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空の欠片  作者:
13/21

◇別れ◇

日本上陸です。

「もう家出してくるなよー」


 別れの辛さに涙しようとしていると、リヒャルトが軽い口調で言ってくる。…もう涙なんて流してたまるか。


「よし、涙は引っ込んだな。これで笑ってお別れが出来る」


 計画的!?うーむ、さすがは医者。そういう頭はよく働くのか。


「リク、リサ。手術をしてくれる医者から連絡があったらすぐに連絡する。待っててくれ」

「出来るだけ早めの連絡を待ってるよ」

「この子のためにもね」


 お父さんが淡く微笑みながら答え、お母さんは私の頭に手を置く。

 だから、どうしてみんな私の頭を撫でる、若しくは手を乗せる。あんまり気にならない時は気にならないけど、一度気にしたらかなり気になるじゃないか。

 試しに言ってみた。そうしたら全員から気にするなと返ってくる。気になるから言ったんじゃないか、全く。


「俺たちは今日は仕事だから空港まではいけないけど、元気にしてろよ、ルカ。手術の時が来るまでに死んだりしてたら許さないからな」

「その時は日本にお墓参りに行って延々と文句言ってあげるからね」


 縁起でもない。っていうか、墓まで来て文句言うのは止めてよ。セシルが言うと冗談に聞こえないから嫌なんだ。

 手術前に死んだら本気でそれをやられそうで怖い。お願いだから、止めてよ。

 セシルにそう言うとケラケラと笑う。冗談だったようだが、冗談に聞こえなかった。怖すぎる。


「さて、そろそろ空港へ行くか。時間も迫ってきたみたいだしな」

「あら、もうそんな時間?」

「琉嘉。別れの挨拶をしなさい」


 お父さんとお母さんは私のほうを見ながら言う。分かってます。


「リヒャルト、セシル。今までお世話になりました。……ていうか、ホント面倒ばっかり掛けてゴメンナサイ。手術前になったらまたお世話になります」

「あぁ、そうだな。んで、手術終わったら遊ばなきゃな」

「遊びに来るって言う約束、しよっか」

「うん」


 私たちは指切りをする。

 約束。絶対。私は絶対に、元気になって遊びに来る。決めた。

 今日は、泣かないよ。今までにたくさん泣いたから。

 別れは寂しいけれど、また会える。だから、泣かないよ。

 でも、そんなの無理だ。涙は流れる。泣かないと決めていても、流れる。


「ルカ。泣くな。また会えるんだから。これが一生の別れって言うわけでもない。だから、な?」


 無理だよ。分かってる。分かってるんだ。でも、止まらない。

 止めようとすると、更に激しい嗚咽が漏れる。止めれない。


「ルカ。笑って?笑えば涙なんて吹っ飛んじゃうよ」


 無茶を言う。泣いている時に笑えるものか。

 でも、一応挑戦してみる。笑おう。笑うんだ。


「あぁ、ちゃんと笑ってくれたね。これで、笑ってお別れ。今度来る時は笑顔で来てね?」


 笑えてるのか。自分じゃ、よく分からない。でも、笑えているようだ。

 そして私たちは空港へ向かい、搭乗した。



 日本。成田空港。


「琉嘉!」


 日本に到着し空港へ降り立つと、まず、おじいちゃんたちが私を出迎えた。


「おじいちゃん、おばあちゃん」

「心配を掛けさせてくれたな、この馬鹿孫」

「本当に心配したのよ、琉嘉ちゃん。これからはこんなことしないでね?」


 おじいちゃん、おばあちゃんから無言の圧力がかかる。怖い。言葉自体は優しい感じはするが、雰囲気が怖い。


「ご……ごめんなさい」


 そして私が謝るとそれで満足したのか、次はお兄ちゃんと彩ねぇの方を見る。そして、ニッコリ笑って口を開いた。


「李旺、彩夏。お前ら、この2週間授業出てない分、補習」


 それを聞いた二人の表情が一気に変わる。……ご愁傷様です。


「特に、彩夏。お前受験生だからな。補習の数は李旺と比べると多いからな」


 ………あれ?彩ねぇの私を見る目が怖いなぁ。怖いなぁ。私悪く……まぁ、私が悪いけどさ。学校休んでまでドイツに来たのは彩ねぇの勝手だよね。

 そう思いながらおじいちゃんたちを見ていると、突然、腕が引かれる。引いたのは、玲君。

 血の引く感じがよく分かる。一気に頭が冷える。

 ………逃げていいかな。っていうか、逃げるね。


「あ!?こら待て!」


 待てるわけないでしょう。私は逃げ続ける。……お兄ちゃんに捕まるまで。


「どうして逃げてるんだ、この馬鹿」

「いいから離してよ。玲君に追いつかれちゃうじゃん」

「追いつかれろ」


 鬼。鬼畜。外道。邪道。非道。思いつく言葉を徹底的に並べる。その間も逃げようともがいたのだが、無理だった。

 あっという間に玲君が目の前に来ていた。


「捕まえた」


 玲君がニッコリと笑って私の腕を掴む。もう逃げられない。


「どうして逃げたんだ?俺は久しぶりに琉嘉に会えて嬉しかったのに」

「あー、いや……そのぉ………」

「俺、琉嘉がいなくなったって聞いてからずっと心配してたんだぞ?それなのに逃げるなんて、琉嘉はひどいなぁ」

「あうぅぅぅぅ」


 何一つとして反論できない。玲君もかなりお怒りの様子。自業自得とは言えど、辛い。

 …病院に戻ってもこんな目に遭うのかな。それなら、そのままドイツにいればよかったような気がする。

 とここで、逃げた私に追いついてきたおじいちゃんたちが口を開く。


「琉嘉。おじいちゃんたちは仕事があるから戻るが……ちゃんと病院に戻るんだぞ?」

「はーい」


 あぁ、無言の圧力が減る。助かる。でも、これからも勝負の時間。次の勝負場所は病院か。

 ていうか、玲君はどうして空港にいるんだろう。入院してたんじゃないのか。


「外出許可とって来たに決まってるじゃないか」


 聞いてみると、あっさりとした回答が返ってくる。あぁ、成程。

 そして、私たちの乗った車はどんどんと病院へ近付いていく。あぁ、怖い。


「怒られても自業自得だな」

「李旺にぃの無責任」


 病院に近付く車の中で、お兄ちゃんは無責任発言をする。おのれ、確かに自業自得ではあるが、そんな言わなくてもいいじゃないか。

 あぁ、怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 心の底から怖い。

 怒られる。怒られる。怖い。怖い。怖い。

 そうこう考えている間に、病院に到着する。病院の入り口には、由里先生と堤さんが立っていた。

 ……怒られる?


『琉嘉ちゃん!』


 車を降りて入り口へ恐る恐る向かうと、二人に名前を呼ばれる。…怖い。

 そう思った途端、目の前が暗くなる。何故か。それは、抱きしめられたからだ。


「心配したよ、琉嘉ちゃん」

「いきなりいなくなったときは吃驚したよ?片桐さんから連絡がくるまでどれだけ心を痛めたか」

「ご……ゴメンナサイ」


 怒られる気配はない。でも、まだ恐怖は拭えない。怒られる?本気で怒られる?


「とりあえず、早く病室に戻ろうか。病室はそのままだから」


 約1月、黙っていなくなってそのままだったのに、まだ病室は変わってなかったのか。

 強制退院か、病室移動かと思っていたのに。

 そして私は病室へ戻る。あぁ、懐かしき光景。そして、嫌な光景。


「さ、早く着替えて横になっててね。後で診察に来るから」

「はーい」


 そう言われて私は着替えを取る。そして、着替えようとして思う。


「お兄ちゃん、お父さん、玲君。私、着替えるんだけど?」

『!?』


 お父さんはそれもそうか、という顔をして去っていき、お兄ちゃんと玲君は顔を真っ赤にして去っていった。

 うわー、可愛い。ま、いいや。今のうちに着替えようっと。

 そして着替え終えると、お母さんが出て行った三人を呼びに行く。私はそのままベッドに横になった。

 あれ。眠いなぁ。何か、眠い。うとうとする。眠たい。


「琉嘉」


 三人が戻ってくる。でも、私はもう寝ている。眠さが限界だったからだ。

 すやすや。熟睡。おやすみなさい。


「あれ?寝ちゃってる」

「熟睡中みたいだな」

「んー、この眠りは当分起きねぇかな」

「んじゃ、俺は病室に戻ってますね」


 お母さんが私を確認して言う。それにお父さん、お兄ちゃん、玲君が続いた。

 あぁもう、五月蝿いよ。私は眠いんだ。そんなに騒いだら頭が覚醒しちゃうじゃないか。寝かせろ。

 それから辺りが静かになる。やっと、静かに眠れる。

 あぁ、堕ちる。堕ちた。


 目を覚ます。目が覚めると、お母さんがベッド近くの椅子に座っていた。どれだけ眠っていたんだろう。

 とりあえず、そんなに経っていないような気はするけれど、どうなんだろう。


「おはよう、琉嘉」

「おはよーお母さん。私、どのくらい眠ってた?」

「大体3時間くらい。夜眠れる?」

「多分ー。てか、お父さんたちは?」

「李旺は彩ちゃんと寮に帰ったわ。明日から補習だってお義父さんが言ってらしたから。お父さんはその二人を送って行ったわ」


 成程。だからか。だからいないのか。

 そう思っていると、お母さんがナースコールを押す。何故。


「はい。どうしました?」

「琉嘉、起きました」

「分かりました。では、今から行きますね」


 え!?何?何が起こるの?

 怖いって。いや、マジで怖い。

 そうして、由里先生と堤さんがやってくる。…何が起こるんだろう。


「おはよう、琉嘉ちゃん。よく眠れた?」

「お……おはよー由里せんせー」


 ヤバイ。声が震えた。


「何ビクついてるの?琉嘉ちゃん。怒らないよ?」

「……本当に怒らない?」

「怒らない怒らない。だから、真っ直ぐこっち見てね?」


 本当にそうなのだろうか。怖い怖い怖い。とりあえず、目に炎が灯っているようで怖い。

 そう思っていると、堤さんが横から首を無理やり動かす。私の顔は、由里先生の正面に来た。

 あぁ、怖い。


「堤さん、ナイス。そのまま琉嘉ちゃんの首を掴んでてね」

「了解しました。琉嘉ちゃんも抵抗しないでね♪」


 え!?ちょっと、それ止めようよ。怖いって。怖い怖い怖い。


「さて、とりあえず、これからの話をしようかな」


 これから?


「琉嘉ちゃん、ドイツで手術受けてくれる決心をしてくれたんだよね?」

「うん」


 私は頷く。


「で、ドイツの先生は今すぐは無理だから、時間が欲しいと言ったらしいね。だから、それまでは日本で治療を受けるように、と」

「そうです」


 返事を返すのはお母さん。ていうか、お母さんが返事するなら私は喋らなくてもいいよね。


「だから、日本ではとりあえず今までどおり進行を緩めるようにするからね。聞いてる?琉嘉ちゃん」

「うん。つまり、今までと一切変わりは無い、ってことだよね?」

「そういうことだね」


 なら、一切関係ない。変わらないのならどうでもいい。


 そして翌週。

 私は屋上にいる。やっぱり屋上はいい。気持ちがいい。


「やぁ、琉嘉。病室にいないと思えば、やっぱりここにいたね」

「玲君」


 私が屋上でのんびりと空を眺めていると、玲君がやってくる。玲君とここで会うのも久しぶりだ。


「ここで会うのも久しぶりだよね」

「あぁ。一月くらい琉嘉がいなかったからね」


 墓穴だった。しまった。

 玲君の目が怖い。射抜くような視線が恐怖を私に与えて寄越す。


「それにしても、今日の空も変わらず綺麗だよな」

「あ……うん」


 玲君はそれに気が付いたのか、話を変えた。助かった。

 そう思いながらまたのんびりと空を見上げた。空はいつもと変わらず真っ青だった。

 雲が流れていく。静かに、ゆっくりと。

 それが、当たり前。それなのに、しばらくゆっくりと見なかっただけでこんなに懐かしく感じるものなのだろうか。

 懐古の情。

 たった一月程でこんなにもそんなものを感じるだなんて。


「琉嘉。どうかした?」


 そんな私に玲君が声を掛ける。気になっちゃったかな。


「久しぶりにこんなゆっくり空見たから懐かしく感じただけ」

「あぁ。ドイツではゆっくり見ることは無かったのか」

「うん」


 私が答えると、玲君は安心したように息を吐く。

 どうして私の周りは心配性のような人がたくさんいるんだろう。いすぎでしょう。ちょっとくらい減ってもいいのに。

 ……まぁ、お兄ちゃんが心配性の人間たちの筆頭か。

 あぁ、迷惑。心配してくれるのは嬉しいけど、心配しすぎ。

 そんな時に空を見ていると、落ち着く。迷惑千万なお兄ちゃんのことを忘れることが出来ていい。あぁ、心の底から落ち着く。


「琉嘉。今何考えてる?」

「李旺にぃのこと」

「……………」


 それを言った途端に玲君の動きが一瞬止まる。


「李旺のことをどう考えてたんだ?」

「李旺にぃは心配性すぎだよなーと思ってた」

「成程」

「だから、空を見て落ち着いてたんだ」


 あぁ、落ち着く。空っていいなぁ。いつ何時、天気さえよければ何も変わらない平和なもの。

 落ち着く。心の底から落ち着く。


「ねぇ、玲君。死について考えたことはある?」

「は?」


 玲君は目を丸くする。それもそうか。いきなりこんなことを聞いたのだから。でも、気になるんだ。死について考えているのは私だけかと考えてしまうから。


「あるよ」

「へ?」

「死ぬことは眠ること、それだけの話だ」


 いきなりなんですか。まず、死ぬことは眠ること、ってあっさりと言い切ったな。


「シェイクスピアの言葉だよ。シェイクスピアがハムレットで使った言葉だ。俺は死について考えた時、最後はその言葉を励みにしてきた。死は眠るだけだと。長く眠り、次は別の人間として目を覚ますだけだ、ってね」


 成程。それは興味深い。それに、シェイクスピアか。今度探して見てみようっと。


「まぁ、今の人生で知り合った人と二度と会えないのはちょっと寂しいけどね」


 それが一番の問題と思うのは私だけでしょうか。今この時点で好きな人と一緒にいたいと思うから死にたくないと思うのに、死を眠りと考えたら目が覚めたらまた会えるように感じてしまう。

 とここで、玲君が話しを変えて、口を開く。


「それか、神様に借りていた体を返して、しばらく休んでまた新たに体を借りて生まれ変わる。そんな考えもあるかな」


 体を、返す。そうか。人間は元は神様が創ったもの。だから。

 その考えのほうがいい気がする。これは、ちゃんと別れがあるように感じるから。


「さて、そろそろ戻ろっか。ちょっと冷えてきたからその格好じゃ辛いだろ?」

「うん。そうだね」


 そして私たちは病室に戻る。結構薄着で屋上に行ったから寒いんだ。

 あぁ、寒い。体が冷えたな。戻ったらぬくぬくと体を温めなきゃ。

 そうしないとまた風邪を引く。もう風邪を引くのはうんざりだ。またあの大量の薬を飲むのは嫌だ。

 以前のあれでもう懲りた。

 そして、風邪でふと思い出した。…私、学校の勉強どうなるんだろう。約1月いなかったけど、その分のノートのコピーどうなってるんだろ。

 今度先生に連絡を入れて見なきゃ。…ていうか、謝らなきゃか。

 問題がたくさんある。

 そして病室に戻ると、私はすぐにベッドに横になる。寒いから早く暖まらなきゃ。

 その後私は夕食を食べて、本を取り出して読む。本もずっと読んでいなかったからそろそろ読みたかったんだ。

 そうして本を読んでいると、消灯時間がすぐにやってきた。眠れそうに無いから、本を読むことにする。枕元のライトの明かりで、のんびりと本を読む。

 すると、足音が聞こえてきた。…堤さんが来たか。

 私は急いで本を片付け、枕元のライトを消す。堤さんが来る前に済まさなくては。

 ……そう思っていたのだが、間に合わなかった。


「琉嘉ちゃん。もう10時だよ?寝てなきゃダメじゃないの」

「はーい。もう寝る。寝ます」


 私は毛布を肩まで掛ける。そして、私は懇々と眠り続けた。

 暖かい。気持ちがいい。ぬくぬく。これで熱出さなくて済むかな。熱出さなくて済むことをとにかく祈ろう。

 そして、夜が明ける。あぁ、何だかダルい。ヤバイ、熱出したかな。検温の時間が怖い。……逃げよかな。

 まぁ、そんなわけにも行かない。また逃げると今度こそ全員に怒られる。それだけは避けなければ。

 そうこうしている間に堤さんが来る。あぁ、熱無ければいいな。

 そんな願いは叶わない。やっぱり熱があるようだ。


「何度?」

「…………39度ぴったり」

「屋上禁止。先生が診に来るからそれまでベッドに横になっててね?」

「はーい」


 あー、やっぱり熱出しちゃってた。最悪。また薬が増える。

 大体夏風邪は治りにくいのに。面倒くさい。

 ……あれ?屋上禁止って、熱下がるまでだよね。何も言ってなかったけど、そうだよね。

 ま、完全に禁止されても行くけどね。もちろん、行きますけどね。

 とりあえず、熱が下がるまでは安静にしてなきゃなぁ。これで死んだりしたらセシルが本気であれをやりそうだ。

 いや、本気でやり兼ねん。それは避けなければ。

 あー、ダルい。

 そうしていると、由里先生と堤さんが揃ってやってくる。あぁ、反応するの面倒くさい。


「おはよう、琉嘉ちゃん。調子悪いそうだけど、どんな感じかな?」

「ダルいー。頭痛いー。何も考えたくないー」

「頭痛もあるんだね。喉は痛くない?」

「へーき」


 あー、もう。こうやって話すのもダルいんだ。早く終わらせてくれ。

 意識が朦朧としてきた。なんか、更に熱上がってないか。

 視界がぼやける。ヤバイ。もう……ダメだぁ………。

 体が沈む。深い、深い場所へ。

 体が重い。沈むのを止められない。

 力が入らない。全く抵抗できない。


「琉嘉ちゃん!?」


 気付くの遅いよ。

 そんな二人の私を呼ぶ声を子守唄に、私の意識は途切れた。

 

 沈む。沈み続ける。深い場所へ。でも、それは嫌な場所ではない。温かくて、優しくて、気持ちのいい場所。

 しばらく沈んで、漸く止まる。そして、漂い続ける。

 真っ暗で、何も分からない。でも、気持ちのいい場所。

 優しく包み込まれる感じが心地よい場所。

 そこから、浮上が始まる。ただただ漂っていた状態から、ゆっくりと浮上する。

 遠ざかっていた光が近付いてくる。

 分かる。私の目が、覚める。


「ん………………」

「あ。琉嘉ちゃん、目が覚めた?調子はどう?」

「……さっきよりはいい」


 目が覚めて、すぐ傍にいたのは堤さん。あれからどれくらい経ったのかな。


「熱、測ってみようか。下がってるかもしれないし」

「うん。てか、私どれくらい寝てた?」

「30分くらいかな」


 私が体温計を受け取りながら問うと、堤さんは私の頭を撫でながら答えてくれる。

 30分しか寝ていないと言うことに驚いた。あの感覚的にもっと寝ていたんだろうと思っていたからだ。


「それにしても、さっきはいきなり気を失うからびっくりしたよ。先生と私と一緒に焦ったから」

「それは申し訳ない。でも、もう限界だったんだもん」


 答えると同時に体温計が鳴る。確認してみると少しは下がっていた。


「どうだった?」

「38度2分。少しは下がったよ」

「みたいね。…熱さましが効いてきたかな?」


 堤さんはそう言って上を見る。私もそれに倣って上を見てみると、点滴が見える。…気付かなかった。

 まぁ、このおかげで楽になったのだからよしとしよう。でも、知らない間に点滴はちょっとヤだな。

 …………気にしないでおこう。気を失った私も悪いんだし。


「ところで琉嘉ちゃん。今回、どうして熱を出したのか予想は付く?」

「………………」


 あー、コレ言ったらヤバイかな。言ったら完全屋上禁止令喰らうかな。でも、言わなくても喰らい兼ねないな。

 どうしよう。考えねば。どうしようか。


「琉嘉ちゃんが言わないのなら玲斗君に聞いてみるけど」


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