【第14章】デート
「あとで話があるんだ」
昼食のあと、高岩さんにそう言われた。
みんなに聞こえないように、側に来て囁かれたのだ。
高岩さんは、私が働く洋食レストランのコックの一人だ。
私より年上で、背が高く、面長で小さな顔のスラッとした男性。明るい人柄がいつもその場の空気を和やかなものにさせていた。
私がアルバイトとして店に入った時は、まだ新人だった。
今も修行中だと言っていたけれど、真面目で努力家だ。
最近では、いろんな料理を任せてもらえるようになり、自信もついてきたようだった。
小さなレストラン。スタッフ同士仲が良く、和気あいあいとした雰囲気で、私はこの職場が好きだった。
アイドル時代は迷惑を掛けながらも、シフトを調整してもらって、本当に助けてもらった。これからは、皆さんに恩返しをしていくつもりだ。
仕事が終わったあと、洋服を着替えて、帰り支度をする。
裏口を出たところにある小さな花壇の前で、私は高岩さんを待った。
あんなに存在を主張していた夏は、いつの間にか姿を消し、この頃は夜が肌寒くなってきた。
何の用だろう……?
私は夜空を見上げて考える。
昔から知っている仲だけど、キッチンとホールだから、そんなに頻繁に話をする訳ではない。
みんなで昼食を食べる時に話すことはあっても、こうして二人で話をするのは初めてかもしれない。
「佐藤さん」
まだ仕事が残っている高岩さんは、コック姿のまま、帽子だけ外してやって来た。
「お疲れ様です」
私はそう言って、用件を聞いた。
高岩さんは、手で顎を掻きながら、視線を逸らす。
少し黙ったあと、「今度もし良かったら、一緒に出掛けない?」と言ってきた。
え?
「もうアイドル卒業したし、大丈夫だろう?」
高岩さんの言葉に、私はぽかんとしてしまった。名前を呼ばれたかのように、「……ええ、はい」と返事をする。
「良かった」
高岩さんは、そう言って笑った。
笑うと目が細くなり、八重歯が出て、いつもの低い声が高くなっている。
私たちは、連絡先を交換した。
「じゃあ、また連絡する」と言って、高岩さんは足早に仕事に戻っていった。
これは、いわゆるデートの誘いというやつか?
呼び出された時に、もしかしてという気持ちは正直あった。でも、ずっと一緒に仕事をしてきた仲だし、今更それはないと思っていた。
それが、本当に誘われてしまった。
夜の道を帰りながら、どうしようと考える。何をどうしようと思っているのか分からない。ただ、漠然とどうしようという想いが頭の中を回っている。
男性に誘われて、一緒に出掛けるのは……。
初めてではない。
桐山さんと二人で会ったことはある。カフェでお茶をしたけれど、あの時はあまりデートという感じではなかった。
高岩さんと、どこに行こう。
まさか、カフェじゃないよね?
カフェが嫌なんじゃないけど、ずっとカフェではキツい。
でも、高岩さんはよく喋るし、会話も弾むだろう。
いや、もしかすると突然黙ったまま、笑わない人に変わるかもしれない。
そんなことをグルグル考える。
普通なら、こんなことは中学生や高校生のうちに経験することなのだろう。
25歳にもなって、どうしたら良いのか分からないでいる。
でも、心のどこかで嬉しい気持ちもあった。せっかくだから、楽しもう。
夜空には、三日月が出ている。
こちらを向いて笑っているように見えた。




