【第1章】片付け
その日も、私は片付けに没頭していた。
真夏の暑い中、部屋にはクーラーを利かせているのに、額には汗が滲む。
最近、やたらと部屋を片付けたい衝動に駆られる。
以前、『新しい扉が開く時に片付けがしたくなる』という記事を雑誌で読んだことがある。
それなら、私にも何かが始まるのだろうか?
溜め息をついたのは、片付けが終わらないからだ。
元々、捨てられないタイプではないけれど、ではモノを大切にするかと言われると、そうでもなかった。
使っていないのに、持っていないと不安に感じるモノばかり。
特に多いのは、洋服だ。
もう似合わなくなった、10代・20代前半の時の可愛い服。
レースやフリルのついたブラウスにカットソー、短い丈のスカートにオーバーニーソックス、キャラクターがプリントされているTシャツ……。
その他にも、花飾りがついたネックレスに、リボンカチューシャ、ハート型のチャームがついたショルダーバッグ……。
そして、たくさんのメイク道具。
ピンクのアイシャドウにチーク、目を大きくするために使っていた汗に強い黒のアイライナーにマスカラ。ぷっくり唇を作るためのリップとグロス……。
2階建ての小さなアパートは、セキュリティがしっかりしているところを重視して選んだので、家賃はなかなかの物件だ。
私はその部屋を、とにかく可愛く飾り付けていた。
カーテンやカーペット、布団カバーなどはピンク色、机や棚などの家具は白で統一。
いかにも女の子の部屋を演出していた。
それはどこか必死になっている過剰さがあった。今の私は、このぶりぶりとした可愛さに居心地の悪さを感じている。
さっきから手が止まり、散らかった部屋を呆然と眺めている。
ベッドの上や床には洋服が散らばり、机や棚の上には小物が溢れている。
全然、片付かない。少し休もう。
そう思い、冷蔵庫のジャスミン茶を取りに行こうとした時、床に置いてあった小さな段ボールを蹴ってしまった。
段ボールは倒れ、中のモノがどさどさと床に散らばる。それは実家から持ってきた、段ボールだった。
私は、また溜め息をついて、散らばったモノを段ボールの中に戻していく。
その中に、小学校の卒業アルバムがあった。
溜め息は、もう出なかった。逆に、息が詰まる感じがした。
小学校の卒業アルバムを、わざわざ実家を出る時に持ってきたのは、忘れたくなかったからだ。
自分の夢を忘れたくなかった。
きっと、これからも私を奮い立たせてくれると思って、大事に持ってきたのだ。
卒業アルバムの中で『将来の夢』を書く欄がある。
私はそこに「歌手や役者さん」と書いていた。
頭を振った。憂うつになった気持ちを切り替えようと、洗面所に向かう。
水で顔を洗うと、冷たさに顔がパキッと引き締まる感覚がする。そして、心に突き刺さる。
タオルで顔を拭くと、洗面所の鏡に映る自分と目が合う。
ああ、もう大人だ。
ボブヘアーの重たい髪は毛先だけを内巻きにして、前髪は真ん中から分けて、おでこを出している。
今日は家にいるから、メイクはしていない。
これが、私の素顔。
もう、この一重の目を少しでも大きくするために、太いアイライナーを引いて、マスカラでまつ毛を盛ることもない。
小さな鼻を高く見せるために、ハイライトとシャドーを使うことも、チークで頬をピンク色にすることもない。
少し大きめの口がコンプレックスで、リップを薄めに塗っていたことも、今ではなくなった。
大人になっていくことは、悲しくない。
でも、誇らしくもない。私は中途半端だ。
25歳。歳を取ったというには、まだ若い。
けれど、20代後半になり、迫りくる30という数字に恐ろしさを感じる。
私が30歳になる。信じられなかった。
私は、常に今を生きてきた。
頑張って努力してきたけれど、そのほとんどが無理を重ねる人生だった。
周りの子たちが余裕で飛び越えていくハードルを、自分だけが越えられなかった。
そもそも、向いていなかったのだ。それは分かっていたのに……。
なぜ、私は必死に喰らいついていたのだろう。
『アイドル』として生きた時間。
それは、私にとって何だったのだろう。




