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まいご  作者: 高橋花菜子
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【第12章】自分のために

 私は黙ったまま、ゆっくり彼の方を見る。

 その表情は変わらない。


 グサリと刺さった無数の棘、心は血を流していた。


 彼の言葉は的を得ていた。

 確かに私は自分のため、自分のことしか考えていなかったかもしれない。


 でも、そんな風に言わなくてもいいじゃないか。


 いつの間にか、私は怒りと悲しみに震えていた。

 あなたに何が分かる。

 感情のままにそう言おうとした。


「自分を見つけたかったんだよ」


 彼は、何の悪びれもなく平然と言ってくる。


「は?」


 何を言っているのだろう?

 何が言いたいのだろう?


 彼は目の前にあるコーヒーカップを手に取り、一口飲んだ。


「あ」


 彼は少し顔を崩して、


「苦い」


 とだけ言った。


 訳が分からない! もう嫌だ、帰る!

 私は席を立とうと足に力を入れた。


「ゆかっちは何で辞めたの?」


 彼はコーヒーカップを置いて聞いてきた。

 カップがお皿に置かれて、カチャリと鳴る。


 私は、短く答える。


「知らない。突然だったから」


「突然?」


 私は当時のことを思い出しながら、睨みつけるように言った。


「ライブが終わって、みんなで反省会をしている時に突然ゆかっちが泣き出して、『私、卒業します』って言ったの。

 私は前から卒業することを言っていたけど、彼女は本当に突然だった。

 みんな驚いて、必死に止めてた。グループがこれからって時にどうして辞めるんだ。どうか辞めないで欲しい。活動休止でもいいんじゃないか、少し休んだらって提案している子もいた」


「……佐藤さんは?」

 

 彼の表情は相変わらず、何も変わっていないのに鋭い目で見つめられたのは気のせいだろうか?


「止めなかった」


 彼は「何で?」と訊くような顔をする。


「私は……」


 その時、私は初めて気づいた。自分の中にある醜い感情に。

 私が抱いたのは「誰も私のことは止めてくれなかったのに」という妬みだった。


 彼が……、言った通りだ。

 私は、全部自分のためだった。


 グループのためでも、仲間たちのためでも、ファンのためでも、応援してくれた家族のためでもない。

 ただ、自分のためにやっていたんだ。誰かのために頑張っていたんじゃない。

 

 ゆかっちにあって、私に無かったものはそれだ。それだったんだ。


 大声で泣き叫びたかった。そして、自分を恥じた。

 何を語っていたんだ、私は。何を知ったように言っていたんだ。何も分かっていなかったじゃないか、何も……。


「一緒に辞めたかったんじゃない?」


 彼はどこか優しい眼差しで、私を見つめて言った。

 激しい波に呑まれていた感情が、急に静かになる。


「佐藤さんを頼りにしていたんだよ」


 私を……? 私が何の役に立ったというのだろう?

 全部、自分のためだったのに?

 彼女は、みんなのために誰よりも惜しみなく努力してきたのに?


 私は、彼に聞いてみた。


「桐山さん……、あなたが言った通り。私は全部自分のためだった……。さっき、自分を見つけたかったんだよって言ってたけど、あれ、どういう意味?」


 また、厳しいことを言われるのではないかと恐れながら、ゆっくりとした口調で訊ねてみる。


「表現できない自分がいたから、表現したいっていう夢を持ったんだろう? その自分になりたかったんじゃない?」


 彼は思っていることを軽く言った。


『表現できない自分がいた』


 逆の言い方ならよく聞いたことがある。「表現したい自分がいたから、夢を持った」と……。


 けれど、彼はその逆を言った。その言葉は、長年私の中にこびりついていたものを洗い流していくようだった。


 私がずっと表現者になりたいと思っていたのは、表情できない何かを抱えていたから。そして、それを表に出したいと思ったからだ。


 子供の頃の私は明るくて、友達もたくさんいて、本当に元気だった。

 でも、そんな私にも表に出すことができない自分がいたのだろうか? それはどんな自分だったのだろう?


 夢を持った頃の自分に問いかけたい気持ちになった。


 あなたは何を思っていたの? 何を隠していたの? 誰にも言えない、出せない自分とは、どんな自分だったの?


 私はもしかして、本当はその自分を見つけてあげたかったのかもしれない。


『大丈夫だよ、きっと見つけるからね』


 そんな願いを込めて、頑張ってきたのかもしれない。


「自分のために生きれるって、いいな」


 彼は決して慰める訳でもなく、本心でそう呟いた。

 まるで、私が小さな子供のように語りかけている。


 何よ、さっきまで私が幼稚園の先生だったのに、逆になってるじゃん!

 そう思ったら、笑えてきた。


「ふふ……」


 私は、こらえ切れずに笑い出した。

 目からは、また涙が流れていた。悲しいのか、嬉しいのか、よく分からない感情の涙がこぼれ落ちていく。


 まただ。

 彼の前では、私は泣いてばかりだ。

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