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それは、デートですか? ・21

Side-宗吾




「ぐへぇ」


力を込めて俺の身体を押さえつけようとする瑞貴の向こうで、真崎の体に美咲の拳がめり込んだのが見えた。

流石にボディーブローが来るとは思っていなかったらしく、真崎の笑みが凍り付いて両手で腹を押さえた。

「まったく、自分の楽しみに皆を巻き込んじゃダメですよ」

憤慨したように両腕を前に組む美咲は、呆れたような表情を浮かべている。


「美咲ちゃぁん、久々ね? 愛のムチ」

「愛、入ってないし。あえて言うなら、虫けら見る視線くらいなら向けますけど」

強気に笑うその顔に、宗吾が告白する前の美咲が重なる。



あれから色々あって、やっと解決したけれど。

精神的に不安定な状況で過ごしてきた美咲は、元に戻ったといっても全てではなく。

あれだけ強気で明るくてさばさばしていた彼女は、少し遠慮したように大人しくなっていた。

ボディーブローも、最近見ていなかったし。



いや、普通の女がそれをするのかといったら、しない今の方が普通なのかもしれないけれど。



服に付いた草や土を払いながら立ち上がる。

そして瑞貴の腕を掴むと、力を込めて立ち上がらせた。

「まったく。おまえ達に対して、俺はいつまで妬かせられるのやら」

ぼそりと呟いた声が聞こえたのだろう。

瑞貴は苦笑を浮かべながら、埃を払った。



「せっかくだから、皆でご飯食べようよ。お昼、まだでしょ?」

「はぁぁぁっ!? 真崎さん、何言ってんですか!? 馬鹿? あんた馬鹿でしょ?!」

呆けていた田口が、真崎の言葉に慌てて立ち上がる。

「久我先輩たち、デート中なんだから!! 邪魔者は消えるべきですっ! ていうか、消えろ! 切腹して詫びろ!!」


――


「……すげぇ、田口」


思わずパチパチと拍手を送る加藤の頭を、田口はおもいっきり叩き降ろす。


「お前も少しは言え! このヘタレ最上級!!」

「……ヘタレ、ヘタラー、ヘタレスト……」

「その最上級じゃない!! ていうか、そんなものあるか!!」


噛み付かんばかりに怒鳴る田口に、項垂れたような加藤。

その光景に、思わず力が抜ける。



「あぁぁぁ、久我先輩! 本当にすみません!! 全員引き連れて帰りますので、どうぞデートの続きを!!」

がばっと上体を九十度以上折り曲げて謝る田口に、美咲はきょとんとした後思いっきり噴出した。

「田口さん、頼もしすぎっ」

けらけら笑う美咲につられるように、瑞貴や亨が笑い出す。

真崎は腹をさすりながら、まったく、と呟いていて。


一気に穏やかな雰囲気に変わっていく。



田口は美咲が笑ったのに安堵したのか、がばっと飛びついて謝っている。

というか、百六十はありそうな田口が百四十台の美咲に抱きついているのも面白い構図だが。



「久我先輩、すみませんっ。真崎さん止められませんでしたぁぁっ!」

「いいわよ別に、止められないってあんなの」

「あんなんでも一応上司だから、殴れないのが悔しいですっ」

「そうね、あんなのでも一応上司だからね。私は殴るけどね」



「あんなのあんなの、うるさいよ二人とも」


真崎は腰に手を当てて、二人を見ていて。

それに対して、美咲と田口が剣呑な視線を送っている。



なんだか、いつもの光景だ。



宗吾は、全身から力が抜けて思わず苦笑した。



まったく、美咲にはいつまで振り回される事になるんだろうな。



美咲の笑顔を見て、蟠っていたイライラが晴れていく。

……焦る事はない、ゆっくりでいい。



美咲の傍に行くと、彼女は小さく首を傾げて俺を見上げた。

すでに田口は加藤のヘタレさを、くどくど責めているため傍にはいない。

「飯、食いに行くか」

そう言うと、美咲は伺うように口を開く。

「その、……いいんですか?」

言い辛そうにしているのは、きっとさっきの俺の言葉を思い出しているからだろう。

そりゃ、残念な事には変わりないけれど。

そういう意識を持ってもらえただけでも、今日は良しとしよう。


「あぁ。それよりもこんな大勢で、どこで食うかな」

その言葉に、ほっとした顔で笑みを浮かべる。

「そしたら、うちで食べましょうか。田口さんと一緒に作りますから」

「マジですか! デートは!! 初デートは!」

加藤を足蹴にしていた田口が、悲壮な表情をこっちに向けた。

「そんな連呼しなくていいから……」

流石に美咲は恥ずかしそうに周りを見回している。



さっきから騒いでいたから、ちらちらとこっちを見ている奴らが結構いた。


宗吾は仕方ないと笑うと、ぐるりと瑞貴たちを見た。



「こんな大勢の保護者をくっつけて、それとはいえんだろ」


それに答えるように、亨の足元の小太郎が元気よく吼えた。

「んじゃぁ、家に帰ろ。お腹すいた僕」

真崎の声をきっかけに、駅の方へ歩き出す。



「なんかすみません、課長」

美咲が隣を歩きながら、つんっと上着の裾を引っ張るから。

耳元に口を寄せて、周りに聞こえないように宗吾は囁く。

「今度は誰にもばれないように、うちに直行な」

「……課長っ」

小声で睨みつけてくる美咲が、可愛くて。

三十歳にもなって何やってんだかと思うけれど、惚れているのだから仕方がない。



ぽんぽんと上着を掴む美咲の手を軽く叩いて、視線を後ろから歩いてくる真崎に向けた。


「真崎に話があるから、先に行っててくれ」

「僕は無いよぉ」

「俺はある」


美咲から離れて真崎の隣に行く。

その肩を掴んで、立ち止まった。


「じゃあ、後から行くから」


瑞貴たちは真崎を哀れむような顔をしていたけれど、止める気はないらしく手を振って駅へと入っていった。

それを見送ってから、真崎の肩を離す。



「何、加倉井課長」

おちゃらけた雰囲気が少し消えて、至って普通の話し方に変わる。

「お前も課長だろ、真崎課長」

「仕事の話? こんな休みの日まで嫌だな」

「違う」


溜息をついて、宗吾は真崎を見た。



「俺に言いたい事、本当はあるんだろう?」



真正面から、真崎を見据える。

こいつは本当にお調子者だ。

それは確実に。

自分の楽しみの為なら、労力は厭わない。



けれど。



自分のテリトリーに入れた人間を、最大限守ろうとする。

美咲然り、瑞貴然り。

相手にわからないように、気付かれないように。


その真崎が、美咲に怒られる事前提で行動したなら。



「瑞貴、か?」


そう、ストレートに名前を挙げる。


真崎は悪戯が見つかったような表情で、肩を竦めた。

「田口みたいに、馬鹿馬鹿言ってくれた方が可愛いのに」

そう言って、溜息をつく。

「可愛くなくて結構だ」


真崎は目を細めながら、口端を上げた。

「焦る気持ちも分かるけど、もう少し猶予をあげてくれない?」

「猶予?」

同じ言葉を聞き返すと、真崎はポケットに手を突っ込んで宗吾を見据える。


「まだ、一ヶ月。あの子がもう少し落ち着くまで、分かり易いことしないであげて欲しいな」

「……落ち着いていないのか?」


確かにすぐに振り切る事はできないだろう、けれど一緒に住むとそう決めたのなら割り切る覚悟が出来たって事なんじゃないのか?


「俺は弟だって言ってるけど、まだ無理してるのばればれ。週末の約束、もう少し待ってあげてよ」



週末の約束、その言葉に宗吾の眉間に皺が寄っていく。

「そんなところから聞いていたのか」

真崎は気にするわけでもなく、宗吾の言葉を流す。

そのまま駅へと歩いていく真崎の後を、宗吾はゆっくりとした足取りでついていく。




真崎こそ、本当に可愛くない。

こいつは馬鹿じゃない、馬鹿になれるだけだ。

飄々と、物事を片付けていく。

広報よりも、秘書課に行った方がいいんじゃないかと思うほど。



こいつにだけは、負けたくない。

きっと真崎もそう思っているはず。


それでも。



「瑞貴は、お前にとってなんだ?」

追いついた背中に、質問を投げかける。

真崎は顔を傾けて宗吾に視線を向けると、にこりと笑った。



「美咲ちゃんの次にかわいい弟。加倉井課長にとっても、瑞貴はそういう存在なんだと僕は思ってたんだけど?」


「……まぁな」



可愛い部下で、恋敵で、弟で。

口には出さずとも、きっとこれから瑞貴との関係は続いていくと思っている。

仮に、美咲の存在が無くても。



前に向けた視界には、ホームで待つ美咲たちが映って。

向こうもこっちに気付いたのか、笑いながら手を振っている。



宗吾はその光景を見て、溜息をついた。


「保護者どころか、小姑だらけか」

呟く言葉に、真崎が笑った。

「ご愁傷様」


そのまま階段を上っていく真崎の背中を見上げる。




デートさえも、簡単には許されない……か。



「……美咲の家族は鉄壁だな」



宗吾のぼやきは、誰に聞かれるでもなく風に流されていった。





それは、デートですか? はこれにておしまいです。

読んでいただき、ありがとうございました^^


宗吾の望みは、いつ叶う事やら(笑


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