◇バレた◇
ここで、彩ねぇののんびりとした声が入る。
「琉嘉がそれでいいならいいと思う」
お兄ちゃんは彩ねぇの意見に乗る。でも私は納得できない。私が全面的に悪い。
「お前は馬鹿かっ!せっかく穏便に解決しようとしてるのに、どうしてそう反発する!?何?反抗期?性質悪いなー、もう」
そう言ったら、その瞬間に彩ねぇの雷が落ちた。彩ねぇに怒鳴られた。彩ねぇに……。シクシク。悲しくなってきた。
「って!?何で泣くの?」
「うわーぁん」
「え?私泣かせるようなこと言った?ねぇ、李旺。私言った??」
お兄ちゃんは焦る彩ねぇに問われ、首を横に振る。分かってる。彩ねぇの言ったことは正論なんだって。
でも、彩ねぇに怒鳴られるなんて初めてだから、怖いよぅ。怖いよぅ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁん」
私の泣き声は止まらない。止めたくても止められないんだ。
「琉嘉?」
リビングにも私の泣き声は聞こえたらしい。大人四人が揃って見に来る。
「李旺。何があったの?」
「彩ねぇが泣かした」
「ちょ!?真実だけど、もうちょっと説明入れてよ!!」
お兄ちゃんのその答えに、お母さんは反応する。そして、彩ねぇに問う。
「彩ちゃん。琉嘉に何したの?」
「え?いや……そのぉ……」
お母さんの暗黒オーラに、彩ねぇがたじろぐ。ついでだが、お父さんはこの状況をリヒャルトとセシルに通訳していた。
「ねぇ、彩ちゃん。何したの?」
「えと、琉嘉の家出の原因で、李旺と琉嘉が言い争ってたからね、こう、穏便に解決しようと意見を出したんだよ」
「それで?」
うわー、お母さんの声が冷たい。怖い怖い怖い。
「李旺はその案に乗ったから、これで琉嘉も乗ってくれれば穏便に解決できたんだけど琉嘉が強情張るから、つい怒鳴っちゃって……」
「そうしたら泣いた、と?」
「うん」
「母さん。俺の見てた限りでは、彩ねぇに非は無いと思うぞ」
お兄ちゃんがそう言った瞬間、お母さんの視線が此方に移る。……怖い。
「琉嘉。そうなの?」
私は未だ泣き止めずにいたため、頷きを返事として返す。それを見たお母さんが溜め息を吐いた。
「琉嘉。それでそうして泣いてるの?」
あ、声が優しい。もう怒ってないよね。
でも、答えたくても泣き止めないから話せない。
「ゆっくりでいいから、自分の言葉で言いなさい。誰も急かさないから」
お母さんのその言葉に、私は安心して口を開く。聞き取りにくいのは承知で聞いて欲しい。
「だって……っ、彩ね…っに怒鳴られたの……っ、初めて…っから…」
「だから?」
「びっくり……してねっ……涙……出ちゃ…たの」
「つまり、彩ちゃんに初めて怒鳴られたからビックリして涙が出てきて、止められなくなった、っていうことかしら?」
その通り。私は頷く。
それを聞いたお母さんはまたも溜め息を吐く。まぁ、溜め息も吐くだろうね。こんな理由じゃ。
でも、出てきたんだから仕方ないじゃん。止められなかったんだもん。
「ルカ。タオル持ってきたから涙を拭きなさい」
「あ……ありがとっ……。セシル」
私の涙はまだ止まらない。私は貰ったタオルで未だ止め処無く流れる涙を拭う。
そして漸く泣き止んだ頃、お母さんが口を開いた。
「琉嘉。ゴメンね」
「え!?」
え!?コレは一体何に対する謝罪なの?
「お母さんたち、琉嘉にかなりのプレッシャーを与えてたのね」
あぁ、それか。確かにあれはプレッシャーだったけど、謝られると私がどう謝ればいいか分からなくなるから困る。
「リヒャルトさんたちに全部聞いた。俺たちが悪かった。ゴメンな、琉嘉」
お父さんも!?
ちょっと、止めてよ二人とも。私が謝るタイミングが掴めないじゃないか。
「それで、琉嘉。ドイツで手術を受ける決意をしてくれたんですって?」
「あ……うん」
「なにぃ!?」
それを聞いたお兄ちゃんが反応する。ま、言ってなかったからね。
「お前、手術嫌なんじゃなかったのか?」
「嫌だよ。でも、リヒャルトの知り合いの先生なら日本よりは成功率が高くなるらしいから、ドイツで受ける」
それを聞いたお兄ちゃんが嬉しそうに笑う。まだ成功したわけじゃないのに、笑う。
「病気治ったらいっぱい遊びに行こうな、琉嘉」
「気が早いよ、李旺にぃ。でも、治ったら遊びに行こうね。……約束もあるし」
「それは私も参加ー」
彩ねぇも入って、笑う。手術がうまくいきますように。無事に、手術出来ますように。
さて、親愛なるお兄様。約束のことは思い出しましたか?お兄ちゃんが先生に喧嘩売ったのをお母さんに言わない代わりに、どこか遊びに行く約束してたよね。
きちんと守ってもらいますよ?ちゃんと言質は取ってあるんだから。
「ちゃ、ちゃんと覚えてるって。心配するな」
「あら?そんな約束いつしたの?」
お母さんが口を挟む。その瞬間、お兄ちゃんが焦った。その瞬間をお母さんは見逃さない。
「りーおっ。あんた何したの?今焦ったでしょ?お母さんにバレたらマズいことしたんじゃない?」
「そ……そんなわけないじゃん。何言ってんのさ、母さん」
バレバレだって、お兄ちゃん。そんな分かりやすい嘘でお母さんを欺けるわけないじゃないか。
「何したの?李旺。早く吐かなきゃ、遅くなれば遅くなるほどお叱りはひどくなるわよー?」
「何もしてないって。な?琉嘉」
え?ちょ!?私を巻き込まないでよ。
「琉嘉。本当?」
「う……うん。本当ダヨ…」
「…………嘘ね。李旺。とっとと吐きなさい」
お兄ちゃんが恨みがましそうな目で私を見る。仕方ないじゃん。いきなり振るんだもん。いきなりでそんな上手に嘘は吐けません。
そうやって目で会話をしている間に、お母さんの後ろには漆黒のオーラと阿修羅が降臨する。……さらばお兄ちゃん。お兄ちゃんの尊い犠牲は忘れないよ。
「李旺。ちょっとこっちに来なさい」
お母さんはそう言ってお兄ちゃんを捕まえる。
「すみませんが、先程の部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?この子と1対1で話したいので」
お兄ちゃんを捕まえた後は、一時的に阿修羅を隠してリヒャルトに声をかける。阿修羅が見えていないリヒャルトは快く了解した。
お母さんとお兄ちゃんの去った部屋で、私は手を合わせる。
お兄ちゃん、ご愁傷様です。
そうやって手を合わせていると、いつの間に取りに行ったのか、紅茶とクッキーを乗せたお盆を持つセシルが、何故手を合わせているのか聞いてきた。
「あぁ。これは李旺にぃに対してだよ。ご愁傷様です、ってね」
それを聞いたセシルがさらに不思議そうな顔をする。ご愁傷様、と言う言葉のドイツ語が分からなかったから似たような言葉で言ったのだが、分からなかったのだろうか。
だが、それは違った。意味的には無事に通じたらしい。疑問に思ったのは別のことの模様。
「どうしてそうなるの?」
「は?」
「どうして、そんな手を合わせることになるの?ただ、お母様に叱られるだけでしょう?」
………それはお母さんのお叱りの恐ろしさを知らないからいえるお言葉ですね、はい。お母さんのお叱りの怖さを知っていれば絶対に言えない。お母さんのお叱りは本当に怖いんだ。
そう思っていると、お父さんが助け舟を出してくれた。代わりに答えてくれる。
「琉嘉がそこまでやりたくなるくらいにアイツのお叱りは怖いんですよ。この子達曰く、後ろに真っ黒いオーラと阿修羅が見えるらしいですから」
「アシュラ?」
「仏教における、戦闘の神のことです」
「後ろに戦闘の神が見えると言うのは怖いですね」
と、ここでリヒャルトが口を挟む。…興味はあったのか。黙ってるから興味がないのかと思ってた。
「そのアシュラとは、どういう姿をしているんです?」
「三面六臂」
『は?』
私が答えると、リヒャルトとセシルが揃って聞き返してくる。今、二人とも頭上にはてなマークが出てるのではないだろうか。
「だから、3つの顔に6本の腕があるんだよ。それで、三面六臂」
丁寧に説明をすると、二人は「おぉ」と頷く。ちゃんと分かってくれたかな。
そうして話していると、部屋の扉が開かれ、お母さんが顔を見せる。
そして、私を呼ぶ。…怒ってる?まだ怒ってる?怖いなぁ怖いなぁ。
「行って来い、琉嘉」
お父さんが肩に手を乗せ、言う。
「頑張っておいでー」
彩ねぇが無責任発言をする。鬼。悪魔。彩ねぇの馬鹿。
「琉嘉。琉嘉には怒ってないからおいで。ちょっと話が聞きたいだけだから。李旺。アンタその間はこっちの部屋に戻ってなさい」
あ、怒ってないならいいや。そう思いながら、私はリビングへと向かった。
「李旺から大体話は聞いたけど、あの子、まだ何か隠してそうなのよね。だから、琉嘉。あの子の隠してること、包み隠さず話しなさい」
お母さんはニッコリ笑って言う。その笑みが怖い。阿修羅はいないけど、後ろの漆黒のオーラは消えていない。
怒ってないって言ったじゃないか。お母さんの嘘吐き。
私がそう言うと、お母さんは更にニッコリ笑って怒っていないと言う。…嘘だ。
「どこが嘘なのかしら?」
「怒ってないなら後ろの黒いオーラが消えてるはずだもん。まだ残ってるから嘘」
「大丈夫大丈夫。コレは李旺に対する怒りだから。琉嘉に対してじゃないから」
そういう問題か?でも、いいや。これ以上言って怒らせたら後が怖い。
「で、李旺は何を隠してるの?」
「てか、お兄ちゃんは何を吐いたの?」
私が聞くとお母さんは「質問に質問で返さないの」と言ったが、ちゃんと説明してくれた。
「あの子の話だと…琉嘉。あの子、あなたの勉強中に玲斗君と喧嘩して騒いだんだって?それで、今度あなたの外出許可が下りたときに無理にでも部活を休んで一緒に遊びに行く約束をした、と。そのかわり、お母さんに言わないでって言ったらしいわね。…違うところはある?」
私は首を横に振る。全て合っていますとも。ただ、約束をしたのとその約束の理由は違うけど。
そう言うと、お母さんはその約束の理由を尋ねる。報告開始ですね。
「んとね、その約束をすることになった理由はね、李旺にぃが本谷先生に喧嘩売ったからなんだよ」
「喧嘩を売った?玲斗君じゃなくて、本谷先生に?」
「うん」
頷きながら答えると、お母さんは続きを促す。
「本谷先生って、李旺にぃの1、2年生のときの担任なんだよね?」
「そうよ」
「で、それで慣れてるからかは知らないけどね、李旺にぃ、先生のこと、先生じゃなくてモトヤンって呼ぶんだ」
それを言った途端、辺りの空気の温度が下がる。……寒い。震えてきた…。
それに気が付いたお母さんは、急いで自分の着ていた上着を脱ぎ、私に掛ける。暖かくて気持ちいい。
「で、それでどうしたの?」
「それで、李旺にぃはそうやって先生を馬鹿にするようなこと言って、先生はそれを止めさせようとして舌戦をしてたんだ。で、それを止めるためにお母さんに言うよ、って言ったらまず、ジュース奢るから言わないでって言われた」
「まず、ってことはそれで終わらなかったのね」
「うん。それから先生が帰って、そのときにさっきの条件言われたの。ついでに、玲君に喧嘩売ったのはその次の日」
「そう。ありがとう、琉嘉。みんなのところに戻ってて」
お母さんはそう言って私を先程の部屋に戻す。そして、同時にお兄ちゃんをもう一度呼ぶ。お兄ちゃんは体をビクつかせた。
「李旺にぃ、頑張れ。私は隠しておくこと出来なかったから」
すれ違う時に小声で言うと、李旺にぃはまたも恨みがましそうな目で私を見る。お母さんに隠し事できるわけないもん。無理だもん。
あの真っ黒いオーラの前で、嘘吐いたり隠し事をしようだなんて無理でしょう。たっぷり叱られて吐かされるのが関の山。そうなる前に言ったほうが身のためなんだい。
「琉嘉。何を言われたんだい?」
「李旺にぃの悪の所業を包み隠さず吐け」
お父さんに問われ、正直に答える。それを聞いたお父さんの動きが一瞬停止した。だがすぐに元に戻り、再び問う。
「悪の所業って……。言いすぎだろう」
「うん。それはちょっと言いすぎた。でも、李旺にぃが隠してること=悪事だったからさ…」
「アイツは一体何をしたんだ?」
「聞かなかったの?」
意外。お兄ちゃんに聞いてるんだと思ってた。お兄ちゃんも話さなかったのか。
「本谷先生に喧嘩売った」
「本谷先生って、お前の担任のか?」
「うん。ついでに李旺にぃの1、2年の時の担任」
それを聞いたお父さんは深く溜め息を吐く。
「あの、馬鹿息子。後で俺からも叱っとくか」
「それはそれは。李旺にぃが可哀相な気がする」
「どうしてだ?悪いのはアイツだろう」
「だって、唯でさえお母さんに怒られるのだけでかなり怖いのに、それにお父さんまで入ったらもうどれだけヤバいの?って感じだもん。彩ねぇもそう思わない?」
「うーん。確かにねーぇ。叔母さんがどれだけ怖いのかは分からないけど、ウチのお母さんと同じくらいには怖いだろうしねー。それに叔父さんも入ったらもうカオスー?」
結果が未知数な分カオスなのかな。まぁ、確かに怖いよね。どうなるか分からない分、心の底から恐ろしいよね。
それにしても、喉渇いたな。確か、セシルが紅茶を持ってきてたハズだけど、どこにあるんだろう。辺りを見回していると、そのセシルが口を開く。
「ルカ。どうしたの?」
「セシル、さっき紅茶持ってきてたよね?どこに置いてあるの?」
「あぁ。ちょっと待っててね。お湯が温くなったから今沸かしなおしてるの」
沸くまで待て、ということですね。ま、いっけどさ。すぐ沸くだろうし。
そして少しして、お湯が沸いたのかセシルが紅茶の入ったティーカップを私に渡す。
「はい。お待たせ」
「ありがと、セシル」
「皆さんもどうぞ」
私は礼を言って紅茶を受け取る。…が、熱すぎて飲めないので、フーフーと冷ましながら飲んだ。渇いた喉が潤う。
そしてしばらくして、漸くお兄ちゃんとお母さんが戻ってきた。
「長らく隣の部屋を占拠して申し訳ありませんでした」
お母さんはまずリヒャルトの元へ行き、謝罪の言葉を述べる。
お兄ちゃんがとてもげんなりとした顔をしている。まぁ、それもそうだろう。お母さんに徹底的に叱られればああもなる。
そんなお兄ちゃんにセシルは紅茶を渡す。お兄ちゃんは礼を言って受け取って、一気に飲んだ。よっぽど喉が渇いていたんだろう。
「さて、私たちはいったんホテルに戻りましょうか。もうあたりも暗くなってるし」
お母さんに言われ、外を見る。確かに外は薄暗い。
「また明日お話しに来ても大丈夫ですか?」
「ええ。待っていますよ」
お母さんとリヒャルトはそうやって会話を交わす。そしてお母さんたちはホテルへと戻っていった。
……お兄ちゃん大丈夫かな。ホテルに戻って今度はお父さんに叱られるなんてことにならないように祈っていてあげよう。
結果は明日来たときに聞けばいい。
「ルカ。今話しても大丈夫かい?」
「ん?何が?」
「俺たちがリクやリサと話したことを、ルカにも知らせておいたほうがいいだろう?」
それはその通り。是非に、聞かせていただきましょう。
「俺たちはまず、ルカの手術のことを話した。知り合いに心臓手術の権威がいるから話してみる、ってな。で、電話したんだ。そうしたら今はちょっと無理だから、しばらく待って欲しいといわれた」
しばらくってどれくらいだよ。私が生きている間に手術は出来るのかな。
そう思っていると、リヒャルトが微笑しながら話してくれる。
「しばらくっていってもそんなに長くはないさ。長くても半年だよ、きっと。だから、ルカ。お前は一度日本へ帰れ。今まで入院していた病院で出来る限りの治療を受けてろ」
「え!?」
うわぁ、嫌だ。会いたくない。何て言って会えばいいか分からない。ていうか、怒られるかな。怒られるよね。いきなりいなくなったんだし。
由里先生が怒ったらどうなるんだろう。知りたい気持ち、1%。知りたくない気持ち、99%。
「大丈夫だよ。怒られやしない。リクやリサがうまく言ってくれるから。だから、な?」
リヒャルトは、微笑む。
「一度、日本へ戻るんだ。リサが言ってた。来週日本へ帰るそうだが、そのときのチケットは5人分取ってあると。だから、来週一緒に戻れ」
「手術が近づいたら、またこっちへ来るの。そして、善くなったら今度は純粋に遊びにいらっしゃい。待ってるから」
「あぁ。遊びに来て、またうちに泊まればいい。行きたい場所があるなら連れて行ってやるから」
あぁ。どうして私の周りは優しい人間が多いんだ。
琉衣。リヒャルト。セシル。どうして、返せないのにこんなに優しくしてくれるんだ。
涙が、溢れる。
止まらない。ドイツに来てからよく泣いてる気がする。それも、仕方ない。リヒャルトたちが優しすぎるのが悪いんだ。
嗚咽が零れる。
もう、抑えきれない。一度零せば滝のようにどんどんと流れていく。
涙は、枯れることを知らない。
今日既にたくさん流したのに、まだ流れる。止まらない。枯れない。枯渇という言葉が無い。
あぁ、疲れた。瞼が重い。
もう、眠っていいかな。なんだかとっても眠いんだ。
そして私は眠りに堕ちた。
鳥の鳴き声で目を覚ます。もう朝か。
って、あれ?目を開けているはずなのに辺りが暗い。まだ夜か。
否。鳥の鳴き声が聞こえたということは朝のはず。なのに、どうして暗い。
そう思いながら体を起こすと何かが落ち、一気に光が差し込む。視界が暗かった原因は先程落ちたコイツか。
コイツとは、タオルのこと。恐らく昨晩私が泣き疲れて眠った後、目が腫れないようにリヒャルトかセシルが置いてくれていたのだろう。
そのおかげか、いつも泣いたまま眠った後に起こる腫れぼったい感じが全く無い。感謝感謝。
「お、起きてたか。おはよう、ルカ。朝ごはん出来たから食べよう」
「おはよ、リヒャルト」
そうしてリビングへ向かうと、セシルが朝食を並べていた。
「おはよ、ルカ。昨日は夕食食べずに寝ちゃったからおなか空いたでしょ?」
「おはよーセシル。うん、もうお腹ペコペコだよぅ」
そうなんだよ。昨日はそのままご飯を食べることなく寝ちゃったから、もうお腹が空きすぎて限界なんだ。
さっきからお腹がグーグー鳴り続けている。
その音を聞いて、リヒャルトはさっきから笑いっぱなしだ。くそぅ。
「ク……クククっ。悪い悪い。さ、食べよう」
文句は言いたいけれど、お腹が空いているので先に食べるほうを取る。食べたら文句言うから覚悟しといてよ。
そしてご飯を食べ終えると、リヒャルトは仕事の支度をする。昨日は休みだったが、今日は開けるらしい。
「あれ?セシルは今日は休み?」
「ええ。今日は通いの看護婦さんが来る日だから私は休みよー」
「だからゆっくりしてるのかぁ」
あぁ、そういえば今日もあの人たち来るんだっけ。今日も疲れる運命にあるのかな。面倒だな。
「さ、今日はルカのご家族たちと一緒に観光をしましょう。私が案内するから」
「観光?」
「そう。観光。現地の人間しか知らないような穴場スポットをいっぱい紹介してあげる。まぁ、インターネットが普及してる今じゃ、そんな場所ないかもしれないけど」
それは楽しみだ。どんな場所に連れて行ってくれるんだろう。
結果、実はインターネットで検索して、行ったことがある場所ばかりだった。まぁ、久しぶりだから楽しかったが。
「ごめんなさい」
突如、セシルが謝る。
何故謝る。分からない。どうしてだろ。
「気にしないでください」
お父さんやお母さんはそんなセシルに声をかける。何故謝っているのか分かってるのか。
不思議そうな顔をする私に、お兄ちゃんが頭に手を置き、「後で説明してやる」と小声で言う。
待ってるよ、お兄ちゃん。説明してくれなきゃ泣いちゃうよ?
「ゴメンね、ルカ。私の知ってる穴場スポットはみんなインターネットで知ってて行ける場所だったみたい。ルカたちも以前行ったことがあるみたいだしね」
あぁ、だからか。だからセシルは謝ったのか。
お兄ちゃん、もう分かったから説明要らない。お役御免。
「いいよ。行ったことがあるっていっても大分前だしさ。久しぶりだから楽しかったよ」
「そう言ってもらえると嬉しい」
そう言ってセシルは微笑む。
そして私たちは、帰国の日を迎えた。