それは、デートですか? ・14
Side-哲
今日は、会社の会議かなんかか?
美咲を探して散策路を急いでいた瑞貴は、そこから少し外れた木立の向こうにその姿を見つけた。
背の高い瑞貴だから、きっと見つけられたのだろう。
茂みに隠れるようにしゃがみこんでいる美咲を、瑞貴は怪訝そうに見つめる。
何であんなところに――
日本人の平均身長を大分越えている無駄にでかい身長を前屈みに低くして、美咲から少し離れたところにある茂みにその身体を隠した。
そのまま聞き耳を立てていたら。
「悪いが嫉妬深いんだ、覚悟しておけ」
聞き覚えのある言葉と、聞き覚えのある声。
一瞬ばらされたと、頭から血が引いた。
――亨のやろう……
美咲と一緒にいるのは、なぜか亨だった。
話から察するに、宗吾と仲良くみたいなそんな感じ。
? 美咲と課長、けんかでもしたのか?
自分が見ていないところで何があったか気になるが、美咲が言った言葉に引いていた血が思いっきり頭に戻った。
「ふふ、私はいい弟を持った」
――おとうと?
こっそり覗くと、本当に嬉しそうに亨の頭を美咲は撫でていて。
かちん、とくるのは仕方ない事だよな?
二人はそのまま会話をいくつか交わすと、美咲は勢いよく散策路を向こうへ走り去っていった。
それを見送る、亨に音もなく近づく。
すると、亨は思っても見ないことを呟きやがった。
「最初っから、弟、だもんなぁ」
――てことは、そう望んじゃいなかったってことか?
思わず、目が細まる。
亨はじっと美咲の後姿を見つめたまま、立ち尽くしていて。
その肩に右手を回し、反対の肩に顎をのせる。
びくり、とその身体が震えた事につい暗い笑みが浮かぶ。
「……へぇ? お前まで、美咲狙いだとは知らなかった」
弟じゃなかったっけ?
さっき、美咲にそう呼ばれていたのをイラつきながら聞いたのはこの際棚に上げよう。
亨は引き攣ったような笑みを浮かべて、
「――哲弘、奇遇だね」
そう、呟いた。
「うん、そうだねぇ。奇遇だねぇ、亨くん?」
肩に回した腕に力を入れて、そのまま散策路にあるベンチへ連れて行く。
「ははは」
明らかに挙動不審気味の亨を、勢いよくベンチに座らせた。
「で、なにがあった。全部吐け」
「え?」
詰め寄られるだろうと思っていた亨は、瑞貴の言葉にぽかんと口を開けた。
「お前のことより、美咲のこと。なんであいつ、課長と離れてんだよ。どうしてお前と一緒にいるわけ?」
「――分かり易い幼馴染だね」
「悪いか」
亨はくすくすと笑いながら、事のあらましを話してくれた。
――のは、よかったが。
聞いているうちに辺りが真っ暗になりそうなくらい、黒い雰囲気を醸し出し始めた瑞貴に亨は気付いて口を閉じた。
「……欲求……不満――?」
ぽつりと呟くその声は、おもいっきり低い。
亨は怖いなぁと内心思いながら、美咲の為になんとか口を開く。
「仕方ないでしょう、哲弘。二人は付き合ってるんだか――」
「分かってる、あぁ……分かってるよ」
瑞貴は亨の言葉を遮って、苦しそうに呻く。
「付き合ってりゃぁ、そんな状況、あるってこと分かってる」
ぶつぶつと呟く瑞貴からは、いつもの気の強さや自信は見受けられない。
どうしたものか……、と、伺っている亨の視線にも気付かない。
瑞貴の頭には、朝、電車の中で浮かんだ考えが一気に甦っていた。
組み敷いた、あの美咲の姿。
あの状況に、課長となる、そう思うとリアルすぎて思考も身体も拒否反応を起こしてしまう。
「あぁ、なんで俺、あんなことしちまったんだよ」
「あんなことって?」
「押し倒した事あるから、あまりにもリアル過ぎて」
思わず両手で頭を抱える。
「――押し倒した……?」
「あぁ、だから……」
口にしてから、はた、と止まる。
今、亨の声で返答があったような。
頭を抱えていた両手を解いて、ゆっくりと亨に視線を向ける。
そこには、さっきまで挙動不審だった亨の姿はない。
冷たく目を眇める、亨。
気圧されそうな雰囲気に、思わず瑞貴の腰が浮いた。
亨はそれを許さず、瑞貴に視線で座るように促す。
「哲弘。どういう事?」
「え……と?」
俺、今、口に出した……?
ごまかすような声を上げると、亨は冷たい笑みを口元に浮かべる。
「押し倒したって、どういうこと?」
やばい、口に出したっぽい。
ここは、さっさと逃げた方がいいかもしれない。
亨は優しい大人しい奴だから、まくし立ててしまえば……
瑞貴は内心そう決心すると、口を開いた。
が、間に合わず。
亨の声が響いた。
「俺のあだ名、覚えてる?」
「――」
逃げられない。
優しそうで、大人しそうで、美咲に尻尾振ってるこいつのあだ名は。
「鬼上司」
亨の口端が、ゆっくりと上がる。
「ご名答」
今日の俺、終わった――