それは、デートですか? ・15
Side-加倉井
「は?」
一体、何が、どうなったんだ?
無表情なりに驚いた顔で、宗吾は目の前に立つ美咲を見上げた。
いきなり落し物を探してくるといった美咲が、行きと同じ様に全力疾走で戻ってきたのがついさっき。
スカートで全力疾走もどうかと思ったが、まぁ、それは置いておく。
それ以上に、一体何が、どうなったのか――
美咲は呆けたように見上げてくる宗吾に向かって、先ほど口にした言葉を再度繰り返した。
「課長、何か怒ってるならきっぱりはっきりお願いします!」
両手で握りこぶしを作って勢いよく、なんだか宣戦布告をされているようなこの状況。
さっきまでの暗い表情は、まったくない。
いや、それはそれでいいんだが。
「は?」
怒ってる? 俺が?
宗吾は小さく首を傾げて、眉を顰めた。
「別に、怒ってるわけではないが……」
怪訝そうな声になるのは許せ。しかし、怒ってはいないぞ、俺は。
美咲は思いっきり顔を顰めて、首を横に振る。
「じゃぁ、なんで帰るなんて言うんですか?」
意味が分からないとでも言うようなその表情に、何で分からないんだと諦めの境地。
お前と、二人になりたいからだ。
視線に含みを持たせてみたが、当たり前のように美咲には伝わらない。
美咲が鈍いのは分かってる。
けれど、いくら美咲の望みでも俺にだって羞恥心ってものがあるわけで。
ここで俺に、言えと?
お前を……お前と……
宗吾はそれを言う自分を想像して、一気にその考えをシャットアウトする。
――無理
宗吾は大きく溜息をつくと、座っていたベンチから立ち上がった。
見上げていた美咲を、反対に宗吾は見下ろす。
上を向いているからか、さっきより明るい日差しにさらされた美咲の目がうっすら赤い事に気づいた。
ゆっくりと指先を、美咲の目元に這わす。
少し、熱を持って……?
美咲は宗吾の指を避けるように、少し顔を背ける。
「泣いたのか?」
「泣いてないです」
即答するところが、疑わしい。
宗吾の胸に罪悪感が広がる。
確かに、美咲の鈍さにイライラしていた。
水沢の登場にも。
水沢への、美咲の態度も。
宗吾は避けられた手を頬に滑らせて、ゆっくりと自分の方に向ける。
戸惑いながらもこちらを向いた美咲に、”悪かった“と呟いた。
「課長?」
いきなり謝る宗吾に、困惑したような表情を浮かべる美咲。
宗吾はその頬をゆっくりと撫ぜる。
「泣かせてしまった」
「……泣いて、ないです」
目だけ伏せるその姿はとても小さく見えて、いつもの快活で負けず嫌いな美咲からは考えられない。
それほど、悲しい思いをさせてしまったのかと思うと、宗吾の心の中で燻っていたイライラが消えていく。
「降参、だ」
そう言いながら、宗吾は美咲の頬に触れていた手のひらを肩まですべり落とした。
美咲の天然も鈍さも、知っていて共に居たいと願ったんだ。
こうやって美咲が俺を理解しようと努力してくれるなら、自分も伝える努力をするべきだ。
――恥ずかしい事、この上ないが
いや、別に直接的な言葉を言わなければいいわけで。
怪訝そうな視線を向ける美咲に、少し目を細めて笑みを浮かべる。
「その、お前が瑞貴の家に居候始めた日の事、覚えているか?」
美咲とこれから未来の約束を交わした翌日、よりにもよって恋敵であったはずの瑞貴の家に居候する事に決まった。
宗吾の言葉に、まったく違う話をされた美咲は困惑しているようだったが、それでも小さく頷いた。
「えぇ、覚えていますけど」
たった一ヶ月前の話。
「その時、居候を許す代わりに約束した事を覚えているか?」
「約束?」
美咲は眉を顰めて、小さく呟く。
視線を固定して考え込んでいるという事は、まったく覚えていないのかと宗吾は溜息をつく心地だった。
その約束を実は凄く楽しみにしていた宗吾としては、泣かせた事実がなければさっきよりも機嫌を悪くしていたかもしれない。
そんな宗吾に気付かず、美咲はまだ考え込んでいて。
宗吾は諦めて、美咲の耳に口を寄せる。
「週末は、うちに来いと約束した」
宗吾が小さな声で伝えた言葉に、美咲の表情がしまったとでも言うように変わっていく。
ゆっくりと身体を起こすと、見下ろす先の美咲は視線をそらすようにいろいろな方向に向けていて。
あまりのあからさまな誤魔化しに、怒るどころか苦笑が浮かぶ。
「忘れていただろ」
たたみ込むように言うと、美咲は諦めたのか“すみません”と頭を下げた。