな。
「食べれるか?」
お父さんはそう言いながらお粥の入った器を私に渡す。大丈夫だよ、今回は。
ダルくはあるけれど、そこまでじゃない。
だから、私はお父さんからお粥の入った器を受け取り、はぐはぐと食べだした。お腹が空いているから美味しい。
たとえ、それが味も素っ気も無い殆ど液体のお粥だとしてもだ。
「食欲はばっちりあったみたいだな。昼飯食べてないから余計お腹空いてただろう?」
食事を終えた私を見ながらお父さんは言う。あるって言ったじゃん。ていうか、やっぱり私お昼食べずに寝てたんだ…。
そう思いながら私はお父さんから薬を受け取った。やっぱり半端無いくらい数が増えている。
そして私はそれを飲み込み、またベッドに横になった。このペースなら、早く熱は下がるかな。
そして、私は眠る。深く。深く。体が沈みこむのを感じる。
ノックの音が聞こえる。誰だ。でも、目は開けられない。眠い。
「琉嘉、起きてる?」
「ついさっき寝たよ。タイミングが悪かったな」
あぁ、お母さんか。来たんだね。急な仕事、終わったのかな。
「これでも急いできたんだけどね。でも、ちょっと遅かったみたいね」
「ははっ。ついさっき薬を飲んで横になったよ。それから眠るのは早かったな」
まぁ、熱出してるとすぐに眠れるよね。とりあえず、私はそうだし。
「今日は、ありがとうね」
「いきなり何だ?」
私も気になる。いきなりお父さんにお礼を言うのは一体何なの?
そう思っていると、お母さんが口を開く。声が、優しい………というか、甘い。
「今日、琉嘉が熱出したって連絡あったとき、本当は私が行くはずだったでしょう?それなのに、急な仕事が入った所為であなたに頼んでしまったから……」
「そのことか。そんなこと気にしなくてもいい。いつもお前がやってるんだ。偶には俺がやってもいいさ」
「りっくん………」
「理沙……」
まさか、これはラブラブタイムですか?まさかのまさかで、それですか。
…一気に頭が覚めた。これは、止めたほうがいいでしょう。そう思いながら静かに体を起こす。
てか、りっくんてお父さんのことか?陸=りく=りっくん…かな。
「お父さん、お母さん。いちゃいちゃするのは帰ってからしてくれる?」
私がそれを言った途端、お父さんとお母さんが焦る。面白いくらい、焦る。
「お……起きてたのか、琉嘉」
「……起きてるのなら言って頂戴」
二人の焦りが大分納まると同時に文句が飛んでくる。…悪いのはそっちでしょう。
「起きてたって言わないもん。あれはうとうとしてたんだもん。そんな時にお母さんたちがいちゃいちゃし出したんじゃないか」
せっかく眠りに堕ちかけてたのに、お母さんたちの所為でばっちり覚醒した。…面白くない。
また眠ろうとして眠れるかな。…無理そうだな。それほどまでに覚醒しきっている。
「ほ……ほら。熱があるんだから早く寝なさい」
それは照れ隠しですか?お母さん。でも、無理だよ。ばっちり目が覚めちゃったもの。
そんな状況で眠れるほど、私が器用だと思ってるのかな、お母さんは。
私がぱっちりと覚めた目でお母さんたちを見ていると、お母さんたちは面白いくらい焦る。特にお父さんは顔を真っ赤にして別の場所を見ている。
…顔を合わせられない模様。
「眠れなくても寝なさい。ほら、いつまでも起き上がってないで横になりなさい」
「はーい」
これ以上突くと後が怖そうなので大人しく従う。でも、眠れそうにはないな。どうしよう。
ちなみに、お父さんはいつの間にか消えていた。…先に帰っちゃったのかな。ちょっと寂しい。
「ねぇ、お母さん」
「どうしたの?」
「お母さんって、どうしてお父さんと結婚したの?」
どうあがいても眠れそうになかったので、お父さんとお母さんの馴れ初めを聞いてみることにした。…話してくれるかな。
それを聞いたお母さんの顔が真っ赤に染まる。…聞いちゃいけなかったのか?
「お…………お母さん?大丈夫?聞いちゃダメだった?」
「そ……そうね。悪いけど、聞かないで欲しいわ」
それはそれは。ますます気になる。今度伯母さんに会ったときに聞いてみよう。ひょっとしたら知ってるかもしれないし。
それにしても、さっきの衝撃は強烈だった。あれから半時間ほど時は流れているのだが、未だに睡魔は襲ってこない。このペースでは完全に熱が下がるまでに時間がかかりそうだ。
そう思いながら天井を眺めていると、突然、お母さんの手が額に置かれる。冷たくて気持ちがいい。
………いつの間に平静に戻ったのかは謎だが。
「やっぱりまだ熱高いわね」
だろうね。まだ体ダルいもん。頭が痛いのはかなり楽になったが、ダルいのはそのまま。
そう思っていると、お母さんは今度は手を額から私の目元まで下げる。お母さんの手で視界が塞がれて、真っ暗だ。
「まだ熱高いんだから早く寝ちゃいなさい。目の前が真っ暗だと寝やすいでしょう?」
「うん」
そして、ふと思うことがある。お母さん、明日は朝からいてくれるのかな。寝る前に聞いておかなくちゃ。
「ね、お母さん」
「どうしたの?」
「お母さん、明日は仕事?」
「いいえ。休み取ったわよ。だから、今日は病院に泊り込み」
と言うことは、ずっといてくれるのか。ならいい。安心した。明日は一人っきりじゃない。
あれ?安心したら一気に眠たくなってきた。うとうとする。
堕ちる。堕ちていく。今度こそ。
沈む。沈み込んでいく。深い場所へ。
「あらあら。あっという間に寝ちゃったわね」
お母さんが軽く笑いながら私を見て言う。
うん。だって、すっごく眠いんだ。眠たくて、眠たくて限界なんだよ。
朝。
「琉嘉、起きなさい。朝よ」
「んー、あと5分……」
あぁ、もう朝か。まだ眠たいよ。もっと寝たいよ。
「もう堤さんいらしてるわよ。早く起きて熱を測りなさい」
「琉嘉ちゃーん。もう朝だから起きてねー?」
もう堤さんが来てるのか。なら、起きなくちゃ。…でも眠い。瞼が重たい。
それでも、無理やり瞼をこじ開ける。どうせ、ご飯食べたらまた眠れるから。
「おはよう、琉嘉ちゃん」
「おはよー堤さんとおかーさん」
「おはよう、琉嘉」
私は朝の挨拶を交わしながら体温計を受け取り、脇に挟んだ。ちょっとくらいは下がってるだろうか。とりあえず、ダルい。
ピピピッと体温計が測定の終了を知らせる。結果はどうだろうか。
「どうだった?」
「38度6分」
「昨日の朝よりはマシかな。食欲はどう?」
「ある。お腹空いたー!」
そうなのだ。今回はこの間と違って食欲は普通なのだ。とにかく、お腹が空いた。早くご飯を食べたい。
私がそう答えると、堤さんは微笑んだ。
「そう。じゃあ、ご飯をしっかり食べて、薬を飲んで安静にしててね」
「はーい」
堤さんはそう言って去って行った。私はのんびりと食事の時間だ。
「火傷しないように気をつけて食べるのよ?」
「分かってるよぉ」
お母さんがものすごくありえないことを心配している。いくらお腹が空いてるからって、こんな熱いものを焦って食べませんて。
ちゃんと、冷やしながらゆっくり食べるに決まってるじゃないか。
そしてご飯を食べたら薬を飲む。飲み終えるとすぐに横になるようお母さんに言われる。
「さ、薬を飲んだならさっさと寝ちゃいなさい。お母さんは琉嘉が寝てる間に朝ごはん食べてくるから」
「うん。おやすみー」
お母さん、朝ごはん何食べるんだろう。
私はそれを考えながら再び眠りに着いた。
次に目が覚めたのは、お昼ご飯の時間。起こされる前に自分で起きた。あぁ、お腹が空いた。
「あら?目が覚めたのね。丁度お昼ご飯の時間よ」
「んー。お腹空いたー」
というか、何故眠っているだけでこんなにお腹が空くのだろう。謎だ。不思議だ。摩訶不思議。
人間の体ってホント謎なことが多いな。
私はそう思いながらのんびりと食事に手をつけた。……やっぱりお昼ご飯もお粥。味も素っ気もない、お粥。
…お腹空いた。
とりあえず、とっととご飯を食べる。お粥だけど、お腹空いてるからしっかりと食べる。
「そういえば、お母さんはお昼ご飯どうするの?」
「朝から買ってきた。だから、お母さんも一緒に食べるわよ」
そう言われて見てみると、お母さんはおにぎりを手にしていた。…美味しそう。
「…そんな目で見ても………あ、あげないわよ?」
「お母さんのおにぎり美味しそう」
「あげません。風邪ひいてる時はお粥でしょう?」
「だって、美味しそうだもん」
私が言うと、お母さんはニッコリと笑って言った。なんだろう。その笑みが怖い。
「そう。ならお母さんまだ食べない。琉嘉が寝てる間に食べるわ」
「ええーっ!?」
「だって、お母さんが一緒に食べようとしたら琉嘉も食べたがって、お粥を食べないでしょう?だから、琉嘉が寝たら食べます」
…………ズルイ。そう言われたらお粥を食べざるを得ないじゃないか。お粥以外も食べたい。お粥味も素っ気もないから嫌だ。
でも、結局はお粥以外に選択肢はない。だから、食べた。食べて、薬を飲んだ。後はまた寝なくては。
そう思い、再び横になる。横になると一気に体が沈んでいくような感覚に襲われる。あぁ、堕ちる。
堕ちる。堕ちて行く。深い場所へ。
そして、夢を見る。その夢は、目が覚めると忘れている。
記憶は、曖昧。起きてしばらくはなんとなく覚えていても、時間が経つと忘れる。そんな夢。
目が、覚める。よく寝た感じはするが今は何時なのだろうか。
辺りを見回す。…お母さんがいない。もう、帰ったのかな。そんな時間なのかな。なんだか、寂しい。
ガラッという音を立て、病室の扉が開く。私は咄嗟にそちらへ顔を向けた。そこに居たのは、お母さんだった。
「あら?目が覚めたのね。調子はどう?」
お母さん。よかった。まだいた。
そう思うと同時に、頬を熱いものが流れた。それは、涙だった。
「え!?どうしたの?琉嘉。大丈夫?」
私の涙を見たお母さんが焦る。ていうか、私はどうして泣いているんだ。分からない。どうしてだろう。
いないと思っていたお母さんを見て、涙が流れた。
あぁ、そうか。安心したからだ。お母さんがいなくて不安だったんだ、私は。だから、涙が流れたのか。
「琉嘉?」
お母さんは私の頬を流れる涙を拭いながら私を見つめる。
「どうしたの?大丈夫?」
声に出して答えることの出来ない私は小さく頷いた。それを見たお母さんの表情が一気に落ち着く。
そして、手を私の額に当てた。
「うーん。ちょっと熱上がったかな?」
だから涙もろくなったのかな。頭がボーっとしてる。頭が働かない。ダルい。
何だか、また眠たくなってきた。眠って、いいよね。すっごく眠たいんだ。瞼が重い。もう、ダメだ。
そして私は眠りに堕ちた。
―――*―――*―――*―――*―――
「おや。今度はどうしたの?琉嘉」
気が付くと見慣れた世界。そう、琉衣の気付きあげた世界だ。
「久しぶり、琉衣」
「うん。琉嘉が日本に戻ってから初めてだね。で、どうした?」
「風邪ひいちゃって寝てばっかりの生活だから夢で喋りたくなった」
「あぁ。また風邪ひいたか」
琉衣はそう言って笑う。
あっはっはっはっは。ひきたくてひいてるんじゃないもん。ひきたい時はひけないもん。
そうやって軽く拗ねていると、琉衣が宥めにやってきた。
「ゴメンゴメン。ほら、機嫌なおして。ね?」
琉衣はそう言って私の頭を撫でる。琉衣も私の頭を撫でるか。
でも、それが気持ちいいから機嫌をなおす。…私って結構単純だな。
「で、一体何を話しに来たのかな?今回はこっちのほうが時間の流れが遅いからゆっくり話せるよ」
「時間の流れ…変わるの?」
私が問うと、琉衣はあっさりとそうだと答えた。知らなかったよ。
「大体、琉嘉が初めて来た時は現世と同じくらい。この間まではあっちが早かった。で、今回は逆。はい、おっけい?」
「おっけい」
私が答えると、琉衣は優しく微笑んだ。
「で、何について話すつもりなのかな?琉嘉ちゃんは」
「琉衣のこと」
「僕のこと?って、何を話すのさ」
「だから、琉衣のことでしょう」
それを聞いた琉衣が考える表情をする。そんな難しいお題だったかな。
単純に、琉衣が私の双子の姉であること以外、琉衣のことを知らないから聞いたのだが、琉衣には難しいのかな。
「そ……そんなに答えにくい?」
「んー。いや、どう言えばいいのかと思ってさ」
お題的にはいいのか。とりあえず、言いたいことがまとまれば話してくれるかな。私はそう思い、のんびりと待つことにした。
幸い、時間は有り余っているのだから。
そうしてしばらく待っていると、ずっと下を向いて考えていた琉衣が顔を上げる。話がまとまったかな。
「よし。んじゃま、僕の話を小さい頃から行こうか」
「待ってましたー」
そうして、琉衣は話し始める。
「まず、僕が生まれたのは君と同じ日だ。当たり前だけどね。そして、その二日後、死んだ。それはこの間話したね?」
私は頷く。
「そして死んだ後、未熟児で、未だ命の危険の高い妹に私は憑いた。いや、憑いたというよりは、融合した感じかな。でも、それで、君は生きることが出来た」
「…どうして?」
「双子って、もともと一つのものが二つに割れて起こる現象だから。だから、僕が君の中に入ることで、半分だったものを一つに戻したんだ」
それで、私は生きて琉衣は死んだ。琉衣は、そんな昔から私を守っていてくれたのか。
「それで、しばらくは僕も知らないんだ。君が小学校の四年生くらいの時に、やっと僕って言う自覚が出来たから。それまでは、全く分からない。多分、ずっと眠っているような感じだったんだと思う」
………四年生の頃から私の行動、琉衣さんに筒抜けですか。ちょっとそれは嫌なんですが。でも、それを今更言ったところで意味はない。
続けてもらおう。
「それからずっと、君を見てきた。小学校の卒業式。中学の入学式。そして、君が倒れたこと。あの時はびっくりしたよ」
…あの時のことも知られてましたか。まぁ、あれは仕方ないということで。いきなりだったし、その前にも何もなかったんだしさ。
何かしら前兆があって黙ってたんなら大人しく言われるがままになるけど、無かったんだから大人しくはしませんよ。
「君が眠っている間も、僕は頑張ったよ。君が早く目を覚ますように、君の中からずっと声を掛け続けた。…聞こえてたかな?」
「………………」
「その反応は、聞こえていなかったか、覚えていないみたいだね」
その通りです。ゴメンナサイ。一切記憶にございません。ていうか、あのときって、眠っていたといっても、夢も見ていないからよく分からないんだ。
「でも、君は目を覚ました。それで僕は一安心したよ。それから後も、ずっと見てきた。君の笑っているのも、泣いているのも、ね」
ちょっ!?それはちょっと恥ずかしいんですが…。そう思いながら目線をはずしていると、琉衣はわざとか、顔を私の前に持ってくる。
……わざとだよね。
「顔真っ赤だよ。琉嘉は可愛いねぇ。あーもう、いい子いい子」
「…………っ」
からかわれてる。絶対にからかわれてる。私は琉衣の玩具じゃないぞ。
でも、反論できない。何を言えばいいのか分からない。というか、何か言ったらまたそれで遊ばれそうな気がする。
「玲君と出会ったのも知ってるよ。あの時の玲君は気障だった。弱冠16にしてあの台詞を吐くとはね」
「あ、それ私も思う。玲君って、自然と歯の浮くような台詞言うよね」
「うん。あの時は玲君を殴りたいと思ったからね。琉嘉を誑かすな、って」
おや。琉衣の周りに黒雲が立ち込めている。玲君への憤りか。ていうか、誑かすって何?
「あれ?琉嘉は誑かすの意味が分からないのか。誑かすっていうのはね、人を欺いて惑わせることだよ」
琉衣は一度黒雲を消して、説明をくれる。だが、次の瞬間、さっきとは桁の違う量の黒雲が再度立ち込めてきた。
「つまりね、あの時の僕は、玲君が君を騙して遊ぼうとしているようにしか感じられなかったのさ。だから、本気で殴りたかった。思い切り、盛大にね。…………今からでもいいから、殴ってこようか………鳩尾を」
「いや、止めてよ」
ニッコリと笑いながら怖いこと言わないで欲しいな。
琉衣の周りにある黒雲は未だ消えず、残っている。つまり、まだ危ないことを考えているんでしょうかね、琉衣は。
別に、私は誑かされてるつもりは無いんだけどな。それに、そういうことがあったら本谷先生に相談すれば進言してくれるだろうし。
琉衣にそのことを伝えると、琉衣は「おぉ。その手があったか」といって手を打つ。そして、同時に黒雲も消え去った。
「琉嘉。玲君に何かされたらすぐに僕か本谷先生に言いなさい。ちょっとしたことでもすぐに言うんだよ!?」
「はーい」
私は感情のこもらない声で返事を言い放つ。その口調に琉衣は不満そうだが、一応返事したことで少しは安心したらしい。
「で、その翌日に君は遊園地へ行った。それも見てたけど、本当に楽しそうにしてたね。見てる僕も楽しい気持ちになれたよ」
「なんか、懐かしい感じがする。まだ半年くらいしか経ってないのにな」
「そうだね。で、その翌日、君は熱を出した。その後、僕の世界に来たよね。君は熱を出したのを隠そうと必死だった」
……………本当に懐かしい過去だ。忘れたい記憶までもばっちり思い出される。そんなこと、忘れてしまおうよ。
でも、琉衣はきっと忘れないのだろう。ニコニコと微笑みながら私を見続ける。
「あの時も大変だったねぇ。君は食欲無いからってご飯まともに食べないしさ。おかげで僕の体力まで落ちて、しばらくは眠り続けなきゃだったよ」
「そうなの?」
「うん。それで、僕はずっと眠り続けた。そして、…………気が付いたら君は家出していた」
つまり、琉衣は私が一度盛大に体調を崩してから、半年は眠り続けていたと言うことか。
「気が付いたときはパニック状態に陥るかと思ったよ。君の病気も随分とひどくなっていたしね。眠っている間にあれだけ進行していることに驚き、戸惑った。だから、無理やり君を僕の世界に引き込んだ」
そう言う琉衣の表情が悲しげだ。仕方が無い。私が悪いんだ。でも、その顔を見ておくのも、辛い。
そうしていると、琉衣がその表情を止め、にっこりを笑う。…気付かれたかな。
「で、その時に初めて僕の正体を明かしたね。忘れてもいいと言ったのに、君は泣きながら忘れないと言ってくれた。あの時は嬉しかったな」
「え………あ…………うぅぅぅ」
「何もそんなに唸らなくてもいいじゃないか。嬉しかったよ、本当に」
照れてるんだよ。そんなしっかりと目を見て言われると照れちゃうんだ。琉衣が嬉しかったというのは私も嬉しいけどさ。
「………おっと。さすがにこれ以上はヤバイかな。琉嘉。そろそろ戻りなさい」
「え?もうそんなに時間経ったの?」
「うん。そろそろ起きなきゃダメだよ、琉嘉。僕のためにも、ご飯はしっかり食べて体力つけててね」
「了解。てか、今回は食欲あるから大丈夫だよん」
私が言うと、琉衣は微笑んだ。………何だか意地悪そうな微笑みだ。
「さて、扉は何処にあるか覚えてるかな?」
「…………覚えてない………デス」
さっきの意地悪そうな微笑みはコレか。くそぅ。琉衣にも遊ばれてる。悔しい。悔しすぎるぜぃ。
「あはは。やっぱりそうか。さ、案内するから行こう」
「うー。琉衣もいじめっ子だぁ………」
「だって、琉嘉の反応可愛いんだもん」
やっぱり琉衣もお母さんの子だ。私やお兄ちゃんと同じ血を引いているだけある。お母さんとそっくりで人の反応を楽しんでいる。
ていうか、そうやって遊ばれるのはいつも私ですか。お兄ちゃんもからかい対象に入れてよ。
「ほら、着いたよ。さっさとお帰り?」
「うん。ありがとね、琉衣」
さっきの感情は全て水に流し、礼を言う。そうすると、琉衣は優しく微笑んだ。いつもこうして笑っていればいいのに。
私はそう思いながら扉を潜る。起きたら何時になっているんだろうか。
―――*―――*―――*―――*―――