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要の想い (お礼SS)

企画課主任 間宮 要(二十九歳)

「猶予は皆無」十九話目。

間宮が朝遅刻ぎりぎりで出勤してきた際の、間宮視点の話です。







「要くん、もうそろそろ時間よ?」

耳に心地いい、女性にしては低めの声。


「聞こえてるでしょう? 起きないと」

ベッドの横から間宮を覗き込むシルエットが、朝の明るい日差しの中に浮かぶ。




そこには、愛しい女性の姿。

既に身支度を終えていることに、少しの寂しさを覚えながら。





ベッドの中から手を伸ばして、彼女の腕を掴む。


「なぁに、寝ぼけているの?」

困ったように溜息を零す彼女を、片腕で引き寄せる。




大人の女性にしては軽く細い体躯。

ベッドの中に引き込めば、簡単に自分の腕の中に納まる。




「とーこさん、おはよう」





頬に掛かる髪を指先で避けて、露わになった耳元に吐息と共に言葉を零す。

一瞬身体を震わせた桐子は、自分を絡めとる間宮の腕に触れた。




「おはよう、要くん。でもね、こんなことをしている時間なんてないわよ?」

その言葉に時計を見れば、確かにアラームをセットした時間を少し過ぎていた。


「私の家から要くんの会社まで遠いいんだから、無理しないで日曜日は帰ればいいのに。月曜の朝が辛いでしょう?」


なんともつれない言葉に、間宮はそれこそ溜息をついた。





「とーこさん、いい加減に要くんっていうのは止めない? 俺、もう二十九歳なんだけどな」

桐子の会話を流し、自分の要求をついぶつけてしまう。

子供っぽいとは思うけれど……




桐子は腕の中で身じろぎをしながら、間宮の何も身につけていない胸に手のひらを置いた。

そうして、少し力を入れて間宮の腕の中から、抜け出そうとする。




「どうして逃げ出そうとするの?」


押し返された以上の力で、桐子を自分の身体に押し付ける。

桐子が懸命にあけたはずの空間は、間宮に一瞬にして塞がれた。




「なんで、何も言わないの?」


さっきから、間宮が質問を繰り返すばかり。

桐子は、何も言わない。




「本当に素直じゃないよね。俺が、こんなにあなたの事を好きなのに」


横から抱きしめていた身体をずらして、上から覆いかぶさる。


昨夜の情事の後、そのまま眠ってしまった間宮は、何も身につけていない。

既にシャワーまで浴びて身支度を整えた桐子との違いに、何か倒錯的な感情が浮かぶ。




「……要くん……、時間――」



この状態でも冷静な桐子の声に、理性が飛んだ。


喰らいつくようなキスを浴びせ、桐子の理性を剥いでいく。

その下に隠れている本心を、探し出すように。




「やっ……、かな……めっ……」


動き出した間宮の手を止めようとする桐子の華奢な両手を、片手で纏め上げて頭の上でベッドに押し付けた。


合わさった視線に、間宮はゆっくりと微笑む。

「やっと、名前だけで呼んでくれたね」

息の上がった桐子は、上気した頬を隠す事も出来ずじっと間宮を見上げる。




「……ねぇ、とーこさん。いい加減、素直になって」



「……要くん」

落ち着いてきた呼吸。

間宮を呼ぶ声。

間宮は押さえつけていた桐子の手首を開放すると、頬に右手を添えて優しくキスを落とす。




「俺はとーこさんが好きだよ。もうずっと」




目を瞑らなくても思い出せる、あの若かった日々。

制服を着た桐子が、その無表情を崩したあの日から。

間宮の心は、桐子だけを欲しているのに。



桐子はじっと間宮を見上げると、目を伏せた。




「ありがとう」

その声音には、嬉しさも見え隠れするけれど、それ以上に何か隔たりを感じて桐子の身体を両腕で抱きしめる。




「こんなに一緒にいるのに、俺はまだあなたを手に入れられないのかな」




桐子と恋人になって、既に十年以上は経った。

前よりは近い存在になれたと思うけれど、それでも捕まえていないと桐子が逃げていってしまいそうな感覚に陥る。




腕の中の桐子は、すでに冷静さを取り戻している。

「要くんのこと、好きよ。でも、あなたに私じゃ釣り合わないわ。だから、他に好きな人が出来たら、私のことは気にしなくていいんだからね」


「……つれないな、とーこさんは」


もう一度両腕に力を入れて桐子の身体を感じてから、その腕を離した。

「俺は、とーこさんしか考えられないのに」

そう言って起き上がると、床に落ちていたスウェットに足を突っ込む。




「もっと早くあなたを助けていたら、こんな回り道はしなくて済んだのかもね」


後ろで、桐子が起き上がる衣擦れの音が耳につく。

早く落ち着かないと、理性を総動員しているこの間に。


「後悔しても、したりないよ」

「要くんの所為じゃないわ。それに、あなたしか気付いてくれなかったもの。だから、本当に感謝してる」


ベッドから降りて間宮の上着を拾い上げる桐子は、いたって無表情。

でも、無表情だからといって感情がないわけじゃない。

その目に浮かぶのが純粋に感謝の念だと気付いて、間宮は溜息をついた。




「じゃぁさ、俺がもし他所に行ったら、とーこさんはどうするの? 好きな男でも、連れ込む?」

受け取った上着を羽織ながら、少し意地悪な質問を浴びせかける。

桐子は少し口元を上げて、自嘲するような笑みを浮かべた。


「そうかもね」

「心にもないことを」


反論できないように桐子の身体を、力任せに抱きしめる。


「俺のことが好きなくせに。他に誰もいないくせに」

桐子の後頭部に右手を回し、上を向かせる。

視線を合わすと、揺れるその色。




感情を、読み取る。





「そんな悲しそうな表情をするなら、嘘なんかついちゃだめだよ」

桐子の身体が持ち上がるんじゃないかというほど力を込めて、彼女を抱きしめて。





「早く観念して、俺のものになりなさい」



――もう、逃げようと思わないくらい





唇に、再びキスを落とす。



甘く柔らかいその感触に酔いそうになりながら、間宮は思いを伝えるように優しく桐子を包み込んだ。













「おはようございます」

会社に着くと、いつもと見慣れない風景。

課長と瑞貴、斉藤がデスクに向かって仕事を始めていた。

間宮の声に、全員が顔を上げる。

「間宮、どうしたんだよ。朝来てお前がいなかったから、体調でも崩したかと思った」

斉藤が椅子の背もたれに身体を預けながら、目の前のデスクに着く俺を見る。

いつも朝は一番早く出勤しているから、おかしく思ったんだろう。


「つい、ね」




言葉をあいまいに濁すと、斉藤は何か気付いたようににやりと笑った。


「そういえばとーこさんは元気?」


あぁ、ばれたな。


斉藤には裏の自分も見せたから、なんとなく感じ取られたか。



微笑んだまま見返していると、横から瑞貴がとーこさんて? と、斉藤に聞いた。




「間宮の彼女。一度しか会った事ないけど、綺麗な人だったなぁ」

「そうなんですか、へぇ。なんか間宮さんてすげぇ紳士ーって感じだから、こう穏やかな付き合いなんでしょうね」





……朝っぱらから彼女をベッドに押さえつけるのは、紳士って言うのかな




内心苦笑しながら、斉藤に標準を合わせる。



「久我さんは?」


真崎の手伝いのはずの久我さんの姿が見えない。

ま、おおよその見当がつくから聞いてるんだけどね?


ほら、斉藤の表情が固まった。




「今日は朝から倉庫の片づけをしてるんですよ。さっき一度顔を見せにきたんですけど、こもってます」

隣から瑞貴の声。




「企画会議は午後からだし、久我さんの企画商品はもう他部署の手に渡ってるから、丁度時期的にはよかったのかもね」


斉藤の尻拭いには……、そう言外に含めて斉藤を見ると、あからさまに視線を反らされた。



う~ん、本当にこいつを弄るのは楽しい。





意識して冷たい笑みを斉藤に向けていたら、瑞貴がうんうんと何か納得している。

「企画課の良心というか、常識人というか。さすが間宮さん」

「って、課長もそうでしょう?」

そう言って課長を見ると、我関せずでキーボードを叩いてる。




「あの無表情に、良心とか常識とか似合わないですよ」

「そうかな、一番の常識人だと思うけどね」



腑に落ちなそうな表情に、にこりと笑って仕事を開始する。







だって、ねぇ……瑞貴。


いくら愛しい女性が目の前にいるからといって、常識人なら朝から手を出すかな?

遅刻しないまでも、ぎりぎりになると分かっていながら。








俺はね、常識人じゃないよ。

常識人を隠れ蓑にした、ただの我侭な男なんだ。




とーこさんが逃げ出さないように、俺という檻に閉じ込めている。








PCが立ち上がるのを待ちながら、頬杖をついて久我さんのデスクを見つめる。



会社で理不尽ないじめを受けて怪我をしていた久我さんの姿。

あれをみた時、記憶とオーバーラップした。




いじめを受けていたとーこさん。

助けられなかった、自分。

原因である、自分。





課長、……瑞貴。

愛しい人を守りぬけなかった俺が、言うこと自体間違いなのかもしれないけれど。





好きなら、全力で守れ。

少しの変化も見逃さないで。






後悔するのは





絶対に男の方なんだから――








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