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3話 天使と悪魔

馬に揺られること数時間、俺たちはドイナーカとかいう街に到着した。


 確かにズバーンとやらに比べれば小さいが、活気はあるようだ。老剣士は、街で一番でかくて立派な建物の前で馬を止めた。


「ここで待っていろ。ギルド長に話をつけてくる」


 そう言うと、老剣士は建物の中に消えていった。

 一人残された俺は、手持ち無沙汰に街を眺めると。


「あの……あなた、この街の人じゃないでしょ?」


 背後から鈴を転がすような、なんて表現は使い古されてるが、まさにそんな声がした。

 振り返ると、そこにいたのは、めちゃくちゃ可愛い女の子だった。

 切れ長の目に、少し困ったように下がった眉。露出度の高い、踊り子みたいな衣装は、この辺の民族衣装なのだろうか。

 とにかく、可愛い。重要なので二回言った。


「変わった服を着てるのね! どこから来たの?」

「え、あ、いや、その……遠いところから」


 俺は戸惑いながら、適当にごまかす。

 スウェットが珍しいってことは、ユニク■にあるような服はこの世界にはない。

 女の子は不思議そうな顔をしたが、何か訳ありなのだと察してくれたらしい。


「そうなんだ。ここはズバーンに比べたら小さいけど、結構栄えてる方だから、よかったらゆっくりしていってね!」


 天使か? 天使なのか?天使なんだわ。

 女の子はにこっと笑うと、手を振ってどこかへ行ってしまった。

 転生早々、獣人に勧誘されたかと思えば目の前で惨殺死体を見せつけられ、俺のSAN値はもうゼロ寸前だった。そんな俺にとって、あの子の笑顔はフルポーション、いやエリクサー並みに効いた。マジで。


 しばらくして、老剣士が戻ってきた。気づけば、空はもう夕暮れに染まっている。


「話はついた。ギルド長が宿を貸してくださるそうだ。ここを拠点にしろ」


 そう言って、古びた鍵を一つ投げてよこす。


「ちょうどここから見える、あの宿屋だ。俺は別の用がある。お前一人で行け。受付には寄らなくていい」


 老剣士は、急に真剣な表情になると、俺の肩を掴んだ。


「いいか? 今夜、何があっても絶対に部屋から出るな。絶対に、だ」


 その言葉だけを残し、彼は人混みの中へと消えていった。


 -----


 言われた通り宿屋の一室に入った俺は、ただベッドの上で時が過ぎるのを待っていた。

 外はやけに騒がしい。窓の外には大きな山脈が見え、その手前には森が広がっている。

 ん? 森の様子が、おかしい。

 一部が不自然に、赤く明るい。まさか……燃えている?


 その瞬間。


 ゴゴゴゴゴゴッ!!


 凄まじい轟音と共に、大地が突き上げるように揺れた。立っていられず、床に手をつく。

 何事かと窓に駆け寄った俺は、信じられないものを見た。

 燃え盛る森から、街のど真ん中に向かって、巨大な稲妻が突き刺さっていた。

 いや、違う。光の奔流だ。

 それが、街の半分を綺麗に分断し、飲み込んでいた。


 ヤバイ。ここにいたら、死ぬ。

 そう本能が身体に警告する。


 俺は恐怖に突き動かされるまま部屋を飛び出し、がむしゃらに走り出した。

 どこへ向かえばいいのかも分からない。ただ、あの光から、遠くへ。


 その時、目の前を閃光が突き抜けた。


 視界が真っ白に染まる。強烈な光と衝撃波に、腰が抜けてその場でへたり込んだ。

やがて光が収まり、視界が戻る。目の前に広がっていたのは更地だった。

さっきまでそこにあったはずの建物は、影も形もなく消え去っていた。


「ククク……」


 笑い声が聞こえた。上からだ。

 空を見上げると、月明かりを背に、巨大な翼を広げた何かが浮かんでいた。

 筋骨隆々の黒い巨体。額には二本の角。そして、横一列に並んだ、五つの赤い目。

 悪魔、としか形容できないバケモノが、俺を視認していた。


「ニアピンであったか。惜しい、惜しい」


 こいつが、この惨状を生んだのか?


「丁度、消し飛ばすエリアに何かが走り込んでくるのが見えたが、なるほど、貴様か。予定にはないが、我は細かい取りこぼしは気にするたちでな。見てしまったからには仕方がない。その運命を呪え、小僧」


 刹那、上空にいたはずの悪魔が、音もなく俺の眼前に現れ、巨大な拳を振りかぶっていた。

 突然の状況に、体が動かない。頭の処理が、目の前の光景に全く追いつかない。


「逝け」


 死を覚悟した。


 ズドンッ!!


 重たい何かが衝突する轟音と突風が、俺の鼓膜を震わせた。


 死んでな……い、生きてる?


 目を開けると、俺の間近に振り下ろされた悪魔の拳を、腕を組んだままの、とんでもない大男が片足で踏みつけていた。

 地へと膝をつかされた悪魔も、俺と同じように驚愕の表情を浮かべている。


「な……んだと……?」


 間髪入れず、巨漢の、まるで重戦車のような太い鉄脚が、悪魔の腹部に鋭い蹴りを叩き込んだ。

 直撃の瞬間、ソニックブームとでも言うのだろうか、衝撃の余波だけで俺の体が後方へ吹き飛ぶ。

 遥か彼方へと弾き飛ばされた悪魔の方を見ながら、背中越しの巨漢が言った。


「……下がっていろ」


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