夏の思ひ出
「あーちゃん、あーちゃん」
わたしを呼ぶ声がした。あのキンキンに高い声はたぶん、ゆーくんだ。
わたしの家の扉をドンドンと何度もこぶしで叩いて、「あそぼーよー」とか「あけてーっ」って言ってくる。わたしはゆーくんと違って身体が弱いから――やんちゃなゆーくんと遊んではいけない、とお母さんに前から注意されていた。それに昨日から、なぜかお母さんがいないので、勝手に遊ぶことは許されない。遊んだら、ぜったいお母さんに説教されるだろう。
何度もこぶしを叩く音がするうちに、やがてわたしは痺れを切らし、ドンドンという太鼓みたいな音がする木製の扉を横に開いた。わたしたちの住んでいる町はいわゆる『田舎』と言われるものであり――万引き含めた犯罪数なども二桁にも上らないので、空き巣や泥棒などとは無縁で――鍵なんてどこの家もかけてはいなかった。あ、でも、大金持ちの海原さんだけは、鍵を扉につけていたような気がする。
とか考えているうちに、ゆーくんが傷だらけのこぶしをわたしにぶつけてきた。
「なにするのよ!」
とわたしは殴られた肩をさすって、ゆーくんの頭をぽかぽか殴る。わたしは怒って殴っているのに、ゆーくんはなぜか楽しそうに「痛いっ」「にゃっ」とか、大きなお友達がきゅーん、ってなるようなことばかり言っていた。
ゆーくんは「お外に虫を捕りに行こう」と言ったが、わたしはお母さんに行くなと言われていることを告げて、ゆーくんはちょっと困った顔をしたけれど――
「じゃあ、お家であそぼっか」
と意気揚々に虫捕り網をわたしの家の玄関に置き去りにして、さっさと泥だらけの靴を脱ぎ捨てた。今日がカンカン照りなのに泥がいっぱい付いているのは、ゆーくんが田んぼで虫捕りをしていた、動かぬ証拠という奴だ。
わたしは「もーっ」って汚くなった玄関を頬を膨らませて一瞥しながら、ゆーくんの後を追った。
1
「なんかさー、最近なんの事件もなくてつまらないよなー」
なんて、不謹慎なことをゆーくんがアイスを舐めながら言う。ゆーくんの舐めているアイスは上部がMの形にへこんでいて、「ゆーくんは変な食べ方するわね」って呆れた感じに悪口を言ってやった。なんか虚しい。
「事件? べつに平和のほうがいいんじゃないの?」
と、ゆーくんの発言にわたしがもっともな意見をする。推理小説みたいにグロい死体でみんなの前に晒されるなんて、死んでも嫌だ。まあ、死んだら何にもできないだけど。
「ほら、外国のせいちかの人たちが言ってるじゃん? 日本は平和ボケしているって」
「それ、たぶん政治家だと思うわよ。ついでに平和ボケ良いと思うわよ」
「でもさー、にほんが戦争持ち込まれたら、もうぼくたち死ぬでしょ? だから、じきゅうりょくっていうのをつけておかなくちゃ」
「馬鹿のくせに難しい言葉を知っているのね、ゆーくんは。でも、それを言うなら耐久力だと思うわよ。わたし、日本語の神様だから、日本語なら何でも知っているわよ」
「でもあーちゃんってもやしだよねーあはははうぎゃっ」
ゆーくんの腹をわたしが思い切り殴った。ゆーくんは直線的に生きている男の子だから、ゆーくんに遠慮なんて概念は存在しない。
まだわたしたちは幼いから、いくらわたしが弱くても、大体力量は大差ないのだ。やんちゃなゆーくんでも、わたしのパンチに応える。でも、いつかはわたしが超弱者になることは、もう分かってはいた。
「ねえ、ゆーくん」
と前置きをおいて、わたしは、ゆーくんに告げる。
「ゆーくんは、一体何のために生きているの?」
「うん」
「わたしには、ゆーくんのそのおどけた態度が、誠意を濁しているように見える」
「うん」
「わたしは、そんなゆーくんが怖い」
「うん」
「ゆーくん、なんであなたはわたしのお母さんを殺したの?」