真崎のお話 拍手お礼 4
「真崎先輩? お昼とらなくて宜しいんですか?」
「えっ?」
つい、自分の考えに没頭していた真崎を、佐和の声が現実に引き戻す。
目の前では、久我が怪訝そうな表情で真崎を見上げていた。
――くぁっ、可愛い……っ!
思わずぴくりと動いた右手を、佐和は見逃さなかったらしい。
「戻りましょう、真崎先輩。私も準備があるので、一緒に行きます」
傍らに置いていたランチバッグを手に取ると、スカートの埃を手で払いながら立ち上がった。
「え? 僕は、別に?」
素で答えた僕に、佐和の威圧感が増す。
綺麗に笑っているのはいつもの事だけれど、不機嫌そうな雰囲気に動きを止めた。
全てを流して感情を見せない佐和が、怒ってる。
自分の事じゃなく、久我さんをかまわれる事に。
「ふぅん……」
思わず口端が上がるのを、止められない。
立ち上がった佐和とそれを見下ろす真崎の構図に、久我さんは怪訝そうな表情のまま交互に視線を向けていて。
あぁ、やっぱり可愛いと心の中で呟きながら、肩を竦める。
「あぁ、そうだね。戻ろうか、佐和」
「えぇ、行きましょう。ごめんね、美咲」
途中から言葉を向けられた久我さんは、にこっと笑って頭を横に振った。
「ううん、お仕事頑張ってね! また明日」
そう言って、片手を振る。
だから、ツボだって。
やばいって、可愛いって。
そんな事を考えていたら、佐和が真崎を待たず歩き始めた。
じっと視線は真崎に固定したまま。
はいはい、行けばいいんでしょ。
保護者かっての。
息を吐いて踵をかえそうとした瞬間、目の端に久我さんの姿が映った。
思わずその頭に手を乗せる。
「じゃあね、久我さん。邪魔して悪かったね」
自分特上の甘い笑顔を浮かべたら。
「いいえ?」
きょとんとした顔を、返された。
え。
一応この顔、僕的決め表情なんだけど。
これして、顔を赤らめなかったのって佐和以外初めてなんだけど。
驚いたままそれでも無意識に頭を撫でていたら、その腕を佐和に引っ張られた。
「セクハラです」
そのまま汚いものを払うように腕を落とされる。
きつい視線に、ぞくりと何かが背中を這い上がった。
いや、そーいう意味の感覚じゃなくて。
人形だと思っていた後輩の、感情を見つけた驚き。
宝の地図でも見つけたような、面白さ。
「あぁ、そう。別に久我さんは何も……」
「セクハラです」
真崎の言葉を遮るように言い捨てた佐和は、久我さんの前に立つと埃でも払うように手のひらで頭を撫でた。
「ごめんね、美咲。うちの先輩、盗み聞きはするわセクハラはするわ。無視していいからね?」
「加奈子ってば」
佐和の言葉を冗談と取っているのか、けたけたと屈託無く笑う。
僕の周りにいなかったタイプ。
一気に興味を惹かれた。
ついそのまま久我さんを見下ろしていたら、佐和のきつい視線に気付いて思わず笑った。
「はいはい、行きますよ。またね、久我さん」
「? はい、お気をつけて」
――っ、何それ?
社内の自分の部署に戻るだけで、お気をつけてって……っ
久我さんの言葉に噴出すのを堪えながら、佐和と連れ立って屋上から社内に入る。
「随分とお気に入りなんだねぇ、佐和ってば」
六階に続く階段を降りながら、隣を歩く佐和に話しかけると冷たい視線を向けられた。
「美咲をからかわないでください。近づかないでください」
「えぇ? 僕フェミニストだから、大丈夫だよ?」
くすくすと笑いながら言うと、どこが、と佐和が呟く。
「先輩もどうせ分かっていると思うので。私と同じ人間ですよね、真崎先輩」
「……へぇ、だから?」
目の前にはドアの開いたエレベータ。
そこに足を踏み入れて振り返ると、ホールに佐和の姿。
「真崎先輩なら、私の言いたいこと分かりますよね?」
閉まるドアの向こうで、いつものように佐和が綺麗に笑った。
すぐに、エレベーターが下に向けており始める。
「階段で行ったわけか」
壁に寄りかかって、口元に拳を当てる。
からかいがいのありそうな、久我さん。
久我さんに近づくと、不機嫌になる佐和。
真崎は楽しくなりそうな日々に、思いを馳せた。




