真崎のお話 拍手お礼 6
ここまでくれば、馬鹿でも分かる。
最近、佐和と久我のことばかり考えていた理由。
僕は……俺は、佐和を手に入れたい。
佐和の感情を、手に入れたい。
あんな可愛くない後輩だというのに、どうしてこんなことになったのか。
「……久我さん、僕は君が嫌いなんだ」
思わず出た、本音。
佐和の感情を独り占めする君が、憎らしくてたまらない。
分かってる、これは筋違いの感情。
ただの妬み、嫉妬。
けれど。
君を可愛くて好きだと思っているからこそ、余計に。
その性格で佐和を手に入れている君が、憎らしくてたまらない。
久我は飲もうとしていたペットボトルをテーブルにおいて、じっと真崎を見ている。
真崎も、少しだけ口端に笑みを浮かべて視線を向けていた。
しばらくして、久我はペットボトルの紅茶を口に含むと、ゆっくりと飲み込んだ。
「嫌われてても別にいいですが、それ嘘ですよね」
「? なぜ?」
思わず出た、その言葉は本心に近いと言ってもいい。
なのに、なぜそう言い切る?
「そんな目をして言われても、信じろって方が無理ですよ」
「目?」
聞き返すと、小さく笑って久我は立ち上がった。
「こう見えて、意外と修羅場はくぐってるつもりなんです。だから大体分かりますよ。自分を嫌っている人間の事なら、余計に」
「……で?」
「そんな葛藤中みたいな目で言われても、信じられないと思っただけです。嫌われるほど、真崎先輩と接しているわけでもないし」
葛藤……中?
「僕が、迷ってるって……?」
「何かは分かりませんけど。それにもし本当に嫌いなら、それでもいいです。何でって思っても、仕方ない事だし」
「随分、冷めてるね」
いきなり嫌いって言われて、この反応。
普通じゃ、ありえない。
「相当な人数に嫌われてきましたから。もう、慣れっこです。でも――」
そこでふと、口を噤んだ。
「でも、ホントに真崎先輩に嫌われてたら、仕方ないけど少しはへこみます。さすがに」
それだけ言い切ると、久我は踵を返してラウンジから出て行った。
もう姿はないと分かっていても、じっとその消えた入り口を見つめる。
「相当な人数に嫌われてきたって……、どういう?」
修羅場とか、久我の口から出てこなさそうな言葉が乱立していたような。
なんであんな素直そうな子が、嫌われる?
「――真崎先輩。一体、貴方は何がしたいんですか?」
「……っ」
いきなり掛けられた声に、柄にもなくびくりと反応した。
入り口に視線を向けると、佐和がこっちに向かってくる姿が目に映る。
「佐和……」
なんでここに、そう言外に含めると佐和は目を眇めて真崎を見下ろす。
「事務課の課長から、先輩に伝言を頼まれたので。急ぎらしいので探しに来たんです」
「あぁ、そう。そーだろーね」
そういう理由がなきゃ、僕を探すなんてありえないだろう。
ふぅ、と溜息をついて珈琲を飲み干す。
立ち上がろうとする僕を、佐和は冷たい視線で制した。
「美咲、傷つけましたね」
それは、無表情。
怒りも何もない、無感情な顔。
「……聞いてたの?」
そう聞き返すと、頷きもせずに口を開く。
「なぜ、あんな嘘を?」
その言葉に、一瞬、動きが止まる。
「なぜ、佐和まで嘘だと思うの?」
さっきから、まるで問答の応酬。
佐和は、感情の見えないその顔で、淡々と言葉を紡ぐ。
「先輩が、美咲の事を好きだと知ってるから」
「――は?」
「だから、あれだけかまうのだろうし、私を邪魔にするのでしょう?」
「え?」
「でも、真崎先輩にだけは美咲は渡しませんから」
それだけ言うと、佐和は真崎の答えも聞かずにラウンジから出て行った。
真崎はその姿を呆気にとられながら、じっと見つめていた。
……嫉妬?
今の、佐和の言葉。
僕が久我さんを好きだと思って、彼女をとられたくないと?
「は……、はは」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
僕は、佐和が好きで久我さんを妬んで。
佐和は、久我さんが大事で僕を嫌って。
どんな一直線関係。
訳わかんない。
口元を押さえながら立ち上がると、空き缶をゴミ箱に放る。
綺麗な弧を描いたそれは、ゴミ箱に吸い込まれていって。
カランと、軽い音を立てた。
でも。
さっきの佐和の態度。あれは、僕が影響を与えた感情。
無感情というのは、感情がないわけじゃない。
それを覆い隠す、強い感情があるだけ。
それを作らせたのが、僕で。
向けられたのも、僕。
もっとたくさんの佐和を、見てみたい。
「僕、Sの方だと思ってたけど、Mだったのかなぁ」
僕は、久我さんじゃなくて佐和が好きなんだよ。
まぁ佐和に伝えたって、信じないだろうし切って捨てられるだろう。
僕も、今はそれを望まない。