表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の欠片  作者:
1/21

◇日常◇


処女作です。

感想いただけると喜んで続きの執筆を行います。


誤字脱字を見つけたときはお知らせ願います。



 空を見上げた。

 屋上で見る空は、毎日違っていて飽きることはない。

 だから、私は晴れた日は毎日此処へ来た。

 反対されても、こっそりと此処へ来た。


 今日も、空は青くて、綺麗だ。


―――*―――*―――*―――*―――



 『ガチャッ』という音を立て、屋上の扉が開く。ドアのほうに目を向けると、一人の女性が立っていた。


「やっぱり此処にいたね、琉嘉ルカちゃん。探したよー?さ、点滴の時間だよ。一緒に部屋に戻ろ?」

「…ゴメンナサイ。時間忘れてずっと空見てた」

「うん、次からは気を付けてね?」

「はーい」


 私の名前は片桐琉嘉カタギリ ルカ。13歳の中学2年生。中学に入学してすぐに学校で倒れてから、この病院に入院している。

 病名は、知らない。誰も教えてくれなかったし、聞こうとも思わないから。それに、聞いても理解が出来ないのならば、意味もない。

 とりあえず、倒れたときに心臓が痛かったから、悪いのは心臓なんだということだけは分かっている。


「琉嘉ちゃん、手出して」


 病室に戻ると、看護婦さんが私にベッドに横になるよう促し手を出すよう言う。

 そして、私が大人しく手を出すと、消毒液のにおいが鼻を衝く。入院して何度もこのにおいを嗅いでいるが、未だに慣れない。

 そのにおいに辟易し顔をしかめていると、看護婦さんが話しかけてきた。


「このにおい、そんなにイヤなの?」

「うん。堤さんはよく平気だね」


 ちなみに堤さんとは看護婦さんの名前である。

 

「それは、ねぇ。人を助けるのに必要なものなんだし。それを医療従事者が嫌がってたらダメでしょう」

「そんなものなの?」

「そんなものよ。…さ、点滴入れるよ。力抜いて」


 そう言われてすぐ、腕に痛みが走った。我慢できる痛みではあるが、ないほうがいいことに変わりはない。

 そうして顔をしかめていると、堤さんが私の頭を軽く撫でた。


「さ、終わったらまた来るからね。それまで病室で大人しくしてるよーに。いいね?さっきみたいに出歩いちゃ、ダメだよ」

「はーい。分かってまぁーす」


 そう言って、堤さんは病室から出て行く。それを確認した私は、近くに置いてある本を取り、ページを開いた。

 本は、好きだ。本は、色々なことを教えてくれるから。私は小学生の頃から本を読むのが好きだったが、中学生になって読む量が増えた。

 理由は、入院したから。病院は暇だから、今まで以上に読むようになった。

 持っている本も増えた。おじいちゃんやおばあちゃんがこっちに遊びに来るたびに買って来てくれるからだ。毎回買ってこなくてもいいよ、と言っても、おじいちゃんたちは買って来る。

 まぁ、正直ありがたいからいいのだけれど。

 

 そして私は点滴の落ちる音をBGMに、開いていた本に目を向け読書に励んだ。

 

 

 ポタッ ポタッ ポタッ ………。

 

 定期的に聞こえていた音が、不意に音を止める。定期的な音、それは点滴の落ちる音。それが止まったということは、点滴が終わったということだ。

 それに気が付いた私はナースコールを押し、点滴の終了を知らせた。知らせるとすぐに、堤さんが来て、点滴を抜いてくれる。

 

「ゴメンね、待たせて」


 点滴をゆっくりと抜きながら、堤さんは言う。

 

「…そんなに待ってないよ?」


 堤さんを見ながら言うと、堤さんは優しく微笑んだ。堤さんの笑顔は、いつ見ても落ち着く。

 そして、点滴が抜かれて、またもあの嫌なにおいが漂ってきた。それは、消毒液のにおい。点滴の針が刺さっていたところをきちんと消毒しておかないといけないのは分かるけれど、やっぱりこのにおいは嫌いだ。

 私がそう思っているのに気が付いたのか、堤さんは申し訳なさそうな顔をして、針の刺さっていた場所を丁寧に消毒液の染み込んだガーゼで拭いた。

 

 その後、私は堤さんに本日の屋上禁止令を喰らい、仕方なく病室で本を読んで過ごした。

 ちなみに、屋上禁止令の理由は、『気温が下がってきて寒いから今日はもうダメ』とのこと。確かに外を見てみると、外はさっきと比べて暗くなってきている。

 空が、少しずつ、オレンジ色に染まる。太陽が沈む。

 私はこの時間が一番嫌いだ。綺麗ではあるが、見ていると切なくなり、たまに涙が流れる。目頭が熱い。今日も泣いてしまいそうだ。

 

 コンコンッ

 そう考えていると、病室の扉が叩かれた。私は急いで涙を拭う。間一髪。間に合った。

 開かれたドアの向こう側にいたのは、お父さんとお母さんだった。二人とも仕事帰りにそのまま寄ったのだろう。スーツ姿だ。

 

「いい子にしてたか、琉嘉?」

「あら?目が少し赤いわよ。どうかしたの?」

「えっ!?な、何にもないよー」


 言えない。夕焼けを見ていて泣いたのだとは、絶対に。

 そんな私の状態を知ってか知らずかお母さんは意地悪な笑顔を私に向ける。

 

「本当に何もないの?怪しいぞー?」

「本当だよ!何もない」

「そっかー。それは残念」


 …何が残念なのかは敢えて考えないことにしよう。

 そしてその様子をニコニコ微笑みながら見ていたお父さんは、持ってきていた荷物をベッドの上に置いた。中身は何なのだろうか。

 そうしてその荷物をジッと見ているとお父さんが口を開いた。

 

「琉嘉。おじいちゃんたちが本を送ってきてくれたよ。手紙も入ってた。後で読みなさい。それと、お礼の手紙を認め(したため)なさい。明日の夕方、お父さんが取りに来るからそれまでにな」

「うん!」


 言われて見てみると、確かに本が5冊ほど入っているようだ。それにしても、送ってきてくれたのは初めてだ。一体、どうしたのだろう。

 私はそう思いながら手紙を受け取り、開ける。中には便箋が2枚入っていた。1枚はおじいちゃんから。もう1枚はおばあちゃんからだった。

 

―琉嘉へ。

 突然本を送ってきて、びっくりしただろう?実は、近所に高校生の孫のいる友達がいてな、その子が読まないからと言って、その友達に貰い手を捜してくれるよう頼んだらしい。で、それで年頃的にも琉嘉にちょうどいいかと思って、譲り受けた。

 今回はとりあえず5冊送ったが、まだある。読みたいなら、お父さんに言いなさい。それをおじいちゃんが聞いたらすぐに送るから。

 少しずつ気温が下がっているが、くれぐれも、風邪などひかぬよう体調管理をしっかりするように。 おじいちゃんより。

 

―琉嘉ちゃんへ。

 どんどんと気温が下がり、日々の生活が辛くなってきていますね。琉嘉ちゃんは体調を崩さずに過ごせていますか?おばあちゃんは無事、風邪などひかずに過ごしています。もちろん、おじいちゃんもね。

 今回は、突然本が送られてきてびっくりしたでしょう?おばあちゃんは今度会いに行くときに持って行こうと思っていたのですが、おじいちゃんが早く読ませてやりたいと言ったので、郵送しました。琉嘉ちゃんが楽しんでくれると嬉しいです。

 話は変えますが、おじいちゃんからの手紙は読みましたか?読んでいるのなら、この本をくれたのが誰だか分かっていますね。読んでいないのなら先に読んでからこの先を読んでください。

 読みましたね。では、話を進めます。今回本をくれた子ですが、私は以前から面識がありました。なので本を持ってきてくれたときにお話をしたのですが、そのときに彼女がこう言っていました。

『琉嘉ちゃんに会いたい』と。

 恐らく、その本についての話などをしたいのでしょう。ですから、近いうちに彼女を連れて会いに行きます。楽しみに待っていてくださいね。 おばあちゃんより。

追伸。

 本ばかり読んで、勉強を怠ってはいけませんよ。

 

「お父さんたちは知ってたの?」

「何をだ?」

「おじいちゃんたちが本を送ってくれた理由」


 お父さんは突然の私の問いに少し戸惑っていたが、すぐに普通に戻り、答えた。

 

「あぁ。お父さん宛で手紙が入っていたから、それで知った。もらい物だから気にするな、と書いてあったよ」


 それにしても、一体何冊貰ったのだろう。気になるところだ。

 と、そんなことを考えていると、いきなり頬に冷たいものが当てられた。

 

「ひあっ」


 思わず変な声を上げて冷たいものが当てられたほうを見てみると、お母さんが冷たいジュースを持って微笑んでいた。いつの間に買いにいったんだろう。

 

「ナイスリアクションよ、琉嘉。いい反応してくれてお母さん嬉しいわ」

「ナイスリアクションじゃないよぅ。すっごいびっくりしたんだからねっ!!」

「あはは、ゴメンゴメン。……で、飲む?」


 そう言って差し出すのは、私の大好きな桃ジュース。飲む以外選択肢がないじゃないか。

 そして、受け取ったジュースを開け、中身を口に含む。桃の味が口の中に広がって、美味しい。

 ふと二人を見てみると、二人も何かを飲んでいた。

 

「お母さんたちは何飲んでるの?」

「お父さんはお茶だな。緑茶。飲むか?」

「いや、桃の甘いのの後にお茶はきつそうだからいい。で、お母さんは?」

「お母さんはコーヒー。……飲まないでしょ?」


 その通りです。私はコーヒーは砂糖とミルクが《いっぱい》入ったのは飲めるけど、今お母さんが飲んでるような微糖のコーヒーは飲めません。

 私は、コクコクと頷いた。

 そんな私を見て嗜虐心が収まったのか、お母さんは微笑みながら話しかけてきた。

 

「ところで、今日も屋上で空を眺めてたの?」

「うん。どうして?」

「さっき病室に来る前に堤さんに会って話をしたんだけど。琉嘉。あなた今日、空を眺めるのに熱中しすぎて点滴の時間忘れてたんだって?」


 堤さんの裏切り者。っていうか、コレはヤバイのでは?いや、明らかにヤバイよ。

 お母さんが黒いオーラを背後に纏わせ、私のほうを見る。私の回答を待っているようだ。ちなみにお父さんは関わらないことにしたらしく、飲み終えたジュースの空き缶を捨てに、病室を出て行った。

 お父さんズルイ(泣)。

 

「琉嘉」


 お母さんが我慢できなくなってきたらしい。私の名を、静かに呼んだ。

 

「ゴ、ゴメンナサイ」

「謝るということは、本当なのね。琉嘉、お母さんはあなたに、空を見に行くのはいいけれど、時間だけは守りなさいと言ったわよね?」

「うん」

「あなたのその行動で、今日堤さんがどれだけ苦労したと思ってるの。きちんと謝った?」

「うん。すぐ謝ったよ。私が一方的に悪かったんだもん」

「そう。ならいいわ。今度からは絶対にこんなことがないようにするのよ。いいわね?」

「うん」


 私が謝ると、お母さんは大きな溜め息を吐いて言った。ゴメンナサイ、きちんと反省してます。

 そんな気持ちが伝わったのか、今日は比較的早めにお許しが貰えた。よかった。

 と、お許しがもらえたところで、ちょうど良くお父さんが帰ってきた。

 

「おや、お母さんのお叱りはもう終わったのかい?」

「ええ。琉嘉も反省してるみたいだから、早めに終わらせたの」

「そうか。反省してるならいいな。さて、外も大分暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか?」


 お父さんが言うと、お母さんが外を見た。

 

「あら、いつの間にか随分暗くなったわね。ご飯の仕度もあるし、帰りましょうか」

「ああ。じゃあな、琉嘉。また明日来る。本ばっかり読んでないで、勉強もきちんとしろよ?」

「はぁい」

「返事は『はい』でしょう?琉嘉。伸ばして言わないの」

「はい」


 この母は、普段はあまりそういうことは言わないが、言葉遣いに関しては五月蝿い。そんなお母さんから視線をはずしていると、お母さんは口を開いた。

 

「あぁ、言い忘れてたけどね、今度の休みに伯母さんたちが遊びに来るそうよ。その日に琉嘉が外出許可取れたら遊びに連れて行ってくれるって言ってたわよ?」

「ホント!?やったぁ!!」

「本当。でも、琉嘉がいい子にしてないと外出許可取れないよ?」

「大丈夫!私いい子だもん!今日はちょっと時間忘れてたけど、今後は絶対そんなことしないもん!」

「そうね。琉嘉はいい子だもんね。じゃあお母さんは先生にお話しておくから、琉嘉は行きたいところを考えてなさい」

「うん」


 伯母さん。お母さんのお姉ちゃん。おっとりした感じの優しい伯母さん。隣の県に住んでいて、時々遊びに来る。

 そして、時々遊びに来ては、いろんなところに連れて行ってくれる。大好きな伯母さんだ。

 

 お父さんやお母さんが帰るとすぐに夕食の時間が来た。今日のおかずは………すばらしく苦手なもののオンパレードだ。

 

「きちんと残さないように、全部食べようね。琉嘉ちゃん」


 残そうと考えていたのを、先に堤さんに釘を刺される。さすがに1年以上付き合っているだけある。私の苦手なものは堤さんに筒抜けだ。

 

「…はーい」


 内心舌打ちをする。だが、ここまで言われて残すと後が怖いので、私は諦めて苦手なものにも手をつけた。うぅ、不味い(泣)。

 そしてご飯の後はもちろん薬を飲む。私は手馴れた操作で薬を取り出し、飲む。錠剤が喉を通る。錠剤は、どんどん落ちて行く。

 

 食器を下げた後は、読書タイムだ。まず、おじいちゃんが送ってきてくれた本の前に、先に読んでいた本を読む。しおりを挟んだページを開き、また読書に励んだ。

 しばらく読んでいると、どこからかビープ音が鳴る。私が設定していたアラームだ。アラームを止めて時計を見ると、8時だった。

 私は今のページにしおりを挟み、テレビをつける。耳にかけたイヤホンから音が響く。私は好きな番組をのんびりと見る。

 そして、その番組が終わると、もうすぐ消灯時間だ。まぁ、寝るつもりはないが。そう思いつつ、読みかけの本を取り出し、しおりのページを開く。その瞬間、電気が消えた。もう時間らしい。

 私は枕元に置いてあるスタンドの電気をつけた。本を読めるくらいの光が辺りを照らす。それを確認して、さあ読もうかと思った時、いきなり声がかけられた。

 

「消灯時間を過ぎたこの時間に、何をしようとしてるのかなー?」


 ビクッと体が揺れる。声をかけてきたのは堤さんだった。手には懐中電灯を持っている。

 

「び………っくりしたぁ」

「ゴメンゴメン。でも、もう9時過ぎてるからね。本はまた明日にして寝なさい」


 堤さんは謝りながらも私に寝るよう促す。

 ていうか、懐中電灯をつけずに忍び寄るのは反則でしょう。そう思いつつも、私は布団を肩まで掛ける。

 

「電気消しても大丈夫かな?」


 私は黙って頷く。すると、枕もとのスタンドが消され、懐中電灯の仄かな明かりだけが、辺りを照らした。

 

「おやすみ、琉嘉ちゃん」

「おやすみなさい」


 そして私は、夢を見た。中学に入ったばかりの頃の、夢。懐かしいような、悲しいような。なんとも言えない夢。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ