真崎のお話 拍手お礼 7
ゆっくりとラウンジを出ると、目の端に外階段の出口が映った。
そこに、なぜか人影。
……もしかして。
足音を立てずにドアに近づいて、勢いよくドアを開ける。
そこには。
「真崎、先輩?」
鼻を真っ赤にして蹲る、久我がいた。
思わず目を見開いたまま立ち尽くしていると、久我は居心地悪そうに座っていた身体を起こした。
「こっちに用事ですか? 私、戻りますね?」
上げた顔は、笑っているけれど。
目のふちが赤い。
充血してる。
鼻が赤い。
要するに、泣いていたらしいことがバレバレ。
戻るといっているのに真崎がドアを塞ぐように立っているから、どうにも出来ずに困ったように見上げてくる。
――ホントに真崎先輩に嫌われてたら、仕方ないけど少しはへこみます。さすがに
そう、少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた久我。
随分冷めた反応だと思ったけれど。
この子は、負の感情を隠す事が得意なのかもしれない。
いつも明るくて笑っていて、素直で楽しそうで。
何も考えずに生きていそうな、単純素直な子。
その明るさに、佐和が惹かれたと思っていたけれど。
――相当な人数に嫌われてきましたから。もう、慣れっこです
きっと彼女の中には、誰にも気付かれたくない程の深い負の感情があるのかもしれない。
それを必死に覆い隠しているのかもしれない――
「真崎、先輩?」
どこうとしない真崎に、おずおずと掛けられた声に思わず手が動いた。
久我の小さな頭を、ゆっくりと撫でる。
「ごめんね、久我さん」
「……え?」
突然の真崎の行動に、困惑したような久我の表情。
「久我さんの言うとおり、さっきのは嘘だよ。だから泣かないで」
「泣いてないですっ」
図星だというのに、ふぃっと逸らされる視線。
強がりが、丸分かり。
「なんだかいろいろ考えちゃってねぇ。あー言ったら久我さんの面白い行動を見られるかと思って。ごめんね」
「なんですかそれ!」
キッと睨み上げたその瞳は、ほっとしたような不安そうなそんな色を浮かべていて。
傷つけちゃったな、と胸が少し痛んだ。
「ごめんね、美咲ちゃん」
「……え?」
初めて呼ばれる名前に戸惑う久我を、にこやかに甘ったるい笑顔で見つめる。
「許して。今日、夕ご飯奢るから」
佐和と一緒に。
そう言えば、まだ納得いかないような表情だったけど、久我は笑顔になって頷いた。
「高いもの、お願いしますね?」
それだけ言って、管理課へと帰っていった。
真崎が謝るきっかけを探していた事に、本心から許されようとしていた事に気付いたらしい。
納得していないけど、僕のために許してくれるんだろう。
その後姿を見送って、外階段の柵に両肘を付いた。
胸ポケットからタバコを取り出して、一本口に銜える。
許してくれた事に、ほっと安堵する自分。
あぁ、やっぱり。
ねぇ美咲ちゃん、やっぱり僕は君が嫌いだよ。
嫌いにさせてくれない、君が嫌いだ――
その日の夜、事情を知っている佐和がこれでもかと高いものを頼んだおかげで、真崎はこの月、節約に追われるはめになったのは後の小話。
そして、久我の抱える負の感情の一端を、翌年入社してきた瑞貴に見つけ。
企画課で斉藤と仕事をすることになった真崎は、その間、久我に対して不動の気持ちを持つことになる。
――可愛くて、素直で、真面目で、空気を読んで……そして、悲しい気持ちを抱えた美咲ちゃん
久我を傷つけてしまった自分への、戒め。
佐和に、想いは伝えない。
けれど久我を挟んでの佐和との応酬も楽しかったし、大切な友達として久我を見ている佐和がどう考えても自分の方を向かないと思えたからそれでいい。
何よりも。
佐和の事は関係なく。
久我を守りたいと思った。
だから。
彼女が心から笑えるその日まで、佐和に手は出さない……と。
誤字のご連絡、ありがとうございました!
訂正させて頂きましたm--m